表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/135

ドレス

 お嬢様は少しずつではあるが、お茶会に出席されるようになった。相変わらず、人付き合いは苦手な様子ではいらっしゃるけど、スタージャ様のお力を借りて、どうにか頑張っていらっしゃるご様子だ。良い傾向だわ。


 断罪エンドは回避できそうではあるんだけど、最近、別の問題が発生してきた。何故か、お嬢様に起こることがフリードリッヒルートのヒロインと被ることがあるのだ。

 

「はあ、」


 テイラー伯爵の訪問以来、思うところがあるらしく、マリアンヌの機嫌はあまり良く無い。


「どうしました、お嬢様。本日はクリスマスの夜会のドレスを選ばれる日でしょう。もうすぐ、イザベラが参りますよ。」

  

 ユリはお茶を淹れながら、溜息を幾度となく溢すマリアンヌを元気づけようと努めて明るい声で声をかける。


 トントンとドアをノックする音がして、沢山の荷物を持った侍女とイザベラを案内して入って来た。


「イザベラ様がいらっしゃいました。あと一刻ほど致しましたら、フリードリッヒ様が帰っていらっしゃると前触れがございました、帰っていらっしゃいましたら、こちらへご案内いたしますか。」


「宜しく頼むわ。」


 はいと返事をし、荷物を置くと一礼して侍女は部屋から出て行く。


「イザベラ、よく来てくれたわね。ごめんなさいね、私が出向けばこんなに沢山の荷物を持って来て貰う必要などなかったんですけど、お父様の許可が下りなくて…。」


 イザベラは、運び入れた荷物を確認しながら、中身を出して用意してあったポールにかけていく。この全ての荷物はマリアンヌが夜会で着る沢山のドレスで、この中から一つを選びマリアンヌの意見を聞きながら、修正することになっていた。


 マリアンヌが襲われてから、犯人が見つかっていない今、平民街への外出の許可が下りない。


「お気になさらないで下さい。もし、お嬢様に何かあった方が大変です。ただ、工房の皆がお嬢様に会いたがっていましたよ。沢山、サンプルを作ってみました。工房の皆の意見も取り入れてあるんですよ。さあ、どれからお召しになりますか?」 


 イザベラが楽しそうにドレスの準備をし、ユリもそれを手伝う。


 イザベラ、沢山作ったのね。どれもお嬢様に似合いそうなデザインで、試着が楽しみだわ。

 

「では、そのシルバーのものから…。」


「はい。」


 イザベラは嬉しそうに顔を綻ばせる。


 ああでもないこうでもないとイザベラとユリが話しながら、マリアンヌが着せ替えられる事かれこれ30分超。イザベラはドレスのデザイン画に何やら書き込んでいる。


「さあ、これが最後の一点でございます。これは自信作なんですよ。」


 徐にイザベラがら取り出したドレスを見て、ユリが一瞬息を飲む。イザベラの手には、美しい、ブルーグレーのドレスがあった。イザベラのデザインにしては珍しく、フェミニンなデザインでふわりとした幾重にも重なり銀の糸で刺繍を施したシフォンのスカートに上は胸元を開けたデザイン。煌びやかな宝石は縫いとめられていないが華やかで凄く上品だ。 


「ヒロインのドレス…」


 あれは、クリスマスの夜会でジュリェッタが着るドレスだわ。


 あのドレスはフリードリッヒ以外、全ての攻略者を魅了する仕掛けがある。砂漠の国の皇子とそのその側近はその刺繍に興味を惹かれる。なぜなら、その刺繍のモチーフは、亡き母の国の王族の間に伝わる伝統のものだからだ。ジョゼフ殿下はその生地に、その生地は決して会うことの叶わない実母が唯一、ジョゼフ殿下に残したハンカチと同じ生地で作られていたから。そして、リフリードはそのレースに、まだ、マリアンヌと婚約する前の優しく愛情をリフリードに全て注いでいた母が編んでいたレースと同じレースが使われている。


 そう、呟いたユリの声はイザベラの興奮した声にかき消され、誰の耳にも届かなかった。


 マリアンヌはイザベラに急かされ ドレスに袖を通す。


「やっぱり、思った通りですわ!よくお似合いになっていらっしゃいます!ねえ、ユリ様!」


「えっ、ええ」


 興奮してはしゃぐイザベラとは対照的に、ユリの呆然として固まっているその顔は蒼白だ。


 あのドレスを着るのがお嬢様…?


