マリアンヌの婚約 ③
顔合わせは重い空気の中始まった。背後で控えている私達も顔には出さないけど、内心ビクビクしている。
何事も起こりませんように。
初めて見るリフリード様は非常に幼く、母親である第一夫人にべったりで、片時もその側を離れようとしない。お嬢様はそんなリフリード様に全く関心を示さず、ただ、ただケーキを召し上がっていらっしゃる。
「二人は仲良くなれそうにありませんわね。友達にもなれそうでない雰囲気ですわ」
終始ビクビクとフリップ夫人に粘り着いているリフリード様にイライラしていらっしゃるのか、奥様は暗に見合いは失敗だと、対価は他のモノを望めと伝えていらっしゃいます。
「まあ、私は本来、私が寄り添う予定だった方のお嬢様に我が息子が寄り添えれば、と思っておりますのよ?」
うわー、旦那様と結婚して、そこに座るのは本来自分だったって言ってらっしゃるんでしょ?
怖いんですけど…。
「二人ともまだ、幼い。正式な婚約はまだ先に伸ばしても良いのでは…」
旦那様、珍しく歯切れが悪いですわね。
「それが良いですわ、リフリード公子も年頃になれば、マリアンヌより気に入る子ができるかもしれませんもの」
旦那様の言葉にここぞとばかり奥様も被せてくる。
ああ、奥様、リフリード様との婚約に全面的に反対なんだ。そのまま、どこぞの姫と恋仲にでもなれば良いのにという願望がダダ漏れです。
「ジョセフ殿下にその力を渡すのです。ならば、この子に軍を率いる未来はありませんわ。その代わりに安定した未来を手に入れる確証を望むのは、親として間違ってはいないと思いますの。それに、マリアンヌ様はリマンド侯爵家の一人娘であられます。そんな方の婚約者が居ないのは、リマンド侯爵家の存続にもかかわりますわ」
将軍として軍を率いる条件に治癒魔法を使えることという条件が付くから、ジョセフ殿下へその力を渡すと、リフリード公子は騎士になっても将軍まで上り詰めることは出来ないのよね。その前に、今、見た限りでは騎士になどなれそうにも無いけど…。
騎士になり、有能であっても将軍候補達と競い、その中で認められた者のみが治癒魔法を習得する権利を有する。だから、ジョセフ殿下へ力を渡さなかったからと言って、必ずしも治癒魔法を習得することができるとは限らないんだけどね。
もし、侯爵が亡くなったとき、リマンド侯爵家を継ぐ人間が居ないっていいたいのね。女性は継げない決まりがあるから。
奥様に新たなお子ができれば、その限りでも無いんでしょうけど…。王族は子供が出来難い、その上、奥様は旦那様より年上で子を望むのは難しい。ご結婚も遅かったと聞いていますし…。
「それでも、ここで結論を出すのは早計ではないかしら?まだ、魔法もお使いにならないと聞きますし…ね?」
「ですから、余計に我が子の未来を危ぶむのですわ。侯爵教育も早い方が楽でしょう?勿論、初めは私も一緒に此方へ伺いますわ」
フリップ夫人の言葉に、奥様は扇で口元を隠し不快感を露わにされている。リフリード様との婚約もお気に召さないのに、フリップ夫人まで定期的にいらっしゃるなんて嫌ですよね。私も嫌です、こんなギスギスした雰囲気!
ああ、フリップ夫人の執念に悪寒が走ったわ。
「君はそれで良いかもしれんが、リフリードは未だ幼い。婚約の締結は来年、それまでに、リフリードが一人で此処へ来れるようになるのが条件ではどうだろう?母親に付き添われて婿養子に入る家へ学習に行くなど聞いたことがないからね。実際に、君が付き添ったら醜聞となろう。それこそ、リフリードの侯爵としての資質に問題があると言わざるを得ないからね」
フリップ伯爵の言葉に夫人も渋々ながら頷く。奥様も、納得せざるを得ないと思われたようで首を縦にお振りになった。
リフリード様がこの城へ通われるようになる頃に、フリードリッヒ様は入れ替わるかのごとく騎士学校へ通われるのね。確かに、リフリード様が此処へ通われるのに、婚約者でもないその兄が住むのは道理に反しているわね…。ここから、出て行かれるのは仕方がないことなんだ。
「二人で散歩にでも行ってきたら?」
と言う、フリップ夫人の言葉にも頑なに夫人のドレスを握りしめて離さないリフリードに困り、お嬢様に誘って欲しそうにしていらっしゃいますが、お嬢様はリフリード様に興味がないのか全く見向きもされず、今度はどのクッキーを食べようか悩んでいらっしゃいます。
ああ、フリップ夫人の『誘ってくれたらいいのに!』って視線がビシビシ突き刺さります。
「マリアンヌお嬢様、リフリードに庭園を見せてあげていただけませんか?」
全く、誘う気配のないお嬢様に業を煮やしたフリップ夫人が声を掛けてます。
