表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある王国の、長文短編シリーズ

そんな貴殿は、廃太子。 《宰相の苦悩 令嬢の告解》

作者: 龍槍 @ リハビリ中

宜しくお願い申し上げます。





     「セドニア侯爵家」





 侯爵家筆頭の家柄にして、宰相の職位を国王陛下より任じられている崇高な「家柄」。



 私は、その当主として、長らく陛下にお仕えしてきた。 長く……そう、とても長くだ。 先代の陛下が御世、側近に国政を任せてしまった結果、王国に腐敗が蔓延し『 我が国の未来 』が闇に閉ざされようとした。 英断をもってその闇を払いしは、王太子。 今代の国王陛下であった。


 英邁なる陛下。 礼法院時代より私を朋友(とも)と、そう呼んで下さった。 共に学び、共に苦しみ、共に生きてきた。 苦難の時を共にし、王国を光へと導く為に研鑽を積み努力を重ねてきた。


 礼法院時代には、王家の「王太子教育」における「偏った見識」に疑義を持たれ、 「王国の真実」を、どうにか多面的に知る方法が無いかと探されていた英明なる第一王子。 


 それが、今の陛下だった。 礼法院一年目は、陛下の側近に対する距離感に驚いた。 二年目には、市井に忍び降りる時の随伴として。 礼法院を卒業し、互いに青年貴族として独り立ちした頃から、陛下は私をいずれ宰相職に任じようと画策された。


 その頃の筆頭侯爵家であり、宰相職にあった漢は、政を専横し国庫の私的流用や国事の秘密を我がものとして、国外の者達と組んでの売国的行為にまで至っていた。 確たる証拠は無かったが、それを示唆する傍証はいくらでも散見された。 


 国の上層部を一新し、以て王国の安寧を計る、遠大な計画を肚に持つ王家の尊き人。 国民を慈しみ、王国を安寧に導かれる事を第一にされた第一王子殿下。 「獅子の心を持つ王子」と、数少ない仲間たちはそう呼んでいた。


 先代国王陛下は、そんな王太子殿下の妃に彼の侯爵家(ご自身)の娘を宛がおうとした。 しかし、王太子殿下はそれを激しく拒絶された。 先代国王陛下の言葉の裏側に時の宰相(彼の侯爵)閣下の思惑が深く強く影響していたのが明白だったからだ。 より深く王家と結び付き、権能の甘い汁を飲み干す為だと推察された。


 万難を排し、王太子殿下は一人の女性を”傍に”と思召しを顕わにされた。 王太子殿下の御眼鏡に叶ったのは、聡明で美麗、さらにこの国の未来を真摯に憂う”公爵家の御令嬢”。 当然の事ではあったが、その道行は困難を極める。 様々な障害や、”彼の宰相”の妨害が頻繁に行われ、後の妃殿下が襲撃される事も一度では無かった。


 近衛騎士団の団長職を拝している家門の者が仲間で本当に良かった。


 まだ若かった我等の『精一杯』の警護は功を奏し、後の妃殿下の御身の安全を図れたことは、本当に幸いな事であったとそう強く思う。 王太子殿下は、並みいる貴族達を説得し、貴族院での決議議席の過半数の賛同を得、ようやく公爵家の御令嬢を王太子妃と成す事が出来た時には、仲間と共々、王国に光を見たと、そう感じてた。


 王太子殿下は、ご自身の御婚姻の後、幾つかの外交的成果を収められた。


 その業績を鑑み、先代国王陛下は王位を王太子殿下に譲渡された。 その頃にはもう、先代国王に行政能力や国の貴族達を纏め上げる力も無く、王妃様も極めてお疲れに成っておられた事が、最大の理由でもあった。 王国の行く末よりも(まつりごと)に、国民の安寧より貴族の均衡にと、御心を砕かれた『優しき』先代様は、隠居先の王領に於いて、隠居後僅か二年後にその生涯を閉じられた。

 

 後を追うように先代王妃もまた、身罷れた。 ひっそりと、命の焔が燃え尽きる様に…… 続けさまに行われた『国葬』は現国王陛下の元、粛々と行われた。 相次ぐ不幸に、王国は沈痛な時を過ごす。 


 王位を受け継がれ、先代国王陛下が王領に隠遁されてから、王宮内の大掃除(粛清)が始まった。 彼の侯爵家の者達の息の掛かった行政官は、その汚職の証拠を以て王城より排除。 断罪を画策するも、まだその時は宰相位にあった彼の侯爵家の当主が隠蔽に走り、処断に至る証拠を集めきれなかった。


 粘り強く、強固な敵対勢力の基盤を切り崩し、貴族院の主だった者を味方に付け、さらに、国を富ませる施政を実施し、その栄誉は新興の者達に分け与え、宰相の権能を削りに削った。 今でも陛下の行動が成功したのは、先の宰相閣下が、まだ若かった国王陛下を大きく侮っていたのが、大きな要因だと理解している。


 陛下と先代宰相(彼の侯爵閣下)の溝は、深く大きく修復できるようなモノでは無くなって行った。


 もし彼の侯爵閣下が、もう少し慎重であれば…… 若輩者達ばかりの若き国王の周囲の暴走とも云える行動は、いとも簡単に鎮圧されていたやもしれぬ。 我らが今も、先の宰相閣下を先達の所業を”鞭撻”と捉えるのは、反面教師としての側面が有るからだ。 何事にも全力を以て当たらねば、何時足元が崩れ去るか判ったモノでは無い。


 情報を細かく詳細に取得し、様々な観点から検証しながら最善を計る。 その癖が…… あの頃から身に付いたともいえた。 幸いな事は、どんな派閥にも染まらぬ法務大官が、陛下の上に国法を戴き、国を光ある安寧に導く事を第一とされた陛下の施政に感じ入り、此方の側に友好的な態度を取ってくれた事。


 それまでの宰相の専横を苦々しく思っていた彼ならばと、真っ当な姿勢を貫き通した陛下の”勝ち”だと、そう思えて仕方ない。 国王の権能を以てすれば、容易く現状を変える事も出来た。 仲間たちの中には、そう進言する者達も多かった。



「それでは、王国の至宝とも云える、”不磨の大典”を蔑ろにする。 一時は良い。 だが、未来に禍根を残しては、いかな善き行いも、独善と捉えられ私に正義は無くなってしまう。 よって、法に則り着実に地道に改変しなければ、数多の既存の貴族達の賛同は得られぬ。 特に下位貴族の人心は、(うつ)ろいやすいモノではないか? 挙国一致を目指さなくては成らない。 貴族の本分を成す者達の、真摯な行いこそが王国を本当の意味で、「立て直せる力」と成るのだ」



 陛下はそう仰られて、朗らかに微笑まれる。 悠長な事だと憤る者、成程と納得する者、我が意を得たりと破顔する者。 そんな者達に囲まれて、陛下は満足気だった事が昨日のように思い起こされる。 異なった意見は、陛下の施政に大きな力を与える。 付和雷同、阿諛追従の輩は、陛下の国政に必要なかったのだ。


 そして、そんな陛下の側近として常に御側に侍していた私が、宰相の職位を賜った。


 貴族院の賛同も取り付けた。 先代宰相閣下(彼の侯爵)の抵抗も虚しく、彼はついに王宮を放逐される。 残念な事に、彼の”罪”を十分に暴けるだけの証拠は無く、単に細々とした涜職についてのみ言い渡す事しか出来なかったのは、痛恨の極み。 宰相位を剥奪する事と、筆頭侯爵家から三位引き摺り落せた事のみが、王国の至宝たる、”法”の限界だった。


 内政に外交に精力的に赴かれる陛下。 国政は側近たる者達によって、盤石な態勢を取る事が出来た。 外交面に於いて、王弟殿下の手腕は素晴らしい物であった。 内外の政に、精力的に動かれる陛下。 それ故に、王妃殿下との時間がとても限られてしまった事が、王国に暗雲をもたらす。


 ―――― 懸念事項は、陛下に御子が降臨しない事。


 御婚姻後五年。 あれだけ忙しく動き回られては、それも無理からぬことだと、近しい者達は理解していたが、下位貴族の面々にはどうにもこの国の未来に不安を掻き立てる事柄でもあった。


 ” 王国の未来に影が差す ”


 王弟殿下の御婚姻も恙なく行われ、陛下と比べれば、妃殿下との時間を持てた王弟殿下の元に男児が誕生した。 この慶事は大きく「公」にされる。 続け様の先代国王の崩御に鬱々としていた王国が、慶事に沸き立つ。


 王国に明るい兆しが訪れたと、国民は喜びを顕わにする。


 しかし…… 国を挙げての慶事に、王家に近しい者達は忸怩たる思いを胸に抱く。 陛下にはあまりに時が無さ過ぎた。 王国の膿を出す事が、光への道なのだと、陛下は邁進されていたのだ。 王妃殿下との睦まじさは、王国の内外を拘わらず知られている事ではあるが、政務の為に時間を取られ過ぎたために、お二人の時間をとれずにいたのは、私達側近の力不足に他ならない。


 特に、宰相位を賜った私の能力不足に……


 社交会に於いて、王弟殿下への譲位を声高に口にする下位貴族さえいる始末だ。  不敬にすら当たるのだが…… 陛下は苦く笑いながら、その風評に耐えられていた。 下位貴族の後ろに彼の侯爵家の影がちらついても居る。 またか…… との思いを深くし、注意深く状況を検証していく。


 そんな、次代を危ぶむ声が徐々に大きくなった時の事。 彼の侯爵が満面の笑みと共に、王宮にやって来た。



 ――― 先代国王陛下の打診に有った、彼の侯爵の娘を側妃にと。



 先の宰相閣下(アイツ)はまだ諦めて居なかった。 まるで「毒」の様な申し出であった。 下位貴族の造反を抑え、陛下の王権を護る為の方策としては、”法”にも叶った、方策でもある。 まして、幼少の頃より王妃教育を受けた娘でもある。 いまから別の家の娘をと、望まれても時間が足りず、さらに年回りも…… 年若き者に”その任”を与えるのは、人としての矜持も許さない。


 陛下は苦渋の決断をされた。


 側妃に迎えた娘が御子をその身に宿したと同時期に、正妃様にも御子が御光臨された。 正しく、側妃の役割を果たしたともいえる。 ただし順序が違った。 もし、側妃様が宿された御子が女児ならばと…… 側近の私達には思えて仕方なかった。


 側妃が孕み生んだのが男児(アルクレイド殿下)。 正妃様の御子も又…… 男児(オラルド殿下)。 その差半年……


 元より彼の侯爵家の者である側妃には、その身を上回る野心があった。 何よりも、陛下の心を望まれる方であった。 そう彼の侯爵家に於いて「教育」されていた。 そして、有り余る財と権能を振るう彼の侯爵家が送り込んだ、『獅子身中の虫』となった。


 国王陛下の御宸襟はいかばかりであっただろう。 第一王子はまるで人質のように、銀朱宮(ヴァーミリオンパレス)に留め置かれる。 王宮からの再三に渡る折衝にも拘わらず、側妃は手元にて第一王子を育て上げると、そう言い切られた。


 誤算だったのは………… 銀朱宮(ヴァーミリオンパレス)を側妃に与えた事か。


 曰く付きの「離宮」を下賜されると決まっても、『彼の侯爵』は異を唱えなかった。 理由はきっと、「離宮」が、堅固な城塞のように強固な護りを持っていた事だ。 その上、彼の侯爵は、「離宮」を自身の生家である侯爵家の者達で固め、内情を漏らさぬ様にした。 王宮で深く静かに「彼の侯爵」の策謀が進行していったのだ。


 その事を認めざるを得なかったのは、痛恨の極み。 


 これに対し、王宮内の後宮の者達は、第二王子の優秀さを殊更に喧伝(けんでん)した。 その事が側妃の敵愾心を大いに煽った事だけは間違いない。 後宮の者達は、第一王子を取られたと、そう認識していたからかもしれないが、その事によって、王家の安寧が揺らぎ始める。 


 これから起こるであろう、王位継承権者争いに暗澹たる思いが、重臣たちの間に生まれる。 国王陛下は「王国法」を戴いている事に誇りすら持たれている。 その王国法において、第一王位継承権者は、第一王子であると云う事が明記されている。


 どの様な愚かな者であろうとも、それは絶対…… 如何に、重臣たちが第二王子に王位をと望んだところで、「国法」を遵守される国王陛下は、必ず第一王子を王太子と成される。


 ―――― 後ろ暗い暗躍が、この時から始まったともいえる。


 第一王子の立太子は、必ず成される。 そして、その後、時期を見て国王への(きざはし)を上がられる。 その間にアルクレイド殿下の瑕疵(かし)を見つけ、”王太子に非ず”との、証左を見つけ出さねば、またあの男(彼の侯爵)が暗躍を始め、宰相位を奪還に来る。


 やっと灯った、光への道が失われる事に成る。


 対応策として、「離宮」へ「監視者(・・・)」が送られる事と成った。 有能にして、どんな王命にも従う者が必要だった。 その任に耐えられる者は、「王家の影」の一員しか存在しなかった。 その時の「王家の影」ならば、前宰相の息も掛かっていない。


 それ故、宰相として、陛下に請願した。 陛下のみが、彼等を動かせるのだから。

 

 優秀な「眼」と「耳」と、そして 「手」。 王家の影を所管する家から、何名かの者達が「離宮」に送り込まれる。 が、最優秀な者は、その時はまだ着任していなかった。 いや、最優秀となる、”素質”を持った者…… であったか。


 しかし、そんな我らの「権謀術策」を嘲笑うかのように、側妃は大逆を犯された。 待っていれば、”いずれ国母となる筈であったにもかかわらず ”なのにだ。 それは、『彼の侯爵』にとっても「青天の霹靂」だったのかもしれない。 あの慌てぶりは、決して策謀の結果では有り得ないからだ。


 まだ幼い娘が妙にしつこく私に王家の次代たる第二王子の安全に注視するように語り掛けて来た事を覚えている。 また、王弟殿下よりも、その旨を伝えられてもいた。 御子息からの進言が有ったと、そう申されていたな…… 


 小さな者達の警告に一抹の不安を覚え、王国随一の魔導士である王宮魔導院筆頭魔導士による警戒を依頼した。 厳重の上に厳重を重ねたのは、いささか遣り過ぎだと思ってはいたが…… 結果的に功を奏した。


