エーチェ ⑥
エーチェはショックを受けていた。会場中の視線を独り占めしている少女。真っ白なドレスを身に纏っているのだから、デビュタントに違いない。
一体誰よ?美しい女性がいるなんて噂聞いたことがないわ。彼女の父親は男爵位なのだろう、私達よりも先に陛下に挨拶をしているもの。
爵位の下の者達から、陛下への挨拶をするという決まりがある。騎士爵の者の参加はデビュタントのみと決まっているので、父親と共にと言うことは男爵位だということがわかる。
エーチェは周りの人達の言葉に耳を澄ます。
「あの可愛らしい方は?」
「勇者の娘のジュリェッタ嬢よ。ほら、横に勇者様がいらっしゃるじゃない」
「まあ、全く似ていないのね。娘だけ見れば、生粋の貴族の子女に見えるわね」
「スミス家系統の水色の髪に、ルーキン家の赤い瞳ですもの、本当に血の繋がった親子なのかしら?」
ジュリェッタ・バルク、勇者の娘。
会場の視線はエーチェ親子では無く、今話題の勇者の娘だ。
エーチェは唇を噛み締めた。デビュタントとということで、白いドレスを纏っているだけでも目立つのに、勇者の娘という肩書き、その上、平民であるはずの彼女が何故か生粋の貴族の色と、美貌を持っているではないか。
どういう事?そんなの聞いてないわ!今日の夜会は、私とフリードリッヒ様の出会いの場になる予定だったのよ!
皆の視線を一身に浴びる私にフリードリッヒ様も興味を示す。リマンド侯爵令嬢がフリードリッヒ様な側を離れた隙に、彼に近づいてダンスを申し込むの。今日はダンスが一曲踊れたら成功よ。きっと、フリードリッヒ様の中で、私の存在を印象付けることができるはずだから、後は、お姉様の祝いの夜会で再会を果たすの。
でも、ああ、計画が台無しじゃ無い!会場中の視線が私に向かなきゃ、フリードリッヒ様に印象付けることが難しいわ。私は皆が奪い合うトロフィーでなくちゃならないのに!
頬を染めた男達の視線はジュリェッタ嬢へ向いてる。
ジュリェッタとバルク男爵が陛下への挨拶をしようとしたその時、会場が騒めき出した。エーチェも、騒めきの中心でる入口の方へ自然と視線が向く。入口から、リマンド侯爵夫妻とフリードリッヒ、そして、フリードリッヒにエスコートされた美しいブロンドの妙齢の女性が入って来た。さーっと彼等の周りから人が引き、道を作る。
先程まで、ジュリェッタを見ていた視線は、全てリマンド侯爵家の面々へと向いていた。彼方此方から、感嘆の溜息と嫉妬の入り混じった妬み、彼らを讃える声が聞こえて来る。
誰?あのフリードリッヒ様がエスコートしてらっしゃる方が、マリアンヌお嬢様…。
金色の髪、王族の血を引く証、リマンド侯爵家特有のモーブの瞳がリマンド侯爵令嬢、本人だと主張している。
誰よ、侯爵にそっくりだと言った人は!
リマンド侯爵家の面々に比べれば、勇者の娘であるジュリェッタ嬢ですら霞んでみる程の存在感。普段では考えられない、マリアンヌを見るときに見せるフリードリッヒの甘い笑顔に、会場中の妙齢の令嬢はもとより、ご婦人方も顔を赤らめている。
「エーチェ、陛下へ挨拶に行くぞ。我々の順番だ」
リマンド侯爵達に目を奪われていたエーチェに、クラン子爵が声を掛けた。
「あっ、はっ、はい」
陛下への挨拶。皆、両陛下からの言葉を耳をそばたてて聞いている。
気合いを入れなきゃ。
エーチェは優雅に見えるように全神経を尖らせ、最も自分が美しく見える表情を作り、両親と共に陛下の前へ進む。クラン子爵が口上を述べている間、慣例どうり下を向き跪き自分に声が掛かるのを待つ。頭上で形式通りの挨拶が交わされている。
「クラン子爵、ラティーナ嬢の姿が見えんのだが?彼女がクラン家の当主ではないのかね?」
陛下の言葉にクラン子爵は、ビクッと身体を震わせた。
「ラティーナは、ソコロフ家に花嫁教育へ行っておりまして…」
言葉を濁すクラン子爵に、陛下は訳知り顔で言葉を続ける。
「ソコロフ家の次男と婚約したのであったな」
「はい」
難を逃れたように、ホッと息を吐くクラン子爵を陛下は追い詰める。
「婚姻はいつを希望する?ソコロフ公子の役職を考えれば、今年中には式をとり行いたいのだが」
「今年中でございますか?」
クラン子爵の顔色が一気に悪くなった。ラティーナの婚姻、それが意味するのはクラン子爵の完全な隠居だ。
クラン家の全ての権利をラティーナとその夫となるソコロフ公子へ渡すことになるのだ。
「何か不都合でもあるのか?」
対外的に見れば、侯爵家より婿を迎える絶好の機会だ。喜ばしいことであり、拒否したり先延ばしにするべきことでは無い。
「いえ、御座いません」
「そうか、なら、この後、ソコロフ侯爵と式の日取りについて相談するが良い。部屋を用意しておく」
逃げれない状況に、クラン子爵の顔色は益々悪くなる。
「ありがとうございます」
「礼には及ばんよ。ソコロフ侯爵は忙しい人ゆえ、中々捕まらんだろう、こういった機会でもなければゆっくり話もできんだろからな」
「お気遣い痛み入ります」
機嫌良さげにそういう陛下に、クラン子爵は礼を言うのが精一杯だった。
嘘でしょう?お姉様が今年中に結婚?
エーチェは頭の中が真っ白になった。横で頭を下げている夫人も同様で青い顔をしている。
お付の者がエーチェ達に下がるように声をかけた。エーチェと夫人は結局陛下から何の言葉も貰えなかった。
エーチェにとって、今日の夜会は散々なものだった。男達は口々にマリアンヌの美しさと、ジュリェッタの可憐さを褒め称えている。女達はマリアンヌとドレスの色の被ったエーチェのドレスを下品だと馬鹿にした。そのせいもあってか、婚約者の両親のソコロフ夫妻と、陛下へ挨拶をしたラティーナへエーチェが期待していた好奇に注がれる視線は無かった。




