計略 ②
ソコロフ家の客間で、ラティーナ様とお茶を頂いている。本来ならリマンド侯爵家へ来て貰うのが筋だが、奥様とお嬢様に内緒で執り行う為、こうしてユリが出向いた。
「お久しぶりですね、ユリさん。その節は大変お世話になりました。ありがとうございました。お陰で、魔法学園を無事に卒業し、こうして、婚約まで漕ぎ着けることができましたし、その上、このような事まで手伝っていただけるなんて、感謝してもしきれませんわ」
ラティーナは開口一番、ユリへの感謝の意を伝える。
「お気になさらないで下さい。私も、ラティーナ様のお陰で、学園の事を知ることができましたので、お互い様ですわ。それに、今回は目的の同じなだけです。なら、協力し合った方が得策ではございませんか」
「それでも、本当に感謝しておりますのよ。私一人ではここまで漕ぎ着けれるかはカケでしたから…」
この言葉から、ラティーナが置かれていた状況の危うさが垣間見れる。
「あの、ラティーナ様が思ってらっしゃった方は…」
ソコロフ公子だったのだろうか?
「御察しの通りよ。冒険者になったのだって、彼に逢いたいからだったの」
そう、頬を染めるラティーナの姿はとても可愛かった。
冒険者ギルドはソコロフ家の管轄だ。
そっか、ラティーナ様の婚約者であるソコロフ公子はギルド長をしていらっしゃったわ。ああ、もしかして、アーロン様に逢いたい一心で冒険者になられたんでしょうか?一介の冒険者がギルド長に会う機会など滅多に無いというのに、その僅かな可能性の為に…。
「良かったですわね。婚約できて」
「ありがとう。でも、これからが正念場ですけどね。宰相閣下には感謝致しますわ、最高の舞台を用意して下さったんですもの」
クラン子爵から、ラティーナ様に卒業祝いのパーティーをするとの連絡があったのね。ラティーナ様はそこを決着の舞台に選ばれたのだ。
「では…」
「ええ、大丈夫よ。そんな顔をなさらないで、その日の為に長年に亘り準備してきたのですもの。もし、失敗することがあろうと本望よ」
ああ、ラティーナ様は命をかけて、ご自分の権利と居場所を取り戻す為、父親であるクラン子爵に挑まれるつもりなのね。
「乗りかかった船です。最後までお手伝いします」
「ありがとう。もし、失敗しても決して、貴女に害が及ぶことは無い様にするから安心してね」
ラティーナは何もかも出し切ったような、それは朗らかな笑顔で笑った。
ラティーナ様は小説には出てこない。どのような結末がまっているのかわからない。
ラティーナの覚悟を知り、ユリはこの世界が作家の書いた小説では無く、リアルのものだと改めて実感し、ブルッと身震いした。
「ラティーナ様…。では、クラン子爵家へお帰りになるのですね」
「ええ、いつまでもここへ花嫁修行と言う名目で、留まることはできませんから。一度戻り、しっかりと決着を付けなければなりません。まさか、父や義母は私の為のパーティーまでは命を狙うことはないでしょう。だだ、妹はその限りでは有りませんが」
ラティーナが子爵家へ戻るということは、命の危険がある場所にで過ごすということだ。
ああ、やはりあのクラン子爵令嬢、ヤバイ人だったんだ。
「それは、危険なのでは…」
「ふふふ、大丈夫ですよ。私も一人で帰るわけではありませんから、カエラもサンドラも一緒ですし、ユリ様のお陰で失わずに済んだ仲間達も共に帰りますから。もう、成人したのです。使用人を雇う権利は私にありますわ」
あっ、そうだ。ラティーナ様にビオラの家族の事を頼めば良いのよ。クラン子爵が解雇しようにも、ラティーナ様が反対すればそれは叶わないもの。ああ、でも、ラティーナ様とビオラが繋がっていると勘違いされても不味いわね。
「ラティーナ様、お話しなければならないことがあります。実は、エーチェ嬢なのですが、ビオラを使ってお嬢様の湯に肌に害のある液を入れました。未遂で済んだのと、彼女が家族を人質に脅されていたことを考慮して、今、外部の者と接触しないように監視しながら、リマンド侯爵家でその身柄を預かっております。その事実は如何様にも、ラティーナ様の御心のままにお使い下さい」