 その側妃の企て(毒殺)は未然に防ぐことが出来たのだ。


 側妃が何を考えたのか、未だにその心内は判らない。 いや…… ただ、国王陛下の御宸襟に自身を置きたかっただけなのかもしれない。 そして、その手段として取ったのが、第二王子以下の王家の尊き子供達を排除する為に行った『毒殺』という大逆。


 側妃は「離宮」の者達にも計画を秘したのは、事の露見を恐れての事。 しかし…… 余りにも杜撰な計画とも言えない暴挙。 この機会に側妃を排除出来たのは未来の策謀に関して云えば僥倖だったと云える。 法務院のとも諮り、「断罪の塔」への幽閉が決まり、余りの罪深さに「毒杯」にて断罪する事が決定する。


 此度の大逆において狙われたのが次代を担う王国の光である子供達。 国王陛下はそれでも何とか、側妃の命を全うさせたかったようではある。 が、国法は国法。 毒杯を与える「承認の印璽」を捺される手が震えていた事は、いまも記憶の中にあった。 玉璽を押された時に漏らされた言葉が、私の心を疼かせる。



”もっと、良き方法が有ったのではないか…… 側妃を迎えたのだから、私にも非は有るのだ。 あの者の心内をもっと良く見て居れば……”



 と、国王陛下はそっと嘆息していた。 そんな陛下の御宸襟を嘲笑う如く、更なる暴挙が側妃によって引き起こされる。 陛下の慈悲が悪い方向で働いた。 断罪の塔への幽閉には基本的には、各宮殿と同じ内装であり、貴人が最後の時を迎える場所としての設えもあった。 油断が有ったのかもしれない。 なんと、側妃は御自身の魔力を用いて、断罪の塔を抜け出した。


 王家の秘事に関する知識と、大きな内包魔力がそれを可能にした。 側妃であり、王妃教育を全うした者だから出来た事でもある。 断罪の塔の唯一の秘密通路を抜け、王宮内を走り、後宮に居られる王妃殿下の元に走り込まれた。


 手に懐剣を持ち、狂気に囚われた姿。 側妃は「毒杯を戴く」まで、王族の籍は抜かれない。 陛下の御意思だった。 名誉ある”死”をお与えに成りたかったのだ。


 王妃殿下の護衛騎士達は即座に反応し、そして、断罪の(やいば)を振り下ろした。 


 この仕儀に、王宮内は騒然となり、対応が後手に回った。 とうぜん生家である侯爵家にも近衛を向かわせるも、此度の仕儀については側妃御一人の思惑であり、侯爵家にとっても迷惑を被った…… との事。 詳細に調査を実施しても、只の一つも生家との繋がりは見いだせず…… さらに、彼の侯爵家からは、側妃御側御用の女官が示唆したのではないかとも、思わせぶりに云われたのみ…… まるでリザードンが尻尾を切り捨てるが如く……


 その側妃御側御用の王宮女官に至っては…… 側妃の『大逆』を、止められなかったと、隠し持った『毒』によって自害してしまう始末。 その事実が公にされた時、王宮女官庁の総王宮女官長からは、激しい言葉を受けた。 



”何故、アレクサンドラを死なせたのですッ! あれほど優秀な上級王宮女官は、いなかったと云うのにッ!! あれほど、側妃様の御心を静め安んじて居た者はいなかったと云うのにッ!! ご報告は、上げておりました! あの侯爵家がアレクサンドラを冤罪に落とし込むやもしれないと。 その為に王宮で保護して欲しいとッ!! 何故に! 何故にサンドラが死なねば成らないのですッ!!”



 側妃の背後関係を調べれば、調べる程、総王宮女官長の言葉は真実であり…… 事実に砂を噛むような毎日を送る事と成った。 



     §―――§―――§



 残されたアルクレイド殿下。 「離宮」に於いて、逼塞した暮らしと、猛烈とも云える「王太子教育」を受けられた殿下。 扱いに…… これ程、『扱いに困る人物』は、居なかった。 既に、多くの貴族達が第二王子殿下の即位に意欲を持ち始めていた。


 アルクレイド第一王子に対しても、廃嫡や、連座にて『毒杯を賜る』事を望む声も多々あった。


 これ以上の擾乱は陛下の威信にかかわるとの判断が、我ら重臣たちの間では共通の認識に成っていた。 よって、アルクレイド殿下には何の罪も問わない様に陛下に重臣一同の総意として進言した。 勿論、陛下もそのつもりは無かったが……。


 王妃殿下が、アルクレイド殿下の境遇に涙し、王妃殿下が後ろ盾となると宣言されたのも、この頃だった。


 しかし、疑心暗鬼は残る。 いくら王妃殿下が後ろ盾に成ると仰っても、陛下の周囲の者達は、アルクレイド殿下の為人は、未だ良く判っていなかった。 側妃が『離宮』に囲われて、殿下の教育に関して何も報告が王宮側に報告されぬ様にされていた事も、アルクレイド殿下の境遇を一層不安定にした事もまた事実。


 側妃は、どれだけの教育をアルクレイド殿下に施しているのかを、第二王子側に知られるのを恐れていた。


 「王家の影」からの断片的報告と、王宮女官庁にはいる細々とした状況報告からも、此れと云って重要な報告はなかったのだ。 全ては側妃によって巧妙に隠されていたのだ。


 よって、全てが(つまび)らかにされた時には、既に王太子に立太子するまでの予定が、側妃様の元で緻密に組み上げられており、今更変更する事も出来ないまでになっていた事に、関係者一同驚きを持つしかなかった。 また、その予定通りにアルクレイド殿下も、懸命に努力されていた事が、事態をより混迷に持ち込む。 アルクレイド殿下の「王太子教育」は苛烈ともいえ、そこに何らかの瑕疵を見出す事が出来なかった為である。


 国王陛下も又、苦渋と云ってよい決断を強いられた。


 それまで家族として遇していなかったアルクレイド殿下にどのような処遇をもって、接すればよいかと、何度も何度も、朝議に掛けられた。 陛下の御宸襟は、アルクレイド殿下を王家の一員として後宮に迎えられ、より良い関係を構築される事だった。


 しかし、それは王家内部の事柄に他ならない。 臣とすれば、不安になる。 あれほど側妃によって遠ざけられ、邪なる野望を吹き込まれ続けていた幼い王子を「後宮」に迎え入れる事は王家の存続に問題があると、考えざるを得なかった。 重臣たちは挙って陛下の御意思に反対する。 既に策謀は始まっている。 第二王子殿下に少しでも危険が迫るような決断を、陛下が下される事は、何としても避けたかった。


 陛下は最終的に決断された。 アルクレイド殿下の御意志を尊重すると。 重臣たちの意見を聞きつつも、陛下の想いを現実のものとする折衷案でもあった。


 陛下は、アルクレイド殿下本人に、これから先どの様な処遇をもって接するかの『希望』を、お尋ねになった。 王宮にアルクレイド殿下をお呼出しに成る前に、私に少しだけ、心内を漏らされた。



”アレの心に沿いたい。 今更…… 父親のように振る舞えまい。 王宮にて共に暮らしては欲しいが…… アレの中では、我らは母を奪った憎い相手でしかないのだろうからな ”



 感情の抜け落ちた様な深く虚ろな表情のアルクレイド殿下が、王宮に伺候し国王陛下の前で、平坦な声で告げられた。 そう周囲全てに対し、深い様々な想いを持っていた、と感じられた。 アルクレイド殿下は、言葉を紡がれる。



「今までのままで。 私はこの離宮にて暮らします。 『母』が…… そう仰っておいででしたから」



 その言葉に国王陛下は頷かれた。 年齢より遥かに大人びた…… 全てを冷徹に見詰めるその瞳に、陛下は溜息を漏らされ、大きく部屋の天井を見上げられた。 



「私では、父には成れんか。 どうあっても、側妃の影響を強く受けているように見受けられる…… 宰相。 アルクレイドの心に沿う者をアレの傍に置きたい。 済まない…… しかし…… あれでは、余りにも不憫であろう。 無理を云う。 宰相が娘との婚約…… 頼みたい。 心から……願うよ」


  

 可愛い盛りの我が子を思い…… この国の未来を思い…… 数々の権謀を鑑み…… 術策を弄する事で、我が娘の未来にもある程度…… 「幸」を見込めるのならば…… 


 この国の宰相を預かるとして、セドニア侯爵家の当主として…… 陛下の朋友として…… 願いを受け入れるしか無かった。 それは、アルクレイド殿下の監視強化の意味も含まれる。 婚約者として、もっとも身近に彼を見つめ続ける「目」としての役割を、娘に課した。


 王国と王家の藩屏たる、大貴族としての矜持と誇りをもって…… 娘に課したこの「役割」が……


 『この決断』こそが、この目の前にある、惨事に繋がっているのだ。





     § ―――― § ―――― §





 そこは、国王陛下の藩屏たる者達が集いし「謁見の間」。 私の忸怩たる思いが、この場に集いし者達に伝わったのか、皆一様に渋い顔をしている。 「愚か者」のアルクレイド第一王子。 その評判が作られたモノであった事が何よりも私の心を重くしている。


 そして、その評を作り出した方こそが……


 今まさに「謁見の間」に伺候された。 王族としてではなく、無位無官、さらに自身の王族籍すら返上する意思を持たれたアルクレイド第一王子。第一王子たる徽章、装具を全て着用しない、一人の青年が清々しい笑みを浮かべ、我らが居る前に、まるで”男爵家の使用人(王国平民)”が如く……


 「謁見の間」にたった数歩(・・・・・)足を踏み入れた”場所”で膝を折り、臣下の礼を捧げるのを……


 私は、そんなアルクレイド殿下を、呆然と見つめてしまった。



「お呼び出しにより、臣アルクレイド、罷り越しました」



 朋友である国王陛下。 その表情は硬く、何よりも苦渋の表情を浮かべている。 もっと早く、知れて居れば。 もっと早く、殿下の御宸襟が判っていれば。 もっと、よく王家の皆様方の状態を観察していれば。 もっと早くに、娘の語る『言葉』を疑っていれば……


 いくつもの悔恨が私の心を苛む。


 アルクレイド殿下が、何を思い、何を考え、そして 何を成したか。 私が知り、協力し、策謀を練り、術策を弄したのは、つい先頃の事。 我が娘からの酷評が、常に耳に届いていた為、初動を違えた事に深く後悔を覚える。


 『王家の影』からの報告は常に私の元に届いていたと云うのに…… 『王宮女官庁』からも、定期的に報告が上がっていたと云うのに……


 散りばめられる「事実」の数々に気が付いても、それを気のせいにしてしまった私の不徳の為す処。 もし…… もし、もっと早くに、『殿下の御宸襟』についての考察を始めて居れば…… もっと丁寧に、情報を拾っていれば……


 我が国は「稀代の賢王」(アルクレイド殿下)に、次代を担っていただけたで在ろうに…… 


 深く溜息をお漏らしになった国王陛下。 ”心”を、決められたか。 下級貴族に対しての言葉を口にされる。




「ふむ。 直言許可を与える。 近くに」


「はっ」




 アルクレイド殿下は、そのまま深紅の絨毯を進み、玉座十五歩手前にもう一度膝を付かれる。 今度は胸に手を当て、深々と頭を垂れる。


 王国の…… 王族方々が絶対に国王陛下にはされない、臣下の礼。 国と国王陛下の藩屏たる者が捧げる”その姿”を、間近に見る我ら陛下の側に立つ者達。 それまでのアルクレイド殿下の評とは、一線を画するその姿に、皆一様に言葉を失う。 ”あれほど驕慢で、傲慢な方が…… 何故、このように…… 真摯に誇り高く矜持に満ちているのか……” 「謁見の間」に集いし漢達の心には、疑問が疑問を呼び、誰の口からも言葉は出なかった。


 沈黙が謁見の間を支配する。 国王陛下のお言葉を待つのみ。




「アルクレイド。 我が国に居らぬ時に、やってくれたな」


「一網打尽にするには、相応に機会を伺わねばなりません。 陛下が国を離れている時が油断もしましょう。 宰相閣下の ”お指図”により、悪しき者共を暗き闇の中より引きずり出しましたまで。 陛下御不在時での所業には、改めまして謝罪申し上げます。 誠に申し訳御座いませんでした」


「宰相から話は聞いている。 麻薬に絡んだ貴族達の一掃は大きな被害も無く終わった。 縛に付いた者達の処理も目途は付いた。 六十四家がその家名を失い、領地も一旦王国に接収する事になった。 財産も接収した。 首謀者とその手先となった十八家に於いては、処刑の断を下した。 随分と風通しが良くなったものよ」


「禁を犯さば、その罪を贖うのは仕方のない事。 此度の擾乱は民に損害を与える前に宰相閣下の采配により留められました。 国王陛下の御威光も陰ることなく、王国に遍く慈悲の心を示されたと、そう思います」


「心にも無いことを…… 此度の擾乱における初動はお前の ” 気付き ” であったのではないか」


「畏れ多きこと成れど、お気付きに成られたのは、王宮薬師院 薬剤局長。 さらには、王宮魔道院、筆頭魔導師殿に御座いますれば、その栄誉は彼らの物であると、そう考えられます。 決して私の ” 気付き ” などでは御座いますまい」


「多くの精鋭が北部南部より合力に応じたと宰相は云う。 犬猿の仲であった二家がこうも協力的であったことは、王国史の中でも稀有である。 二家の蟠りを解いたのは、アルクレイド…… お前だと二家の当主達が云うが……」


「誠にもって、誤解に御座いましょう。 わたくしは、ただ、礼法院に居た二人の者が、互いの家を侮辱し合ったことから、彼等から求められた「決闘」を認めたのみ。 互いに研鑽した己が力をぶつけ合った結果、己の間違いに気が付き、更に心に誓う誓約に思いが至った。 ただ、それだけに御座います。 戯れに、「決闘」を許可した迄。 それについては、既に陛下よりお叱りを受けております。 お忘れでしょうか? 両家の者達が此度の擾乱に合力を積極的にしたと云うのであれば、それは正しく己の誓いを、王国の藩屏たるを誓った事を遵守するために行った行動。 なにも、不思議ではございますまい?」


