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エーチェ ⑦

 リマンド侯爵家から帰られてから、お父様の機嫌が非常に悪い。まだ、日も高いというのに、ローテーブルを蹴っ飛ばしブランデーを煽っている。お母様がオロオロし、使用人達は八つ当たりされぬように身を潜めている。


 リマンド侯爵家で何があったって言うの?


「エーチェ!」


 エーチェが入口で様子を伺っていると、大声で名前を呼ばれた。エーチェは慌てて側へ行く。


「お呼びですか?お父様」


「ラティーナの卒業祝いの夜会で、婚約者を探してこい。それが出来なければ、お前はマロウ男爵に嫁ぐか、修道院へ入ることになった」


 マロウ男爵?修道院?どうしてそうなったの?訳がわからないわ!


 面食いのエーチェにとってマロウ男爵は範疇外だ。爵位を金で買った成り上がり者で、国に多額の金を納めて貴族としての義務を免除して貰っている。金貸しを生業とし、若くはあるが野心家で品に欠ける人物だ。顔の作りは悪くは無い。ただ、脂ぎった顔と、少し出たお腹のせいかその年齢よりだいぶ上に見える。貴族達は生まれた時から教育されている為、皆、スマートで優雅な立ち振る舞いをするが、彼がその中に入ると何とも野暮ったい。


 子爵の言葉に夫人の顔が青褪める。


「貴方、どうしてそのようなことに?」


 子爵は琥珀色の液体の入ったグラスを空にすると、忌々しそうに今日の食事会て起こったことを話し出した。


「え?お姉様が結婚と同時に、ソコロフ卿かこの家の当主になるのですか?秋には結婚…」


 これは、秋までには出て行けということだ。


「まあ、なら、ラティーナの卒業祝いがエーチェの最後の婚活になるのですね?私達はどうなるのですか?」


 夫人の顔色も悪い。


「領地か王都の別宅で隠居生活だな。安心しろ、我々にはそれなりに給金の割り当てがある。だが、社交界から身を引くことになる為、エーチェに婚姻相手を探してやることは出来まいし、エーチェの支度金すら出すのに、ソコロフ卿へ伺いをたてねばならない」


 嘘。


「どうにかならないの?お父様!」


 今にも泣き出しそうなエーチェを抱きしめて、クラン子爵は緩く首を振る。


「無理だな。お前の誕生会が派手だと、社交界ではもっぱらの噂だ。その上、フリップ夫人が、夜会でオルロフ家から贈られた装備具を身に付けたお前を目にしていらっしゃる。それら全て、本来ならオルロフ家の財産だ。オルロフ伯爵は怒り心頭だった」


「オルロフ家の財産って?」


 意味がわからない!ここはクラン家よ。なのに、我が家の財産の全てがオルロフ家のものだなんて!


 夫人がエーチェに、優しく話してきかせる。


「クラン子爵は、貴方のお祖父様の代に事業に失敗なされてね、破産寸前だったの…。この屋敷も、領地全てを手放してもどうにもならないくらいだったと聞いたわ」


「父は一末の望みをかけて、オルロフ侯爵に全てを買って欲しいと懇願した。そしたら、オルロフ侯爵家はクラン家を借金の金額で買い取って下さったんだ。そして、買い取ったクラン家の爵位や財産を妻に相続させた。私は必死で妻を口説いた。沢山の約束事をし、やっとオルロフ侯爵に妻との婚姻を認めて貰ったんだ。それが、ラティーナの母だよ。だから、この屋敷、そして財産は全てラティーナのものなんだ」


 そんな…


「嘘よ。嘘よ。嘘よ。そんなの信じられないわ!」


 エーチェはまるで駄々っ子のように泣き喚く。


「貴方、なぜ今頃オルロフ伯爵が…」


「大方、リフリード殿とマリアンヌお嬢様の婚約破棄が原因だろ」


 子爵は苦々しくそう吐くと、グラスにまたブランデーを注ぐ。


 私がこんな目に遭うのも、マリアンヌお嬢様が原因じゃない!


「なぜ、婚約破棄なさったのです?」


 夫人は訳がわからないと言う風だ。


「表向きはリフリード殿の力不足だが、実際には、彼の素行に問題があったそうだ」


 え?


「具体的は?」


 エーチェは少し落ち着きを取り戻した。


「女性問題だよ。リフリード殿が女性冒険者に想いを寄せ、事もあろうに、自分でマリアンヌお嬢様に婚約破棄を迫ったらしい。ことの重大さに気がついた時は後の祭りだ。宰相閣下はリフリード殿に怒り心頭らしく、フリップ伯爵はなんとか取りなし、次男のフリードリッヒ殿をなんとか送り込むことに成功したと聞いた」


 この前、お茶会で聞いた話と違うわ。


「マリアンヌお嬢様がリマンド侯爵家の兄弟を弄んでいるのではないの?」


「何だ、その話は?リフリード殿との婚約は幼少期で、フリードリッヒ殿とマリアンヌお嬢様が会ったのも、フリップ伯爵が謝罪の為リマンド侯爵家を訪れた際に、たまたま、休暇取得の為、フリードリッヒが乗り合わせていたためで、その謝罪に同伴したのがきっかけだと言うではないか。実際に、フリードリッヒ殿は、それまでマリアンヌお嬢様に幼少期以来会っていないのは、公然の事実だ」


 なら、フリードリッヒ様がマリアンヌお嬢様を口説いているの?それも、お父様と同じく家を存続させる為に、ああ、私、お母様と同じ運命なのかしら…。愛する方は家のために、好きでもない方に愛を囁き。心でその事実を嘆いている。リマンド侯爵家の婿養子なら、愛人な第二夫人など持つことは不可能よね。なんて、可哀想なんでしょう、フリードリッヒ様。


「まあ、なんてタイミングでの休暇かのかしら」


 夫人は眉間に皺を寄せる。夫人には、うぶな容姿を気にしている娘に、あの見目麗しい息子をあてがい自分の地位を盤石なものにしようとしている。そんな人物にフリップ伯爵が思えたのだ。


「たまたまらしい。ひと月前から、休暇の溜まっていたフリードリッヒ殿に、無理に休暇を騎士団長が取るように手配したタイミングと重なったようだ」


「私はどうすれば良いの?お父様」


 そうだ、フリードリッヒ様のことは後回しでいい、まずは、私よ、修道院だけは回避しなきゃ。かと言って、マロウ男爵に嫁ぐなんてあり得ないわ。ぶくぶくに太った、気品の欠片もないあんな成りあがり貴族なんて、例え男爵でも嫌よ!


「今の恋人と一先ず婚約をするか、今度のラティーナの祝いのパーティーで新たに相手を探すかだな。取り敢えず、婚約まで漕ぎつければ、時間が稼げる。ああ、そう言えば、明日、ラティーナが帰って来る。それなりに、話を聞いてやってくれ。どうすればいいかわかるように、しっかりと教育しないとな」


 そう言うと、子爵はまたグラスに液体を注いだ。


 

もう少しエーチェ視点続きます。お付き合い下さい。

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