事業
とんとん拍子でコトが運んで行く。お嬢様は本気で事業を起こすつもりでいらっしゃる。
明日にはデザイナーとお針子がこのリマンド侯爵家にやってくる。
慌てて、領地から布地を取り寄せる。この布地は前回、お嬢様がご自分の誕生会でお召しになっていたものの少し質の劣る品だ。リマンド家で新しく改良した絹の生地で、変異種の蚕が紡ぐ糸を使い特殊な織り方をしており、まだ量産化には至っていないが、これから少しずつ拡大する予定の事業だと聞いている。
生産過程で、どうしても質の劣るものが出来るのは仕方ない。それらを活用し、高価であるドレスの値段を少しでも安く提供出来ないかとお考えになったのだ。
その背景に、私がまだ社交界デビューをしていないこともあるのだろう。お嬢様の社交界デビューの時、私にも一瞬に付いて来て欲しいと仰られだが、まだ、社交界デビューをしていないのでとお断りした。その理由を尋ねられたので、ドレスが高くその準備が出来ないことを正直に話した。
リマンド家の分家には宝石の採掘場やダンジョンを持っている所があり、宝石や毛皮の調達は可能だ。お嬢様は宝石の屑石をドレスに使いたいみたい。ターゲットは下級貴族と豪商。
次の社交界クラブには出席しなければ。あそこへ行けば、お嬢様の店の商品の適正価格を知ることができる。あの場所は社会情勢が手に取るようにわかる。平民街の流行を産み出す場なのだから。後、腕の良い宝石加工職人も当たりを付ける必要がありそうね。いい情報が手に入れば良いけど…。
ユリが思案しながら書類の整理をしていると、マリアンヌが声をかけてくる。
「ユリ、マダムの所から皆さんが到着されて落ち着いたら、必要な物をリサーチしてそれをオランド商会へ伝えて頂戴。本日の午後1時に伺う約束をしているわ。私は、今から兄様と一緒に女将さんに会う約束をしているから、そちらは宜しくね。後、手紙が来たら、女将さんとの話し中でも持って来るように伝えて。午後から皆でオランド商会へ向かいましょう。」
オットーが半刻ほど前にマダムの店に迎えに行ったから、もう暫くしたら、デザイナーとお針子が到着する。ユリはその世話を任された。
どんな人達か話す時間が取れそうね。
「わかりました、お任せ下さい。では、本日はリサがお嬢様の側に控えているように手配しておきます。」
ユリが話終わる前に、ドアをノックする音がする。
「はい。どうぞ」
マリアンヌが入室を促すと、侍女が女将さんが来たことを伝えた。
「わかったわ、ありがとう。すぐに行くと伝えて、そうね、狭い方の客間に通しておいて。」
お嬢様、成長なされましたね。衣類店の女将さんは平民、過度なもてなしは相手を萎縮させるだけ。
「ユリ、後は宜しくね。」
そう言うと、マリアンヌは部屋から出て行った。
女将さんに店長を頼むつもりでいらっしゃる。上手くいったらいいのだけど…。彼女なら、経験者だから上手くやれるよね。
ユリはマリアンヌのまともな人選に胸を撫で下ろす。
マダムの所からデザイナー達が来る前に、オランド商会で使う予定のお金をセルロスに前持って知らせなきゃ。デザイナーやお針子は身一つでやって来るから、道具はこちらで準備する必要がある。ミシンにトルソー、作業台、アイロン、アイロン台といった大きな物から、針や鋏、メジャーのような細々としたものまで、それなりの出費にはなることは予想できる。
お嬢様は奥様の影響で、お金には無頓着であられるから…。これらの投資を回収できるほどの事業になれば良いのだけど…。もし、ジュリェッタの予言通りに旦那様に何かあればこの話は頓挫する可能性は高いわね。