「ユリどうしたの?」


 マリアンヌが心配そうに、固まって反応しないユリに心配そうに声をかけると、ユリはハッと我に返りいつも通りの優しい笑顔を浮かべる。


「あまりにも、お嬢様にお似合いだったので言葉を忘れてしまっておりました。クリスマスの夜会のドレスはそれで決まりですね。」


「そうでしょう!私の力作です!」


「でも、クリスマスですし、胸元が少し心許無いわ。」


 マリアンヌが胸元が開きすぎていることに不満を漏らすと、イザベラはこのドレスのデザイン画を出して、パステルでシャカシャカと加筆しだした。


「これならいかがでしょう?」


 イザベラが見せたデザイン画は先程のものに胸元と背中、腕は、刺繍の施された透けた布で覆われているものになっていた。


「まあ、素敵」


 マリアンヌの感嘆の声にイザベラが嬉しそうにドレスの生地やレースについて熱心に説明を始めたその陰で、マリアンヌに気付かれぬよう、ユリはそっと息を吐いた。


 ユリは動揺を隠す為、部屋から出る為の口実を探す。


「ドレスも決まりましたことですし、お茶を淹れ直しますね。イザベラもまだ、お時間大丈夫でしょう?そろそろ、フリードリッヒ様も帰っていらっしゃる時間ですし、奥様が城からいただいていらっしゃった、お菓子がありますのでお持ち致しますね。」


 ユリはそう言うと足速に部屋から出て行った。


 お嬢様とジュリェッタのポジションが入れ替わっているの?なら、お嬢様に攻略対象者達は惹かれるのかしら?そんなこては無いわよね。フリップ夫人とオルロフ伯爵にはっぱをかけられているリフリード様ならいざ知らず、お嬢様のことを嫌っているジョゼフ殿下が、このドレス一枚で好きになる訳はないわよね。


 お茶を入れる為、厨房へ向かう道すがらユリは思案する。


「ユリ、どうした?ボーっとして、らしく無いな」


 ユリは不意に背後から、帰ってきたばかりのフリードリッヒに声を掛けられた。


「お帰りなさいませ、フリードリッヒ様」


 日頃の習慣なのだろう、ドレスのことで頭が一杯のユリだったが、フリードリッヒに対していつも通りの挨拶をする事ができた。


「ああ、ただいま。顔色が悪い、どうしたんだ?何か心配ごとでもあるのか?」


 ユリの心配事イコール、マリアンヌに関係のある事だと考えている節のあるフリードリッヒは、慌てた様子でユリへ尋ねた。


 あっ、私がこんなんだと、フリードリッヒ様はお嬢様に何かあったのでは?と、心配されますね。でも、流石にドレスの事は話せないわ。それこそ、私の前世の記憶がなんて言ったら頭のおかしい人か、国にとって危険人物として認定されかねないわ。軟禁されるか、常に見張られ、行動の自由も奪われるだろう。


「少し、テイラー様のことで、心を痛めておりました。最近、お嬢様もその事を気にされているみたいで…」


「テイラー伯爵令嬢か。ちゃんと、正式にお断りしたのだが、申し訳ない。こちらで、きちんと対処するよ。また、君に心配をかけたね」


 申し訳無さそうにはにかむフリードリッヒに、ユリは弟を思う姉のような気持ちになる。


「最近、お嬢様はスタージャ様のお茶会に毎回、出席なさっています。テイラー伯爵令嬢が、何かお嬢様に直接コトを起こされるとしたら、そこかと」


「ありがとう、恩に着るよ。で、マリーはどこ?」


「お嬢様のお部屋で、イザベラがドレスを持って来てくれたので、その試着をしておりました。もう、終わりましたのでお茶でもと思い、準備の為、私は厨房へ」


 ユリは厨房の方へ視線を向ける。


「ユリ、顔色が悪い、部屋で休みなさい。マリーが心配するから。お茶はリンダに運ばせよう」


「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきます」


 正直、今はフリードリッヒ様の申し出が正直有り難い。


 ユリはフリードリッヒと別れると、自室へフラフラと向かった。ドアを後ろ手に閉め、机の上にペンと紙を用意し、頭の中を必死に整理する。


 ジョゼフ殿下は今も自身の母親を探している?ジョゼフ殿下にとって、母との唯一の繋がりはそのハンカチだけ。彼の母について、皆口を閉ざしているから母が誰であるかを知らない。お嬢様があのドレスで現れたら、ジョゼフ殿下はどうなさるのだろう。好感度がそこまで高くなくても、相手がジュリェッタなら、ドレスについて尋ねるよね。でも、苦手とするお嬢様が相手ならあのジョゼフ殿下だ、素直に尋ねれるとは思えない。なら、彼の母親を探すイベントは発生しない?

 

 次は砂漠の国の皇子に従者。彼らはお嬢様と面識が無い。なら、好感度もなにも、クリスマスの夜会がはじめましてよね。従者は身分違いだから、お嬢様が彼を好きにならない限り大丈夫と。問題は、第二皇子の方よね。フリードリッヒ様と婚約なさっているから、大丈夫かな?何より、旦那様が敵国に嫁ぐなんて許さないわよね。


 リフリード様とのフラグは完璧に折れているから大丈夫だろうけど…。


 ミハイロビッチとは会う可能性もない、大丈夫。


 ユリはふう、息を吐き、背もたれに体を預けた。 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