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メイド

 マダムの処から戻られたお嬢様に、使用人用の4部屋の掃除を使えるようにして欲しいと仰せつかる。


 セルロスに空き部屋の確認しなきゃ。


 マダムの所からお針子とデザイナーを譲り受ける約束をされたらしい。お針子はわかるにしても、デザイナーとは訳ありかしら?デザイナーの独り立ちなら、自分で店を構えるのが一般的だし、マダムといえデザイナーは手放し難いわよね。


 旦那の執務室の隣の部屋へ行く、そこがセルロスの仕事部屋だ。軽くノックして中へ入ると、セルロスは書類に目を通してながらサンドイッチを頬張っていた。旦那様の暗殺予言の所為で仕事が増えたようだ。


「忙しい所申し訳ないんだけど、女性用の使用人部屋を4部屋用意して欲しいの」


「新たな使用人を雇う話は聞いてないけど?」


 書類から目を離し、セルロスはユリの口元へサンドイッチを運ぶ。


「これ、貴方のでしょう?」


「外出していて食べ損ねたんだろ?多目に用意してくれたみたいだから」


 セルロスはサンドイッチの皿に視線を移した。確かにセルロスが一人で食べるには少しばかり多いサンドイッチが乗っている。


 ユリはサンドイッチに齧り付く。セルロスはそのまま、ユリの食べかけのサンドイッチを自分の口へ放り込んだ。


 新しいの食べればいいのに。


 ユリは促されるまま椅子に座り、サンドイッチを手に取る。


「では、遠慮なくいただくわ。新たな使用人ではなく、お針子とデザイナー用よ。お嬢様が事業を始められるの」


「ああ、あれか。箱からではなく従業員から用意されたのか?まあ、部屋は空いているから構わないが、ここを拠点にというのは無理があるぞ?」


「それはわかってらっしゃるみたい。スミス侯爵家へアポを取ろうとなさっていらっしゃったから。まずは、ご自分のドレスをお作りになる予定よ」


 セルロスは自分の飲みかけのティーカップに、新たにお茶を注ぎユリへと差し出した。ユリは一瞬躊躇したが、そのお茶でサンドイッチを流し込む。


 メイドに新たにティーカップを持ってくるように言えばいいんだけど、その時間も惜しいのかしら?


「皇后陛下の誕生会用の?」


「ええ、そう」


「そのデザイナーとお針子の腕は確かか?あまり、時間がないぞ」


 セルロスが心配するのも無理はないわね。筆頭侯爵令嬢であるお嬢様の装いは、嫌でも他の貴族の注目の的になる。無様な格好で、皇后陛下の誕生会へ出席などできない。


「大丈夫、マダムの所から譲り受けた人達よ」


 ユリの言葉にセルロスは胸を撫で下ろした。


「しかし、マダムも大盤振舞いだな、お針子はともかく、デザイナーを譲るなんて。訳ありか?」


「わからない、聞いてないから」


「まあいい、流石に不味い人間は寄越さないだろう。だが、デザイナーが来たら少し調べてみる必要があるな」


 ああ、セルロスはちゃんとお嬢様の事業に関心がある。お嬢様が事業で失敗なさったのは、旦那様が襲われたのが原因なのね。でも、セルロスの普段の働きを見ていると、それだけではないよな気がしてならない。大まかな経営方針は、旦那様がお決めになるが、事業の殆どの采配を実際に行っているのはセルロスを筆頭に、セルロスの一族だ。旦那様がお倒れになったからといって、今日明日でどうにかなるとは思えない。


 まあ、ジュリェッタが主人公の小説だから、そこの所は詳しく書いてないのよね。


 セルロスは最後の一切れのサンドイッチを口へ放り込むと、行儀悪くもぐもぐしながら棚の鍵を開けて、そこに掛かっている鍵の束を取り出した。


「この部屋を使うといい。家族用の部屋だ。一番端っこだから、他の者達とは顔を合わせ難い。ここなら、夜中にミシンをかけても邪魔にはならないだろ。ただ、長らく使ってないから、念入りに掃除をするようにメイドと下女に言ったほうがいいぞ」


