ローディア商会へ行こう
ユリは非常に忙しい。ローディア商会の件は、工事が終わり次第、そのままチームを貰い受ければいいだけだし、詳しい打ち合わせはそのままフリードリッヒに丸投げすればいいのだが、会長にアポをとるのが至難の技だ。彼は非常に忙しい。その上、自分に利益になる人物としか会わないのだ。
はあ、所在すら掴めないのが痛いわね。
彼の元には毎日何十通という文が届く。まずは、手に取り開封して貰わなければならない。手紙を選別する者の手から会長へ渡ることさえ至難の技だ。
仕方ない。禁じ手だけど、お嬢様の便箋と封筒を使わせて頂こう。こういう相手は虎の威を借りるのが一番手っ取り早いわ。
ユリはマリアンヌに封筒を一つ使う許可を得る。まだ、その重大さに気が付かないマリアンヌは簡単に許可をくれた。ユリは安堵と共に恐怖を感じた。
学園に入られる前には、絶対にご自分の家紋の入った封筒を他人に気軽にあげてはならないとお教えしなくては。悪用される恐れがあるわ。
ユリは自分も、マリアンヌの封筒を使うのはローディア商会の会長の目に留めて貰う為で、強いてはマリアンヌの為ではあるが、それに準ずる事をしているにもかかわらず、そう決意するのだった。
会長に封を切り、中身さえ読んで貰えれば勝算は充分ある。私自身には価値が無いが、次期リマンド侯爵となるフリードリッヒ様を紹介できるマリアンヌお嬢様のお気に入りの侍女なら、会う価値があると思って貰えるだろう。
さっさと手紙を書き、下男にローディア商会本店に持って行くように頼み。善は急げ、こういうことはスピードが命よ。
今日も朝からお嬢様は、ご自分のドレスの打ち合わせだ。リサに任せて、食事会の準備をしても大丈夫だろう。リサへ一言伝えておけば、少しなら外出も可能だ。読みが当たれば、一刻と空かずに迎えの馬車が来るだろう。
初めて任された食事会の準備と、マリアンヌの店の立ち上げ、この二つの大仕事にユリは高揚感に包まれて、このま前攫われたばかりだというのに浮足だっていた。
食堂で、食事会の料理の打ち合わせをしていると、セルロスが少しあわてた様子で入って来た。
「ユリ、ローディア商会から迎えの馬車が来ている」
読み通りね。会長は釣り針に食いついた。
ユリは心の中で細く笑む。
「わかった。料理長、料理はそれでお願いね」
「任せとけ!」
料理長は機嫌良さそうに、そう胸を張る。それを嬉しそうに一瞥すると、ユリは足早に厨房から出た。セルロスは慌ててユリの後を追う。
「おい、わかってるとは思うがくれぐれも注意するんだぞ。今日は忙しくて着いて行ってやれないから、クロウの部下が君の護衛をする。冒険者達は誰と繋がっているかわからんから、お前の護衛を頼めないからさ。馬車は裏口に停まっている」
早足で歩くユリに歩調を合わせながら、セルロスは早口で説明をする。
「ありがとう、心配してくれて。充分気を付けるわ。後、自分の仕事も忙しいのに、お嬢様の店の立ち上げまで付き合ってくれてありがとう」
ユリは歩みを止めると、セルロスにとびっきりの笑顔で、礼を言って足早に裏口へと去って行った。
「はあ、反則だろ…。これがあるから、どんなに忙しくても手伝ってしまうんだよ」
執事であるセルロスの仕事は多忙を極める。特にこのリマンド家は女主人が執り行う業務の大半をセルロスが担っている上、リマンド侯爵家の事業の管理も行う必要がある。そんな中、マリアンヌの店の立ち上げを手伝うのは中々骨の折れる仕事だ。
マリアンヌの事業が失敗しようが、リマンド侯爵家にとって余り痛手はない。侯爵は勉強のつもりで、マリアンヌに事を許可したのは使用人一同知っており、皆一様に温かい目で見守っている。わざわざ、セルロスが手伝う必要などないのだ。
「全く、ユリはお嬢様に甘いからな。まあ、仕方ない頑張るか」
そうセルロスは呟くと、自分の仕事部屋へ向かって歩き出した。




