1 弟子入り
僕は目の前で白いパーカーにフードを深く被り、少年のような体躯の人が居眠り運転で、歩行者天国に突っ込むと思われたトラックを片足で止めたのを見た。
それは僕の心を動かし、いつの間にかフードの人に弟子入りを願っていた。
僕は通信制高校の三年生。
授業は完全インターネットで友達もなし。
元々虐められていて友達も少なく、その友達もこの三年で縁が切れた。
毎日適当にアルバイトをこなし、その足で図書館で雑学を身につける。そんな日々であっという間に三年過ぎた。
進路は大学に行くのも面倒だし、このまま適当に就職しようと思い、求人募集を探すため駅の周辺をふらついていた時に転機が訪れる。
本屋で漫画を買おうかと思い歩行者天国を歩いていると、後ろが騒がしいので振り返る。
すると、居眠り運転をしていたトラックが、歩行者天国に突っ込んできていた。
やばい!
このままでは歩行者天国の中心に突っ込む!
トラックの前には何人も人がいる。
どうすれば良い、僕に出来る事はあるか。出来ない!どうしよう、どうしよう!
目の前で人が死ぬのは見たくない!けど、けど!
助けたい!!!
そう思ったのと、白いパーカーの人がトラックの前に現れたのは同時だった。
目の前に現れたパーカーの人は右足を上げ、トラックの正面を押さえた。
少し後ろに押され、トラックは止まった。
僕はそれを見て、呆然としてしまった。
僕の見間違いでなければ、パーカーの人は空から降ってきた。
この周辺の一番低い建物は八階くらいはある。
つまり、八階以上の高さから落ちても死なず、加えてずっと両手をポケットに入れていた。
凄い。なんだこの人は!
僕が出来ないと思ったことを平然とやってのけた。
しかも全力を出さず。
僕もこの人みたいになりたい!
助ける力が欲しい!
そう思ったら体が勝手に動いた。
「弟子にしてください!!」
僕はいつの間にか土下座でパーカーの人に頼み込んでいた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お願いします!!」
パーカーの人答えがなかったので、再度頼み込む。
周りに野次馬が集まってきた。
中には運転手や周りの人の安全確認をしている人もいる。
すると、パーカーの人が僕の目の前に来た。
「・・・・・・・立て。」
「はい!」
少年のようなパーカーの人の声に返事をし、顔を見る。
パーカーの人は僕より背が低く、男とも女とも見えるような顔で、何故だか目を閉じている。
盲目なのか?
えっ?あれだけの超人技を?
すごっ。
そんなことを考えていると、胸倉を掴まれた。
「えっ?」
次の瞬間には空にいた。
一瞬何が起こったかわからなかったが、すぐに正常な思考に戻る。
「わあぁぁぁ!!!」
「黙れ。」
ここで叫ぶなと言う方が無理だろう。
しかし、感じた事のない殺気を向けられ、押し黙る。
片手で肩に担がれ、人通りの少ない所のビルの間を壁を蹴っていく。
凄い。
僕を担いでいるのに疲れを感じない。
って言うか、呼吸が少しも乱れてない。
やばい。凄すぎる。
そんな事を思っていると、人通りの少ない場所の小さなお店の前で、下される。
お店は少しレトロな雰囲気のバーらしい。
『バー 三つ目』
変な名前のお店だな。
ぼーっと見てると、パーカーの人がお店に入る。
慌てて僕も入る。
「いらっしゃいませ。お連れは一名ですか?」
「いや、弟子入りしたいと。」
カウンターでメチャクチャ流暢に日本語を話すヨーロッパ系のマスターらしき男がパーカーの人と話す。
見た目は20代に見える。
「ほう、ならここの席で話しても問題ないのでは?どうせ真昼間に来る客などいないのですから。」
「ああ。こちらに座れ。」
パーカーの人が指した席に座ると、向かいにパーカーの人も座った。
「本気か?」
パーカーの人が訝しげに尋ねてくる。
「はい!勿論です!」
僕が答えるとパーカーの人はため息をついた。
どこか僕の答えを気に入らなかったのか?
それとも声が大きすぎた?
「ジャック、どう思う?」
パーカーの人がうウェイターの人、ジャックさんに尋ねる。
「良いと思いますよ。どうせ活動範囲広げるんでしょ?」
よし!ジャックさんは僕に良い印象を持ってくれている!
パーカーの人はどうだろう。
「分かった。良いだろう。弟子にしてやる。」
「ありがとうございます!!」
よっしゃー!!
