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食事会の準備

 お嬢様の店舗引き継ぎの件は上手くいった。後は、フリードリッヒ様がどうにかなさるだろう。結果として、ローディア商会の会長に恩を売ることができたし、お嬢様が悲しまれずにすみそうだ。ユリとしては万々歳だ。


 ユリの元に続々と食事会の返信の手紙が集まる。小規模な食事会ではあるが、リマンド侯爵はその全てをユリに任せ、手紙の代筆も許可した。


 お嬢様とリフリード様の婚約をもう一度、結び直したいオルロフ伯爵とコーディネル夫人からは色良い返事を貰えた。旦那様の読み通り、大奥様を呼び出されていたらしく、丁度良いタイミングだとも書いてあった。


 大奥様はもう出発されているらしく、鷹便を使って連絡を取る。


 ユリは最後の封筒を手に取った。


 クラン子爵からね。書き方は丁寧だが、旦那様の読み通り、妻と娘を蔑ろにされたことに対する抗議の内容だわ。


 ユリは、釣り針に食いついた事に細く微笑む。


「楽しそうだね。悪い顔をしている」


「もう、びっくりしたじゃない!何の用事よ」


「嬉しく無い報告を一つ。それと、君宛へ手紙を」


 セルロスは執事の顔でも、普段の気安い雰囲気でも無い、感情の全く読めない表情で淡々と手紙を渡す。


「誰から?」


「後で見て?それよりこちらが大事だから。クラン子爵令嬢の遊び場はあのマルシェらしい。ビオラがそう証言した」


 クラン子爵令嬢はマルシェの近くに住んでいたんだ。


「なら、マルシェには顔見知りも多いのよね?」


「ああ、そうなるね。彼女は、10歳まではそこにいたからね」


 口調は普通だが、何となく不機嫌で物言いたげなセルロスの雰囲気に、ユリは堪らず問いただした。


「ねえ、セルロス、一体何が気に食わないのよ。お嬢様の店を手伝うのが大変なら、しなくても良いわ。貴方の仕事が忙しいのは、わかっているつもりだから!フリードリッヒ様にも私から言っておくし。領地から、セバスさんに頼んで誰か適任の人を送って貰うから」


 ユリの言葉にセルロスは、ユリを睨んだ。


 ちょっと、私、睨まれるようなこと、言ったかしら?

 

「そんなこと、一言も言ってないだろ?」


 声を荒げるセルロスに、ユリは困った様子だ。


「でも、セルロス、さっきから不機嫌だし…」


「ああ、済まなかった。ユリ対してイライラしてたわけでも、仕事量で不機嫌になった訳でも無い。それは、信じてくれ。ちょっと別件で、腹立たしいことがあったんだ。ああ、もう、俺も未熟だよな。そんなに、態度に出てたなんて!お嬢様の件は店が軌道に乗るまではちゃんとやるよ。フリードリッヒ様とも約束したし」


 セルロスは不貞腐れ気味に、苦虫を噛み潰したような顔になる。


「そう?なら、いいけど…。でも、大変なら言ってよね。こっちでどうにかするし、セバスさんに誰か紹介して貰うから…」


 何か別件で、問題でも起こったのかな?


「ああ、わかった。まあ、軌道に乗ったら、誰かに任せなければならないけどな」


「それは、私も同じよ。私は侍女であって、お嬢様の事業のパートナーでは無いわ。その役割は、服屋の女将さんや、イザベラが担う筈よ。私は彼女達とお嬢様の橋渡しと軌道に乗るまでのお手伝いをするのみよ」


「だな」


 ユリとセルロスは互いに顔を見合わせ笑う。


「私は生涯、お嬢様側で侍女をするという壮大な計画があるんですから!」


「そうだった。お前は何よりお嬢様が大切だったわ。心配した俺が馬鹿だったよ!」


 セルロスは腹を抱えて笑い出した。


「もし、もしもだよ。何処ぞの男爵辺りがお前に求婚してきたらどうする?それでもお嬢様を取るのか?」


「当たり前じゃない!会ったことも、話したことも無い男爵なんかに自分の人生は託せないわ!自分の容姿は自分が良くわかっているつもりよ。私への婚姻の申し込みなんて、お嬢様の関心と、このリマンド侯爵家へ取り入りたいだけでしょう?そんな結婚できるわけないじゃない!どうせ、お嬢様に対する頼み事に使われるだけよ!旦那様に脅され、お嬢様に気不味い思いをして、したくもない頼み事をする人生なんて真っ平ごめんよ」