「ありがとう」


 ユリが鍵の束を受け取ろうと、セルロスに手を伸ばすと、その手を掴まれ引き寄せられる。


「お嬢様の婚約が破棄になって、お前に取り入ろうとしている者が出てきた、注意した方がいい。クラン子爵の動きも怪しい」


 お嬢様との結婚を望んでいる人達は沢山いる。でも、お嬢様のお友達といえばスミス侯爵家のスタージャ様だけ、周りから攻めるにも伝手もないのだろう。その上、城以外、夜会にも参加されない深窓の姫君だ。お茶会の招待状は山のように届いてはいるが、あまりご興味も示されないご様子。


 あまりにもつれないので、マリアンヌのお気に入りと噂されているユリに、マリアンヌと会うきっかけを作って欲しいと思うのも無理はない。


 ユリと会うのも中々難しいものがあるが。何せ社交界デビューしていないので、夜会に参加することは無い上、正式なお茶会すら参加できない。ユリを招くなら、非公式の個人的なものに限られる。裏を返せば、社交界デビューを済ませなければ、誰かに見初められて結婚することは皆無に等しい。出会えないのだから。


 クラン子爵からの誘いの手紙は、ちょくちょく届いてはいるが、その全て、ラティーナ様が同席するものでは無いので、ユリが出向くには少し無理のある招待ばかりだ。

 

「社交界デビューしていないことが、ここにきて役立つとは思わなかったわ」


 自虐気味にそう漏らすユリに、セルロスは苦笑いを浮かべた。


「まったくだな。だが、楽観視はできない。一人で街へ行く時は必ず俺に声をかけろ」


 呼び出す手段が全く無いわけではない。結婚の申し込みなら、騎士家のユリが断る術はない。だが、ユリはリマンド家の侍女だ。親ほど歳の離れた貴族の後妻に迎えるのは難しい。それ相応の相手を用意する必要がある。まあ、ユリが絶世の美女なら、引く手数多だっただろうがユリの容姿は凡庸だ。マリアンヌとの婚姻が纏まるという確証が無い中、一門のそれなりの貴族に貧乏騎士家のユリを娶らせるのはリスクが高い。


 妹ならすぐに婚姻の打診が来たかな?


「わかった、ありがとう」


 ユリは鍵の束を受け取ると、皿とティーセットをワゴンに乗せて厨房へと向かった。


 メイドと下女と共に従業員用の部屋を掃除して、リネン、カーテンを全て取り替える。すっかり綺麗になった部屋を確認する。


「あの、ユリ様」


 ユリがお嬢様の部屋へ戻ろうすると、一人のメイドに呼び止められる。


「どうしたの?」


 若いメイドは少し目を泳がせたたまま、辿々しく言葉を紡ぐ。


「いえ、その、パブロ商会の方と仲が良いですよね?」


 ん?パブロ商会の誰のことを言っているんだろう?会長のことかな?


「ええ、会長にはお世話になってますわ」


 メイドはユリの言葉に焦れったそうに、上目遣いで見上げてながら不満の声を露わにした。


「そ、その方じゃ無くて、ほら、いつもいらっしゃっている若い…」


 ああ、丁稚か。もう、本店の店長になったっけ。


「ああ、本店の…」


 ユリの言葉にメイドの顔がぱああっと明るくなった。


「そう、その方です。最近いらっしゃってないみたいなので…」


 この娘、丁稚に気があるのかしら?


「昇進したみたいでね。他の人が来るようになったのよ」


「それで…あ、あの、その方、どこの店舗にお勤めか教えて頂けますか?」


「ルーキン領のパブロ商会本店よ」


 絶対、この娘、丁稚のこと好きよ!ふふふ、もう、隅におけないんだから!


「ユリ様、近々ルーキン領のパブロ商会に行かれますか?」


 従者として連れて行って欲しいのかしら?


「御免なさい。行く予定は無いの」


「そうですか…」


 あからさまにガッカリするメイドが、少し可哀想になって、ユリはにっこりと笑う。


「もし、行くことがあれば声を掛けるわね。貴女、名前は?」


 メイドは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ビオラです」


「ビオラね、わかったわ」


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