弟子になれた!
これで人を救う力を身につけられる!
あっ、そうだ。自己紹介しないと。
「相川蓮です。通信制高校に通っており、今は三年です。よろしくお願いします!」
よし!噛まずに自己紹介できた!
「私はジョーカーだ。お前ここがどんな組織か知らずに弟子入りするとは、詐欺に遭いやすかもな。」
えっ。
そういえばここが何するか所か聞いてなかった。
もしかして暴力団とか?
犯罪組織?
でも、人助けしてたよな。
良い極道なのか?
不安に駆られていると、ジョーカーさんはため息を吐き、立ち上がる。
ため息ばかり吐いていると、幸せ逃げますよ。
「いずれにしろ、もう遅い。ジャック、お前が鍛えておけ。私は帰る。」
「はい。番号はまだですか?」
番号?そういえば、二人ともトランプカードの名前だな。
「ああ、半年耐えたらやれ。」
「了解。」
そう言うと、ジョーカーさんは音もなく消えた。
「えっ!?消えた!?」
周りを見ても誰もいない。
もしかしてあの一瞬で帰ったのか?
まじか。超人技だな。
まあ、既にビルの間を僕を担いで蹴り、駆けている時点で超人か。
そう思っていると、ジャックさんが水を持ってきてくれた。
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございます。」
水を渡してくれたジャックさんは先程ジョーカーさんが座っていた席に座る。
ジョーカーさんの顔、それなりにイケメンだな。
「さて、初めまして。ジャックです。本名で私達が呼び合う事はしないが、君は見習いだから、しばらくは本名で呼びますね。」
「はっ、はい!」
「そう固くならなくていいですよ。まずは君の事をこれに書いてもらえますか?」
そう言って渡されたのは履歴書っぽい紙だ。
ん?これは就職というのか?
「あの、ジャックさん。これは就職という形ですか?」
「いえ、私達は組織に入っていますが、普通の生活もしています。私達は警察とも暴力団とも違いますが、どちらからも追われる立場なので目立たないようにしなければならないのです。まあ、就職ではないけれど給料はもらえると言えば分かりますかな。」
「えっ、それってメチャクチャ忙しくないですか?」
「ええ、私は平均睡眠時間二時間程度ですね。ジョーカーは一時間未満だと言っていましたよ。」
「えっ!そんな生活で体持つんですか!?」
「大丈夫。君もすぐにそうなりますよ。」
ジャックさんが僕に優しく笑ってくれているが、何故だかその笑顔が怖い。
怖さから逃げるため、急いで履歴書っぽい紙に書き込む。
だがこれ、やばい。これ普通の履歴書じゃない。
名前、住所、電話番号、学歴、生年月日は普通だ。
血液型、身長、体重、身体障害、趣味、過去の犯罪歴の辺りまではいい。
だが、家族関係、友人関係、普段の行動パターン、服装、家の周りは安全か、自分の部屋に武器を隠せる場所があるかなどこの辺りはやばい。
ストーカーですか?
いや、大事な事なんだろう。
書き終わった後、記入漏れがないか確認する。
「よし!ジャックさん、書き終わりました!」
「はい、ありがとうございます。記入漏れはないですね。じゃあ、ちょっと待っていて下さいね。」
「はい。」
そう言うと、ジャックさんは表の入り口に『closed』の札をかけた。
そのまま先程立っていたカウンター内に戻る。
綺麗な歩き方だな。
あ、パソコンを出した。僕の事を調べるのかな。
犯罪歴はないですよ。
って言うか、パソコン打ち込む速さすご過ぎて指の動きが見えないですね。
あっ、そういえばここどこだろう。
ジョーカーさんに連れて来られたけど、多分そんなに離れてないはず。
スマホで確認すると、先程の場所から五百メートルくらい離れた所だった。
先程の移動時間は三十秒ほどだった気がする。
ジョーカーさん、世界記録間違いなく更新できますよ。
くだらないこと考えていると、ジャックさんが水のおかわりを持ってきてくれた。
先程の作業は終わったようだ。
「お待たせしました。蓮くんはこの後予定ありますか?」
「いえ、ありません。」
