冒険者と ②
そういって連れてこられたのは、マリアンヌがオーナーを務める服屋の側に出来た真新しいカフェだった。
「ここって」
「あら、知ってるの?ふふふ、ここのオーナーは私の知り合いなのよ!で、ここの看板メニューのワイドボアは私が納品しているんだから」
『るんだから』って可愛く言ってるけど、中々の手練れよね。勇者であるバルク男爵くらいの能力は、あるってことよね?
通された部屋はシンプルな個室だった。看板メニューのステーキと、サンドイッチ、パンケーキ、それに平民街では珍しいコーヒーも頼む。店員が料理を運び終えた所で、ライアンが本題を切り出した。
「ダフィートとジュリェッタの何が知りたいのかしら?」
「ジュリェッタ嬢とバルク男爵は、ずっと二人で行動されてたんですか?」
「ええ、そうよ。ああでも、竜討伐の一年前くらいだったかしら?ダフィートが牙狼とルーキン領のダンジョンに潜ってるって聞いたことがあるわ。確か、あそこは年齢制限があるから、ジュリェッタは魔導士?の師匠?のとこに預けてるって、ダフィートが自慢してたからよく覚えているわよ」
牙狼と共にダンジョンに潜り、いつ逃げ出すかもしれないジュリェッタを一人に?それとも、その師匠と呼ばれている人がジュリェッタの監視を?
「その師匠って人の名前はわかりますか?」
「守銭奴のミハイロビッチよ」
ミハイロビッチ!ああ、ここで繋がったわ、ジュリェッタはダフィートが牙狼と共にダンジョンに潜っている間にミハイロビッチの処へ通い、リフリード様と出会った。この出会いにより魔法に苦手意識を持つリフリードに、ジュリェッタが寄り添い恋に落ちた。
ただ、学園での出会いとは異なり人里離れたミハイロビッチの家。そこに居るのは、人嫌いのミハイロビッチとジュリェッタ、そして、リフリード様のみ、その閉鎖的な空間で、優しく寄り添われたリフリード様がジュリェッタに恋心を抱くようになるのは必然的ね。
これが、リフリード様のお嬢様への婚約破棄の原因なのね。本来なら、この現象は学園に入学してから起こるし、リフリード様からの婚約破棄の申し出など起こらない。だから、お嬢様が断罪された後、リフリード様はすんなりリマンド侯爵家を継ぐことができたのよ。
「バルク男爵親子は冒険者時代、お金の勘定を娘のジュリェッタ嬢がしていたと聞いたのですが…」
「それは本当よ。どの依頼を受けるか、どの宿に泊まるか、何処へ行くかも全てジュリェッタが決めていたわ。討伐依頼も、最短でランクが上がるものを選んでいたし、彼女が采配をするようになってからのダフィートは、ランクアップも稼ぎも数段に良くなった。貴族達から良いように使われることも無くなったし、命に関わるような危険な依頼も、ペナルティすら回避して依頼をこなすようになったのよ」
信じられない、小説のダフィートはジュリェッタを全く信用していなかったのに。
「バルク男爵はそれに従っていたの?」
「ええ、そうよ。酒場で頼むメニューすら、ジュリェッタに確認していたくらいなんだから!何でも、ジュリェッタに確認すると、ボラれることが全く無いってデレデレした顔で喜んでたわよ」
酒場のメニューまでって、どれだけ信頼しているのよ。なら、ジュリェッタはダフィートのことを一切疑っていかなったって事?それなら辻褄が合うわ。
「そんなに仲の良い親子なの?」
「ええ、ビックリするぐらい仲良しよ!なにせ、ジュリェッタの為に高い魔法書を買ってあげてたんだから」
本は高い。それは、紙は手すきで作り天日で干して作る為、紙そのものが高い。また、印刷はガリ板だからそれも手作業だ。魔法書となれば、基本的に貴族しか使わないから一般には中々出回らないから、探すのも困難な上、値も張る。
魔法書を?あのダフィートが?彼はジュリェッタをそんなに信頼していたの?なら、ジュリェッタはダフィートを慕っていたということよね。逃げ出そうとしたり、疑う素振りを一切見せなかったことになるわ。なら、母親があんなに逃げるように、教えていたことを一切聴いていなかったの?それとも、気付いて無かったのかしら。それなら、全ての辻褄が合うわ。
「冒険者の稼ぎで魔法書が買えるものなのか?」
セルロスが驚いた様子でライアンに尋ねた。
「そうねぇ。正確に言えば買えるわ。でも、冒険者って、基本的に脳まで筋肉の単細胞が多いのよね、だから、報酬を誤魔化されることが多いのよね。後、ペナルティね。コレも文字が読めないから、依頼書に書いてあるんだけどね、最初に説明して貰えなければ失敗すれば、それを払う羽目になるのよ。それらを回避して依頼をこなす冒険者ならって、言葉を付け加えておくわ」