「はい、でもリフリード様は嫌そうですわよ?行きます?ほら、首を横へ振ってらっしゃいますわ」
「リフリードも疲れただろう?そろそろ、帰ろか?」
フリップ伯爵がこの場を収めようと帰るように二人を促しその場はお開きとなった。
終わった。疲れた。
フリードリッヒ様が出て行かれるまで後一年。
私が出来ることは登場人物の確認。リフリード様、フリードリッヒ様は確認できた。
主人公のジュリェッタはまだ、偽父に母親と一緒に軟禁されている時期だ。彼女はジュリェッタに文字や計算、魔法を懸命に教えている時期ね。ジュリェッタがもう少し大きくなったら、二人で逃げ出す為に。
悲恋よね、恋人の父と結婚することになるなんて、でも、その父は形だけのつもりなのよ。時期が来たら、当主の座を彼ではなく次男に譲って、二人とその子が一緒に暮らせるように便宜を図る約束をしていたね。
そこのことを聞かされているジュリェッタの母は、一途に恋人に会う為に必死で盗賊の機嫌を取るのよ。ジュリェッタと言う名前だって彼女が名付けた、敢えて貴族の女性に付けられる名前にした。でも、流行り病で亡くなるの。医者にみせれば治るんだけど、彼女を誘拐したことがバレるのを恐れた偽父がそれをしなかったから。
それからは、彼はジュリェッタを連れて冒険者として再出発するのよね。で、渇望していた貴族の地位を得る為に竜討伐に参加して死亡。彼のパーティーメンバーが勇者となり、彼はパーティーメンバーの娘であるジュリェッタの生活を保証して欲しいと陛下へ願い出る。ジュリェッタの本当の祖父であるルーキン伯爵が彼女の身元引き受け人に名乗りを挙げて引き受けるの。
ルーキン伯爵は、ジュリェッタの髪の色と目の色から、息子であるハンソンの子ではないかと疑いを持ち。彼女の生い立ちをこと細かに尋ねる。彼女がハンソンの娘とわかると、彼女を自分の娘として受け入れ、ハンソンにその事実を伝える。そこから、彼女の伯爵令嬢としての人生が始まるのよね。
ジュリェッタはハンソンとルーキン伯爵からの愛情たっぷり受け、一流の教育を受けて、無事に社交界デビューを果たし、ルーキン伯爵令嬢として魔法学園へ入学。
彼女へのルーキン家からの愛情は多大なもので、学園の先生方も彼女を大切に扱うのよね。
礼儀正しく、その上、冒険者としての経験もあり貴族にはない柔らかさと、思い遣りに何人もの人間が彼女を慕うようになるの。その中に、リフリード様や、砂漠の国の第二皇子、そして、ジョゼフ殿下がいる。彼等は、ジュリェッタの優しさに触れ、自分のコンプレックスを解消していく。最後は、ジョセフ殿下と結ばれて、聖女となり国母になる物語。
おおまかにはこんな話だったと思うんだけど…。
この主人公のジュリェッタがまた、出来た人物なのよね。だから、皆が彼女に惹かれていくのは仕方がないことなんだけど…。
ジュリェッタの母が亡くなる前に、ジュリェッタとその母をルーキン伯爵家に連れていければ、彼女は学園になど入学せずにハンソンと母とひっそりと暮らす予定だから、皆がジュリェッタに惚れることはないんだけど…彼女達を探すのは困難よね。
なら、他にできること…。
ジュリェッタの母の弟であり、彼女が治癒魔法を使えるようになるために必要不可欠な人物、ミハイロビッチ。今はまだミハイロビッチ・アトラ・シュトラウス。彼と接触する必要があるわ。
リフリード様は彼に魔法を習うようになって、初めて使えるようになる。ということは、其れ迄、彼は劣等感の塊なのよね。だから、非常に卑屈でお嬢様に対して穿った見方をしている。魔法が使えるようになって少しずつ、自信とプライドを取り戻していくのだから、なるべく早く出会うべきよね。そしたら、お嬢様との仲ももう少し良好なものになっていた可能性があるわ。
彼が、ミハイロビッチに出会ったのは学園が始まる1ヶ月前。入学当時、彼は魔法を開花させたばかりだった為、平民の子や下級貴族の子と同じEクラス。
そこで同じクラスの魔法を本格的に学習し始めたばかりのジュリェッタに出会い、惹かれていく。リフリード様は本来の実力であれば、マリアンヌお嬢様やジョセフ殿下と同じAクラススタート。そうなれば、彼の最大のコンプレックスである魔法の件も解決するし、ジュリェッタに出会う前に鍛錬をし、サクッとジョセフ殿下には治癒魔法を習得して貰える。
ジュリェッタが治癒魔法を使えるようになるのは、三人で鍛錬をしたからという偶然の産物。彼女のリフリード様とジョセフ殿下との鍛錬の機会さえ奪えば、治癒魔法を使えるようにはならない。そうであれば、学園も唯一の国母候補であるマリアンヌお嬢様を、皆があそこまで蔑ろに出来なかっただろうから。