「あの子、マリアンヌお嬢様にまで危害を加えようとしたなんて、救いようがないわね。でも、何故マリアンヌお嬢様を狙ったのかしら?」
ラティーナは眉間に皺を寄せ、人差し指で顳顬を抑える。
「実は、お嬢様の婚約者であるフリードリッヒ様に恋心を抱かれているみたいで…」
「それで、そんな暴挙にでたのね。エーチェの姉として、リマンド侯爵令嬢にお詫びの手紙を書くわ。渡して貰えるかしら?」
「お心遣いありがとございます。ですが、実はお嬢様にはその事実を伝えていませんので、謝罪の手紙は不用です」
ラティーナ様からの謝罪は有り難かたが、悪戯にお嬢様を不安がらせる必要は無いわ。お嬢様にはなるべく心安らかにお過ごし頂きたいもの。それに、屋敷の中であれば私とリサが気を付けさえすれば、大抵の事は回避できる筈だわ。
「では、宰相閣下に渡して頂けるかしら?クラン子爵家の家長としての最初の仕事よ」
そう言われれば断れないわね。ラティーナ様ったら、ご自分が命を狙われている相手の謝罪文を書かれなるなんて、さぞ心中複雑でしようにこのように明るく仰られるなんて…。
「承知致しました。あの、ラティーナ様、実は前々からお聞きしたいと思っていたことがございまして…」
この様子では、次にいつラティーナ様と会えるかわからないわね。取り敢えずひと段落したのだから、ジュリェッタと、バルク男爵ことダフートのことを聞く余裕はあるだろう。
「何?」
「ジュリェッタ嬢をご存知ですか?」
ユリは恐る恐る尋ねた。
「ジュリェッタ嬢?勇者の娘の?ええ、勿論知ってますわ」
そうよね。皆、ジュリェッタ嬢と言えば勇者の娘という認識だわ。
「はい、そうです。勇者様の娘であるジュリェッタ嬢のことです。彼ら親子が冒険者時代の頃のことをご存知でしょうか?ご存知であれば、どんな些細なことでも良いんです。教えて頂けませんか?」
ラティーナは必死に尋ねるユリに怪訝そうな表情を見せるも、快く笑顔で了承した。
「あまり、あの親子とは接点はありませんでしたわ。そうですねー。ああ、お金の遣り取りを何故か父親では無く、娘の方がしていたのだったかしら?普通はあり得ないことだから、そう、噂で聞いたのを覚えいるのよ。それも、だいぶ幼い頃からそうだったらしいわ。私が知っていることはこれくらい。彼等と顔見知り冒険者なら知っているわよ、紹介致しましょうか?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ジュリェッタがお金の管理を?おかしい、彼女が母親からならなったのは、文字と簡単な礼儀作法だ。ジュリェッタの母はダフートから逃げ出し、ルーキン伯爵の元へ身を寄せることを目標にしていた。だから、ジュリェッタに文字と礼儀作法を教えたのだ。計算まで手が回らなかったはずなのだけど…。
小説で、魔法学園に入る前に算術で苦労するシーンがある。ハンソンが懇切丁寧に教えるのだ。いまいち信用されていなかったダフートから、一切お金を持たせてもらえなかたジュリェッタに、ハンソンが一緒に学用品を買い周り、お金の使い方を教えるシーンがある。
やはり、ジュリェッタが転生者である可能性が濃厚だわ。
この世界の算術はあまり発達していない。小学生の低学年くらいの知識を持っていれば天才扱いだ。大きな商会の子供か貴族でない限り、それを学ぶ機会などなく、貴族の子女であれば、足し算や引き算はできるが、掛け算や割り算になるとかなり怪しい。
なら、ジュリェッタの母の知識もその程度だろう。その上、彼女は病気がちで大半を自分の部屋で過ごしていた人物なのだから、算術が生活の上で重要とは思っていないだろう。
その点についても、詳しく聞く必要があるわね。
エーチェの母の設定変更しました。
騎士家の娘→稀代の歌姫
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