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部屋


 メイド達と別れて、ユリはマリアンヌの部屋へ向かう。ノックをして部屋へ入いると、マリアンヌは机上に地図を広げて見ていた。


「お嬢様、部屋の準備ができました。これでいついらっしゃっても大丈夫です。」


「ありがとう」


 マリアンヌは地図から目を上げると、希望に満ちた顔をユリに向ける。


「ねえ、ユリは普段どの辺りに買い物に行っているの?」


 マリアンヌが地図をユリの方に向けて尋ねると、ユリは地図を指差しながら答える。


「そうですね、この辺りでしょうか?噴水のある公園の南側に服屋や化粧品、髪留めなどの手頃な価格のお店が集まっているので」


 マリアンヌは納得した様子で、ユリが指差した辺りに視線を向ける。


「ねえ、ユリ。この辺り一帯はどうして曖昧な表記になっているか知ってる?」


 マリアンヌが指差したのは、スラム街だ。


 どう説明したものだろう…。貴族達の間ではタブー視されている場所。お嬢様にお話ししても良いものかしら…。


「この辺りは、これといった区画があるわけではありません。また、しっかりとした所有者の分かる家が建ち並んでいるわけではないので、ぼやかして描いてあるのです。住人の入れ替わりも激しいので」


 ユリはなんとなく核心をはぐらかす。


 お嬢様が行かれることは無いでしょうけど…。


 治安が悪く、貴族の子女が行けば身代金を要求されるならましな方で、身ぐるみを剥がされつて何処かに売り飛ばされのがオチだ。この場所は、出来てしまったことが古株の貴族達にとって恥部であり、当時の政策失敗を物語っており目を背けたくなる場所だ。


「ユリ、私、知りたいの、隠さないで教えてくれる?」


 ユリ怖い顔になりマリアンヌをしっかりと見据えて、意を決して口を開く。


「わかりました。しかし、これは口になさらないで下さい。よろしいですか?この部分は、無いモノとして貴族社会では扱われています。ここは、この国の負の部分の集まりなのです。クエストに失敗し続けた冒険者達や、多額の借金を抱えて逃げている者、あとは、困窮した者など、他に行くアテや暮らす術のない者が集まっている場所なのです」


「ユリ、陛下はその者達の救済は何もなさらないの?」


 ユリは、地図の一点を指差しながら答える。


「この場所で、日に二度炊き出しをされています。また、ここは税金を納めなくても住めます。後は、親のない子を孤児院で預かることくらいですかね…、私の知る限りでは…。」


 なんなら、一掃したいと貴族達は思っているのだから、援助などすることなどあり得ないよね。下手に援助して、新たにそこに定住されるのを恐れているし。

 

「ねぇ、ユリ?炊き出しについて誰に聞いたの?」


「母からです。こちらへの奉公が決まる前、我が家の家計は破綻寸前でした。その時期にこの場所で食事が頂けると教えてもらいました。どうしようもなくなったら、ここに皆で行きましょうと。」


 ユリは懐かしそうに、目を細めてティーカップにお茶を注ぎ、テーブルに置く。


「ありがとう。では、大抵の人は炊き出しのことを知ってるのね。ここに住んでなくても、ご飯を貰うことは可能なの?」


「はい、誰でも頂けます。身分証なども要らなかったと思いますよ。」


「ここに住んでいる者達は、どんな仕事をしているの?食事がでるのですから、しっかりとした職があれば持ち直すことは可能だと思うのですが?」


 お嬢様、箱入娘で、世間知らずですね。今、王都で仕事を探すのがどれだけ大変なにことかご存知無い。そもそも、職があれば、あのように落魄れることはない。あそこに流れ着いた時点で、まともな職に就くことなど出来ないことは周知の事実だ。


「大抵の方はまともな職はございません。今の王都で職を探すのは大変困難を極めます。それに、ここに集まる者は一度人生を失敗した者が殆どです。それ故に、本来なら、王都を離れて職を探すべきなのですが、王都にいれば食事には困らないので中々踏ん切りがつかないのです。」


 王都に居れば壁が魔獣から守ってくれる。しかし、一度、王都から出れば自分の身は自分で守らなくてはならない。食事も自分で調達しなければならない。実際、スラム街に定住しているのは、その全てに失敗した者達だ。そう簡単に這い上がることなど出来ない。そもそも、何を始めるにしても元手がいる。無一文の彼らには到底無理な話だ。


「難しい問題ですわね。私に何かできないかしら?一度、ここへ行くことは可能かしら?」

 

 ユリは血相を変えて、思いっきり首を横に振る。あの場所で、宰相閣下である旦那様は相当憎まれている。八つ当たりではあるが、2回目3回目の竜討伐で自分達と同じ境遇の人達が出ると信じていた。だが結果的は、生き残ったのが一つの冒険者パーティーとバルク親子だけ。1回目のような大惨事にはならず、支援を求める人達は出なかった。あの、スライム街に残っているのは、一回目の竜討伐時に王都に逃げ込んで、他の領地へ移ることを拒んだ人達だ。


 彼らは自分達では立ち上がらず、充分な支援が無いことへの不満を抱えている。リマンド侯爵が宰相職に就いてすぐに、受け入れを行なっている領への移住を提案したがそれを拒み、彼らは竜が被害を齎す前と同じ待遇を求めた。だから、それを突っぱねたリマンド侯爵に強い憤りを感じているのだ。


「お止め下さい。ここは危ないです。高貴な人だとわかると犯罪に巻き込まれてしまいます。平民の服をお召しになっても、目や髪、肌でひと目で高貴な身分だとわかってしまいます。そのようなことを決してお考えにならないで下さい。どうしてもと仰られるなら、孤児院に慰問に行かれたらいかがでしょう?」

 

 孤児院なら、貴族の子女が慰問に行くのは普通だ。寧ろ、慈善事業として良しとされている。


「そうね、ドレスの件に目処が立ったら孤児院へ慰問に行くわ。私にも何かできることがあるかもしれませんもの」


 ユリはほっとした表情でそれがよろしいです、夕食の準備が出来たかどうか確認してきますね、と言って部屋を出て行った。

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