ストーリー通り ②
サロンから灯が漏れて話し声が聞こえる。
旦那様が騎士達と話している。
声を聴く限り元気そうな侯爵の様子にユリは胸を撫で下ろす。
「旦那様は骨折だけでだったの?」
「ああ、馬車が揺れた時に転けて骨折なさったみたいだ。奥様の擦り傷もその時に」
屋敷の中は相変わらず騒然とし、メイドや騎士達が忙しく行き交っている。
「ルーキン伯爵以外に毒に犯された者は?」
「いないとルーキン卿に聞いた」
そういえば、ハンソン様の姿が見えないわね。
「ハンソン様は?」
「ルーキン卿は城への報告後、クロウを追うそうだ」
クロウが敵を追っているのね。ハンソン様が報告されたということは王都は厳戒態勢がとられ、出入りが厳しくなるわね。
「犯人の目星は?」
「今の所は全く、クロウが帰って来てから詳しく聞く事になるだろうな」
ルーキン伯爵が負傷する相手に、クロウが尾行して無事なのだろうか?
「まさか、クロウ一人で」
「ああ、一人の方が相手に気取られにくいからな」
何のことは無いという風にセルロスは言って除ける。
「でも…」
「そんなに心配することは無いさ、彼はその道のプロだ。クロウの為にユリがそんな顔をしたら、ちょっと焼けるな」
「もう、こんな時に冗談を言わないで」
「冗談じゃ無いんだけどな…」
ぷりふりと怒るユリには、そう呟いたセルロスの言葉は届かなかった。
「ソコロフ卿のお泊まりになる部屋を整えておくわね。後、お夜食の準備もしておいた方が良いかしら?」
治癒魔法を使うと疲れるだろう。ソコロフ卿はお若いし、お腹だって減るわよね。
「ああ、頼む。俺は旦那様の所へ戻るよ」
セルロスはそう言うと、サロンの中へ消えた。
料理長、もう寝ちゃったわよね。取り敢えず、厨房へと向かいますか。
ユリが厨房へ入ると、料理長が一人サンドイッチを作っていた。
「起きてたんですね」
「ああ、あの騒ぎだ目が覚めたよ」
見習いや他の料理人には寝ているように言ったのだろう。やっぱり、優しい人だ。
「此れは?」
大量のサンドイッチをユリが指差すと、料理長はガハハと笑いながら、ユリに温かいコーヒーを淹れてくれた。
「騎士達の夜食だ。彼等は若いから、緊張の糸が切れると腹が減るだろからな。で、何が有った?旦那様の馬車が酷い有り様みたいだが」
馬車が酷い有り様?そんなに酷い襲撃だったのだろうかなら。
「魔馬は、大丈夫だったのでしょうか?」
「んー?今日は、魔馬では、無く普通の馬で帰ってこられたみたいだぞ」
え?魔馬じゃ無い?そうだ、お嬢様達と別の馬車でお帰りになられたのよね。なら、最初から、馬車を2台ご用意されていたの?で、魔馬が引く馬車でお嬢様達をおかえしになった。何故?本来なら、旦那様達が魔馬が引く馬車に乗り、お嬢様達が普通の馬が引く馬車に乗るのでは?
旦那も奥様も貴族としての定款を厳守する方々だ。それは、フリードリッヒ様も同じ…。嘘、まさか、いや、でも…。ああ、それ以外、考えれない。揺動作戦。旦那様は自分敢えて襲わせたのね。なら、旦那様の中で、いや、この作戦を執り仕切るルーキン伯爵の中で敵の目星がついていた。なら、何故、ルーキン伯爵は負傷したの?旦那様がルーキン伯爵を?
わからない。だだ、ストーリーとズレていることは必然だ。でも、旦那様はこうして襲われ、代わりにルーキン伯爵が毒に犯された。これは、小説の強制力?ああもう、わからないことだらけ、ただ、こうして、旦那様が襲われたということは、お嬢様とジュリェッタの魔法学園の入学時期が被らなくても予断は許さないということよね。
ユリは胸騒ぎを覚えた。




