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エーチェ ⑧

 今日はお姉様が帰って来るらしい。お父様に言われて、お姉様の宝石類をお姉様の部屋へ戻しておく。なんでも、ごうつくばりのフリップ夫人が、お姉様の宝石を近々借りに来るとか…。


 あー、苛々するわ!


 仕立ての良い服を着た、どことなく品の良い従者が手紙を持ってやって来た。


 きっとソコロフ家の従者だわ。お姉様の帰りの時間を知らせる為に来たのね。


 エーチェは溜まった鬱憤を晴らすべく。急いで、一階へと降りていくと、丁度執事が手紙を受け取った後だった。


「ねえ、お姉様はいつ帰って来るの?」


 ウキウキとエーチェが尋ねると、手紙を確認した執事は顔を曇らせる。


 ん?お姉様からじゃないのかしら?


「フリップ夫人がいらっしゃいます」


 え?来るって、確定なの?本来なら来ていいかと聞くのが礼儀だわ。


「ちょっと見せて」


 エーチェは執事から手紙を引ったくるように受け取ると、慌てて文字を目で追う。そこには、半刻後に行くと書いてあった。


「誰が許可したのよ!」


 少なくともエーチェは、今日、フリップ夫人が来ることを聞いてはいない。


 お父様が昨日、約束なさったのかしら?


 リマンド侯爵家から帰られたお父様は、お酒を浴びるように飲まれていたから、私へ伝え忘れてても不思議では無いか。


 そうと結論付けてしまえば、なんてことはない。エーチェはフリップ夫人を迎える為に、部屋へ戻り服を選ぶ。


 フリップ夫人、オルロフ伯爵の愛娘で、社交界の華と謳われた人。燃えるような赤い髪、華やかな美貌の貴人。中性的な儚い雰囲気のフリップ伯爵とは反対の見た目。美男美女で人目をひく夫妻だ。


 フリードリッヒ様との仲を認めて貰うには、第一夫人の意向は無視できない。


 馬車が止まる音がして、エーチェが気になり窓から外を伺うと、馬車からラティーナが降りて来た。エーチェは苛々を発散すべく玄関へと向かう。


 玄関で待ち構えていたクラン子爵の怒号が、エントランス中に響く。


「お前は、なんてことをしでかしてくれたんだ!自分がした事がわかっているのか!」


 クラン子爵が手を振り上げたその時、馬車からソコロフ侯爵がおりて来た。クラン子爵はビクッとして、その手が寸前のところで止まる。


「今、何をしようとしたのかね?」


 低い声が、クラン子爵を問い詰める。


「躾です。外部の方は黙ってていただきたい。それよりも、上位とはいえ、前触れも無くお越しになるとは」


 苦々しく言い募るクラン子爵に、ソコロフ侯爵は厳めしい表情を崩すことなくこともなげに言葉を紡ぐ。


「息子の婚約者を送ってやっただけだ。私は当主である前に騎士だ。息子の婚約者の護衛をするのに、何の差し障りが有ろう」


「そうでしたか。この度は娘を送って下さり有り難う御座いました」


 慇懃無礼に礼を述べるクラン子爵をソコロフ侯爵は鼻で笑う。


「クラン家では、当主の出迎えは怒鳴り散らかすことだとは知らなんだ」


 クラン子爵の顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。


「今の台詞は閣下とはいえ、聞き捨てなりませんな」


 ソコロフ侯爵は何処吹く風だ。


「ん?わしは何か間違ったことを言ったかね?ラティーナ嬢が成人したのだから、この家の主はラティーナ嬢で間違いないはずだが?」


 そう言われると、クラン子爵もぐうの音も出ない。忌々しそうにラティーナを睨み付けたるが、ラティーナはじっと子爵を見据えたまま、言葉を発しようとはしない。


「父親としての躾でございます。我が子であることは変わりませんので」


 ソコロフ侯爵は後を一瞬気にした風だったが、そのことには触れず、クラン子爵に視線を向け直す。


「フッ、なら、もう一人をどうにかするべきじゃ無いか?ラティーナ嬢、私はこれで失礼するよ。そのまま城へ向かわねばならないからね」


「送って下さり有り難うございました、閣下」


 ラティーナはカーテシーを取り礼を述べる。


「そう畏まらんでも良い。でば、またな」


「はい、閣下」


 侯爵はもと来た馬車に乗り込んだ。馬車が見えなくなったころ、別の馬車がクラン家の玄関へ向かって来る。クラン子爵の顔色が良くない。


「ラティーナ、あの馬車はフリップ家のものだよな」


「はい、左様かと」


「お前、誰がフリップ家の方を呼んだか?」


 クラン子爵の眉間に皺が寄る。


「いえ、そのようなことをした覚えは御座いません。お父様は?」


「クソ!」


 弄ってやろうと待ち構えていた、エーチェは、ソコロフ侯爵の登場で、玄関から出れないでいた。


 なんで、二人とも入って来ないの?まだ、ソコロフ侯爵の馬車が見えてるのかしら?あんな怖そうな方に目を付けられたらお終いよ。その点、宰相閣下は、柔和そうで存在感が無くて怖くもなんともないわ。


 クラン子爵とラティーナが立ち尽くしている前に、一台の馬車が止まった。ドアが開き、フリップ夫人が降りて来た。


「あら、ラティーナ、子爵、お出迎え嬉しく思いますわ」


 あっ、フリップ夫人。


 エーチェは慌てて、子爵とラティーナの間に入り、ラティーナの見様見真似でカーテシをとる。


 挨拶は、これで合っているわよね?


「フリップ夫人、今日はどのような御用件で?」


 訝しりながら子爵が問うと、フリップ夫人は驚いた様子で子爵を見る。


「あら、昨日要件を伝えたではありませんか?」


「ラティーナ嬢の装備具をお借りしたいと。ちゃんと、前触れもだしましたし」


 身に覚えがあるのか、クラン子爵は黙り込んだ。


 フリップ夫人の乗っていた馬車から、ひょろりとした文官が降りて来た。


「夫人、私の存在を忘れないで下さいよ」


「彼は?」


 クラン子爵は怪訝そうに片眉を上げ、フリップ夫人に、軽薄そうな雰囲気のひょろりとしたなまっ白い若い男の存在を問う。


「彼は王都裁判所の職員のロナード氏ですわ。子爵はお忙しくいらっしゃるようで、まだ、書類の手続きがお済みでないのでしょう。私がお手伝いをして差し上げようと思いまして」


「では、ご好意に甘えて、貴方が宝石を選んでいらっしゃる間に書類の手続きをすませましょう」


 書類の手続きって何?昨日お父様が仰られた事は本当なの?


「ふふふ、お役に立てて良かったわ。ルイ、子爵が書類の作成をなさるそうよ。お父様を呼んで来て」


「何故、伯爵を呼ぶ必要があるのかね?」

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