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ビオラ 

 ユリはどうにか、無事にお嬢様のお風呂を済ませることが出来て安堵した。


 散々な一日だったわね。


 だが、ユリの仕事はまだ残っている。ビオラの件だ。


 私が拐われたことと、ビオラがお嬢様の風呂に細工をしたことは関係があるのかしら?私が今日外出をすることを知っていなければ、ああやって攫うことなど出来なかったのだ。こう言ってはなんだけど、私、あまり外出しないのよね。


 誰かが、私が今日、市井へ行く事をクラン子爵へ伝えたことになる。


 ビオラが子爵と繋がっている?


 ユリはセルロスの待つ地下牢へ鉛の様に重い身体を引き摺りつつ急ぐ。誘拐されたことも相まってユリは疲れていた。


 地下の尋問室で両手を拘束され、椅子に縛られているビオラの姿がユリの眼に飛び込む。


 セルロスを呼び出し、こっそりと聞く。


「何か話した?」


「ああ、だが、肝心な事は何も」


 セルロスはチラッとビオラを一瞥すると、小さく溜息を吐いた。


「黒幕はまだわからないのね」


「ああ、依頼主に何か弱味を握られているみたいだ。自分の命よりも余程それが大事らしい。今、彼女についてクロウの部下が調べている。旦那様の暗殺に関係が無いと良いが…」


 ああ、そうだ。ジュリェッタの予言のせいで、旦那様も狙われているってことになってたんだ!


 ビオラは旦那様の暗殺と、フリードリッヒ様へ恋慕している令嬢、そして、クラン子爵のいずれかの手先として尋問されているのか。


 入口から一人の男が入って来て、ビオラを尋問している騎士の耳元で何かを囁いた。


「話したくなかったら、話さなくていい。だが、そうなれば、お前の家族も徹底的に取り調べられることになる。何せ、お前にかかっている容疑は、旦那様の殺害未遂罪なのだからね」


 ずっと黙りを決め込んで俯いていたビオラが、騎士の言葉に顔をがばっと上げた。 


「旦那様の殺害計画?何よそれ、知らないわ!私は、お嬢様の風呂の水にビーチ・アップルの果実の搾り汁を入れただけよ。ただ、お嬢様の身体に二度と消えない傷が出来れば良かったのよ!」


 ビオラの言葉に周りの者達が鬼の形相になった。ビーチ・アップル、別名死のりんごと呼ばれている。見た目は青いりんごに良く似ているが、それを口にすると喉と口内に激痛が走りそれが、8時間以上は継続する恐ろしい悪魔の果実だ。その木の下で雨宿りをし、その木を伝った水滴が一滴でもついたら激痛を伴う水泡ができる。大量の水で薄めたとはいえ、その湯に浸かるとその被害は図り知れない。


「誰から依頼された!さっさと吐け、今すぐに首を刎ね、家族、親族全て処刑されたいか!」


 セルロスの怒号が飛ぶ。ビオラはヒッと息を殺し、ブルブルと震えながら、ガクガクと顎を震わせなんとか言葉を紡ぐ。


「ク、クラ、ン子爵、令嬢です」


「どうして、そのようなことを…。話してくれたら、悪い様にはしないわ」


 ここからは早かった。ユリの言葉に、ビオラはボロボロと涙と鼻水を垂れ流しながら、依頼された内容を洗いざらい話しだした。


「クラン子爵令嬢に、き、脅迫されたんです。彼女と、わ、私は、幼い頃からの、知り合いで、近くに住んでました。彼女の家はお父さんが居なくて、あっ、でも、彼女の所には、月に一度程、貴族の紳士が出入りしていて、今、思えば、あれがクラン子爵だったのですけど…けど、彼女はその紳士を父とは呼べなくて…」


「それで?」


 ユリはビオラがもう無駄な抵抗はしないと悟り、騎士にビオラの縄を解くように伝える。


「私のお父さんは、元、クラン子爵家の使用人?だったらしくって、それで…。えーっと」


 なんとなく話がわかった。クラン子爵は愛人の為に使用人家族を傍に住まわせ、彼女達の面倒を見るように申しつけたのね。


「わかったわ。それで?」


「で、私はお嬢様と遊ぶように母から強要されて、他の子と遊びたかったけど、それは、駄目だと言われて。でも、お嬢様と遊ぶと必ずお嬢様に服従させられて、両親に言っても、我慢しなさい、絶対に逆らったら駄目よと言われるだけで…」


「そうだったのね。今まで、辛かったわね。さ、涙を拭きなさい」


 ユリはそう言うと、縄が解かれてすっかり自由になったビオラの手にハンカチを持たせた。ビオラはハンカチでゲトゲトになった顔を拭き続きを話す。だいぶ落ち付きを取り戻したのか、その言葉はしっかりとしたものになってきた。


「最近聞いた話ですが、私には兄がいて、兄はクラン子爵家の屋敷で騎士をしてらいます。クラン子爵は私達家族が愛人親子の世話をすることで、兄を騎士学校に通わせてくれていたのです。それで、両親は奥様の言いなりでした。奥様の機嫌を損なえば、兄はすぐに退学させられてしまいますから。前奥様が亡くなられたら、両親は奥様とお嬢様と共にクラン子爵家に呼び戻されました。

でも、私は両親が旦那様に頼み込み別の屋敷でメイドをすることになりました。両親は奥様とお嬢様のことはよくわかっていたので…」


 兄の騎士爵に釣られて、愛人親子の面倒をみる約束をしたのだが、その仕事が思いの外大変だった為、娘だけでも逃がそうとしたのだろう。


「で、お前はシュトラウス子爵邸にメイドとして仕えた。それから、シュトラウス子爵が亡くなり、ルーキン伯爵の口利きでこのリマンド家で働くことになった。合っているか?」


 騎士の言葉にビオラは頷く。


「その後は御想像通りです。お嬢様はフリードリッヒ様に恋心を抱いておいでです。そして、腹違いである姉のラティーナお嬢様を酷く妬んでいらっしゃいます」


 謀らずも、リマンド家にメイドとして仕えているビオラに家族を人質として、謀略に加担するように強要したことは想像に易い。


 母に似て、豊満であの年にして既に妖艶なクラン子爵令嬢の容姿がユリの脳裏に浮かぶ。


 彼女には既に恋人が居たのでは?何を考えているのか、さっぱりわからないわ。


 ビオラの話から家族全員に罰が下るならと、事の顛末を話すことにしたのは想像に固かった。


「どうしようも無かったとはいえ、私に相談して欲しかったわ。お風呂の件も未遂だったから良かったものの、お嬢様に何かあれば本当に貴女だけで無く、貴女の家族も無事では済まない可能性があるのよ。子爵はトカゲの尻尾切りで、罪は全て貴女達家族へ押し付けるでしょうしね」


 ユリを攫った犯人が、死体で見つかったと言う報告が治安部隊から入ったから、子爵かビオラを庇ってくれる可能性はないに等しい。


 ビオラは俯き唇を噛み締める。


「この件は、旦那様と相談して処理する。ビオラ、今日は此処で過ごしなさい。寝心地は良くないが、此処なら命を狙われる心配が無いだろう」


 セルロスはそう言うと、ビオラに牢に入るように促し施錠した。


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