「……そうか。 判った。 両家には此度の功績により、昇爵を予定しており、両家とも辺境伯位を得る」


「善き事に御座います。 王家、王国の剣となり盾となる家にございます。 より一層の研鑽を積み、王国の安寧に寄与する事に御座いましょう。 御目出とうございます」




 国王陛下の最後の望みを、アルクレイド殿下はご自分で断ち切られた。 一つでも…… そう、たった一つでもいい。 その御自身の業績を、お認め下されば殿下の処遇は『最悪』とも云える物では無くなると云うのに。 渋い…… 本当に渋い表情を浮かべられる国王陛下。 共に耐えがたい雌伏の時を過ごし、私の事を朋友と呼ばわれる国王陛下が、視線を私に向ける。


 私には無理だ。 この場に集う重臣達に何と言えばいいのか。 アルクレイド殿下は行われた全ての事を、水面下に抑えられ、表に顕わされるのは、常に「愚か者」の行状…… その韜晦する姿をそのままに受け取っていた重臣たちの困惑はいかばかりか…… 


 陛下の問い掛けの言葉は、この王国の闇を払い、光に満ちた国へと至る道筋をつけた事に他ならない。 重臣達には「勘」の悪い者は居ない。 厳しい時代を国王陛下と共に潜り抜けた漢達である。 きっかけさえ有れば、「真実」の断片をその頭脳の中で組上げる事など、造作も無い。 そして、彼等は真実に至る……


 私と同じように、後悔と悔恨を表情に浮かべ始める。 何人かの重臣は既に知っていたのか、最初からそうであるかのように、頑なに表情を変えない。 そうなのだ。 殿下はそれを良しとしたのだ。 だから、敢えてこの場で否は唱えない。


 殿下の御宸襟を垣間見た者達は…… そうなるのだ。 南方、北方の武家の貴族。 王宮薬師院 調剤局長 王宮魔導院 筆頭魔導士。 その他にも幾人かの漢達も…… そして、壁際に並ぶ「離宮」の者達。 だれも、宰相たる私を非難の眼では見ない。 それは、確固たる「殿下の意思」を、垣間見て居るからに相違なかった。


 そして、国王陛下は決定的な言葉を紡がれる。 最後の…… 最後の機会だった。 陛下が”父”として、何もしてやれなかったアルクレイド殿下に対する思いが滲み出ている。 アルクレイド殿下の御宸襟の内に有るモノが何であれ、最後の最後まで、アルクレイド殿下をご自身の家族として扱えなかった一人の(哀れな父親)が口にした、『懺悔と悔恨』の短い問い掛けの言葉だった。



「アルクレイド…… お前がそう仕向けたのか?」


「はて、何のことに御座いましょうや。 わたくしは怠惰で慮外者では御座います故、そのような思慮深い者では御座いません。 それは、十七年余 わたくしを監視し続けてきた 王家の「影」の手により、ご報告がなされている筈。 更に、王宮女官達からも普段のわたくしの行動は総女官長に報告が行っている筈では御座いませんか。 そこに不審な事や、今陛下がお考えになったような兆候が御座いましたでしょうか? 在りはしません。 もし、何らかの報告が在らば、即座に陛下は対応されるはず。 その為の ” 監視 ” で御座いましょう?」


「…………アルクレイド。 では、何故、宰相が度々夜半に離宮を訪れた」


「叱責に御座います。 その点は、まさに申し訳なく思っております。 皆さまもご存じの通り、わたくしの婚約者は宰相閣下の御令嬢に御座いました。 が、わたくしが意思の疎通を怠り、関係性は冷え冷えとしたものとなり果てました。 これは(ひとえ)に、わたくしの不明の致すところ。 彼の御令嬢には、 ” 貴方なんて、産まれて来なければよかった ” と、云われる始末。 全く、わたくしの不徳の致すところ。 それゆえ、何度も宰相閣下は離宮を訪れ、わたくしを叱責されたのです」



 あ、あのバカ娘めッ! ほ、報告が上がっていないッ! そのような不敬すら犯していたのかッ! 殿下も敢えて歩み寄られなかったが、娘も又、歩み寄りの姿勢を見せないどころか、周囲の雑音に惑わされ、殿下の本質を見極める努力を怠った…… 私が娘に課したのは、殿下の御宸襟を見る為の「目」としての役割。 コレでは、どちらが「愚か者」の謗りを受ける事かッ!  


 娘は最初から、どうにも、誤解していたようだ。 その『懸念』は、アルクレイド殿下より、予ねてより私に指摘されてもいた筈だ。 礼法院一年目の大舞踏会の失態を聞きつけた陛下と王弟殿下、そして私の目の前で…… まさか殿下御自身が、それほどまでに『深く』私の娘を観察していたとは…… 思いもよらなかった。


 陛下のアルクレイド殿下への御恩情と、殿下の後ろ盾と云う意味でも、私の娘との婚約…… 全てを見通されていた上、娘の心の在処すらご存知で、それを良しとされていたなど…… 陛下自ら宣下された「婚約」を白紙撤回すると云われたのだ。 


 それも…… 娘の名誉を傷つける事無く、全ての原因をご自身が引き受けると進言された。 陛下は激怒されたが…… 咄嗟に感情を覆い隠しては居たが、私は嬉しかった。 アルクレイド殿下のお気遣いに、感服してしまった。 その際の言葉の数々。


 あの場でも、アルクレイド殿下は、娘の性格上の瑕疵(かし)を言い当てられていた……


 今年度の礼法院大舞踏会で、殿下が会場を出られる直前…… 娘に伝えられた言葉。 娘が想う相手との婚姻が結ばれるであろう事。 そして、娘の性格上の瑕疵についての御言葉。 今でも(ほぞ)を噛む。 もし、娘が今少し殿下の御宸襟に近寄り、殿下の本質を見る事が出来ていたならばと……


 そうで有れば、当然(・・)気が付くはずであると……


 幾度もの「離宮」への深夜の訪問。 その時に殿下に申し上げた言葉は、私の本心だった。 性格上の瑕疵…… つまりは「行き過ぎた正義感」とも言える独善性(・・・)。 周囲の噂の取捨選択をせず、本質を見極めるための情報収集を怠ったのだ…… そして、思考の放棄。 


 殿下が娘に伝えられた通り、王妃教育では伝えきる事が出来ない、為人(ひととなり)の部分で、王妃たる者に当然備わっているべき資質に問題があったのだ。 侯爵家での教育も、王宮での教育も全て上手く運んでいたための…… 陥穽でもあった。 薄っすらとした笑みを浮かべながら、夜半の「離宮」に於いて、殿下より伝えられた言葉が思い起こされる。



”卿の娘は、素直に過ぎ(・・・・・)ます。 自身の『正義』に何ら疑いを持たない。 それでは、王妃として王の側に立つには問題もありましょう。 例え、重臣の方々が補佐すると云えど、なんら疑いも無くその言葉を飲み込むのならば…… 彼女の幸せを遠ざけてしまうでしょう。 このままわたくしとの婚約を継続するならば、きっと御心を壊す事に繋がり、その末路は我が母上の末路と重なります。


 嫌ですよ……


 あんな悲惨な末路を迎える女性が存在し得る環境を私が提供するのは。 王国の頂点に近しい女性ならば、余計にです。 ですから、宰相閣下。 彼女には素直なままの素敵な女性でいて欲しいと、そう願います。 自身の正義が振るえる様な立ち位置を守ってあげて欲しいのです。 王弟殿下の御子息ならば…… 次代の国王陛下、及び妃殿下の良き相談相手に成る事でしょう。 現象への一面の正義を語られる限り、彼女の正義は機能します。 王弟殿下の御子息も思慮分別の深い方だ。 ならば、『王国の良心』としての役割をお与えになれば宜しいのです”



 胸が潰れる様に痛かった。 アルクレイド殿下を蛇蝎のように忌み嫌う我が娘に対してまで…… 深く洞察し、光への道を辿る第二王子殿下の藩屏たる立場を思いやって下さる……

 しかし、私はこの国の宰相でもあるのだ。 娘にも貴族の矜持が有るのだ。 だから、敢えて申し上げた。



”もし、娘が殿下の行いに対し疑義を持ち、殿下の行う事に関して少しでも洞察できたならば…… 今回の擾乱に関する情報を開示したくあります ”



 ……と。 しかし、それすらも…… 全うできなかった。 娘は最後まで…… 最後の最後まで、歪な殿下の行動を見極める事は出来なかった。 自分の確固とした正義が…… 目を曇らせてしまった。 逍遥と項垂れるしか無かった。 


 国王陛下も、あの日の約束を思い出されたのか、苦し気に問いかけられる。



「そちは…… 宰相の娘との婚約を…… 」


「以前お話致しました通り、白紙撤回していただきます。 礼法院の卒業を以て、彼女の姿勢が変わらぬままであり、わたくしの資質がこのような物である限り、この婚約は不成立となる。 陛下もお認めになった状況に御座います」


「……変わらなんだ。 変われなんだ、と云う事か」



 この「謁見の間」に集う者達の中で、かつての取り決めを知る者は、三人のみ。 陛下と王弟殿下、そして アレの父たる「私」だ。 アルクレイド殿下と我が娘の婚約の白紙撤回は…… 殿下の狙った状況により決定(固定)されてしまう。 王弟殿下さえも、その表情に深く苦い物が浮かび上がる。 淡々と飄々とアルクレイド殿下は言葉を紡がれる……



「御意に。 この様に人望も器も無き者が、第一王子として、王位継承権者であること自体が、この国に不安を撒き散らす事に他なりません。 あの場で口にした事は、全て事実。 外国の公子も外務官も居られました。 わたくしの口にしたことは、覆る事は無いと思われます」


「短慮な……」



 国王陛下の搾り出したような「本音」に対し、真摯な眼を向け、重々しくもまるで天より降り注ぐ、

託宣(ハングアウト)のようにアルクレイド殿下は言葉を紡がれる。 



「熟考した故の言葉に御座います」



 殿下はご自身の立場を…… どのように王国の安寧に寄与されるかを…… 遠い昔に決められて居たと云う事か…… もはやこれまでと云う事か…… 王国の至宝と成るべき尊き方が…… その身を市井に落とされるのか…… いや…… そうは成らない。 陛下がそれを許さない。 王国の秘事に通じた殿下を易々と市井に落とされる訳は無い。


 我々だけが知る、功績の高さ故、殿下を逼塞させ膿ませる選択など出来はしない。 主要な重臣たちとも語り合った。 殿下が御意思を示された「礼法院大舞踏会」の日より今日の朝議に至るまで…… 殿下が少しでもご自身の功績をお認めに成るのであれば、その身は王族として遇せられ王宮に残る手筈と成っていた。


 ―――― それすらもアルクレイド殿下は、拒絶なされた。


 だから…… だから、決してしまった。 我々が最悪と想定した事態に……


 「謁見の間」に渦巻く、不穏な空気。 この部屋に集う者達が固唾を飲んで、殿下と陛下を交互に見詰める。 そうなのだ。 この場に集う皆も理解したはず。 此度の王国の根幹を揺るがす様な擾乱を極めて軽微に抑え込んだ者が誰なのかを…… 理解したはずなのだ。


  …………もう、遅い。 何もかも、遅かったのだ。


 事此処に至っては、殿下の処遇は決せられた。 延々と語り合った最後の落し処に向かって…… 国法を遵守した手順を護り…… 殿下を飼い殺しの身に落とす為の ”茶番”が始まる。 陛下の声がまた一段と下がり、痛々しくも寒々しい物に代わる……



   ―――――



「アルクレイド。 まずは立て」



 アルクレイド殿下は陛下の言葉通り、臣下の礼を解き、立ち上がる。 国王陛下と王妃殿下が『玉座』から立ち上がられた。 背後に控えていた式部官が白地に金糸で王国の紋章が綴られたマントと宝冠、それと、剣を捧げて持たれた。


 王国法には、第一王子を直ぐに廃嫡する規定や条文は無い。 


 国法では、どんな愚かな行動をとった第一王子も、全てはそう成さしめた周囲の教師、側仕え、側近の者達の責任であり、王子には責が無いとされる。 王家の権威を護る為に”第一王子の廃嫡”だけは許してはいない。 でも…… 愚か者には王位は渡せない。 依って…… こんな茶番をする必要が有るのだッ!



