企み
翌朝、ユリが朝食を摂っているとセルロスが声を掛けて来た。
「食事が終わったら、一緒に旦那様の部屋へ行くぞ。昨日の件でお呼びだ」
「わかった。ビオラの家族は助けれそうなの?」
セルロスはユリの横に座ると、コーヒーに口をつける。
「わからない。リマンド侯爵家とはいえ、他の貴族の使用人家族の待遇に口出しは出来ないからね」
セルロスは苦い顔で答える。
セルロスの言う事は最もだ。お嬢様の件で、処罰を要請することは可能でも、彼らを不当に扱うなと言う事は難しい。処罰として、解雇を要請することはできるが、ビオラとその両親が苦労して得た、彼女の兄の騎士爵もそれと同時に召し上げられることになるだろう。
「そっか、難しい問題よね」
「命を守る為に背に腹は替えられないとはいえ、罪人とその家族として生きていくのは、かなり過酷だからな」
ユリはセルロスの言葉を噛み締める。
自分は強制労働送りとなるかもしれない身だ。もし、セルロスと結婚してしまえば、セルロスやリサ、そして、ソフィアさんやセバスさんにも類が及ぶのは一目瞭然だ。
「そうね…」
ユリは食欲が無くなり、勿体無いとは思いつつブロッコリーの突き刺さったフォークを下そうとした、その時、その手をセルロスが掴み自分の口に運んだ。
「お前が残したら、料理長が心配する」
わかっている。昔まともに食べれなかったせいで人一倍食べ物に執着している。体調が悪くない限り残したことは無い。そのことを料理長は良く知っていて、食事を残すと心配してくれるのだ。
「でも、胸が一杯で…」
そういいつつ、ユリは皿のビーンズをフォークで掬い持ち上げるが、口へ運ぶのを躊躇う。セルロスはそんな様子に苦笑いをして、また、それを食べてしまった。
「なら、俺が代わりに食べるよ」
「そ、そんな。セルロスに食べかけを食べさせる訳にはいかないわ」
「気にしなくていいのに」
セルロスはそう言うと、フォークを握るユリの手を上から掴み、ユリが呆気に取られている間に、皿に残っていたモノを刺しパクパクと食べてしまった。
「ち、ちょっと、なんてことするの!」
真っ赤な顔をして、口をパクパクさせているユリを尻目にセルロスは、さっさと食器を片して終う。
「さ、旦那様の所へ行こう。余りお待たせ出来ない」
と、しれっと執事の顔になりユリを急かす。
なに、あれ、信じらんない!!
ユリは必死で冷静さを装い、慌ててセルロスの後を追った。旦那様の執務室へ二人で入ると、旦那様は珍しく眉間に皺を深く刻み。トントンと机を人差し指で叩きながら、書類を睨んでいた。
「二人とも忙しいのに済まないね。クラン子爵だが、ユリの拉致の件は彼が企んだものだろうが、今回のマリーの件は知らんだろうな。多分、令嬢が子爵の計画に便乗した形で行ったものだ。なんだかんだ言っても、彼も由緒正しきクラン家の当主だ。最低限の道理くらい弁えている筈だ」
「最低限の道理でございますか」
セルロスの言葉に、リマンド侯爵は書類から目を離して鷹揚に頷いた。
「ああそうだ。門家を潰されない為の最低限のルールさ、絶対に精霊の血を引く門家は潰してはならない。貴族の義務を果たす。そして、令嬢に傷を付けてはならない。これが暗黙のルールだ」
侯爵の言葉にユリがぴくっと動く。そんな、ユリに侯爵の片眉がぴくっと動く。
ああ、小説の『ユリ』の罪が重かったのは、暗黙のルールを破ったからなんだ。
侯爵の言葉で、『ユリ』が何故生涯強制労働という重い過酷な刑を課せられたのかがストンと落ちた。
「では…」
心配そうにするユリに、侯爵は人畜無害ないつもの顔に戻りにっこりとほほえんだ。
「ビオラが心配か。未遂だ、まだどうとでもなる。安心しなさい」
「はい」
ユリが自分と重ねていることなど梅雨知らず、侯爵は単純にビオラとその家族を心配しているものと思い、ユリへ労りの言葉をかけた。
「セルロス、別館の改装はもう終わったか?」
「はい、全て完了致しました」
「うむ。なら、そのメイドは別館で仕事をして貰おう。後、エカチェリーナが貰い受けた者達も其処へ配属しろ。いくらかは時間が稼げるだろう。あそこは、外と繋がれんからな」
奥様がお茶会の帰りに連れて帰って来た新たな従者達だ。仕事は出来るのだが、なんと言うか異質で、周りに馴染めず苦労しているらしい。皆、もう良い歳の者ばかりだというのに…。彼らの出身は女神の孤児院、王都の皇后陛下が管理されている孤児院の出身者の為、簡単に首にすることが叶わない。持て余しているのを、引き受けたのだと聞いた。
「承知致しました。尋問が全て済み次第、そのように致します」
「うむ。しかし、学の無い平民が貴族になるほど厄介なことは無いな。貴族の義務を果たさずに権利ばかり主張して…。マロウ男爵にしろ、クラン嬢にしろ目に余る事この上無い。その点、前回の勇者に比べてバルク男爵は、まだ、道理を弁えておるな。さて、何から片付けるべきか…。ユリ、ラティーナ嬢に手紙を書いてくれ、内容はそうだな、我が義母と共に食事でもどうか、婚約祝いもまだだったからとでも書いてくれ。私が呼び出さずとも、そろそろオルロフ伯爵が義母を呼び出す頃だ」
侯爵はそう溢すと、どかりと背凭れに身体を預ける。
ラティーナ様のお母様と旦那様の義母様は姉妹だから、この話が漏れても何の違和感も無いわね。
「畏まりました」
「折角だ、盛大にやろう。セルロス!オルロフ伯爵に、フリップ第一夫も呼びたまえ。勿論、彼女の父であるクラン子爵も忘れずにな。ああ、クラン夫人と令嬢は呼ばなくていい。彼女達は関係ないからな。ユリ、今回は君が準備なさい。場所は別邸で頼む。エカチェリーナとマリーは参加させれないからな」
侯爵な何か面白いものでも思い付いたように、楽しそうに便箋を用意するように伝えると、軽やかにペンを滑らせる。ちゃっちゃと封をするとセルロスへ渡した。




