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暇つぶしの人生

作者: へいぼん

「ふぉふぉふぉ、遂にできたぞい!」


暗い部屋の中。一人の老人が声を抑えるように笑う。


「苦節40年、長かったわい…。じゃが、これであやつを呼ぶことができるの」


 手のひらに収まる大きさの金属の箱を撫でながら老人は喜びを露にする。


◇◇◇


 老人の名前は山田太郎。50年前に異世界に迷い込んでしまった悲しき人物だ。異世界は剣と魔法の世界であり、当時16歳だった青年は大いに喜んだ。


 剣を練習し魔法を修得し、数多くの魔物を狩ることで名声を手に入れようとした。しかし、彼は気づいてしまった。




―――命の危険があることを。



 現代日本の平和な環境でぬくぬくと育った彼は命を懸けることができなかった。命を懸けて魔物を狩っても得られるのは庶民からすると大金。しかし、富裕層からすると奮発した晩御飯代程度である。あとは、少しの名声。


現代日本で育った太郎が異世界で過ごすこと3年。太郎が求めたのは安定だった。


太郎は命を懸けることができないと悟った当日に魔法学園に駆け込み、教師として採用を求めた。太郎は魔法の腕が誰よりもあったわけでも、誰よりも多い魔力を持っていたわけでもない。そんな太郎が自身の売り文句として使ったのは、知識の伝え方であった。


太郎は現代日本で教師という教育のプロを10年近く間近で見ていた。直接教えることはなかったが、何とか真似をすることで学園長から許可が下り、就職することができた。


就職することができ、生活が安定しだした太郎は次第に日本にいる友人のことが気になり始めた。


地球を観察する魔法はない。ましてや、この世界以外には生物が存在しないと考えられているのである。


しかし、距離が離れた場所を映し出す魔法はあった。その名もテレビジョン。この魔法に大量の魔力をつぎ込めば地球を観察することができるかもしれない。そう考えた太郎は魔力を貯蓄する魔道具の開発を始めた。自身の魔力量を把握している太郎は自分でつぎ込むというのは元から考えてすらいない。


それと同時に地球を観察する魔道具の開発も始めた。備えあれば憂いなしというやつである。どちらかが成功したら儲けもの。


開発を初めて1年で魔力を貯蓄する魔道具ができた。これを太郎は魔畜と呼んだ。魔畜に魔力をためる方法は簡単で、周囲から魔力を吸収する方法と、自分の魔力をつぎ込む方法がある。


テレビジョンの魔法は知っている場所の正確性と距離によって必要な魔力量が変わる。場所の正確性という点において、太郎は問題にならない。距離は分からないので、十分であろう量をためてから逆算することにした。逆算することでおおよその距離を測ることができる。…試してからになるが。


講師仲間の協力もあり、半年で魔畜にはあり得ないぐらいの魔力がたまった。嬉しいことに成功し、太郎は地球の景色を見ることができた。この時点で、地球を観察する魔道具の開発を中止にした。


しばらく観察していると、友人たちに会いたいという欲が出てきた。地球を見るだけでかなりの時間をかけたが人を呼び出すとなるとどのぐらいかかるかわかったものではない。しかし、太郎は決意した。


そこで、冒頭に戻る。



◇◇◇


太郎はついに完成させたのだ。異世界から人を召喚することができる魔道具を。

長い時間がかかったのは、魔力が足りなかったり、人を召喚する前に、動物を召喚したり、もう一つの魔道具を開発したりしていたからである。


「さて、始めるかの」


太郎は、白い部屋に入る。白い部屋の大きさはサッカーコートぐらいである。白い部屋は格子状の模様があり、継ぎ目や影が存在しない。扉も窓もない。その中心には、コンセントを刺すようなへこみがある。太郎は躊躇なくそのへこみに金属の魔道具を刺す。金属の箱を覆い隠すようにして正座をして太郎は座る。


「奴らがもうすでに死んでいるとは…。しかし、あやつも面白い遊びを思いついたものだ」


長く白い髭を丁寧に撫でながらそうつぶやいた。


◇◇◇


「異世界行きたいな。トラックに轢かれたら神様にあってチート能力をもらってウハウハしたい」


信号待ちをしている青年がそう呟いた。

彼の名前は海野次郎。異世界転生を夢見る高校三年生だ。受験勉強のストレスから逃げるためにライトノベルを読んでいたらはまってしまったのだ。


「異世界に行ったらー、異世界に行ったらー、魔法をどんどん使いたい、まほおーで倒したい、魔王に龍王、精霊王、ドッタン、バッタン、フルボッコ」


あの有名な童謡を聞くに堪えない替え歌にして歌うことで暇をつぶしている、次郎君。頭の中は夢の世界に旅立っているので、横から信号無視をしてくるトラックに気付かない。


「なんだよ、いいところなのに」


精霊王と戦っている妄想をしていると、周りがやけにうるさく感じ辺りを見回してみると、トラックが突っ込んでくるのが目に映った。


「神様…! お願いします!」


最後まで異世界転生を望んだ次郎。次郎はトラックにぶつかる寸前で白い光に包まれた。


◇◇◇


「ここは…?」


目が覚めると俺は、白い空間にいた。


「こっちじゃよ、こっち」


声がする方に振り返ると、ジジイがいた。髭が長く、背後には後光のようなものがある。


「あ、あんたは…?」


俺はこの先の展開を予想しつつ、質問した。


「うむ。お主の想像通りじゃ。わしは神である」


キターーーーーー。異 世 界 転 生。これは絶対異世界転生だ。それしかない。いやー異世界転生するために一日五善、神社に五円、悪いことしたらごめん、しっかりしていてよかった。