 セルロスは笑いすぎて、涙目になっている。


「そうだった。お前は物事を利害関係で考える現実的な人間だったよ。心配して、損をした」


「もう、何よ」


 そう言いつつ、ユリは手紙の束に目を落とす。


 その差し出し人は婚礼期の独身子爵や男爵の名だった。


 あ、心配してくれたんだ…。確かに、普通の騎士家のそれも婚期の過ぎた娘なら飛び付く話だ。その裏にお嬢様に取り入ろうという思惑があっても、それを見て見ぬ振りをするのは当然だろう。


「ありがとうね。心配してくれたんでしょう」


 顔を赤くしてぶつぶつ言うセルロスにユリは朗らかな気持ちで礼を言った。


「いや、そういうつもりでは…。あっ、それよりも、クラン子爵令嬢にはくれぐれも気を付けろよ。良からぬ知り合いがいるようだからな。ああ、それと、ジュリェッタ嬢だが彼女も厄介だな。何故か、フリードリッヒ様に付き纏っている。近衛騎士団でも有名な話だ。無断で近衛騎士団の駐屯所に出入りし、咎められても聞く耳すら持たない状態だ。お陰で、何の非もないフリードリッヒ様まで悪しく言われ始める始末だ。全く、お嬢様との婚約が纏まりそうな大事な時期だというに!なんてことをしてくれるんだ!」


 ああ、セルロスはジュリェッタに苛立っていたのね。彼女はハーレムエンド狙いみたいだから、リフリード様をコンプリートし、現時点で狙えるフリードリッヒ様とミハイロビッチに的を絞っているんだろうな。


 まっ、私の憶測だけどね…。


 それでも、厄介な事には変わりないわね。


「ねえ、フリードリッヒ様、お嬢様と婚約されても近衛騎士を続けられるの?」


「いや、大臣職補佐か宰相補佐をされることになる。ゆくゆくはどちらかの仕事をする必要が出るからね」


 そうよね。侯爵家は文は、宰相か王都を取り仕切る大臣、武は対人の第一騎士団、魔獣の第二騎士団を率いる将軍と決まっているもの…。


 リマンド家は文官の家柄、フリードリッヒ様が将軍になることなど無いわよね…。なら、婚約と同時に文官の道を進まれることになるわ。


「ねえ、フリードリッヒ様がお嬢様と正式に婚約されたら、何処に配属になるの?」


「慣例通りなら、宰相補佐だろう。ただ、スミス侯爵も宰相の座を狙っているという噂もあるからな…。フリードリッヒ様が配属されたら、良くは思わないだろうな。本来なら、リフリード様がお嬢様の婚約者だったわけだが、宰相としては役不足だと言われていたから、ご自分に鉢が回ると思われていた節が有ってね」


 王都を治める大臣より、国を治める宰相の方が旨味があるものね…。元来はリマンド侯爵家が大臣と外国を旧オルロフ侯爵家が宰相を行って来た。だが、オルロフ侯爵家の滅亡により、一時的ではあるが、その両方をリマンド侯爵家が引き受けていた。今は、王都を治める大臣職のみスミス侯爵家へ引き継いだ。


 その不均等の相手がリマンド侯爵だから、スミス侯爵も甘じて受け入れている。だが、年下のポット出のフリードリッヒ様相手なら、スミス侯爵は現状を不服に感じ宰相の座を欲するのは仕方ないことだ。


 まあ、旦那様は宰相職、外交権の両方をフリードリッヒ様へお渡しになりたい雰囲気だけど…


「通常は、成人したら補佐として修行を積むのよね…」


「ああ、あっ、そうか、いや、うん、大丈夫かも知れない!よし、旦那様に進言してみよう」


 セルロスは良いことでも、思いついたようにご機嫌な様子で椅子から立ち上がった。


「なにを?」


「簡単だよ、フリードリッヒ様の仕事場を旦那様の執務室にして貰うのさ」


「それって」


「ああ、表向きは護衛。だが、補佐官の仕事も行う。旦那様暗殺計画を利用しようと思ってね」


 文官の試験を受けていないフリードリッヒ様は、お嬢様の正式な婚約者とならない限り補佐職に就けない。だが、この有事に旦那様の警護として一番適任なのは、誰が見てもフリードリッヒ様だ。なら、持ち場を旦那様の警護へと変更を依頼しても問題なく通るだろう。


 そう言い残すとセルロスは部屋から出て行った。

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