「第一王子を、いきなり廃嫡には出来ない。 国法をもって、お前の身を処す場合、どうしても行わなければならぬ事がある」


「はい」


「これを」



 差し出されるのは、王太子の証である、マント。 胸の前の飾り紐が止められ、頭に宝冠が乗せられる。 凛々しい御姿だった。 もし、もう少し我らがアルクレイド殿下の御宸襟を垣間見られたならば…… もう少し時間が有れば……


 ――― 国を挙げての式典になる筈であった光景が、矮小化されて目の前に顕れる。




「跪け。 頭を垂れよ」


「…………」



 王妃殿下がアルクレイド殿下の前に進まれる。 そして、国王陛下より剣を受け取り、鞘から抜く。 キラリと刀身が眩く、謁見の間の魔法灯火に反射していた。 高貴で真摯な表情の王妃殿下が、殿下の前に立ち、御手にされている『宝剣』の峰を殿下の肩に当てる。



「この国にその身を捧げ、以て王国の安寧に尽くすか」



 ―――― それは、まさしく「立太子の義」に於ける、王妃殿下の宣誓。



「この身、果てるまで、王国に尽くします」


「王国の民を率い、この国に害するものを排除し、王国の発展に寄与する事を誓うか」


「我が身にある、権能、権益、全ては民よりの預かりしモノ。 王国の未来を切り開き、もって、光溢るる国と成す事を誓い奉る」


「ここに、アルクレイド第一王子を、王太子として立太子したことを宣する」



 王妃殿下は、トントンと二度肩に宝剣の峰をアルクレイド殿下に打ち当てられる。 振り返り、国王陛下の元に王妃殿下が戻り、宝剣を差し出す。 陛下はその宝剣を受け取り、鞘に収納する。 そして、陛下は宣下される。 誇らしげであり、寂し気である声音だった……



「ここに、アルクレイドが王太子として立太子した。 皆、良いな」



 一斉に膝を付く謁見の間に居た重臣や、この国にとって重要な人々。 殿下はその陛下の御言葉を受け、陛下の御前に向かう。 陛下は、手に持った『宝剣』を差し出される。 殿下は恭しく、両手でその宝剣を受け取られ、腰にする。 その姿は、誠、この国の王太子殿下だった。 


 直後、陛下は苦し気に言葉を発した。



「アルクレイド王太子。 その剣を抜いて、差し出せ」


「…………」



 なんの気負いもなく、さもそれが当たり前だと云うように殿下は、国王陛下の御言葉通り『宝剣』を抜き、” 抜き身 ” を、陛下に両手で差し出す。 陛下は、差し出された剣を受け取ると、刀身と柄を握り、【身体強化魔法】で体を覆ったのち……


 ―――― 一気に刀身を折られた。



「アルクレイド王太子は、王太子の任にあらず。 よって、この者の身分を剥奪し、廃太子と成す。 余りにも多くの、王家、王国の秘事を受け継ぎし身なれば、その身を王領シュバルツ=シュタット、湖畔のノイエ=シュタット城に置く。


 王太子の誓いは、廃太子となりし後も有効である。 彼の地に於いて、王国と民の為に尽くせ。 爵位は無く、廃太子と称せ。 王領シュバルツ=シュタットは、これを公爵領と同等と成し、以後、廃太子アルクレイドの管轄下に置くこととする。


 尚、廃太子アルクレイドは我が国、王家の籍は抜かれるが、以後準王族として取り扱うこととする。 貴族籍もこの者には与えぬ。 お前を市井に放逐する事は、王家の秘事を市井に流すのと同義。 コレはこの国の王としては看過し得ない。 


 王領シュバルツ=シュタットは、公領シュバルツ=シュタットとなし、領を差配するは、廃太子アルクレイドとする。 準王族と成った廃太子は貴族に有らず。 よって、公領には、王国の法は適用せず。 周囲の王領には、常備軍を配置し、コレを監視する事とする。


 もう一つ。 アルクレイドの伴侶に関しては、王家、貴族院の了承を得ず望むがままとする。 貴族でも平民でも無い、廃太子アルクレイド…… 良く公領を治めよ。 良いな」




 最悪の中の最善の方法。 アルクレイド殿下を膿ませる事無く王家の飼い殺しと成す方法。 公領において、ご自身で公領を治める。 しかし、殿下は王族でも貴族でも、まして市井の民でも無い身分に押し込められる。 そして、問題のある領地に押し込められ、その能力と為人は封殺される事に成る。


 殿下を市井に落とさず、国外にも出さず、王家の秘事を護りながら、その生涯をあの小さな公領で過ごさせるとの判断であった。 云わば、飼い殺しとなす…… 益体も無い。



 ―――― アルクレイド殿下は、我らの罪の象徴となるであろうな。 



 しかし、殿下の事だ…… 一筋の希望だけは、有るには有るのだ。 その意を汲めるだけの素養は、殿下には備わっている。 だから…… 気が付いて欲しいと、そう願う。 あの小さな公領に於いて、王国の法は適用されない。 殿下の思うがまま、心の赴くがままの領となる。 小さな公領で有ったとしても、それは、アルクレイド殿下の”国”そのものと成る。


 ……それには多大な手伝いが必要だが、その心配も無かろう。 殿下の御宸襟を実現する”当て”も有るのだ。 …………王宮の深い闇の中で、王宮女官庁で、王宮薬師院調剤局で、王宮魔導院で…… それは、凄まじい混乱が発生したのだ。 その事実が、証左だからな。



「はい、国王陛下。 ご温情誠にありがたく」


「最後まで…… 父とは、呼ばなんだな」



 言わずもがなの言葉を国王陛下は紡がれる。 そう成さしめたのは、我ら陛下の側に居る者達の、策謀の数々なのだ。 陛下はもっと早くに、アルクレイド殿下を後宮に迎えようと、意思を示されたのだ。 それを止めたのは、我等重臣一同なのだ。


 悔恨に胸を焼かれる。 陛下は、「情」深き方なのだ。 気には掛けて居られたのだ。 手も差し伸べようとされていたのだ。 しかし、その全てを悉く遮ったのは、眼が曇っていた我らなのだ。 アルクレイド殿下の処遇に関して、全てに於いて対応は後手に回り、気が付けば、殿下御自身に陛下の慈愛の手は、振り払われた。 最後の最後まで、陛下には殿下の御宸襟を伺い知る機会は無かった…… のだ。


 ――――― すべては我らが責に他ならない。


 アルクレイド殿下は、陛下の御言葉に頭を垂れ、言葉を紡がれる。 淡々と、平坦な御声だった。 そこには、既に ” 家族 ” と云う認識は存在しなかった。 国王陛下と藩屏たる臣…… それ以上の関係性を見出されてはいなかった……



「畏れ多い事なれば」



 余りにも無残な陛下への御言葉。 瞑目された陛下は大きく息を吸われ、この「謁見の間」に集う重臣達に語り掛ける。 それは、まるで自分自身に言い聞かす様な響きすら持っていた。 皆の心に染み入る様な玉声が「謁見の間」に広がる。



「皆の者、良いか。 本日只今より、この者を廃太子アルクレイドと呼称する様に。 第一王子としての責務を放棄した、アルクレイドに対する罰である。 以上だ……」




 父子の断絶。 何より、陛下の御言葉はご自身に対するモノでもある。 アルクレイド殿下への罰と云うよりも、ご自身に対する罰であろう…… 「謁見の間」より、立ち去られる間際の、陛下が呟かれた『言葉』が、我が耳朶を打つ。




 「馬鹿者め…… これしか、方策は無かった…… 許せ……」



 

 陛下の御宸襟の在りかが理解できる、言葉だった。


 この悲劇を成した我ら側近たる重臣達は言葉を見失う。 踵を返され、折れた『宝剣』を片手に持たれた陛下は、今にも泣き崩れそうな表情の王妃殿下の肩を抱いて、奥の間に下がられる。 シンと静まり返った「謁見の間」。 集いし漢達が見守る中、最後まで臣下の礼を解かれなかった、アルクレイド殿下は立ち上がられる。


 清々しく、凛々しい表情を浮かべられ、一堂に一瞥を投掛けられ…… まるで王者のように…… まるで、賢者のように…… その場で踵を返し「謁見の間」を、獅子の如く堂々と後にされた。




     § ―――― § ―――― §




 その日の内に廃太子アルクレイド様は、「離宮」を離れられたと云う。 「離宮」へは、見送りには貴族の面々は訪れなかった。 回廊列柱の影から…… 王城門の高楼の上から…… 「離宮」近くの馬場から…… 王宮の一番高い尖塔の窓の側から…… 廃太子アルクレイド様の姿を遠目で見詰める人影があったと…… そう報告があった。


 私にはその資格は無い。 粛々と自らの職責を果たすのみ。


 私は離宮より返却された王太子の証である、『マント』と『宝冠』を受け取り、式部官が保管していた、陛下御自らが折られた『宝剣』を受け取り、代々の国王陛下の列せらる「肖像の間」に向かう。 連綿と続く国王陛下の肖像画の最後の場所に、一台のトルソーを準備しておいた。 その背後の壁には廃太子アルクレイド様の肖像画は無い。


 トルソーに廃太子殿下が御付けに成られたローブを掛け、側に有る宝飾台に宝冠を載せる。


 肖像画の代わりに壁には、一台の武器掲揚台が設置されている。


 折られた宝剣をその台に掲げた。 ここに、アルクレイド王太子殿下が廃却され、廃太子アルクレイド様として、王国の記録と記憶の一部に成った。 王国史にもそう記載される。 ”王太子の任に非ざりき、アルクレイド王太子はその身分を剥奪され廃太子とされる” ……だ。


 表情に何も浮かびはしない。 そうなる様に画策していた以前ならば、術策の完遂を祝い仲間たちと祝杯すら挙げていただろう。 そんな気には…… 全くなれない。 そんな権謀術策を弄していた我が身を振り返り、羞恥さえ覚える。


 背後に人の気配がする。 よく隠蔽されてはいたが、それでも、私には判る様に…… まったく、王宮女官長と云う人は……



「サンドラが娘は、”唯一”を見つけたようです。 これで、彼女にも安心してもらえると思います」


「サリーと言ったか」


「サリナ=シェイナ=グランパス。 グランパス上級伯爵家の令嬢にして、王宮女官庁の中でも最良の能力を保持する上級王宮女官です」


「廃太子アルクレイド様の御側に…… ですな」


「サンドラが、そして父君である元グランパス卿がお望みに成った、愛娘の幸せの有る場所で御座いましょう」


「そうか…… 「離宮」の主だった女官達もまた、離職したと?」


「サリナを含め、五名。 皆、側妃様と深く関わりのあった上級王宮女官達です。 王宮女官庁としては、とても痛い。 優秀で職務に精通した上級王宮女官は、易々とは任命できる役職では御座いませんもの。 その事は宰相閣下はよくご存知かと? 「王家の影」を含め、王宮でも大騒動であったと、小耳に挟みました」


「…………最も優秀な、「目」と「耳」と「手」が、一時に五名抜けた。 その他にも…… な。 穴埋めに必要な人員の手当てが、追い付かない。 暫くは…… 防諜、諜報に軍より人員を割くほか無いと、そう決議した」


「首輪をつけて居なかったのですか?」


「総王宮女官庁では、そのような物を? 基本「王家の影」は、幼少の頃より王家の藩屏たるを刷り込んでおるので、敢えてその様な物は付けていなかった。 忠誠心と恩義で縛りはしておったらしいのだが……」


「対象が王国、国王陛下から、廃太子アルクレイド様に…… という訳に御座いますね」


「あぁ…… 全くもってその通りだ。 王国の安寧を保つならば、あ奴らの退職の辞は間違ってはいない。 公領に於いて、廃太子アルクレイド様の御側にて、あの方を良く助け、以て王国の安全と安寧に寄与すると、そう云われてしまえば、いかな「王家の影」の者達が強権を振るおうとしても土台無理な話だ。 それ程の能力を彼等は持っている」



 壁の飾り棚に掲げられた、折れた宝剣を見詰めながら、そんな言葉を交わす。 彼等だけでは無い。 「離宮」に勤めていた者達もまた、各上級職に辞職届を差し出し、今夕より王都を離脱し始めたと聞く。 年若き者を除き、相応の職務に熟達した者達は皆、廃太子アルクレイド様の御側へと向かうという。


 あの方の魅力に引き寄せられたという訳か…… さもありなん。 身近で見続けた者達だ。 その判断は然るべきものだ。 だから余計に胸に刺さる、私の愚かな行動と判断が…… 大きく溜息を吐き出す。



「 「白銀宮(ラルジャンパレス)」に関しまして、人員の増員を願います」


「あぁ、そちらの問題も有ったな…… 王宮より各職は派遣する。 しかし女官、侍女、下女は、王宮女官庁にて当たって欲しい」


「………………上級王宮女官の手当てが付きかねます。 王宮女官であれば数人…… 王宮侍女は新任の者となります」


「アレには…… 良い薬と成るな」


「左様にございましょうや?」


「なにか…… 問題が有るのか?」


「離宮女官長の成り手が居りません。 サリナにその任をと、考えて居たのですが…… 宰相閣下のお嬢様は難しい御立場に成られますが故、万全の体制を整えなくてはなりますまい。 しかし、その為の人材が払底しております…… 王家の影からも、無理を承知で人員を割いてもらわなくてはなりますまい」


「それも…… 難しいな。 離宮の女主人として娘がどれ程の手腕を発揮するかが…… 肝となるな」


「………………難しゅう御座いますわ。 「不適切な正義」と、アルクレイド殿下が看破された為人。 何処まで王宮の魑魅魍魎と対峙できます事か。 それに、閣下のお嬢様は、何かしらの秘密を抱え持っているかの御様子。 長く王宮女官長を勤めているわたくしには、そう見受けられて仕方ないのです」


「娘が抱え持つ「秘密」とな? 益々もって総王宮女官長の「役目」が重きをなすな…… 済まぬが娘が事、頼めないか?」


「わたくし…… に御座いますか? 御冗談を。 本宮だけでも精一杯なのですよ。 あぁ…… サンドラが居て呉れればと、幾夜嘆息した事でしょうか。 …………そうで御座いましょ、宰相閣下(・・・・)


「それに関しては、私の不徳の致すところ。 真摯に謝罪する。 あれほど王宮女官庁からグランパス上級王宮女官の保護を願われていたのに、みすみす服毒を許してしまった王宮に全ての責はある。 済まなんだ」


「謝って貰っても、サンドラは帰っては来ませんのよ? …………サンドラが件はわたくしにも責が御座います。 よう御座います。 宰相閣下の願いは聞き届けましょう。 離宮の女官長の代理として、わたくしが総取締役と成りましょう」


「済まぬ…… 苦労を掛ける。 アレを…… 娘を導いて欲しい」


「御意に。 …………それならば、もう一つお約束頂きたい事が」



 冷たい声音の総王宮女官長。 彼女がこのような声を出す時は決まって無理難題を言い出す時。 身構えその言葉を待つ。



「サリナが意思。 廃太子アルクレイド様が意思。 決して邪魔をせぬ事を」


「……それは、陛下の御言葉も有る。そして何より公領は王国の法の及ばぬ場所と規定された。 我らから何かを及ぼすという事は……」


「故にです。 王国法が至らぬ無法の場所と成らば、王国内の貴族共が何を考えるかは自明の理。 王家の蒼き血脈を持つ廃太子アルクレイド様との縁を結び家の威信を高揚せしめんと画策する者共も居りましょう。 見逃されぬ様、お願い申し上げます」


「…………あの娘の幸せを望むか」


「当たり前に御座いましょう? これは、わたくしに課された責務でもあるのです。 いえ、罰とも言えましょう。 理不尽な現実に『光ある未来』を奪われた娘の幸せを願わずにはおれませんもの」


「無私の総王宮女官長が云うか……」


「ええ、この際ハッキリ言いたいのですが、もし、お認め頂けないのであれば、わたくしもまた職を辞させて頂きましょう」


「それは由々しき事だな。 判った。 理解した。 公領の監視に関してはコレを厳とする。いやせねばなるまい。 よって、その様な事は言うな。 『約束』しよう、これ以上、王宮に混乱をもたらすような事は、王国の安寧にも重大な懸念と成る」


