虚空を留める
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
997……998……999……1000、と。
よし、ノルマの素振り終了! いやー、温まりましたね先輩。
こうやって、無心に竹刀や木刀を振っているときって、いいですよね。他には何も考えなくてよくなりますから。わずかでも、自分を取り巻く嫌なことから、距離が取れたような気さえしちゃいます。
わたしが思うに、どんなに忙しかったとしても、すきま時間でゲームをしちゃう人も気持ちとしては同じような感じじゃないかと。無理やりにでも時間を別のことに使うことで、それを仕事にしてしまい、義務感を作っちゃう、みたいな?
難しいですよねえ、その辺りの判断。息抜きなのかおさぼりなのか、はた目には判断がつきづらく、結果をもって知るよりない。ゆえに結果が出せないまま、不遇であり続けたりすると……悲惨、のひとことです。
先輩は望んだ結果や周りからの理解が得られるか、分からなくても物事を続けられる自信、ありますか? もしかしたら、死んでも変わらなかったとしても。
ひとつ、「素振り」をめぐる話、聞いてみませんか?
大工などの職人仕事が、花形ととらえられていたのは江戸時代のこととは、先輩もご存知のことと思います。
江戸時代は火事が多かったですからね。どんどん仕事が入ってきましたし、収入だって一般の人の倍ほどはありました。働く時間も短く、時間外労働に関しては手当ても出るという厚遇ぶり。
もっとも、そこまで行けるのはごく一部の人だけです。大工もまた、長い下積みを経る仕事ですから。途中で離脱しちゃう人も多かったと聞いています。
その子も、ある大工の親方の下で雑用として働いていました。
拭き掃除、飯炊き、風呂焚きと、毎日のようにこなしていきますが、その親方の下で働く弟子たちには、それに加えてとある義務が与えられていたんです。
それは朝、夜が明ける前に起き出して、金づちを手にします。「げんのう」と呼ばれる、打つ面が2つあるものですね。それと短めの釘を1本。
親方はすでに起き出していて、家の前に立ってます。そして弟子たちが道具をもって整列するのを見ると、陽の光が差してくると同時に、彼らに指示を出しました。
虚空へ向かって、釘を打って見せろ、と。
「仕事では、どのような板を相手にするか分からん。何千、何万と叩いて、ようやく取っ掛かりがつかめるものもある。ほんの少し、叩く力と角度が違ったせいで釘が曲がり、掛けた時間が水泡に帰すこともある。ゆえに、どのような時も揺るがぬ姿勢を覚えろ。
もらう銭にあぐらをかいて、仕事をおろそかにしてはならんぞ。その釘1本で、客を取り巻く世界は壊れ、取り戻せないものを生み出すかもしれんのだからな」
親方も自ら道具を取り、仰角45度を保ったまま、釘を空へと打ち始めます。
弟子たちもそれにならい、同じような姿勢をとって金づちを握りました。釘を打つ数は2万回。最初の100回こそ、親方は共に釘を打つ姿勢を見せてくれますが、あくまでお手本。それ以降は弟子たちの姿勢改善の指導をしていくんです。
これが来る日も来る日も行われました。雨の日でも風の日でも、体調のすぐれない時だろうと、お構いなしに。
――この動作がどれほどの役に立つものか。
疑念を抱く者は、ひとりじゃふたりじゃありませんでした。
釘を打つ練習であるなら、本物の板を相手どった方が、よっぽど練習になるはず。しかし親方は板打ちどころか、この時間以外に道具を触ることすら許してはくれません。
親方に真意をただそうとしても、「まずは目の前のことをきっちりこなせるようになれ」の一点張り。高まる不信感のまま、親方の元を去ってしまう弟子は何人もいたそうです。
件の彼は、愚直に打ち込み続けたひとりでした。
親方の指示は厳しいもので、たとえそれが嵐のただ中でのくい打ちだったとしても、わずかな姿勢のズレすら許してくれません。
実際、親方の体幹や手足は頑健なものでした。砂利が混じり、ひっきりなしに身体へ叩きつけられる強風を受けても、痛みにたじろぐ姿など、わずかにも見せなかったとか。
そうして10年余りの時間が過ぎ、この釘打ちを欠かすことなく続けた弟子たちが、とうとう大工への一歩を踏み出すところまでたどり着いたころ。
親方は仕事終わりに彼らを集めると、自らの家の屋根上へ招きます。ゆうに数十人の男が寝そべることのできる、瓦屋根。そこへ横になった彼らの頭上に、無数の星々の瞬きが待ち受けます。
親方は無造作に指を伸ばしながら、「あれは誰々、あちらは誰々」と、ひとつひとつの星を指して、弟子たちの名を呼んでいきます。その場にいる全員の名を告げると、親方は続けます。
「お前たちの星は揃ったぞ。これでこの先、心おきなく仕事に臨めよう。
だが、少しでも長く勤めんと思うなら、できる限りはあの『虚空留め』を続けていけ。いずれは板も割れようが、釘がおのずから抜けるような仕事ではいかん。そのときは、お前たちの足場も抜け落ちるときなのでな。
……見ろ」
親方の指が引っ込むのに前後して、夜空をけさ懸けに横切っていく光がありました。
流れ星です。普段なら珍しいものですが、それが今夜は駆け去った先から後を追うように、空のそこかしこで彼らが飛び交う時間となりました。
一刻(約2時間)で、およそ100近い流星を見ることになった彼らですが、そのうちのいくつかはおかしな動きを見せます。流星の軌跡が、元から中空にあった星と重なったかと思うと、そのぶつかられた星が消えてしまう。いや、一緒に流れてしまうのです。
残された場所には、虚空が残るのみ。さほど大きくも明るくもない星で、あらかじめ空に注意を払い、観察し続けていた者でなければ気づくことはできなかったでしょう。
巻き込まれて消えた星は、夜明けまでで10ほどあったそうです。そのたび、親方の顏がくぐもるのを、弟子の何人かは気がついたみたいなんですよ。
翌日の早朝。ある一軒の店から、火の手があがりました。
勢いは強く、火元の店は全焼。周囲の家屋も延焼を防ぐため、何件かが取り壊されています。大工たちにとっては新しい飯のタネではありましたが、その火事で亡くなられた人の中には、親方に師事した元弟子たちの名もあったそうです。
その数はおよそ10人ほどだったとか。




