エーチェ ①
エーチェはイライラしていた。家にリマンド侯爵家からの食事会の招待状が届いたのだ。ワクワクして皆で開封した。だけど呼ばれたのはお父様だけ。そこには、エーチェの名もお母様の名も無かった。
なによりも、許せないのが、腹違いの姉であるラティーナの学園を卒業祝いをする為の集まりだということだ。
普通、姉の祝いなら、妹である私や母も呼ばれるのが普通じゃないの?
主催はリマンド侯爵の義母、なら義母であるお母様が呼ばれないのは違うんじゃ無い?それに、不本意だけど私は血が繋がってる妹なのよ!
まあ、ラティーナの祝いなんか参加しなくてもいいんだけど、その会場かリマンド侯爵家というのが気に食わない。ラティーナ、もしかして、リマンド侯爵元夫人に家で蔑ろにされていると泣きついたの?
卑怯だわ!
エーチェは満面の笑みを浮かべて、父である子爵に抱きついた。
ラティーナさえ居なければ、市井で暮らすことらなんか無かった。父親が居ないと馬鹿にされることも無かったし、あんな、見窄らしい格好をする必要も無かったわ。産まれた時から、この屋敷で侍女やメイド達に傅かれて生活出来た。
エーチェにとって、幼少期の市井での生活は、決して良い思い出などでは無かった。我儘だったエーチェは市井の子供達の輪に入れなかった。本当は一緒に遊びたかった。でも、肉屋の娘がそれを許さなかった。
彼女はあの一帯の男の子達の中心だった。女の子達は違ったけど、男の子達は常に彼女と一緒にいたがった。彼女は名うての冒険者達に可愛がられていて、男の子達は皆、その冒険者達に憧れていた。当時は、凄い冒険者と知り合いということが、一種のステータスのようなものだった。
エーチェは女の子達と遊ぶのが苦手だった。誰もエーチェのしたい事に付き合ってくれないし、ままごとだって、お母さん役はエーチェに回って来ないし、お姫様役だって回って来ない。自分もお姫様役をしたいと言えば、我儘だって言われ、爪弾きされる。
お母様に駄々をこねたら、ビオラがエーチェの相手をしてくれるようになったけど、ビオラはエーチェよりも他の子達と遊びたがっているのが手に取るようにわかった。エーチェはそれが嫌で、ビオラに酷いことをした。なんとなくそうしても、ビオラはエーチェの側を離れないことは幼いながらにエーチェにはわかったから。
「お父様、エーチェやお母様に何故招待状が届かないのですか?」
子爵の顔色は良くない。
「わからん。手紙からは全く読み取れん。ただ、出席を拒むことはできない雰囲気だな」
お父様はラティーナを蔑ろにしたことが、バレたかも知れないことに怯えているいる様子だ。
「お父様、侯爵に私やお母様も行っていいか、手紙でお伺いをたてて下さい。相手が侯爵様といえ、こんな、あからさまに蔑ろにされる言われはありませんわ」
「そうは言っても、相手は宰相閣下であるリマンド侯爵だ」
眉を八の字にして、言葉を濁す父親にエーチェは憤る。
「だ・か・ら、ですわ。リマンド侯爵に無視されたら、私、社交界で立つ瀬がありませんもの。折角の機会です、侯爵にお姉様がどんなに酷い方なのかわかって貰う必要がありますわ」
リマンド侯爵だって、ご自分の義母代わりにお父様にこうして手紙を送ってらっしゃるのに!どうして、私やラティーナの義母に当たるお母様を蔑ろになさるのか、皆目見当もつきませんわ!
絶対、お姉様が何か吹き込んだに違いないわ!それとも、ビオラが何か話した?でも、なんの連絡も無いし。もし、そうでも、彼女達家族が勝手にやったことよ、私にはなんの関係も無いわ!
そもそも、マリアンヌ様が悪いのよ。権力を傘にあの麗しいフリードリッヒ様をご自分の婚約者になさるなんて!
マリアンヌ様といえば、宰相閣下に瓜二つのたいして目立たぬ平凡なお顔なんでしょう?社交界にだって姿を現されないと聞く。深窓の姫君と言えば聞こえはいいけど、ようは御自分の容姿に自信が持てずに社交界へ出向く事ができない残念な方。
そんな方に、見目麗しいフリードリッヒ様は似合わないわ!身体に傷でも作って、ますます引き篭もられて、フリードリッヒ様に愛想を尽かされて、白い結婚でもなさればいいのよ。そしたら、フリードリッヒ様はお父様のように外に癒しを求められるはず。私はそんなフリードリッヒ様をお慰めしてさしあげますわ。そして、ゆくゆくは第二夫人に上り詰めてやるんだから!
愛の無い第一夫人より、愛されている第二夫人の方が数段幸せよ。お姉様が良い例だわ。この家で一番力あるはずなのに使用人にまで蔑ろにされ、この家にご自分の場所すらないんですもの。
それに、リマンド侯爵とて所詮は殿方、お会いすることができればなんとでもなるわよ!
「わかった、確認してみよう。何かの手違いかもしれからな」
「ありがとうございます。お父様」