「お判りいただけて嬉しゅうございます」



 喰えない女狐だ。こちらの弱みを的確に突いてくるな。 こうで無ければ、魑魅魍魎共が跳梁跋扈する王宮の総王宮女官長など勤まらんのだろう。 もう一度、深い溜息が口から洩れる。 影からの報告の一つが、ふと脳裏に浮かび上がる。


 口に出る前に、黒い笑みが頬に浮かび上がる。 一矢を報いるのには、良き情報だった。



「全ての貴族の動向は探らせよう。 公領にちょっかいを掛けぬ様にな。 そうそう、総王宮女官長。 今は王領に編入されている、旧グランパス上級伯爵領に一人の男が居る。 『彼の侯爵家』の三男であり、当主に歯向かい、その籍を抜かれし男だ。 額に汗し、開拓民と共に農具を持って、荒れ地と格闘しているという。 侯爵家の籍を抜かれた為、今回の擾乱に於いて連座適用を免れ、『処刑』及び刑罰は課されていない。 一介の開拓民と成り、旧グランパス上級伯爵領に留まり続ける、そんな漢だ。 なんでも、高い教育を受けた男だそうだ。 彼もまた、公領からの”排除対象”となるか?」


「えっ?」



 私の言葉に、総王宮女官長が言葉を失う。 ハハハ。 一矢は報いたようだな。 それとなくヒエロスに情報を流しておくか。 あ奴らも熟達の領地経営の手腕を持った者が、どれほど大切かは身に染みている筈だ。 どの様な立場を与えるかは判らぬが、けっして粗略には扱わぬであろうな。 


 それが、廃太子アルクレイド様の妃と成らるる女性の”父君”で有るのならば余計にな。



「お人が悪い。 狸の総大将だけの事は有りますわね」


「女狐にそう評せられると、面映(おもは)ゆいな。 ならば?」


「思召し、有難く。 サンドラと再び会う『遠き時の輪の接する所』に於いて、良き報告が出来ますわね」


「あぁ、そうしてくれ。 公領がどの様な場所に成るのか…… 今から楽しみで成らなくなった」


「若き者達の理想郷…… 血脈の呪縛を振り払い、古き酒袋に新しき葡萄酒()りし公領…… どの様に醸されるのか…… わたくしも、楽しみに成ってまいりました。 …………陛下も、その御積りだったのでしょうか?」


「あの方は倒れても、只では起きない御方だよ。 王国の未来に光を置かれる事のみを追求されておられる。 そして、王国の在り方の一つを廃太子アルクレイド様に任命されたのだと…… 私は思うのだ。 朋友(とも)として、陛下の御宸襟を垣間見る者として…… 陛下の想いは理解しているつもりだ」


「…………左様に御座いましたか。 陛下のアルクレイド殿下への仕儀については、王宮女官庁でも不信を持っておりましたが、払拭される事でしょう。 ……これもまた、陛下の『深慮』の一つと?」


「深慮か…… そうだとは、言い切れぬ。 ……陛下は苦悩されていたと、それだけは間違いない。 返す返すも我らの行いが悔やまれる。 そして、アルクレイド殿下の巧みな韜晦と、廃せられた侯爵家の暗躍がこの状況を作り出してしまったのだ。 真に「賢王」と呼ばれたであろう『尊き方』を、我らが王国に戴ける機会を、……無に帰せしめた。 我ら側近の無能を晒すようで、忸怩たる思いも有るが…… そう云う事だ」


「御意に……」



 そう応えると、気配は薄くなり「肖像の間」より下がる総王宮女官長。 彼女自身にも、幾つも悔いる事が有るのだと、想像出来る。 私の答えに、短く応えたのがその証左だろう。 やがて彼女の気配が完全に「肖像の間」から消え去ったあと、虚空に向かって私は告げる。



「総王宮女官長との合意は遵守する。 展開中の影達に通達せよ。 公領に余計な事をする輩に、『警告』を与えよ」


「御意」



 私に付いている「王家の影」に申し伝える。 そうなのだ。 もはや、廃太子アルクレイド様に対する、いかなる掣肘も、制限も、術策を弄する事も…… 為す事は無い。 廃太子アルクレイド様が野心を持って、公領から出て来られぬ限り……、王国に仇成さぬ限り……、すべてはアルクレイド様の御心の儘に。 


 ――― それが、貴殿を見誤った者達からの、精一杯の贖罪で有るのだから。






     §―――§―――§






 ”アルクレイド王太子”を、廃する手続きに、それからの一週間は忙しく過ごした。 王都の屋敷に帰る暇も無く、王宮に、後宮に、そして貴族院にと歩みを進める。 すべての事柄を終え、貴族院総会での総意と国王陛下のご裁可を戴いた。 王位継承権者は繰り上がり、第二王子オラルド殿下が第一王子となった。


 オラルド殿下には王太子教育をもう一度受け直していただく必要がある。


 アルクレイド殿下が受けてこられた「王太子教育」は、正当なる王太子に必要な教育であり、オラルド殿下が受けておられた「王子教育」とは一線を画す。 当然だ。 オラルド殿下は第二王子。 チャールズ王弟殿下と同じ御立場であったのだから。


 王国法では、アルクレイド殿下に男御子が授けられるまで、予備の王権継承者として王宮にお暮し頂き、万が一の為の予備と成られる御方。 本来ならば、アルクレイド殿下の第一王子殿下が成人される十八歳に成られ、立太子されるまでそれは続く。 その時が来れば、オラルド殿下は公爵位を授けられ臣籍降下をされる。


 よって、オラルド殿下の御教育はある程度、抑えられていた。 王家の秘事。 王国の秘事、秘儀。 そういったモノの中で、差しさわりの無いモノしか御教育されていない。 そして今、予備が必要な事態となった。


 特例として、今後三年間の内に、オラルド殿下が御教育されなかった「王太子教育」を授けられる事が決議される。 それに伴い、第二王子妃となられる御令嬢も、彼女の受けられた「王子妃教育」では履修の必要が無い「王子妃教育」の欠けたる部分を習得する必要があった。


 その御側に我が娘を配する事も決議された。 親の欲目とはいえ、娘は真摯に「王妃教育」を履修している。 各教育官からも、十分な結果と成果が認められると伝えられても居た。 そう、知識に於いては、娘は十分に「王太子妃」そして、「王妃」の知識を、その身に修めたと云う事だ。 


 チャールズ王弟殿下には誠に申し訳ない事だが、少なくとも、後 四 乃至 五年は、王宮に留まってもらう必要が出来てしまった。 オラルド殿下が「王太子教育」を全て履修され、第二王子妃と成る方が「王太子妃教育」を履修されるまで。 そして、オラルド殿下が立太子され、御婚姻の儀を恙なく迎えられ、男御子を授かる時まで、王宮に留まっていただかなくては成らなくなった。


 ……長い道のりに成りそうだ。


 それまでは、何が何でも国を安寧に導かねばならん。 悪辣非道と言われようと、悪鬼羅刹と謗られようと…… な。 ふと、アルクレイド殿下の清々しい笑顔が心の片隅から浮かび上がる。



”これまでの愚行の償いに、もし宰相閣下がお困りに成る事柄で、わたしの協力が必要ならば何時でも、このアルクレイドに連絡を入れてくれ。 出来得る限り期待に沿えるように尽力しよう”



 いつ、この言葉を戴いたか…… 「離宮」に赴き、此度の擾乱への対処をご相談していた時か。 その御言葉は、「廃太子」となった今でも叶えて下さるのか。 自嘲にも似た苦笑が頬に浮かび上がる。 利用し切り捨てようとしていた「尊き方」に助力を求めるか…… なんとも情けない事だ。 フルフルと首を振り、浅ましい考えを脳裏から振り払う。


 ただ、殿下の笑顔だけは…… あの、清々しい笑顔だけは振り払えはしないだろうがな。



 ――――



 此度の擾乱の全ての後始末が終わった後、国王陛下に呼び出された。 王宮に伺候せよと。 妻女も一緒にと云う事だった。 娘はその身の安全を鑑み、既に王弟殿下の宮に滞在している。 娘と王弟殿下の御子息との婚約も既に貴族院の承認を受けていた。 準王族として遇せられている訳だ。


 アルクレイド殿下の婚約者とされていた時よりも、更に厳重に身辺を守護されているとも云える、皮肉な状況だが、屋敷に居れば要らぬ噂も耳に入ろう。 また、その身を狙われる可能性すらある。 国王陛下の御配慮に感謝申し上げている。


 その日、後宮に向かう前に、臨時の朝議があった。 貴族院の歴々の中高位貴族達との大切な朝議。 高位の貴族だけなく有力な中位の貴族達が集く大議事堂での公務だった。 陛下御臨席の朝議はとても重要で、各位の報告や陳情を受けられる場でもある。 


 その朝議に於いて、第一王子となったオラルド殿下が初めて御臨席になる。 議事進行は常の如く私が執り行う。 種々雑多な報告と陳情。 先に文書にて提出されている物も多々ある。 裁定し、判断し、調停し、そして、決断する。 国王陛下の精力的な政務に傍でご覧になっているオラルド殿下も、その身を律し、貴族達の報告と陳情の内容を検討なさっている。 様々な表情を浮かべられているのは、少々問題は有るが……な。


 若く柔軟な思考は、いずれ老練の域に行きつく。


 しかし、それはまだ先の話。 この朝議に臨席させることで、第一王子として、王太子として、そして、未来の国王陛下としての矜持を促されていると見受けられた。 拙速は歪みをもたらすかもしれない。 しかし、時間は限られている。 アルクレイド殿下が非情の手段を以て見出された王国の未来への光は、容易くは掴み取れないのだ。


 だから、焦る気持ちを抑えつつも、最善を掴まねば成らないのだ。


 日々の朝議は、身を削る様な倦怠感を伴い、見詰めなければ成らない「未来への光」を、容易に雑事に曇らせる。 個々に拘れば、大局を見失い、大局を見詰め過ぎれば、市井の民に苦しみを与える。 中庸と公平と、そして、矜持と義務を全うせねば成らない。


 国王陛下とは、国の指針にして、国を率いる強大な『獅子心』の様なモノ。


 様々な意見に矛盾を感じられているのは、その表情を見ればすぐに判る。 オラルド殿下…… 支えましょう。 力を合わせましょう。 しかし、殿下も真摯な努力をして頂きたい。 宰相としての切なる願いに御座います。



^^^^



 朝議が終わり、予定通り後宮の一室に向かう。 護衛達に取り囲まれ、歩みを進めるのは、国王陛下と、チャールズ王弟殿下、オラルド第一王子、そして、宰相たる「私」。 後宮に向かう回廊にて、陛下がオラルド殿下に言葉を紡がれる。 重い言葉を紡がれる。



「オラルド。 朝議に於いて表情を浮かべるな」


「はっ」


「表情一つで臣達の報告が変わる。 常に平常心を保て。 お前が喜怒哀楽を顕わすと、阿諛追従を生む。 常に、公平に真摯に。 忘れるな」


「はっ、父上!」


「オラルド。 此処はまだ王宮(公の場)だ。 王宮で、我の事は何と呼称する?」


「も、申し訳御座いません! へ、陛下ッ!」


「肝に銘じよ。 其方(この場所)ではまだ、オラルドは我が臣。 一旦、公務にその身を捧げ王国に忠誠を誓うのならば、努々(ゆめゆめ)忘れるな」


「はい、陛下」



 陛下のお言葉に苦笑を一つ零す。 国王陛下はまだ根に持って居られるようだ。 アルクレイド王子が決して真摯に、”父上”と呼ばなかった事に。 愚か者の仮面の下に戯れに仰られる以外、常に”陛下”と呼ばわれていたな。 ……誰憚ることなく、「父」と呼べる場所であってもな。


 深き傷に成っているのだと思う。


 後宮へ入る。 巨大な扉が開かれ、中に(いざな)われる。 この門を抜ける事が出来る者は、王国の数多の貴族の中でもごく一部に過ぎない。 豪華でもあり、落ち着いた(あつら)えの調度は、この国の主権者たる国王陛下の御家族に相応しく、重厚で煌びやかであった。


 先導するは、護衛達に代わっての侍従長。


 そして、後宮の中でも一際落ち着いた一室に案内される。 後宮最奥とも云える場所に案内された。 陛下の御家族がお暮しに成っている場所。 なかなかに入る事さえ難しい場所。


 そんな場所に、既に我ら以外の者達は到着していた。



 ―――――



 女性が多いな。 王妃殿下、王弟妃殿下、第一王子の御婚約者、私の妻女、そして、娘…… 男性は、王弟殿下の御子息のみだった。 皆、私達の姿を見て立ち上がり、(こうべ)を下げる。 陛下へのご挨拶だった。



「皆楽にせよ。 此処は後宮である。 さらに、私的にこの場を設けた。 王家の家族として、対応しよう。 さぁ、座ってくれ」



 陛下の御言葉により、この部屋では直言の御許可を戴けたと認識する。 朋友(とも)として、この場に呼ばれたものと推察できた。 なにより、私の妻女迄此処に呼ばれている事を鑑みれば、今後の王家の行く末を論ずる場に成るであろう事は容易に思いつく。


 忌憚のない言葉と、真摯な矜持と柔らかな表情を浮かべ、話し合いが始まる。 王宮では見られない、陛下の御姿であるな。 さて…… 朝議に於いて決定した王家の今後の話からだな。 陛下の深い声色から、話は始まった。



「アルクレイドの件は全て整った。 廃太子として公領を治める事と成った。 全て国法に則り、彼の者は公領の主として、王国法の定めるところと成った。 宰相が娘、マリアンヌよ。 今まで済まなかった。 アルクレイドの婚約者として、多大なる努力と献身を国に捧げた事、国王として感謝する」



 陛下の柔らかく暖かい言葉にも娘は、首を垂れ、何も語らなかった。 小さく頷き、陛下の意思を受け入れる仕草をするばかり。 『不敬』ではないか。 叱責の視線を娘に投げかけるも、陛下は咎めもせず、語り続けられる。