「じゃあ、簡単に組織について説明しますね。まず、ここは政府公認の組織ではありません。私達の力を政府に利用されない対策ですね。ついでに組織名もありません。リーダーはさっきのジョーカー、サブリーダーはキング、次にクイーン、ジャックと力が強ければ強いほどトランプカードの大きな数字で呼ばれます。蓮君は半年僕が教えますけど、それに耐えられたら番号が与えられます。その半年間は給料はあまりでません。死ぬ事はありませんけど、その直前までは行くかもしれませんね。半年間、日常の生活もしながら私の修行を行なってもらいます。ここまでで質問はありますか?」
いや、あるに決まってるでしょう。色々やばいことを聞いた気がするが、やはりこれだろう。
「はい。えっと、死ぬ直前というのは?」
僕の質問を聞いたジャックさんは綺麗に笑って答えた。
「そのうち分かりますよ。」
綺麗な笑顔が逆に怖い。
自分の顔が引き攣るのがわ分かる。
「他に質問は?」
「えーと、修行はいつからですか?」
「ああ、明日からですよ。楽しみにしていて下さいね。」
何故だろう。ジャックさんの笑顔を見ていると、全然楽しみにならない。
「他は?」
「えっと、特には。」
「わかりました。では、次に支給品を渡しましょう。」
そう言ってジャックさんが机の上に色々出す。
スマホ、ワイヤレスイヤホン、スマートウォッチ、緑色のパーカー✖️二着、ベストタイプの重り、腕につけるタイプの重り✖️四、ノート、謎の袋。
「すごい、これ全部支給品ですか?」
「はい。ですが組織のものですから、盗んだり、無くしたりしたら恐ろしいことが待っているから気をつけて下さいね。」
「は、はい・・・。」
この人の笑顔怖い。いい笑顔なのに怖い。
ジョーカーさんは目を開けないし、ほとんど無表情だから感情が分からない。
けど、ジャックさんは笑顔で全ての感情表せるんじゃないか?
「注意事項として、今君が持っているスマホと支給品のスマホは常に持っていること。充電も必ず切れないようにし、その二つは分けて使う事。スマートウォッチも勿論同様に。ワイヤレスイヤホンは常時片耳に入れている事。基本はその緑色のパーカーを着て、中にベストの重りと輪っかの重りを手足に四六時中身につける事。ノートはやるべきことが書いてありますから今日中に読んで下さいね。袋は開けないで下さいね。絶対。」
「はい・・・・・。」
ああ、やばいかもしれない。
もう修行は始まっていると言っていいんじゃないだろうか。
この笑顔に耐えるという、恐ろしい修行が・・・。
「じゃあ、今日はここまでにしましょうか。スマートウォッチや重りは明日からで大丈夫です。では、明日は朝六時にここに来て下さいね。」
「はい。ありがとうございました。」
「ああ、帰りは出口を出て左、左、右、左の順で出られますよ。」
「ありがとうございます。」
僕は支給品を持ってきたリュックに入れて店の外に出た。
それにしても、これとんでもなく重いな。
支給品の中に重りが入っていたから仕方ないが。
肩壊れるんじゃないか?
「ああ〜、重い!」
仕方ないので全ての重りをつけて帰ることにする。
「ぐっ、リュックは軽くなったが、手足が重い。動きにくい・・・。」
なんとか駅まで辿り着き、電車に乗り、無事家に帰れた。
途中動きが不審がられたりもしたが。
「ああ〜、疲れた。明日からはこれが四六時中か〜。」
自分の部屋に着き、ベットに寝っ転がる。
うーん。眠くなってきた。
このまま寝ちゃおうかな。明日は早いし。
ー今日中に読んで下さいねー
「はっ!!」
あっぶな。忘れる所だった。
ノート読まないと。
ノートをリュックから取り出し読んでみると、注意事項や、トレーニング方法、スマホの扱い方などが載っていた。
特に気になったのは、学問のページだ。
難関大学に合格できるレベルが必須項目になっていた。
それだけなら理解できるが、大学入試で使われる科目全てそのレベルじゃないとダメらしい。
体だけではなく、頭も鍛えないといけないのか。
あと期限がおかしい。
一年って何だよ、一年って。一年でこれら全てを身につけろと?
「うわ〜。できる気しない〜。」
「お兄ちゃんうるさい。」
「はい、すみません。」
あっぶな。これ見られたら危なかった。
妹の夏は何をするか分からないからな。
今もいきなり僕の部屋に入ってきたし。
まあ、とりあえず全て読み終わったから寝るか。
そのまま僕は目覚ましを掛けて眠りに落ちた。
こうして僕の人生の転機となる一日は終わったのである。