食事会 ④
ユリは子爵が帰った後、フリップ夫人にこっそりと声をかける。
本当はオルロフ伯爵がいいんだけど、声をかけ辛いのよね。下手に関わったら骨の髄までしゃぶられそうな、そんな匂いがするから、まあ、貴族らしいと言えば貴族らしい方なのだけれど。
「夫人、少しお耳に入れたい話がございます」
「あら、マリアンヌお嬢様の腰巾着じゃない。いつも、べったりなのに、今日はこんなところがで手伝ってていいの?」
クスクス笑いながら、息をするように嫌味を言うフリップ夫人にムッとしたが、ユリは我慢してそれを流し、要件を伝える。
「クラン子爵ですが、まだ、権利書の書き換えを行っておりません。たぶん、何だかんだ理由を付け、ラティーナ様への書き換えを拒むはずです。どうせなら、この機会にラティーナの世話人の欄に伯爵の名前を」
折角、ラティーナ様に権利が移るのに、クラン子爵が世話人になれば、元の木阿弥だ。それなら、直接の被害の無い、オルロフ伯爵のが数倍ましだわ。小説が正しければ、オルロフ伯爵の望みはオルロフ家がまた、侯爵家に返り咲くことなのだから、ソコロフ侯爵家との大きなパイプの欲しい伯爵は、ラティーナ様を悪いようにはしないだろう。
「あら、いい所に気がつくじゃないの。伊達に、マリアンヌ様が可愛がっている訳じゃないのね。今回は、借りができたわ。私も、クラン子爵とエーチェ嬢、そしてその母親には虫唾が走っていたから、それを最大限に利用させて貰うわ。我、オルロフ家を軽んじたこと、とくと後悔させて差し上げますわ」
ああ、やっぱり腹にすえかねていたのね。それは、そうよね。じゃなきゃ、あんなに旦那様に執着なさらないよね。顔なら断然フリップ伯爵の方が美しいもの。なのに、夫人は今も旦那様を諦められないらしいし。爵位に貴族としての真の価値への執着が強いからだろう。
まだ、第二夫人でも愛人でもいいからと、旦那様に縋ってらっしゃるらしいと、セルロスから聞いている。
「では、見返りに、ジュリェッタ嬢の情報を下さい」
学園に入学した今、ジュリェッタの情報を手に入れる伝手はない。だが、フリップ夫人はリフリードの母親だ。彼女がジュリェッタの情報を持っていないわけがない。
「リフリードは私に手紙の一つも遣さないのよ。マリアンヌ様と婚約破棄をしてから、私達はまともに会話すらしていないわ」
フリップ夫人が言っていることは本当だろう。しかし、フリップ夫人へ定期的にアイラトから報告は入っているはずだ。
「アイラト様からと、ローディア商会からの情報だけで大丈夫でございます」
ローディア商会には夫人の腹違いの妹がいる。彼女の娘が魔法学園に通っている。
妹と言う言葉は禁句よね。フリップ夫人はその腹違いの妹を心底嫌っている。夫人は、彼女を妹とは認めていない。だから、フリップ夫人の前で彼女を妹と言うのは得策ではない。
「ローディア商会…、そのようなことまで知っているとは恐れ入るわ。わかったわよ。私の知っていることなら全て答えるわ」
「有り難う御座います」
ユリは静かに頭を下げた。
「で、何が知りたいの?」
「ジュリェッタ嬢とリフリード様は婚約なさったのでしょうか」
ユリの言葉にフリップ夫人が目を見開く。
「するわけないでしょう?私がゆるすとお思い?それに、最近は、彼女、殿下も追っかけているみたいよ。あと、砂漠の国の第二皇子も」
フリップ夫人は眉間に皺を寄せる。赤い髪と美貌が相まって中々の迫力だ。美人の凄んだ顔は怖いわ。とま
今度はフリップ殿下に、砂漠の皇子。ハーレムエンドを狙っているとしか思えない動きね。
「ですが、ジュリェッタ嬢がかの方々に近づくのは、難しいのでは有りませんか?彼女は元冒険者、なら当然下位クラスでございますでしょう?」
ジュリェッタの設定は一番下のクラスだ。これは小説でも、ゲームでも同じだ。
「違うわ、リフリードやジョゼフ殿下と同じ最上級クラスよ。現時点で治癒魔法が使えることが立証されているし、魔法学に必要な算術も習得しているらしいわ。マナーと常識は酷い有り様みたいですけど」
ジュリェッタに嫌悪を露にした物言いだ。
ああ、この方は家門と血を重視されているのね。だから、ジュリェッタ嬢が平民の出と言うだけで受け付けないのだろう。自分は平民であるルイとの間にリフリード様をもうけたのに。自分勝手よね。それより、気になるのは、ジュリェッタが最上級クラスということだ。リフリード様はこちらの目論見通り、上級クラスにはいられたのね。
「なら、ジュリェッタ嬢はクラスで浮いた存在でしょうね」
「そうみたいね。同性の友達はおろか、鍛錬の相手すらいないみたいよ」
いい気味だわとでもいう風に、フリップ夫人は口端を緩ませると、ユリを見据えた。
「そうですか」
「マリアンヌ様の敵ですものね。私の息子であるリフリードに続き、フリードリッヒまでも誘惑したんですから。まあ、それは残念ながら不発に終わったようですけど。ああ、忌々しいわ、リフリードがあんな小娘にころっと靡くなんて。あの女狐が余計な事をしなければ、何も問題なく、リフリードはマリアンヌお嬢様と結婚出来ましたのに」
同じくジュリェッタを警戒している者同士であることは違いない。ジュリェッタの件とラティーナ様の件は手を結ぶのも悪く無い。
ユリは真剣な顔をして頷いた。
「リフリード様の件は協力致しかねますが、ジュリェッタ嬢とエーチェ嬢の件は、微力ながら尽力させていただきます」
「期待しているわ」
フリップ夫人はユリの言葉に満足そうな笑みを浮かべると馬車の方へと歩き出した。




