食事会 ③
食堂にはリマンド侯爵と元リマンド侯爵夫人の姿があった。ユリはそっと壁側に控え、そのその存在感を消し耳をそばだてる。
リマンド侯爵の挨拶と、ラティーナ様のお礼の言葉で始まり、食事会は和やかな雰囲気で幕を開けた。美しく美味しそうな料理が運ばれて、それを食べながら、当たり障りの無い会話が繰り広げられる。後は、デザートとなった所で、口火を切ったのは意外にもソコロフ夫人だった。
「ラティーナ嬢と息子の結婚式ですけれども、こうやって皆様が集まっているのですもの、日程を決めてしまいましょう。前回、折角陛下が場を設けて下さったのに、夫人と妹さんがいらっしゃって、中々話が前に進みませんでしたから」
にっこりとソコロフ夫人が提案する。笑顔ではあるがその物言いは明らかに、断定的で覆すことは出来ない雰囲気だ。それに、追い討ちをかけるように、ラティーナとソコロフ公子の結婚を待ち望むオルロフ伯爵が援護射撃を行う。
「それは良いですな。ラティーナの後ろ盾は私と我が妹ですし、父親であられるクラン子爵もこの場合にいらっしゃる。そして、本人達も揃っておりますからな。まあ、ソコロフ侯爵がいらっしゃらないのが残念ですが、夫人が全権を取り仕切られるようですし…」
「ええ、この件は私が進めさせて頂きますわ。この秋はいかがでしょう?もうそろそろ、ダンジョンに潜った息子達も、調査に出向いている主人も帰って来ますので。勿論、夏でも構いませんわよ。ラティーナ嬢は冒険者をしていましたので、夏に結婚式をしても倒れることもなくこなせるでしょうから」
笑顔で日取りを提案してくるソコロフ夫人、クラン子爵の顔色はあまり良くない。
「夏ですと、ウエディングドレスが間に合わないのでは?一生に一度です、娘には素敵なドレスを着て貰いたいのです」
クラン子爵は娘を思う父親の台詞を吐く。その言葉にラティーナは、苦虫でも噛み潰したような表情を一瞬見せた。
「ウエディングドレスなら、心配は要らないわ。私が用意しているから」
リマンド侯爵元夫人が屈託の無い笑みを浮かべる。この場に居た人全て、寝耳に水だったようで、一斉にリマンド元夫人へ視線が集まる。
「それは、どういうことでしょうか?」
恐る恐る尋ねるクラン子爵を尻目に、リマンド元夫人は楽しそうに言葉を紡ぐ。
「あら、ラティーナが産まれた時に約束したでしょう?子供を望めない私が、ラティーナのウエディングドレスを用意すると。ラティーナがソコロフ卿と婚約したと聞いて、エカチェリーナ様と相談してドレスの依頼をしましたの。私にとって、ラティーナが唯一、ウエディングドレスを贈れる相手ですもの、お恥ずかしい話、張り切ってしまいましたわ」
みるみるクラン子爵の顔が引き攣ってゆく。
「叔母様ありがとうございます」
笑顔で礼を述べるラティーナにクラン子爵は射殺すような視線を一瞬向けるが、すぐに和やかな笑みを貼り付ける。
「どこで作られたのですか?」
ソコロフ夫人の問いに、リマンド元夫人は花嫁の母のように楽しそうに答える。
「マダムの店ですわ。あそこなら予約が楽ですし、何より信頼できますから。ラティーナのデビュタントのドレスも、私があの店から贈りましたのよ」
益々、クラン子爵の笑顔が引き攣っていく。
「叔母様がお贈りになったのね。どうりで、ラティーナ嬢のデビュタントの時の出立ちは気品がありました」
フリップ夫人はリフリードをマリアンヌの婚約へ再度頼む目論みがあるの為、リマンド元夫人に媚を売る。
「ウエディングドレスの心配は御座いませんわね。クラン子爵、今年の夏か秋、どちらに致しましょう?」
「秋が良いかと。実は遅ればせながら、妻がラティーナの学園卒業を祝うパーティーを準備しておりまして、できれば、ラティーナの婚約者であるソコロフ卿にも是非来て頂きたいと思っておりますので」
クラン子爵の言葉、にソコロフ夫人は嬉しそうに顔を綻ばす。
