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エーチェ ⑩

エーチェ視点、最終話です。


「エーチェ、手紙を出しなさい!」


「あ、ああの、えーっと」


「いいから、早く!」


 子爵がエーチェを急かすと、エーチェはまごまごと手紙を子爵へ渡す。


「あ、あの、お、お父様」


 どうしよう。私が手紙を開けたせいで!


 何か言わねばと、エーチェが考えあぐねっている間に、子爵は封筒から便箋を抜き取り確認していく。


 確かにフリップ夫人の書いた物と、もう一通ちゃんとした王都裁判所が発行した手紙が入っていた。しかし、その手紙は開かれた形跡があり、もう一度閉じて封筒になおされたことが誰の目からも見て取れた。


 クラン子爵は震える手でそれを開くと、エーチェが一人で開いたときと同じ文字が浮かび上がるが、一つだけ違う所があった。それは、『定結』と言う文字が手紙の中央に赤く光を放ちながら、浮かび上がっていることだった。


 嘘、定結って!


「そう言うことだ」


 その文字を満足そうに眺めながら、オルロフ伯爵はもう一部の書類にこれみよがしにサインをする。


「エーチェ!お前、この手紙を開いたのか?」


 クラン子爵がエーチェに手を挙げた。パチンという音がして、エーチェの身体がぐらつく。


 え?


 エーチェは叩かれた頬を押さえ呆然となった。何故自分が叩かれたたのか訳が分からなかった。側でクラン夫人が泣いている。


 どうして、あんなに優しかったお父様が私を打ったの?どうして、打たれたわけでもないお母様が泣いているの?


「貴方、どうかそれ以上は止めてください。エーチェは急ぎ、婚約者を見付けなければならない身です。もし、顔に傷でも残れば貰い手が無くなってしまいます」


 エーチェを庇うように、クラン夫人は子爵へ懇願する。子爵は拳をプルプルと震わせながら、必死で怒りを抑えている様子だ。


「お前が、しっかりと見張っていないからこんなことになるのだ!」


 子爵はそう夫人を怒鳴り付けると、自分を落ち着けるように、ほう、と息を吐き真剣な面持ちでラティーナに向き直った。


「お前がはどう思っている。この契約の最終決裁権は、ラティーナ、お前にある。どんなに今までの書類で、叔父であるオルロフ伯爵が権利を主張なさっても、この屋敷の主であるお前が、父親である私を後見人に選べば後見人は私になるのだ。今までの書類など考慮せずとも、お前の素直な気持ちを聞かせてくれ」


 今までだんまりを決め込んでいたラティーナが、初めて口を開いた。その声は無常で、決して愛する肉親に向けられりようなものでは無い。


「オルロフ伯爵かお父様を選べと仰っているのですか?それとも、お父様を後見人にしろと仰っているのでしょうか?もし、前者なら、私にメリットが多い方を後見人に選びます。もし、後者なら、お父様が私にしてこられたことをもう一度思い出していただきたいですわ」


「クッ」


 最後の頼みの綱であったラティーナに、つれない態度を取られ子爵か悔しそうに、エーチェを睨み付ける。それとは対照的にオルロフ伯爵はご機嫌な様子で、ラティーナに煉にねったであろう、クラン子爵家の今後を記した計画書を見せ説明を始める始末だ。


「叔父様、とても良い案だと思いますわ。ですが、一応、三人でございますし…これでは些か心許ないのではありませんか?」


 ラティーナの言葉に王都裁判所の職員も同意を示している。


「だが、今までの使い込みを考えると妥当ではないか?何せ、エーチェ嬢は夫人の連れ子でクラン家の血は入っていないのだろう?」


 使い込み?何のこと?私はお父様のれっきとした娘よ。


「まあ、お父様。それは失礼ですわよ。先程の手紙を定結されたのはエーチェ嬢のようですし、一応、クラン子爵の子だということは証明されたではありませんか。まあ、我が門家へは多大なる裏切り行為に他なりませんけど」


 フリップ夫人はそう言うと、クラン子爵を睨み付ける。


「なら、これならどうだろう?」


「はい、これくらいなら。後、屋敷の使用人を総入れ替え致したく思っております。お手伝い頂けますか?」


 使用人の総入れ替え?何を勝手な事を言ってるの!貴女にそんな権利など無いのよ!どうして、お父様もお母様も何も言っては下さらないの?


「総入れ替えとは大事だな。当てはあるのかね?」


「はい、いく名かは。後は、昔、母に仕えていた者達と、旧オルロフ家の使用人達で叔父様の家に勤めていない者達が居れば、その者達を希望致します。彼等が、我が家に来ても良いと言ってくれればですけど」


「うむ。それは此方で手配しよう。みな喜ぶことであろう。さて、君、クラン子爵へご説明差し上げてくれ」


 オルロフ伯爵に促され王都裁判所の職員は淡々と説明を始める。


「この書類は、皇帝陛下へお渡しサインを頂きましたら定結致します。クラン子爵、今後ですが、ラティーナ様が婚姻するまでは、貴殿の名前が当主の欄に記載されますが、その実権は全てラティーナ様に移ります。城での仕事は子爵位のまま続けることが出来ます。ただし、役目を辞された時に返上していただきます。屋敷の采配権、全ての財産はラティーナ様へと相続されました。但し、今までの恩として、王都の北の別宅は子爵へ譲られます。これからの御三方への給金ですが、この金額とさせていただきます。ただし、エーチェ嬢に限りましては、ラティーナ様が成婚されるまでとなります」


 書類を覗き込んだ三人が、口々に不服の声を漏らす。


「ちょっと待ってくれ、これは流石に少なすぎる」


「これでは、まともな生活が送れないわ。自分で侍女やメイドを雇うなら給金もここから払えだなんて、あんまりだわ」


 これは、あんまりよ。ドレスも買えないわ。


 そんな様子を食えない顔で見守っていた、王都裁判所の職員は、盛大な溜息を吐いた。


「ですが、この金額はクラン子爵夫妻がお決めになったものでして、ご自身がお決めになった金額にケチをつけられても、此方としては対処しかねます。良く思い出して下さい。この条件に覚えはございませんか?」


 あっ、これはお姉様がこの屋敷を出たいと言われた時の条件だわ。確か、お父様がもう少し増やそうとなさったのを私が必死に止めたのよ。


 皆、身に覚えがあるため押し黙るしか無い。


「では、子爵、ささっさと、サインして下さい。私は仕事が立て込んでいる身でして、早急に裁判所へ戻らねばなりませんので」


 表情を変えず終始軽い感じの王都裁判所の職員は、特別なインクペンを出すとクラン子爵へと手渡した。


「ああ、お義母様、私の為に夜会を行って下さると聞きました。ありがとうございます。それまでは不便でしようから、お義母様のみこの屋敷に留まって頂いても構いませんわよ」

 

 ラティーナにっこりと笑った。

感想ありがとうございます。


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