「……そして、我が甥エドワルド。 我が弟であるチャールズが片腕となり、外交に邁進するお前は素晴らしい『我が甥』であると誇りに思う。 そして、なにより、宰相が娘マリアンヌと心通わせているのは、周知の事実だ。 アルクレイドの進言を以て、マリアンヌをエドワルドの婚約者とする。 良いな」


「陛下…… 御意に御座います。 有難き御言葉に、只々嬉しく思います」




 エドワルド殿下が娘の手にそっと手を重ねる。 娘はエドワルド殿下の御顔を見詰め、小さく頷いた。 やはり、そうなのか。 娘の心は、アルクレイド殿下の元では無く、エドワルド殿下の元に…… その事実を見せつけられ、苦いアルクレイド殿下の言葉が、脳裏に浮かび上がる。



”わたくしとは合わぬのです。 彼女の幸せは、わたくしの元には御座いますまい。 相応しき者が居られる。 そうで有りましょう、宰相閣下”



 かつて、陛下と王弟殿下、そして、私に向かって言葉を紡いだ、アルクレイド殿下。 貴殿の推察は誠に的を射ていたと云えましょう。 全くもって、我らの眼は…… なにも見通せなかった。 当事者の気持ちも汲めぬ事が、後々どれ程の『禍根』となるか、見せつけられた。


 陛下も同じような思いを抱かれたのだろうか? 続けてオラルド殿下の御婚約者であるソフィア嬢に語り掛けられた。



「セブンスワース侯爵令嬢ソフィア。 オラルドの婚約者として精励している事は存じて居る。 が、それだけでは不十分と成った。 オラルドは国の総意として、第一王子と成り、時を計りて立太子し、やがて国王と成る者と成った。 そちは、その側に立ち、オラルドを助け国母と成る事を強いられる立場と成る。 より一層の研鑽を求められる事と成った。 済まないと…… 思うが、宜しく頼む」


「承りました」


「今後の「王妃教育」に関しては、宰相が娘、マリアンヌが補佐する事にする。 マリアンヌよ、よくソフィアを助け、この王国の”素晴らしい王妃”と成る手助けを我は、そなたに欲する」


「承りました、陛下」



 貴族院での決定事項を、王家の話し合いで公にする。 これより、新たなる体制に移行し、王国の未来を紡ぎ始めるのだ。 そう、光に導くべき者達への覚悟を強いる、そんな「話し合い」だ。 それまでの立場や役職、そして、「役割」が一変する。 


 オラルド殿下は正式に第一王子となり、国王への道を歩み始める。 その妻として、そして、いずれ国母として立つソフィア嬢。 お二人の御顔が固く強張る。


 国を背負う意味は両人とも十分に承知しているのだ。 だが、今まではアルクレイド殿下が居た。 我ら重臣達は、アルクレイド殿下を廃し、オラルド殿下に至高の冠を手渡す事を策謀していたが、当のオラルド殿下にはまだ伝えても居なかった。


 当然であろう事に、オラルド殿下が目指されていたのは、立場的に「王弟殿下」に他ならない。 アルクレイド殿下をよく補佐し、そして国の安寧に寄与する物だと、そう思われていたとしても、なんら不思議ではない。


 これから、オラルド殿下が励まれる「王太子教育」の事を鑑みるに……


 少々、危惧すべき点もある。 あの教育は、「国王とは何か」を強く意識付けする物だ。 はたしてオラルド殿下は、その教育に耐えられるのであろうか。 王家の方々や、重臣達に愛され慈しまれてきた方だ。 存分にその愛を享受してこられた方だ。 これからの教育はその事を強く『否定』する。


 ”王に朋は居ない。 孤独に負けぬ強き心を持ち、以て国の安寧を図るべし”


 ありていに言えば、この国の舵取りをする、最終決定は王の王たるが権能。 そして、その決断は王御一人の御宸襟が内にある、王国への慈愛の心と、確固たる意志のみが指針となると。 臣下の者達は助言はする。 しかし、だれも王の代わりに決定を下す事はあり得ない。 誰も王の決定を否定する事は無く、その決定の全ての結果の責務を負うのが国王であると。


 優しいだけの男が、非情の決断を強いられればどうなるか。 先王陛下を知れば、それも判ろうな。 先王は、心優しきお方だった。 しかし、決断を強いられるとき、信念を貫き通す心構えが足りなかった。 安易に臣下の言を受け入れられる。 側近は重用され、側近の意思が王の決断となる時まで、時間はかからなかったと、王国史には記載された。 その轍を踏まぬために、陛下は努力されてきた。 そして、オラルド殿下にも、そうあって欲しいと希望されている。


 陛下はオラルド殿下に覚悟せよと、そう云いたかったのかもしれない。


 そんな孤独に苛まれる「王の宸襟」に寄り添うのが、王妃殿下の役割でもある。 そう、ソフィア嬢がその役割を負うのだ。 我が娘が成し得なかった事を、ソフィア嬢は成さねばならぬのだ。 「王妃教育」も、その点に重きを置く。 王の決断に対し、最後の助言者と成らなければならない。 


 良く理解し、「教育」を受け入れ、精励して欲しいと、そう願う。



「この決定は、王国の総意だ。 アルクレイドが廃された今、お前たちが次代を担うのだ。 チャールズには悪いのだが、お前が臣籍降下するまで、今暫し時が欲しい。 オラルドが立太子し、ソフィアを娶り、第一王子が誕生するまでは…… な。 すまぬ。 王家の血を絶やさぬようにする為の王国法であるからな」


「「御意に御座います」」



 第一王子とその婚約者は、表情硬く、そして決意に満ちている。 チャールズ王弟殿下も苦笑いと云った表情を浮かべられ受け入れられた。 ここに王家の方針が決まったのだ。 皆一様にうなずき合い、王家の在り方を確認した。 そんな彼等の中、我が娘だけは暗く物憂げな表情を浮かべている。 その事に気が付かれた陛下はそっと娘に問いかけた。



「マリアンヌよ、何か?」


「い、いえッ! 御宣下頂きました旨、真摯にわたくしの責務を果たす事を御誓い申し上げます。 ……が、その前に…… その前に一つお願いが御座います」



 物憂げな表情が青ざめ、陛下に直言を持って奏上する娘。 この場に於いて何を言葉にするのか。 不作法であることは間違いない。 私は強く娘を(たしな)める。 王の決定に条件を付けるなど、有り得ないからだ。 



「マリアンヌ、控えよッ!」



 陛下はそんな私を優しく見つめ、マリアンヌに対し、殊更優し気に言葉を紡がれた。 良く臣下の話を聞かれる陛下なのだ。 思いつめたようなマリアンヌの表情に何かしらの思いを抱かれたのであろう。 有難い事なのだ。



「いや、いい。 マリアンヌ。 願いを聞く」


「あ、有難く…… 有難く…… 様々な問題も御座いましょうが、わたくしは、アルクレイド殿下にお詫びを申し上げたく存じます。 頑ななわたくしの態度が、アルクレイド殿下に、そして国王陛下に、この様な御決断を強いたことにお詫びを…… 舞踏会の会場でのアルクレイド殿下の御言葉に、わたくしは深く後悔を覚えました。 せめて…… せめて、真摯に、お詫びを申し上げたく……」


「…………そうか。 そうだな。 マリアンヌのアルクレイドへの対応を思えば、必要な事か。 しかし、マリアンヌよ、その前に一つ問い質したい儀がある」


「はい、陛下」


「アルクレイドも変われなんだ。 しかし、マリアンヌもまた然り。 アルクレイドの心内は、いまや伺い知る事は出来ぬ。 想像は出来るが、その本質は我には判らぬ。 が、マリアンヌ。 そなたの心内は聞く事が出来る。 …………何故、アルクレイドをそこまで遠ざけたのか。 何故だ?」



 陛下の問い掛けは、事情を知る大人たち共通の疑問でもあった。 幼少の頃に登城した時からずっと…… 娘はアルクレイド殿下との交流を極端に避けていた。 出来る限り予断を持たさぬ様に、殿下の境遇に関しての情報は遮断していたと云うのにだ。


 伏せていた視線を上げ、陛下を真摯に見つめた娘は、親の私達すら予想していなかった事を話し始めた。 訥々と…… 娘の震える手をエドワルド殿下が握りしめている。 ……そうか、マリアンヌの秘密を唯一共有していたのが…… エドワルド殿下であったか……



「陛下…… わたくしが秘しておりました「事柄」について、お話し申し上げます。 今まで、この事をお話しするのは、強く憚られておりました。 父にも、母にも相談する事も叶いません。 なぜなら、この事柄をお話しする事によって、宰相家にとっても災厄を引き寄せる事に成るからでした。  陛下…… 幼少の頃、御城に伺候する前に…… わたくしは…… わたくしの中に…… カサンドラの聖女(予見の魔女)が、巣食ったので御座いますッ‼」



 …………絶句した。 王宮女官長が薄々感じていた、娘の隠し事。 それが、まさか、そのような事だったとはッ!! 「カサンドラの聖女(予見の魔女)」とは、此れから起こるべき事柄を『託宣』の如く語る者。 しかし、その「事柄(未来の出来事)」は誰にも「受け入れられず」、「信じられず」、非難を受け、血族をも破滅に追いやる者だと…… 長い王国史にも、何度か出現の記録がある。 そ、そんなモノがマリアンヌの中に? にわかには信じられない事だった。



「わたくしが幼少の(みぎり)、大層の高熱を発しました。 夢うつつの中で、その者は降臨しました。 本来ならば、わたくしはその熱病で死に、その者が代わりにわたくしに入る筈であったと、その者は云いました。 しかし、母に健康な体に産んで頂いたお陰か、わたくしは死にませんでした。 そして、同じ肉体に二つの人格を持つ者と成りました」


「ふむ…… それが、「カサンドラの聖女(予見の魔女)」であったと?」


「はい。 名を「ユキ」と申しておりました。 健康な肉体と、健やかな人格に負けたと、そう申しておりました。 病に打ち勝ったわたくしは、「ユキ」の人格を退けるばかりか、「ユキ」の人格を内包する者となりました。 そして「ユキ」は、わたくしの中でこれから『起こるべき事柄(王国の未来)』を話し始めたのです」


「これから起こるべき事柄(未来の出来事)とな? それは、王国にとっての事柄であったか?」




 突拍子もない娘の告白を、冗談だと切り捨てるには、余りに真摯な言葉であった。 そして、何より、陛下のご質問に対しての回答にもなる。 陛下は話を続ける様に、促された。 




「はい。 王国にとって、とても、重要な事柄(未来の出来事)に御座いました。 「予見の魔女」と言われるが所以です。 にわかには信じられない事柄を滔々と述べていかれるのです。 この世界は、「ユキ」が居た世界の中での盤上遊戯の中の話そのものであると。 わたくしには理解できない言葉の数々では御座いましたが、主だった事柄は非常に重要なモノであったのです。 行きつく先は、王国の崩壊。 そしてその第一歩である事柄が、第二王子殿下や王家の次代を担う方々の『毒殺』でした」



 思わず天を仰ぐ。 もし、あの側妃の大逆が成功していたならば…… この様に穏やかな「茶会」など、望むべくも無かった。 陛下としても痛恨の出来事。 沈黙が暫し続き、絞り出すように陛下が言葉を紡がれる。



「…………側妃が引き起こした大逆か。 それを予見したと?」


「はい。 まだ、王城に王女殿下の遊び相手として登城したばかりの頃でした。 「ユキ」は囁くのです。 第二王子殿下や王女殿下、第三王子殿下が側妃様に毒殺されると。 後宮庭園に於いて…… 王宮侍女を唆し、それを成すと。 ”スチル”とか云うモノの中で、語られると。 幻視のようにわたくしにも見せ付けました。 後宮庭園に薔薇の花が咲き乱れる中、口から激しく血を吐く方々の姿が…… 薔薇が見ごろとなる季節までもう少しと言う時期に御座いました。 お父様に拙い言葉で、その危機をお伝えしたのですが…… やはり、言い伝え通りカサンドラの予言は…… 幸いにして、王城に伺候する機会もあり、徒に王家の方々に不安を与える事は流石に憚られましたので…… エドワルド殿下にご相談いたしました。 家の者には、話せない事柄に御座いましたが、「ユキ」が云うに王弟殿下の御子息たるエドワルド殿下ならば、あるいは…… との言葉により、”わたくし(・・・・)”は、エドワルド殿下にのみ秘密を打ち明けると、決断いたしました」



 徐々に消え入るような声で語るマリアンヌ。 最後には震えて言葉に成らぬようになってしまう。そんなマリアンヌの震える手を握り続けている エドワルド殿下が、続きを口にされる。 しっかりとした表情で、娘を護るが如く、陛下に告げられる真実。 この耳に聞くも、信じられぬ思いが有るのもまた事実。 



「マリーから相談を受けたのは、あの大逆の起こりし時の数週間前。 その告白に困惑いたしましたが、マリーは怯えておりました。 この予見の事だけでは無く、マリー自身が自分の中に「予見の魔女」を内包している事に。 幼いマリーが頼ってくれたのが、私なのです。 その信に応える事が、私の在り方であると考えました。 そして、マリーの言葉を戯言と判断せず、”万が一”を考え、父上にご相談申し上げました。 私が如き、『幼き者』の言葉なれど、わたしは常に王家の方々の近くにおりました。 後宮内に於いて、歩き回れる私でしたので、どこかで企みを聞き覚えたと云えば…… 幸いな事に、その私の言葉に、父上も耳を傾けて下さいました。 記録に記されている、「カサンドラの聖女(予見の魔女)」の事を調べつくしました。 呪いのような「予見」なれど、当人以外がそれを告ぐれば、『誰にも信じては貰えぬ』と云う事は無いのでは無いかと。 まして、マリーは…… ”その事”を、酷く恐れている。 彼女の心を護る為にも、私は行動に移したのです」



 エドワルド殿下…… 貴方は幼い娘の事を受け入れられたのか。 「カサンドラの聖女(予見の魔女)」の言葉を信ずるものは、その魔女と未来を共にすると…… そう、言われていたな。 破滅への道を歩む気概があらば、その言葉を信ずるに至ると…… そうか…… その頃からエドワルド殿下はマリアンヌを慕ってくれていたと云う事なのか。 ストンと腑に落ちた。 腕を組まれた陛下は、深く頷かれる。