「まあ、まあ、うちの息子を待って下さっていたなんて、お気遣い痛み要りますわ。王命とはいえ、ラティーナ嬢のエスコートすらまともに出来ぬ息子ですが、クラン子爵におかれましては、このように気に掛けて下さっていたなんて、この婚約は正解でしたわ。なら、秋のよき日に結婚式で。教会は、マルセイユア大聖堂を押さえておきますわね」
ソコロフ卿を待って、パーティーを遅らせたのでは無く、リマンド侯爵に嫌味を言われ、パーティーを開くつもりなど無かったが開く羽目になり、結果、かなり時期外れの今頃というだけなのだ。
わかっていて、そのように振舞うソコロフ夫人に、ユリは吹き出しそうになるのを必死に我慢する。
「お願い致します」
クラン子爵が礼を言った後、デザートのもものシャーベットと紅茶が運ばれて来る。
細かい招待客のリストや、費用の持ち分など、婚姻についての細かなことが、とんとん拍子に決まっていくのをユリは感心して眺めていた。
「婚姻が終われば、息子はクランの姓を名乗ることになりますわ」
ソコロフ夫人の言葉にクラン子爵が待ったをかける。
「そうなれば、御子息は子爵位となりますが、それでよろしいのですか?」
一末の望みをかけて、クラン子爵が尋ねた。
「お気遣い痛み入りますわ。ですが、ご心配には及びません。婚姻が済み次第、クラン家は伯爵家となる約束を陛下に取り付けてあります。子爵にとっても良い話ですわ」
今、クラン子爵の頭の中にあるのは、娘であるエーチェのことだ。
「そうですか、要らぬ心配でございました」
「ところで、エーチェ嬢は、かの男爵子息とこのまま結婚するのかね?」
空気だったリマンド侯爵が口を開いた。
ソコロフ卿が婿に入るのに、金食い虫と名高いエーチェが居座ってるのは具合が悪いということだ。さっさと嫁ぎ先を探すなり、修道院に入れるなりしろというのだ。
クラン子爵の貼り付けていた笑みがさーっと消える。
「いえ、そのような訳では」
「そうか、彼は次男だったな。あの歳で騎士爵も陞爵しておらんしな。父としては安心して娘を預けられんか…。だが、あれだけ派手にパーティーを開いておるのだろう?それでも、相手選びに難航しておるのか?」
ラティーナとその男爵子息を結婚させ、ラティーナをそのまま蔑ろにし、エーチェをその男爵子息の第二夫人としようと目論んでいたとは口が裂けても言えないわよね。
「ははは。さ、左様でございます。エーチェの婚姻相手選びは、ラティーナにも影響しますので」
言葉を濁すクラン子爵に、オルロフ伯爵が追い討ちをかける。
「なら、私が紹介して差し上げましょう。マロウ男爵はいかがかな?彼は、成り上がりではあるが稼ぎは良い。夫婦間で身分の格差は少ない方が、今後の揉め事は少ないものだ。歳は離れていても、身分が釣り合えば、それなりに楽しく暮らせるみたいだがな」
クラン子爵に嫁いだ、侯爵令嬢である自分の妹とは合わなかっただろう?だが、父と子ほど歳の離れてはいるが、侯爵家に嫁いだリマンド元夫人は幸せそうだという嫌味が含まれている。
「男爵は、エーチェなどでは無く、魔力の強い方を嫁にと思われているのでは?」
「それこそ不幸の始まりだ。まあ、侯爵家の庶子なら…、だが、そんな人物は妙齢の令嬢で耳にしたことはないな。その点、エーチェ嬢は母親に似て見た目は華やかだ。魔力こそは少ないだろが、全く使えんわけでも無かろう?似合いだと思うのだが」
確かに、いろんな面で釣り合いはするだろう。だが、クラン子爵は、あの下品なマロウ男爵にエーチェを嫁がせる気になれるはずなどない。
「ラティーナの為のパーティーもあります。ひとまず、そこで探すようにいい含めましょう」
クラン子爵にとって、針の筵でしかない食事会が終わった。帰り際、クラン子爵がラティーナに声をかけてる。その顔は憎悪に満ちている。
「先程言った通り、お前の為のパーティーを行う。母親にだけ任せず家へ帰ってきて、お前も準備を手伝いなさい」
「わかりました。明日戻ります」
キリリと睨み返すと、ラティーナはそう答えた。




