悪役令嬢
マリアンヌの自室にいるユリとマリアンヌの所まで年配の男性の怒号と、セルロスがそれを諌める声が聞こえてくる?
「お引き取り下さい!」
ユリはそっとドアを開け、下の様子を伺う。
「マリアンヌ様はいらっしゃるのだろう!お取り継ぎ頂きたい。」
低く野太い声が、屋敷中に響き渡る。
「お約束のない方をお嬢様にお取り継ぎすることはできません。」
「平民如きが貴族に盾突くとは!」
声の主がイラついていることが、2階にいても手に取るようにわかる。
「私は平民ではございますが、このリマンド侯爵家の執事でございます。主人の留守を預かる身でございますゆえ、主人の許可のない方をお嬢様にお取り継ぎする訳には行きません。どうぞ、我が主人、リマンド侯爵を通してお約束をし、再度おいで下さい。」
リマンド侯爵の名前が出ると、流石に不味いと思ったのか、忌々しそうに怒りを露わにしてセルロスを睨み付けた。
「チッ、この若造が!マリアンヌ様に伝えておけ、権力を笠に人の娘の恋人を勝手に婚約者に据えるなとな!」
そう言い捨てると男は、足音も大きく屋敷から出て行った。
マリアンヌは居ても立っても居られず、ユリを伴って、一階のセルロスの下へ急ぐ。
「セルロス、今の方は?」
鬼の形相だったセルロスはマリアンヌの顔を見るや否や、普段の柔和な笑みを顔に貼りつけると、落ち着いた声を心掛けてマリアンヌに答える。
「ご心配をおかけ致しました、お嬢様。今いらっしゃいました方は、テイラー伯爵でございます。」
テイラー伯爵令嬢。
確か、ゲームのフリードリッヒルートのライバル令嬢じゃない。何故彼女の父親が、此処へ怒鳴り込んで来るの?
「セルロス、先程、テイラー伯爵はご自分の娘と兄様が恋仲と…。」
セルロスは一瞬申し訳無さそうな表情になったが、すぐにいつもの笑顔になりはっきりと言い切る。
「聞こえてしまいましたか、どうぞご安心下さい。断じてそのようなことはございません。テイラー伯爵令嬢がフリードリッヒ様にいいよって居たのは有名な話です。ですが、フリードリッヒ様はいつもお断りされていましたよ。」
そうなんだ。そうだよね。ジュリェッタがフリードリッヒルートに進まないからって、テイラー伯爵令嬢が、フリードリッヒ様にアプローチしない訳は無いわよね。
「でも、指名での警護の依頼が来たら、テイラー伯爵令嬢の警護を兄様もなさるのでしょ?」
護衛の使命?冒険者ギルドじゃないのに?どこでそんなデマを聞かれたのかしら?
「指名の依頼ですか?誰がそんな事をお嬢様に教えたんですか?花街ではあるまいし、そんなことできませんよ。」
セルロス、花街って、お嬢様、花街知らないから。
「えっ、でもこの前、セルロスは兄様を指名してくれたんでしょう?」
ああ、成る程、それでそう思われたのね。良かった、花街に食い付かれなくて。
セルロスはああそれで、とでもいうように納得したらしく、説明を始めた。
「ああ、フリードリッヒ様がお嬢様の婚約者候補だと伝えただけですよ。警護する者が拒まなければ、身内を警護に当てるようになっているんです。それに、近衛騎士に警護を依頼するとおいくらかかるかご存知ですか?それは、膨大なお金がかかるのです。娘がお気に入りの騎士に逢いたいからなどという下らない理由で警護を頼むことは難しいです。」
「そんなに頻繁には難しいかも知れませんが、お金のある方なら…」
「なら、まずご自分の警護を近衛騎士に依頼しますよ。ご自分や奥方様の警護が冒険者や傭兵で、娘の警護に近衛騎士を使ったのでは、笑い者になりますからね。だから、ご安心下さい。テイラー伯爵令嬢の護衛にフリードリッヒ様が付くことは無いにも等しいですから。」
セルロスはああ言っているが、現在、城への警護依頼を認められている家は、四侯爵家だけなのよね。武家の二侯爵家は自軍を持っている為、実際に近衛騎士に警護を依頼するのはリマンド侯爵家とスミス家だけなのよね。
「しかし、いきなり怒鳴り込んで来るとは、テイラー伯爵も困った方ですね。おおかた、旦那様や奥様に言えないのでお嬢様を脅して、婚約破棄するように脅すつもりだったんでしょう。」
ゲームのフリードリッヒルートのように。
ユリはぷりぷりと怒りながら、テイラー伯爵の出て行った方を睨み付けている。
「全くです、お嬢様には権力を笠になんて仰ってましたが、私にはこの平民がって、まずご自分が権力を笠に威張ってから使う台詞ではありません。盛大に自分の馬鹿さ加減を…おっと、口が滑ってしまいました。」
失礼と澄ましてますけど、絶対わざと言ってますよね。セルロスは余程腹が立ったのでしょう、かなりイライラしていますわね。
「旦那様にしっかり報告しておきます。お嬢様、くれぐれも御用心下さい。」
テイラー伯爵令嬢が、お嬢様に絡んでくることになりとは思わなかったわ。お嬢様はヒロインじゃなくて、悪役令嬢なのに…。テイラー伯爵の突然の訪問イベントが発生するなんて!
ゲームで、ジュリェッタがフリードリッヒルートに入り、尚且つ、高感度が高い時のみ発生するイベントなのよね。まあ、怒鳴り込んで来る場所はルーキン邸で、今回のセリフはジュリェッタに直接言うのだけど…。そこに、居合わせたルーキン伯爵ジュリェッタの気持ちに気がつくのよ。
だだ、フリードリッヒルートは最初から用意されてたルートじゃなかったから、かなり無理がある。フリードリッヒが何もかも捨てて、ジュリェッタと手を取り合い冒険者になるって!それは、長年想いを寄せていたお嬢様が処刑され、自暴自棄になったからこそ起こるルートなわけで…。手を取り合いとはならないような…。
そこで立ちはだかるのがテイラー伯爵令嬢なのよね。見た目はジュリェッタと同じく儚い、庇護欲を唆る系で、お嬢様と違い社交界にも友人が多く、彼女を慕っている男性も多い。かなり前から、フリードリッヒ様にアプローチを繰り返しているが、全て撃沈。それでも諦めない凄く一途な人物。
自身の人脈を使い、ジュリェッタについての悪い噂を広めて行く。貴族としては正統派のやり口よね。悪役令嬢としてはお嬢様より優秀だわ。