「成程な。 チャールズと宰相が揃って後宮庭園の警備を厳とした訳はそこにあったか。 王宮魔導院にまで協力を要請した事は、いささか過剰では無いかと思ってはおったが…… 結果的に、最悪を避ける事が出来た。 マリアンヌよ、それからも「予見」は続くか? 大きく情勢が変わらば、その行く先は必然と変わろうものだろうに」



 陛下にとって、一つの決断とその結果が、あとの状況に大きく作用する事は、身に付いた思考。 未来を推察し、その結果を予測できるのであれば、その未来の事柄に深く関与する事柄を変更しさえすれば、現実は変わり、問題を回避する事は可能なのではないのか。


 ある程度予想できる事柄に関して、熟考するのは、その決断の影響を予測する事に他ならない。 陛下の言葉は、マリアンヌ達が成した事により、「予見(未来)」が、大きく違う道に入るのではないかとの問いでもあった。 気持ちを立て直したか、マリアンヌが応える。



「はい、陛下。 わたくしもそのように考えておりました。 しかし「ユキ」は云うのです。 ” シナリオの強制力を甘く見ない方が良い ”と。 良く判らない言葉では御座いましたが、魔女の見る予見は、多少の変更を加えても、大きく崩れるような事は無いと云う意味に、わたくしは捕らえました。 ……「ユキ」の云う事柄。 次に避けるべきは、わたくしの ”婚約” に御座いました。 しかし、国の安寧を鑑みるに、避ける事が出来ぬ事柄でも御座いました」


「済まぬ…… と、思ってはいたのだが、其方とアルクレイドの婚約には大きな意味が含まれて居った」


「はい、存じております。 存じておりますが故、わたくしは心を決めました。 もし、「予見(未来)」が本当に来てしまうのならば、王国の安寧を護る為に、アルクレイド殿下の御側に立ち…… あの方の行状をつぶさに見続け…… もし、「予見(幻視)」と同じ行動に出られるのならば、時を図り初夜の褥(初めての夜)において、アルクレイド殿下を、”弑し奉る”ことすら……」


「…………そこまで、考えて居ったのか。 それで、近くにアルクレイドの行状を見る、その行いが王国の未来に影を落とす事を防ぐ為に婚約を受けてくれたのか。 何たることかッ! しかし、何故に我らに、我らに一言でも……」


 

 婚約を受け入れたマリアンヌに、側に居ると…… 助けると、そう決心されたエドワルド殿下の御心中は如何ばかりであったろうか。 陛下の御決断に異を唱える事は、有り得まい。 それがこの国の貴族と云うものだ。


 陛下の言葉に鋭く反応するエドワルド殿下。 紡がれるエドワルド殿下の言葉に相当の怒りが含まれている事を、感じた。



 「陛下、それは、無理で御座いましょう! 「カサンドラの聖女(予見の魔女)」を、その身の内に抱え込んだマリーは、私の他には実の父母にさえ相談する事が困難であると、捉えておりました。 ままならぬ状況故に、マリーとは密接に連絡を取り合い、その上でマリーに下された「予見」を「言葉」に変え、父上や宰相閣下、そして御側近の方々に告げて参りました。 「予見」とアルクレイド殿下の御行状があまりにも重なります故に御座います」



 エドワルド殿下の言葉に勇気づけられたのか、マリアンヌは陛下を真正面からしっかりと見詰め、言葉を紡ぐ。 自身の恥じるべき行いの原因を、後悔と共に告げているのだ。 滲む苦い思いが言葉に垣間見られる。



「礼法院での殿下の御振舞は、陛下の御耳にも届いていた事でしょう。 わたくしは、礼法院に入院する前に既に「予見(未来の出来事)」にて、殿下の「愚行の数々」を、存じておりました。 よって、予見が正確に刻まれているのだと、確信を持ってしまったのです。 そう…… アルクレイド殿下の御宸襟を垣間見る事も無く、その行動のみで、私の内なる「予見の魔女(カサンドラの聖女)」の言葉を深く信じ切ってしまったのです」


「つまりは…… マリアンヌの中の「予見の魔女」が見せた未来と…… 同じ情景がその眼に映ったと云う事か?」


「はい、陛下。 「ユキ」はそれを ” スチル ” と呼び、何処で何が起こるかを正確に予見したのです。 そして、肉体を共有している私に、その情景を幻視として見せる事も厭わぬようでした。 妙に平坦な幻視でしたが…… それでも、その情景は深く私に刻み込まれたのです。 …………礼法院一年目。 殿下が城下に忍ばれ、市井の様子を観察するとの言葉を隠れ蓑に、悪所(高級娼館)へ度々出向かわれた事も……」


「何と云う事だッ!」


「父からも殿下を良く見る様に申し付かっておりました。 ご箴言申し上げるべきでした。 しかし…… 決して干渉する事が無いようにと言ったのは「ユキ」でした。 現状を鑑みるに、殿下の周りには、より悪辣な思考を持つ者や、薄暗い権力欲を持つ者が侍るから、気を付けよと。 しかし、オラルド殿下が生き残られた事によって、周囲に侍る者達の顔ぶれが変わりました。 その事について、予見の魔女(ユキ)が申したのは、”運命の力(シナリオの修正力)”だと……」


「どういう意味か?」




 陛下は不審げにマリアンヌに問いかけられる。 様々な事柄が予見の未来を変更するであろう事は、陛下ならば理解している。 一つの決断は次に繋がる道を大きく逸らすのは、国を預かる者ならば、その眼で見ているのだから。 それが故にマリアンヌの言葉は、受け入れられる物では無い。 決断が何も機能しないとは、どういう事なのだと、そう問いかけられたのも同義。




「はい、陛下。 「ユキ」が申すに、本来ならば、その時には既にオラルド殿下はこの世界には存在していなかった筈なので、アルクレイド殿下の周囲にはオラルド殿下の御側に居られる方々が侍っている筈だったと。 しかし、オラルド殿下は存命。 表立った権力を保持する家の御子息方は、愚行を繰り返されるアルクレイド殿下より、オラルド殿下を選ばれる。 アルクレイド殿下の周囲には…… 闇に潜む者達(悪辣な貴族達)の御子息様方が代わりに侍られるのではないか。 そのように「ユキ」は、申されました。 まさに、その言葉通りで御座いました。 先代陛下の御側に付いていた「彼の侯爵様」の御連枝。 その御家の御子息様方が…… アルクレイド殿下の御側に付きました。 そして、「ユキ」は云うのです。 礼法院二年目に注意せよと。 アルクレイド殿下の御側に『男爵令嬢』が現れし時より、”物語(ストーリー)”は加速するのだと。 十分にアルクレイド殿下より距離を取り、常にその身の潔白を証明し続けなければ、悪辣な罠にかかり宰相家と共に王国より排除されると…… 恐怖でしかありませんでした」


「そうか…… そうで有ったか…… 成程な。 『決められた未来』か…… なんとも、言えぬ不快な事よ。 そして、その事を打ち明けたのは、エドワルド只一人と云う事か」


「左様に御座います。 礼法院二年目にも、アルクレイド殿下の愚行は収まらず…… 礼法院の執務室に見眼麗しい「離宮」の王宮侍女達を連れ込む始末…… と、思っておりました。 わたくしにすら、その爛れた『伽』の相手を勤めよと…… そう申されたと、その時は信じ切っておりました。 申し訳御座いません。 その折、殿下に最大の不敬を成しました」


 

 陛下の前であると云うのに、思わず声が出てしまった。 




「……それは、なにか? アルクレイド殿下に吐いた、あの不敬極まる言葉かッ!」




 一気に顔色を無くす我が娘マリアンヌ。 叱責と同じ声色の私の声に、娘は震えあがる。 そんな娘の手を握るのは…… やはり、エドワルド殿下か。




「誠に、誠に! 申し訳なく思っております。 殿下があれほどの事を心内に抱えていらっしゃるなんて、思ってみなかった…… ”産まれて来なければよかったのにッ!!” などと…… その言葉を真に受けるのはわたくしであるのに……」


「マリーに責は有りません。 マリーの語る「予見」は、アルクレイドの行いを言い当てておりました。 私ですら、思った事に御座います。 決して許される事ではありませんが、そんな思いを持たれた方も多数、存じております。 マリーがそれ程までに思い詰める必要など無いのですッ! 私はそんな彼女を護りたかった。 進言したのです、マリーに。 さらに警戒を強める様にと。 手配も致しました。 一人きりで居る時を無くし、常に二人以上の高位の貴族と共に過ごす様にと。 決して男爵令嬢に近寄らない様にと。 マリーを護りたかった、失いたくなかった。 故に、私は行動したのです」




 熱烈とも云える、エドワルド殿下の言葉。 アルクレイド殿下はそんな彼等をどの様に見ていたのか。 自身は愚かな行いで、周囲の目を韜晦しつつも、深く闇に沈み虎視眈々と王国を狙う者達をおびき出そうとしていたのだ…… 余りにも…… それは、残酷な事。 マリーの告解は続く…… 続くのだ。




「恥ずかしながら、その時は自身の行く末と、宰相家(セドニア侯爵家)が没落する未来に、「恐怖」しか感じられませんでした。 あんなにも愛して下さったお父様やお母様に申し訳が立ちません。 エドワルド殿下のお申し出を強く意識し、身を律し、「王妃教育」に勤め…… そんな未来を回避する努力に勤めておりました。 そんな折、「ユキ」が申すのです。 ”仲間を作れ”と。 アルクレイド殿下が、第一王子として、わたくしに何らかの決断を抱かれるのならば、上位者である陛下の裁定を受けるまで、我が身を保つため…… 同位の方の助力を求めよと。 言い換えれば、アルクレイド殿下を同じ王子位、または、同等の位を持つ方と親しくせよと云う事に他なりません。 ……全てをお話していた、エドワルド殿下にしか、お願い申し上げる事が出来なくなっておりました。 オラルド殿下や王家の方々を巻き込む事は、出来ません。 かといって、エドワルド殿下の御立場を危うくする事も…… 私には容易に決断する事は出来なかったのです。 覚悟を決めておりましたが…… わたくしの事を護ってくださったエドワルド殿下を危機にさらす事は、それだけは何としても避けようと…… お父様に婚約の破棄をお願いしたのは、この頃の事に御座います」


「そうか…… 礼法院大舞踏会での事は……」



 陛下は重く事態を受け止めておられた。 そして、娘の心情に深く同情されていたのかもしれない。 その主たる原因を作ったのが、王命寸前の陛下の願いでも有った。 受け入れたのは私。 その責は私にも有るのだ。 娘は続ける……



「全く想像だにしておりませんでした。 殿下はわたくしのエスコートが出来ないとそう御連絡を下さりました。 これも又、「予見」の中に含まれた事象に御座います。 婚約の解消も出来ずにいたわたくしは、この事実に恐怖し、打ち震え、思考を放棄し、すぐさまエドワルド様にご連絡を申し上げました。


 ……エドワルド様はそんなわたくしのエスコートを買って出て下さりました。 「予見」にはない事をすれば、少しは状況に変化が有ると。 ご自身へ降りかかるであろう、危険をも顧みず、そうお申し出されたのです。


 そして……


 礼法院の大舞踏会会場に到着し、其処で見た物は、わたくしを絶望へと落としたのです。 男爵令嬢は殿下の御色である「青色」のドレスに身を包み、殿下の側近たる方々に囲まれておいでに御座いました。 そして、上位者に向ける様な視線では無い、蔑んだ視線をわたくしに向けておりました。 やっと…… やっと…… その時に成って、わたくしの中に、『戦う気概』が生まれたのです。


 恐怖に打ち震えるだけでは、あの方々の悪辣な思惑に飲み込まれてしまうと…… 方々が、「冤罪」を声高に申されて、怒りに身が震えた時……、殿下が舞踏会会場に入場されました。 その情景はまさに、「予見の魔女(カサンドラの聖女)」がわたくしに見せた、最後のイベント(情景)幻視(スチル)に他なりませんでした。 でも………… でも…………」





 マリアンヌがその先を言葉にすることは無かった。 その後の事は、全て報告済みだ。 娘が口にするまでも無く、皆は知っている。 よって、私が娘の言葉の後を繋ぐのだ。 アルクレイド殿下の御宸襟を垣間見て居たのは、この「茶会」の出席者の中で私以外には居なかったからな……





「そうか。 すべては、アルクレイド殿下の御心のままに進んでおったか。 マリアンヌは「カサンドラの聖女(予見の魔女)」の言を信じ、アルクレイド殿下の表層しか見ず…… 気が付きもせず…… 私にも一言も無く…… お前に真実を告げる機会も無く…… なんと…… 何という事か……」



 悲嘆とも後悔ともいえない、愚かな言葉が私の口から洩れる。 マリアンヌも、苦しんでおったのだ。 その事を知らぬままに、怒りさえ覚えていた私は…… まったく、何と云う事なのか。 そんな私に娘が自身の想いを口に乗せる。 何とも言えない気持ちを抱えることに成った。



「お父様。 申し訳御座いませんでした。 こんなわたくしです…… とても、エドワルド様の妻になどとは……」



 困惑した私を見ていたのは、国王陛下だった。 朋友(とも)と云って憚らない陛下が、娘に諭すような言葉を紡ぐ。 陛下に感謝を申し上げなくてはならない。 私にとって、娘の婚約は重い罪の証に他ならないのだから。



「いや、マリアンヌ。 そなたはエドワルドと共に生きるのだ。 そして、この整えられた婚約は、既に決定事項なのだ。 変える事は出来ぬ。 エドワルド。 ずっとマリアンヌを見守っていたのだな。 国王として云う。 宰相が娘を託す。 悔恨に胸を焼かれるのは何もこの娘だけでは無い。 この私も同罪だ。 …………宰相いや、我が朋友(とも)。 危惧する事は何も無い。 マリアンヌはエドワルドと共に、王国、王家の藩屏たる者と成るのだ。 それが、アルクレイドの意思でも有るのだ。 ……最後に、マリアンヌよ。 一つ聞く」


「はい、陛下」


「「カサンドラの聖女(予見の魔女)」はまだ、マリアンヌと共に有るか?」


「いいえ…… 舞踏会の夜。 真夜中に私の中から消えました。 ”呼び返される” と、申しておりました。 ”『ざまぁ』、が完成しちゃったからねッ! 「悪役令嬢」は、幸せになるのよッ! やったねッ!” と、最後まで理解不能の言葉を仰っておられました」


「そうか…… ならば、なにもいう事は無い。 もう、マリアンヌには「予見の能力」が失われ「カサンドラの聖女」は居なくなった、と断じても良い。 どうした? なにか、言いたい事があるのか?」



「陛下…… わたくしに「幸せ」になる権利が有るのでしょうか? 私には、にこやかに消えていく「ユキ」に対して、何故そんなに楽し気なのか、理解が出来ませんでした。 大勢の方々が処刑され、平民と成り、これからどのような塗炭の苦しみを受けるか…… あの「男爵令嬢」にしても、首を落とされているのです。 「ユキ」の最後の言葉………… ”幸せに成れ”ですって? 冗談では無いわ。 「ユキ」にとっては、この世界は盤上遊戯に違いなかった。 そして、私達はその世界の駒でしかない。 認める事など出来はしません」



 内心の吐露。 娘にとっては「カサンドラの聖女」と云う存在は、それほどまでに嫌悪するモノと成っていたか。 さもありなん。 これだけの事を見せつけられて、さらに、アルクレイド殿下への対応の原因たるは、カサンドラの聖女(予見の魔女)が言葉。 やり切れぬモノを感じるのも、判らぬでもない。 しかし…… 唆されたとは言え、見誤り、遠ざけていたアルクレイド殿下にどのような詫びを申すのかッ! 