てか、神って本当にいるのかよ。典型的な神って感じだな。ジジイ、白い髭、後光。白い格子の世界。


「お、おれは死んだのか…?」

「うむ、お主はトラックに轢かれてぽっくりとな」

「でも、こうして生きているのでは…?」

「ここは魂の世界じゃ」


魂の世界。

俺は思わず自分の頬をビンタした。全力で。


「痛っっ!!」


痛い、痛い。魂の世界だから普通はダメージなんてないだろ。俺は、ジンジンする頬を撫でながらジジイを睨んだ。


ジジイの眉が一瞬動いた気がした。


「…魂の世界じゃないのか?」

「魂を叩くと痛いと思わんか?」


くそ。ジジイの言う通りだ。まあいい。頬を叩いたせいか冷静になった。


「で、なんで俺がここにいるんだ?」

「実は、お主を間違えて殺してしまったのじゃ。次郎って名前多いから」


…予想していたことだ。怒りはない。


「俺はこれからどうなる?」

「別の、地球とは違う世界に転移してもらう」


よっしゃー! 異世界だ! …転移? 俺は転生の方がいいぞ。


「転生じゃダメなのか? 俺は出来たら転生の方がいい」

「無理じゃな、胎児でも魂は存在するのじゃ。一つの肉体に二つの魂を入れることはできん」

「えー、でも、俺なんの力もない一般人だよ? 異世界に転移してもすぐに死んじゃうって」

「…いきなり森の真ん中に放り出したりはせんわ。大国といわれるところのど真ん中に送り出したるからの。それに心ばかりじゃが餞別もあるしの」


どうにかして転生にしてほしいけど、この調子では無理そうだな。ラノベの主人公たちはすごいな。しっかりと交渉することができて。俺なんかでは大したことはできないし。


「じゃあ、それで頼む」



◇◇◇


「じゃあ、それで頼む」


次郎がそういった瞬間、太郎は目にもとまらぬ速さで腹パンをし、次郎の意識を刈り取った。


「フゥー、儂も歳を取ったの」


この程度のことで、とでもいうように首を左右に振る太郎。太郎は命を懸けることからは逃げたが決して弱かったわけではない。魔力を纏った身体強化だけは一級品だった。だが、魔力の量が少ないので短期決戦でしか使うことができないという欠点がある。


太郎はいきなり上着を脱ぎ始める。そして、背中に張り付けてある魔道具に魔力の供給を止める。


「儂も少しじゃが眩しいのじゃ」


すると、次郎にとって後光に見えていたものが消える。…そう、これはただ光の魔道具を背中に張り付けて光らせていただけなのである。


太郎は気を失っている次郎をかつぎ、白い部屋を出る。外は夜の森。この部屋は結界に守られているため魔物は寄り付かないが、一歩外に出るとすぐに襲われる。


「国の真ん中というと、あの噴水のところかの。魔力はギリギリ……かの?」


脚に魔力を込める。これで三分の一の魔力が無くなった。一歩目、ジャンプをするように斜め45度に飛ぶ。踏み切った地面にクレーターができた。二歩目、何もない空中を蹴る。二歩目でさらに加速され、その速度は人の目では観測できない速さに達した。


二歩目を踏み込んでから約2分。噴水が見える距離に達した。三歩目で衝撃を吸収し音もなく着地をする予定の太郎は残りの魔力をすべて脚につぎ込む。


「あ、光の魔道具に魔力を使ったせいで…」


言い切る前に地面に激突した。





白い煙が立ち込める中、太郎がいち早く立ち上がった。


「こんなこともあろうかと簡易結界を持ち運んでいてよかったわい」


太郎はいまだに気を失っている次郎を地面に寝転がし、腹の上に文字が書いた板を乗せてその場から立ち去った。衛兵に見つからないように。



◇◇◇


「ねえ、あなた。昨日の夜勇者が現れたそうよ」

「勇者とな? この平和な時代にそんなものが」

「ええ、噴水の前に『勇者参上!』って板をもった子供がいたそうよ」


その勇者を召喚した太郎は他人事のように返答する。太郎は、引き出しの中から封筒を取り出す。封筒の中には、テレビジョンの魔法で見たものが、転写されている。


『山田太郎。

お前はいきなり行方不明になったが死んだとは思えねえ。絶対どっかで生きている。この手紙を見ることができたら、俺がやってほしいことができるはずだ。


俺の息子を異世界に召喚してくれ。訳があって俺は異世界にいる。地球には帰れねえ。けど息子に会わないといけない事情ができた。俺の息子だ、絶対に異世界に行きたがっているはずだから罪悪感なんか持つな。どんな方法でもいいから』


友人の家を観察していた時、引き出しの奥に見つけたものだ。

これを見て太郎は真っ先に神様の召喚方法を思いついた。白い部屋に年老いた神、後光。召喚方法以外は簡単に出来たが、なかなかいい暇つぶしができたと思う太郎だった。


「ばかげたことをしたが召喚は召喚じゃ。文句は言うまい。……あまり遅いと儂から行くぞ」


誰にも聞こえないような声でそう呟いた。


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