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1-2 幻覚少女

今日の更新二つ目です。

 裁判所の証言台に、僕は立っていた。推しである渚舞織(なぎさまおり)が、カラスのように真っ黒な法服を着ており、手に持った木槌でカンッと景気のいい音を響かせる。日本の法廷には木槌なんてない――というツッコミは、弁護士席に座りバナナを食べるゴリラと、検察官席でお絵描きをしている幼稚園児の前ではささいなことだ。


「それでは、判決を言い渡します。主文は後回しにして、先に理由の朗読から始めます」


「は? 主文後回しって、ええ!」


 主文後回し。その言葉の意味を、僕は知っていた。血の気が引いていく僕とは対照的に、弁護士のゴリラはウホウホと胸を叩いているし、検事の幼稚園児は保育士さんのおひざでスヤスヤと眠っている。


「被告人、西倉結星(にしくらゆうせい)は推しである渚舞織は無菌室でいるべきだと主張し、他人の二次創作やコスプレを嫌悪していたにも関わらず、渚舞織のコスプレイヤーに一目惚れしてしまった。主文、被告人西倉結星を死刑に処する――」


「え、ちょ」


「ギルティ!」


 舞織が木槌を振り下ろしたのと同時に、足元がガタっと開いて、僕は深い闇に落ちていく。手を伸ばして空をつかんだ僕を見下ろすようにして、舞織のコスプレイヤーさんが笑っていた――。


「わあああああ!」


 夢から覚めて、今日という日が始まる。もっとも、時計を見るとお昼すぎ。今日はもう半分以上過ぎていた。


「また変な夢、見ちゃったな……」


 裁判の中身はともかくとして、裁判所の風景はやけに再現度が高かった。昨日お風呂を出てから、ベッドの上で朝方まで弁護士が主人公のアニメを見ていたからだろう。


 稲妻が落ちたあの日から、二週間ほどが経った。例のコスプレイヤーはいまだに僕の中から消えてくれない。


 それどころか、ここ数日は僕の夢にも顔を出してくる。「恋をすると、その相手が心に住み着いてしまうのよ」と言っていたのは、英語の島田先生だっけ。まったくもって、その通りだ。もし彼女の名前を知ってしまえば、名前を入れるだけでできる、相性占いをしてしまうんじゃないかって勢いで、僕は彼女に当てられていた。


「やっと起きた。おはよう、結星(ゆうせい)


 乾いた喉を潤そうとリビングに降りると、ジャージ姿の姉さんがアイスを食べていた。右手にスプーンを持ち、左手にはスマホで今日も今日とてエゴサーチに勤しんでいる。いつもの姉さんの、戦闘スタイルだ。


「おはよ。エゴサの調子はどう?」


「新しい感想があったよ。背景に仕込んでいた小ネタに気付いてもらえて、嬉しいな」


 やや明るめの声色で話す姉さんは、心なしか昨日よりも肌つやがいい。新鮮な感想を摂取したことで、身体に栄養が行き渡ったみたいだ。


 絵師、小説家、コスプレイヤー。彼らは反応を求める生き物であり、姉さんも例外ではない。即売会に出たあと数日間は、自分の名前や本のタイトルで検索して、作品に対する感想を漁っている。


 承認欲求の塊だと笑うのは簡単だが、いざ自分がなにかを表現する立場になったならば、同じ行動を取るはず。創作者にとって、感想とイベント後の焼肉に勝るご褒美はない。


「まおりんコスの人は見つかった?」


「いーや。あの会場にいた人が見た、集団幻覚説まで出てきているよ」


 姉さんも気になっているようで、一日一回は彼女のことを聞いてくるが、結果は芳しくない。イベントから帰ってきた僕は、彼女を探すべくコスプレイヤーやカメラマンのつぶやきを漁りに漁った。


 しかし、二週間が過ぎた今でも、彼女の写真はどこにも見当たらない。クオリティの高い舞織コスがいたと話題になっているものの、いったい誰だったのかは謎のままだ。


 その代わり、今まで興味を持たなかったコスプレに関心が生まれてきた。一〇周年を迎えたゲームなだけあり、舞織の衣装もさまざまだ。彼女が通っている学校の制服や、マリンルックのステージ衣装。カンフースタイルの中華風衣装に、限定スカウトで実装されたサイバーパンク風コスチューム。


 見かけた範囲だと、コスプレイヤーさん間で被ることはなかったし、それぞれの目に映った渚舞織というアイドルを、自分の身体をキャンバスにして表現しようという気概を感じた。今までコスプレをどこか下に見ていた僕が、恥ずかしくなってくる。


 彼女が着ていたのは、幼馴染と一緒にアイドルにスカウトされ、地元から出てきたばかりの頃の私服だ。他のキャラクターが着た場合、どこか垢抜けない印象を与えてしまうが、舞織には不思議とマッチしており、かわいらしいと評判だった。ウィッグとカラコンがなくても、あのコスプレイヤーさんなら素で似合うんじゃないかな、とも考えてしまう。


「あの人、私が今まで見てきた中で一番まおりんしていたね」


 自分が褒められたわけじゃないのに、気分が良くなる。他のアイドルを担当しているマネージャーに、舞織が褒められた時と同じ感覚だ。


 十人十色で、「みんな違ってみんないい」が根底にあるコスプレに、ランキングをつけるのは卑しい気もするけど、あえて数字に価値を与えるならば、舞織コスプレ部門栄えある一位は、満場一致で彼女だろう。


「もし見つけたら、教えてほしいな。できるならば、売り子をお願いしたい……どうしたの? びっくりした顔をして」


「いや……まさか姉さんがそう言うとは思わなかったから……」


 またも青天の霹靂(へきれき)が訪れた。人見知りの激しい姉が、僕以外の人に売り子を頼みたいと口にしたのは初めてのことだ。かわったのは僕だけじゃない。それほどまでに、舞織コスの彼女が僕たち姉弟に与えた衝撃は大きい。


「私だって、コス売り子に憧れはあったよ。なんなら、ゆーせいの女装コスでもいいかも」


「はい?」


「背も低いし、声変わりもまだだし、ムダ毛も薄いし。絶対似合うと思う。衣装は私が買ってあげるから、試しに着てみない?」


「ちょっとなに言ってるかわかりませんね」


 確かに僕は、同世代男子の平均身長よりも一〇cmくらい低いし、クラスの合唱コンクールだと、冗談半分でソプラノパートに振り分けられたこともある。小学校の学芸会で女の子の役をやらされた黒歴史は、いまだに僕を(はずかし)めていた。でも、いくらなんでも女装コスプレなんて無理がある。


「……いじわる」


 そんな甘えるような目で見ても無駄だ。そろそろ姉さんも弟離れをすべきだと思っていたし、次のイベントは無理にでも別の予定を入れるようにしよう。


「絶対かわいい服を着させてや……ん? ゆーせい、これ」


「だから僕は女装をしないって……」


 姉さんが見せたのは、ドリドリのリズムゲームからのお知らせだ。明後日から四月四日まで、新曲イベント。上位報酬は、SR渚舞織――。


「は?」


 二度あることは三度ある。青天の霹靂(へきれき)も、いい加減にして欲しい。

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