「マリアンヌ。 それで、アルクレイド殿下になんと詫びるのだ。 お前が成した事は、お前の保身でしかない。 そんな者の云う「詫びの言葉」をアルクレイド殿下…… いや、廃太子アルクレイド様は聞いて下さるであろうか?」


「アルクレイド殿下は、王国の未来に光を置かれました。 その道筋も付けられたのです。 しかし、それは、苛烈にして非情なる判断の賜物です。 ……最初から私が御側に付いてさえいれば。 無くさなくても良い命が有ったのかもしれない…… 地に頭を付け、真摯にお詫びを申し上げたいのです。 もっと、わたくしの心が強ければ…… もっと、早くに殿下を知る事が出来て居れば…… 後悔と懺悔を言葉にしたくあります。 今更…… では、ございますが」



 まさに血を吐くような言葉だった。 告解とも云えるその言葉に、陛下は頷かれる。 アルクレイド殿下にマリアンヌが懺悔すると云うのならば、それは確かに必要な事。 ただし、それをアルクレイド殿下が受け入れるかは…… 判らない。 判らないのだ。 ただでさえ御心の内を見せぬお方だ…… どうなるか…… 



「ふむ…… そうだな。 判った。 時を貰うが、必ずその機会は設けよう。 マリアンヌの懺悔をアルクレイドが聴くかどうかは判らぬが、それでも良いな」


「御意に御座います。 その機会さえ戴ければ、幸いに存じます」



 深く…… 深く頭を下げ、真摯に応える娘。 覚悟は決まっていた。 別な意味でだが。 予想するに、その場にエドワルド殿下も同行しような。 きっと娘の心護る為にな…… やるせなさが心内に広がる。 思いもかけぬ娘の告解に「茶会」に集う我等の心は深く沈み込んだ。


 王家のこれからは決した。 そしてそれは粛々と遂行されて行くのであろう。 この国を光ある国にする為に、” 運命 ” などと云うものに翻弄されぬ、確固たる人の意思が紡ぐ未来を…… 歩んでいくのだと、そう理解したのだ。





     § ―――― § ―――― §






 「茶会」から、一年。 ヒエロスより、書状が届く。 公領に於いても、廃太子アルクレイド様の右腕として辣腕を振るっていると聞く。 そして、その傑物からの感謝の手紙。


 公領の屋敷に於いて一人の男が、廃太子アルクレイド様の傍に付いたと、そう記載されている。 何よりも領民を大切にする、領地経営の手腕確かな男だと云う。 男の所在について流した情報に関しての、感謝の手紙。


 王国に於いても、領地経営の手腕を持つ男は非常に貴重な存在であった。 それを取り込む事もせず、公領に開拓民共々、移住(・・)を許した王国への感謝が綴られていた。


 その男を、旧グランパス上級伯爵家領の開拓村に置くなど、人材資源の無駄遣いに他ならない。 まして、あの男はその村の主要な役職についても居ない。 ならば、実り豊か成らざる開拓村の民を、人材が乏しい公領に赴かせたところで、王国としてはそれを掣肘する事は無い。


 その者の出自に多大な問題が在ろうとも、要監視対象者であったとしても…… なにより、廃太子アルクレイド様が、唯一と定められた方の肉親でもあるのだ。 止められるわけなど無いのだ。


 その書状は語る。 その男は公領に於いて一家を持つことが廃太子アルクレイド様の宣下に於いて決せられたと云う。



 ―――― 公領伯爵 グランパス家 ――――



 廃太子アルクレイド様には、爵位の授与もその権能の中に含まれる。 と云っても、公領内だけで通用する爵位ではあるのだがな。 しかし、公領内に於いては、その権威は絶大となる。 まして、アルクレイド様の側近となるような男なのだ。 為人も既に保証されている。


 その手紙を持ち、王宮女官庁へと足を向ける。 きっと、喜ぶに違いないと。 この魑魅魍魎が跋扈する王宮に於いて、同じ事柄を素直に喜べる人物が居ると云うのは、誠に喜ばしき事なのだ。


 たとえ、普段は狐狸の化かし合いをしている仲だとしてもな。


 王宮からも、重要な職務に任じられていた者達が姿を消している。 痛いのはどの部署でも同じこと。 特に、王宮薬師院と王宮魔道院は頭を抱えていた。 次代が育っては居るとはいえ、重鎮たる調剤局長と筆頭魔導師が抜けたのだ。


”もう王国には十分に奉公いたしました。 風光明媚な土地に屋敷も構えました。 その地の領主が許可して下さった。 これからは、ゆっくりと生きて行きたく存じます。 王国の藩屏たるは変わりませぬ。 非力なわたくしが必要ならば、お伝えください。 領主の殿(・・・・)の許可を得てから合力致しましょう”


 同じ内容の、異なる文言でそう言い放った、老練な者達。 向かうは公領であろうな。 あの者達の贖罪でもあるのだ。 庇いきれなかった…… いや、アルクレイド殿下の御宸襟に触れたなら、何も成す事は出来なかったと云う所か。


 頬に苦く笑みが浮かぶ。


 王宮女官庁の執務室に於いて、総王宮女官長と対峙する。 手に持ったヒエロスからの手紙を、そっと執務机の上に置く。 片方の眉を上げ、胡散臭そうに私を見る。 まぁ、いつもの事だ。



「善き知らせを持って来た。 読んでみよ」



 私の言葉に更に警戒を強める総王宮女官長。 ゆっくりと書状に手を伸ばし、内容を改める。 徐々にその老練な女官の顔が、一人の「女性」の顔に変わる。 喜びが顔に現れ始め…… 片方の手を口元に当てる。 瞼は大きく開き、書状の内容を凝視していたな。


 驚きの言葉を吐くか? それとも…… 喜びに表情を輝かせるか?


 総王宮女官長としてでは無く、別の顔で彼女は私に言葉を紡ぎ始める。 その声音は心底安心したと、そう物語るように、彼女には珍しく温かみのある声音だった。




「ようございました。 これで、サンドラにも顔向けができます。 あれほど心に掛けていた、大切な()と愛娘が、安寧を手に入れたのです。 家名すら取り戻したのです。 喜ばずにはいられませんわ。 宰相閣下。 御手配…… 誠に有難く思います。 貴方が王宮の狸であったことを、神に感謝申し上げる日が来るとは思いもしませんでした。 貴方の為した素晴らしい術策に感謝を」


「褒められた気がせんな、総王宮女官長殿。 約束は守る為に有るのだよ。 それがこの王宮に於いて、生き残る術でもあるのだ。 私が約束を守るのは、自分自身の為でもあるのだ。 この王国を光へ導くための権謀術策としてな」


「成程、それが、宰相閣下の在り方なのですね」


「そうだ。 それに、感謝もしているのだよ、総王宮女官長殿。 あの「離宮」に於いて、貴女は娘を良く補佐してくれている。 アレの立場は相当に脆い。 が、それでも懸命に努力している。 その努力が無に成らぬ様に貴女は色々と手配された。 感謝以外の感情は持てはしない。 妻女もいずれ貴女と(まみ)え、感謝を直接伝えたいと申している。 ……受けてくれるか?」


「……わたくしは、わたくしに課せられた 総王宮女官長としての義務を果たしているだけなのですが?」


「それが、難しいのだよ。 この王宮に於いてはな。 ただ…… 感謝を述べたいのだ。 ”有難う”とな」


「なんだか、怖い気がしますね。 貴方にそんな事を云われると」


「こんな時には、素直に受け取っておいてくれ。 私も嬉しいのだからな」


「御意に」

 


 ヒエロスの書状を総王宮女官長から受け取る。 これは、宰相府に於いて厳重に保管されることに成る。 廃太子アルクレイド様の傍にいる熟達の「行政官」であり「執政官」が、何処の誰かであるかの証左になる。 そして、今日、もう一つ重要な事柄が貴族院の議会で決定した。


 公領の現状を確認するための特使が、公領に送られることに成ったのだ。 表向きは……な。


 貴族院の大半の者達は、廃太子アルクレイド様の現状を知る為の特使だと思っている。 重臣たちの見解とは正反対なのが、少し諧謔に過ぎるか……


 特使に立つのは、エドワルド殿下。


 チャールズ王弟殿下と同じく外務に精通され始めた、若き王族。 オラルド殿下が立太子し、妻を娶り、第一王子を成した時には、チャールズ王弟殿下と共に臣籍降下され、新たな公爵家を立てられることが決している。 未来の公爵閣下なのだ。 


 王家に近しく、真にオラルド殿下の御宸襟に沿う者となる為に、娘マリアンヌは、現在も「離宮」にて厳しい教育を受けている。 未来の公爵夫人となるべく研鑽を積んでいるとも云える。 まだ、婚約期間中ではあるが、この王国の数多の貴族からも賛同を受け、その身は確固たる地位を得た。


 特使たるエドワルド殿下。 そして、その傍に侍るのは殿下の婚約者たる、我が娘、マリアンヌ。 


 行き先は、廃太子アルクレイド様の居られる公領シュバルツ=シュタット 湖畔のノイエ=シュタット城。 公領に於ける施政の確認など、ヒエロスからの手紙や、あちらに向かった者達から十分に知らされている。 これは、単に表向きの理由なのだ。


 真の理由は、あの「茶会」に於いて、娘マリアンヌが願いし事。


 廃太子アルクレイド様に、娘が「謝罪(詫び)」を、申し上げるために出向くのだ。 その「見届け」にエドワルド殿下が同道されるのだ。 そして、それを以て、過去は過去として扱われる。 


 廃太子アルクレイド様がどのような対応を取られるかは、判らない。 どのような感情を抱かれているのかも、此方には伝わらない。 アルクレイド様の周囲の者達がマリアンヌに対してどのような感情を抱いているのかも……


 しかし、一つの予定が組み込まれている。 彼の地に於いて、エドワルド殿下が廃太子アルクレイド様に告げられるのだ。


 この視察の後、エドワルド殿下とマリアンヌは婚姻式を迎えることに成るのだ。 王家や事情を知る者達は、この視察を一種の”(みそぎ)”と考えている。 私は…… そういう風には捉えない。 マリアンヌが全てを告白し、アルクレイド様に許しを乞うのは必要な事であるのは確かだ。


 しかし、よしんばアルクレイド様から許しの言葉を戴けたとしても…… 罪は消える筈も無い。


 私は……


        ――― 私は思うのだ。




 王国は「光への道」を示した「尊き人」を失い、月の様に王国に寄り添う者と成してしまったのだ。 その月を見上げるのは、「罪」を犯した者たち。 自らの「正義」を信じ切った者達。 光の中のみを歩んできた者達。 もし、そんな者達が、闇に捉えられし時、自らの力だけで、闇を振り払う事が叶うのか。


 もしや、アルクレイド様はそれすらも織り込んでおられたのか。


 光への道を歩む者達が闇に堕ちる局面に於いて、薄暗い闇を煌々と照らす月の輝きの様に、正道への道を指示されるのか。 その為に、自らを偽られ、その身を闇に落とされたのか。




 ―――― 考えすぎかもしれぬ。




 そう、これは、宰相たる私が感じた廃太子アルクレイド様の御宸襟なのである。 そんな時が来ては欲しくは無いが、万が一と云う事もある。 国政を司る宰相として、力の限り尽くした後…… 我が息子が私の後を継ぐ資格が出来るか、はたまた別の家の者がその任に当たる時……


 私が陛下より与えられし職務を全うし、王宮を去る時……





 一度、"公領”を、訪れようと思う。


 忌憚の無く、アルクレイド殿下の御心の内を…… この仕儀に至った経緯を……





     ―――― 尋ね、語らう為にな。






 いずれ時が満ち、貴殿と再び会い、語らう時を楽しみにしておりますぞ。


 王家と、王国を護り、民の安寧に寄与する、王国の影たる守護者となられたのだ。 それは、漆黒の闇夜の空に掛かる、満月の様に。 王国の未来が、闇に包まれ暗く危うくなる時に、我らに道を見せて下さる穢れなき「月光」の様に。








 ―――― そんな貴殿は、廃太子。









                                fin

最後まで読んで下さった皆さんへ。 お疲れさまでした。 読んで頂いた男気に感謝を!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「騎士爵家 三男の本懐」で先生を知り、過去作品を漁っていて、この三部作に出会いました。全部読み終わって、一部目、二部目を読み直すと、違った魅力が出てきます。  この三部作、名作です。
この話以外の話があるのを知らずに読んだので、国の影やら王宮から有能な人物を引っ張って行った時点で『国に打撃を与えた』と言う名目で廃太子を処す理由になるし、飛ばした先が治外法権なのも裏で処すためだと思っ…
この三部作「読者は基本的に「主人公」に対して好感を持って読む」という事を上手く使っておられる気がしました。 マリアンヌの「カサンドラの聖女」であるユキも所謂なろう系鉄板ザマァとして一つの話になるだろう…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