「バルク男爵はそれを回避できる冒険者だったってわけか」
セルロスは驚いた様子だった。それは無理も無い。平民は基本的には文字も読めないし、計算もできないのが普通だ。大店の商会に長年勤めれば、簡単な読み書き計算が出来るようになるが、基本的に子供でそれを習うのは、大店の商会のお坊ちゃんくらいだろう。女性は読み書きは出来るが、貴族であっても足し引きくらいしか習わない。上位貴族になればその限りでは無いが、やはり、語学やマナーが重宝される。
「ち・が・うわよ。凄いのはジュリェッタよ。さっきっからそう言ってるじゃない!あの子、文字も読めるし、その上、計算ができるのよ。複雑な掛け算や割り算なんかもできるみたいなの、計算能力は下手な小役人よりは上ね」
「信じられない」
セルロスは驚きを隠せない様子だった。
ジュリェッタが転生者であることは間違えないわ。でも、ゲームを知っているようだけど、小説は読んで無いみたいね。読んでいたら、ダフィートを受け入れるなんて到底出来ないし、ルーキン伯爵に自分は貴方の娘だって早急に訴えているわよ。
「バルク男爵の冒険者としての腕はどうだったんだい?あの竜討伐で生き残れたんだ、さぞ、魔獣相手なら腕が立ったんだろ?」
「んー。それが解せ無いのよね。ダフィートはまあ、年も年だし、経験と力はあったけど、あまり要領がいいってことも無かったし、彼が勇者になるなんて想像できなかったわよ。まあ、治癒魔法使いが援護してくれてたみたいだから、運良く治癒魔法でもかけて貰って、竜か倒れる寸前に居合わせたのかもしれないけれどね」
ライアンは肩をすくめてみせると、パンケーキを美味しそうに頬張った。
「ねえ、ジュリェッタが治癒魔法を使えるって聞いたことは無い?」
「治癒魔法?そーねぇ、使えても不思議は無いわ。だって、ダフィートが怪我で重傷だってとこみたことないもの。ルーキン領のギルド職員、ゲラスなら詳しいことを知ってるかもしれないわ。彼、ダフィートとジュリェッタと凄く仲が良いのよ」
治癒魔法…。もしかして、あの騒ぎはデマでは無く、本当にジュリェッタが治癒魔法を使ったの?
ジュリェッタは魔法学園に入学する前、市井で一度、治癒魔法を使って騒ぎを起こしている。怪我が治ったのをみたと言う者がいたが、その話に尾鰭背鰭が付き噂の真意がわからなかった事と、ジュリェッタ嬢が冒険者だった為、怪我の治療に長けていただけかもしれないと、その事実は無かった事になった。
あの事件が本当なら、リフリード様は既に治癒魔法の力を無くしたことになる。ということは、ジョゼ殿下はどんなに努力しても、治癒魔法を使う事ができるようにはならないわ。なら、ジョゼフ殿下は皇帝にはなれないし、かのメープル騎士団を率いることも出来ない。もし、小説通り戦争が起きたら、誰が、メープル騎士団を引いて戦うの?仮に陛下がメープル騎士団を率いたとして、小説通り戦争で陛下がお亡くなりになったらこの国はどうなるの?
「どうした?ユリ、顔色が悪い。頭がいたいのか?それとも、気分が優れないのか?」
セルロスが慌てた様子でユリの心配をしている。それもその筈だ、ユリの顔色は血の気が引いて真っ青だ。
「あら、本当、酷い顔色よ。早く帰って休ませてあげて。私、馬車を呼んでくるわね。話しの続きは、また、今度ゆっくり致しましょう。ここの店長に言ってくれれば、連絡はとれるから」
「ありがとう、感謝する」
「すみません、折角お時間をお取りいただいたのに」
「ふふふ、気にしないで」
ライアンはウインクをすると馬車を呼びに行った。
「本当に大丈夫か?午後はゆっくり休め、お嬢様の入浴はリサに手伝うように言っておくから」
セルロスはユリにソファーに横になるように進めながら、気遣わし気に声を掛ける。
「大丈夫よ。少し休めば良くなるわ」
まさか、リフリード様が治癒魔法の力を無くされていなんて…。ジュリェッタは、ジョゼフ殿下の未来とリフリード様の未来を奪ったことになる。なんて、恐ろしいの。この場合はどんな罪に問われるのかしら?それも調べる必要があるわね。
馬車が着た到着したと連絡が入ると、自分で歩くと言い張るユリを、セルロスは譲らず抱き抱え馬車へと運ぶ。ユリは顔を真っ赤にして、下を向くのが精一杯だ。
ああ、居た堪れない。私がお姫様抱っことか…。この、周りのなんとも生暖かい空気とか…。お嬢様とかジュリェッタがお姫様抱っこされているのはいいのよ、絵になるし。私はモブよ、モブ。その上、際して可愛くもないのに…。




