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クラン子爵邸 ③

 馬車がリマンド侯爵家の裏口に着くと、其処にセルロスが悲痛な面持ちで待っていた。


「ユリ、ごめん。俺が肉屋の娘に気を取られていたばかりに…」


「大丈夫よ。こうして、無事に帰って来られたのだから。それより、私を襲った人達は捕まったの?」


「いや、まだだ。だが、このぶんじゃあ、もう冷たくなっているかも知れないな」


 私が襲われたのは人通りの多いマルシェ。犯人達は往来の人々に顔を見られている可能性が高い。拐ったことが暴露るのを防ぐ為、もう、口封じをされただろうか。


「そっか。ねえ、クラン子爵への手紙は誰が?」


「奥様だよ。お前を返して貰うのに、ごねられないように一筆書いてくださったんだ。ああ、後、この事はお嬢様やフリードリッヒ様には伝えてない。だから、安心して」


 お嬢様に心配はかけたくない。セルロスは私のことを良くわかっているのね。


 ユリはセルロスの言葉に、ほうっと息を吐いた。


「ありがとう」


 そう言って立ち去ろうとするユリの腕を、セルロスは咄嗟に掴む。


「いや、当然のことだ。それより体調はどうだ?痛い所は無いか?」


 慌てた様子でその手を離すと視線を泳がせ、ぶっきらぼうにそう声を掛けた。


「大丈夫よ。どうしたの?」


「いや、何で無い」


 いつもとは違うセルロスの様子に、ユリは訝しがりながらも自室へ向かって足を進めた。


 後に残ったのは、耳まで赤くしたセルロスが手で口を覆い、天を仰ぎ見ている姿だった。


 ユリは急いで自室へ入るとお仕着せに着替える。もうすぐにお嬢様の湯浴みの時間だ。リサ一人に任せるにはまだ少し心許無い。万全を期しているとはいえ、香油や石鹸に細工がされていないとは限らない。最近は、フリードリッヒ様に恋慕している淑女からの嫌がらせも増えている。注意するに越したことはない。


 貴族の中には使用人の命など、道具の一つとしか考えていない者も多い。リマンド侯爵家にメイドや下女として送り込み、化粧品や石鹸に細工させ、二目と見れない顔にと企む者も多いと聞く。


 『ユリ』も、ジュリェッタの化粧水に水芭蕉の葉の汁を混ぜていた。水芭蕉の葉の汁にはかぶれを引き起こす作用がある。あれは、マリアンヌお嬢様が指示したのでは無く、ユリが自主的に行ったものなんだけどね。こんなことを繰り返しているから、強制労働をする羽目になるのよ。


 ユリは小説の『ユリ』に突っ込むと、お嬢様の部屋へ急いだ。


いつも通り、お嬢様のバスルームに水を運ぶメイドの顔ぶれをチェックする。


 ん?


 何故、ビオラがここに?


 いつものメンバーに混じり、新顔のビオラが水を運んでいる。


 お嬢様の部屋へ立ち入るメイドは、予めユリが選んでる。セルロスの一族の者達の中から選んだ者と、リマンド侯爵家の領民から雇った者達だ。彼女達はお嬢様への忠誠が厚く、簡単に裏切るようなことはしない。なんなら、身を呈してお嬢様を守ってくれるだろう。


 メイドの一人を呼び止め、曲がり角へ引き入れる。


「どうして、ビオラがお嬢様のお風呂の水汲みをしているの?」


 メイドは心底驚いたような顔をしてユリの顔を見る。


「え?あの子、今日からお嬢様の部屋を担当することになった、ビオラでございますよね?ユリ様が、彼女に直接指示なさったのでは?」


 私かビオラにお嬢様の部屋の仕事をするように言った?


「そんなこと言った覚えは無いわ!ねえ、ビオラがお嬢様の部屋へ立ち入ったのは今日の何時から?」


 胸騒ぎがする。寒いのに背中を嫌な汗が伝う。心臓がドクドクとやけに早く動き、全身の筋肉が固まって行く。


「このお風呂の準備からです」


 不幸中の幸いね。ビオラは規則を破ったには違い。でも、私と仲良くなりたい一心でお嬢様の部屋担当になったと嘘をついた可能性だってある。それだったら、厳しく責めるのは間違って居る。ただ、お嬢様を害する為に私に近づいたのなら話は別だわ。


「魔石で湯を沸かした後、普段通り蜂蜜と塩を入れてから、彼女に()()()()湯をかき混ぜさせなさい。拒まずそれを行えば、まずは間者である可能性は低いわ」


 ビオラが何か細工をできるとしたら運んだ水か、浴室内に置いてあるバスソルトと保湿用の蜂蜜だ。リネンはそれ専用の者が管理しているので、新人のビオラは触らせて貰えない。


 彼女の処遇を決めるのは充分。貴族であれば、クビで済むがかもしれないことでも、彼女は庶民。その刑は強制労働か、鞭打ち、酷ければ死もあり得る。冤罪は絶対に避けなければならない。


 ユリは浴室の前で中の様子を伺う。


「さあ、魔石で水を温めましょう。ビオラ、かき混ぜてお湯の温度を一定にして頂戴」


 先程のメイドの声が聞こえる。


「どうたの?手でかき混ぜるのよ?」


 ビオラが躊躇しているのだろう。メイドの促す声が聞こえてくる。


 黒ね。


 ユリは此方へ向かって来るセルロスと騎士達の姿を確認して、お嬢様の浴室へと足を踏み入れた。中には泣きそうな顔のビオラとメイド達がいる。


「お風呂の準備は終わった?」


 白々しくユリはメイド達へ声を掛けた。


「湯温を確認したら終わりです」


 ユリの視線がビオラへと向くと、ビオラはビクッと方を震わせた。


「どうしたの?皆、貴方を待っているみたいよ?」


「申し訳ございません。許して下さい」


 ビオラは青い顔をしてブルブルと震え出した。


「何故、湯に手を入れれないのかしら?この湯はお嬢様が入浴なさる為のものよ。それは、知っているわよね?」


 ユリの言葉にビオラは青い顔をして、ただただ申し訳ないという言葉を繰り返すだけで話にならない。そこへセルロスが騎士達と、新しいバスタブを抱えた下男を連れてやって来た。ビオラは騎士達に引き摺られるように部屋から出て行った。


「中の湯に気をつけて、部屋からだしてくれ」


 セルロスの指示に従い、下男達がバスタブの入れ替えを行う。


「さあ、貴女達も、急いでもう一度お風呂の用意して頂戴」


 ユリの言葉に騒然となっていたメイド達も慌ただしく動き出した。


 

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