書庫
「セルロス、図書館に連れて行って欲しいんだけど」
「ああ、この前言ってた、リマンド侯爵家の歴史についてか」
帰りの馬車に揺られながら、ユリは頷く。
法律にリマンド侯爵家の歴史、そして、聖女と王家について早急に調べる必要が出てきたわ。だって、この国の明暗がかかっているのよ。仮に、お嬢様が無事、フリードリッヒ様との婚姻なさっても、戦争に負けたら悲惨な人生が待っているわ。あーもう、まさか、ジョゼフ殿下が、治癒魔法を習得できない事態に陥っているかもしれないなんて!ジュリェッタ、なんてことしてくれたのよ!
「うーん。それって、時間かかるか?」
そりゃぁ、そうよ。調べる事柄は膨大だわ。
「勿論よ」
「なら、旦那様に頼んでみるよ。屋敷の本なら読みに行く手間が省けるだろう?まあ、俺としては一緒に図書館に行きたかったけどな」
セルロス、そんなに図書館好きなのかしら?
「ありがとう。なら、今度は一緒に図書館に行こうよ」
「お、おう。ほら、もう屋敷に着くまで休んでろ」
そう、少しは耳を赤くして、そっぽを向くセルロスにユリの顔まで綻んだ。
私も図書館、楽しみになってきたわ。
ユリの書庫の閲覧の許可はあっさりと下りた。ただ、書庫の手前の本のみで奥の扉は立ち入り禁止だ。空き時間を利用して、ユリは書庫へと通う。
この国からの成り立ちが書いてある本はどれかしら?セルロスは、神話になっているから探し易いといってたわよね。
ユリは歴史書のコーナーを見て回る。リマンド侯爵家の蔵書は増大で、目的の本一つ見つけるのも一苦労だ。大層な分厚い表情の書き付け柄並び、どんどん古くなるにつれ、その内容は物語風になっていく。初期に至ってはセルロスの言っていた通り、美化されすぎて、もう神話の域だ。
ふーん、王族って、女神の子孫て位置づけなのね。それで、この国の貴族は、王家の血が多く入っているとされている人ほど位が高い傾向があるのね。
王家の血は濃い。常に四侯爵家から妃を貰っており、皇帝になれなかった殿下達は、四侯爵家のいずれかに降婿(嫁)にされるか、辺境伯として新たな領と軍隊を得るのが慣例だ。ただ、昨今は友好の証として皇女は幾ばくかの治癒魔法を身に付け、諸外国に嫁ぐのが主流らしい。
精霊の血を受け継ぐ者って、フリードリッヒ様のお母様達のことよね。リンゴベリーの木と人間の間に産まれた三つ子の子孫って、もう、人でなくて、相手は木よ!木!だから、その実をもぐことができると書いてあるけど…。でも、流石に、木と人間の間に子供は出来ないでしょう!セルロスが歴史書では無く、神話と言った意味がよくわかるわ。
「ユリ、知りたいことはわかった?」
不意に、後から声を掛けられて、ユリはビクッと身体を震わせる。
「もう、ビックリさせないでよ!ええ、大方はね。何か急ぎの用事でもあったの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが、最近、暇さえあればここに通ってるとリサに聞いてね」
セルロスはそう言うとユリの横に座り、積んである本のタイトルに目向ける。
「ありがとう、お陰で気になっていた事が調べられたわ」
「なら、よかった。リマンド侯爵家の歴史と、この国の歴史に、王家の神話、精霊、女神に、法律。ユリ、俺との結婚をやっと意識してくれたんだ。嬉しいよ。わからないことがあったら何でも遠慮なく聞いてくれ。勿論、母さんに聞いてもいい。大抵のことは知っているから」
ん?何故ここでセルロスとの結婚の話しがでるの?
「ありがとう。早速で悪いんだけど、治癒魔法の使えない王族ってどうなるの?奥様みたいに、兄弟に力をあげた場合じゃなくて、本来なら貰えるはずだった相手が亡くなったりした場合」
リフリード様のように他者に奪われるこてはないだろうけど、相手が亡くなることくらいはあるわよね。
「大抵はそれを防ぐ為、秘密裏に学園に前にその儀式を済ませるんだけどね。基本的には他の人にパートナーを譲って貰うのが普通かな、まあ、純粋な王族であれば、誰がパートナーでも本来の治癒魔法の力は膨大だから構わない。但し、ジョゼフ殿下のように庶子は話しが別だ。もとの力が少ないから、相手は誰でもとはいかい。その場合は、王族としての立場を捨て、ただの貴族にならざるを得ない」
ジョゼフ殿下の治癒魔法の相手は、そんなに簡単にはみつからないのね。一番最適なのが、リフリード様ってわけか…。
「それって」
「そうだよ。上皇陛下はどうしても、ジョゼフ殿下を次の皇太子として立てたいみたいなんだ。だから、ジョゼフ殿下と、この国で唯一の聖女候補のお嬢様と結婚させたいのさ」
ジョゼフ殿下と年齢的に釣り合いがとれて、聖女としてこの国を守れるくらいの力がある令嬢はお嬢様だけなのね。
「ねえ、もし、もしも、リフリード様に何かがあって、ジョゼフ殿下が治癒魔法を習得できなければ、ジョゼフ殿下はどうなるのと思う?」
「今、ジョゼフ殿下を王族とたらしめる為に充分な治癒魔法の力を持っているのは、リフリード様だけだからな。ジョゼフ殿下は王族は無くなるだろうね。他の方々では力が足りない」
ジョゼフ殿下のお母様は城のメイドで平民だ。聖女同様、他の人の力で足りない分を補う必要がある。
その話が本当なら、ジョゼフ殿下、どう足掻いたってお嬢様にその力で勝てないじゃない。まあ、昔お会いした時の様子では、学習の面でも劣ってらっしゃるんだろうけど。
「そうなんだ。ねぇ、もう一つ聞いてもいいかしら?」
「どうぞ」
「今、戦争が起きたら誰が、メープル騎士団を率いて戦場に立つの?ほら、ジョゼフ殿下はまだ、治癒魔法を習得されてないから、陛下が前線に立たれるわけにはいかないでしょう?」
そんなことを心配してたのか、とでもいう風に、セルロスは少し呆れたような顔をした。
「ユリは心配症だな。まあ、そこが良いところなんだろけど…。安心して。この場合は上皇陛下が前線へ向かわれるから。本来なら退位されるお年でもないからね」
そうだったわね。なら、戦場になっても大丈夫よね。
「そうなのね。次の春、お嬢様はフリードリッヒ様と結婚をされてから、魔法学園に入学されるのよね。このまま、無事に婚姻されたら良いけど」
「そうだな。まだ、旦那様達を襲った犯人も、お嬢様を襲った犯人も捕まっていないからな。旦那様を襲った犯人はクシュナ夫人の説が有力だが、夫人が姿を眩ましているから、なんとも言えないのが現状だしな。あー、サクッと犯人が捕まって、春には無事、お嬢様達がご結婚なさって、学園も無事卒業されたらいいな。そしたら、何の憂いもなくなるのに」
セルロスの言う通りよね。そこまでくれば、お嬢様が闇堕ちする心配は無くなるわね。
「本当、そうね。そしたら私も安心できるわ」
「ああ、もう一年半の辛抱だ」
そう言って、セルロスはユリの手を握りしめた。
「そうね」
後、一年半、無事に過ぎますように。
ユリはそう祈るようにセルロスの手を握り返した。




