マダムの店
ユリがお嬢様の朝の支度をしていると、楽しそうな声で話しかけられた。
「ユリ、マダムに相談があるので連絡をとって頂戴。ドレスの注文では無いので、ほんの少しのお時間で大丈夫だと伝えてもらえるかしら?出来れば、早めが助かるとも」
ドレスの注文でないとしたら何の用事かしら。ただ、相当お急ぎの様子ね。なら、他の従者が行くより、私が直接お願いに行った方が良さそうね。
「わかりました、お嬢様。では、お急ぎのようなので、私が早速マダムの店に行ってまいります。少し、お時間を頂くと思いますので私の不在の間、リサが控えておりますのでご安心下さい」
「わかったわ、お願いね。」
ユリはその足でマダムの店へ向かう。
ラティーナ様のドレスを作ったときには、散々お世話になったわね。
ユリはリマンド侯爵夫人に頼み、マダムの店の予約を譲って貰った経緯がある。マダムはリマンド侯爵夫人の口利きで、尚且つ、その娘であるマリアンヌの専属侍女であるユリに親切だった。ややこしい、ラティーナのドレスも二つ返事で引き受けた。
「マダムはいらっしゃいますか?」
ユリは他のお客様と鉢合わせしないように、細心の注意を払い、裏口にいる従業員に声をかける。
「店主ですか、え、えっと、あ、あのお名前を聞いてもいいですか?」
「リマンド侯爵家のユリです」
新入りの子ね。
マダムの店の従業員はその殆どが孤児だ。マダムが諸国へ布や、糸、宝石の買い付けに行ったときに拾って来た子達。最近、拾われて来たのだろう。店の裏口の掃き掃除をしていた幼い店員はユリの名前を聞くと、慌てて中へ入って行った。
マダムもよくやるわよね。マダムが拾ってくる孤児は女の子で尚且つ欠損が無く、12歳前後、それなりに見目も良く、手先が器用そうな娘。慈善活動に見せかけた一種のリクルート。実は、ここの従業員達はの給料はお小遣い程度。見習いだけでは無く、デザイナーや熟練のお針子もそうだ。彼女達が纏まったお金を手にするのは、ここから巣立つ時。マダムはその時にその後の人生が良い形でスタートを切れる金額のお金と、形を整えて送り出す。だが、それは、今までの彼女達の働きからすればだいぶ少ない。
貴族商業街一等地に、それもここまで広大な土地に店を構えられるのは人件費が安いからに他ならない。マダムのドレスがいくら高いとはいえ、使っている生地、糸、宝石に至るまで全て最高級品。その上、手編みのレースを惜しげも無く使い作られているから妥当な値段なんだろう。
「ユリさん、こんな所でお待たせしてごめんなさいね。中へどうぞ、まだ、接客の途中だからあまりお時間は取れないの」
接客の途中で抜けて来たのであろう、この店のオーナーであるマダムが建物の奥から現れた。ごろっとした宝石のピアスに指輪、デザイナーらしく派手ではあるが動き易いドレスを身に纏っているが、いやらしくなく上品に見えるから不思議だ。
従業員用の入口近くの一室に案内される。マダムには似合わない質素な木製の椅子に腰を下ろし、ユリにも座るように勧める。
「ご用件は何かしら?」
「はい、うちのお嬢様がマダムに折り入って相談かあると申しております。早目にお時間を頂戴できないかと思いまして、こうしてご相談に参りました」
ユリのうちのお嬢様という言葉に、マダムは喜色を浮かべる。
「まあ、マリアンヌお嬢様が?マリアンヌお嬢様の頼みとあれば…そうね。本日のお昼頃はいかがかしら?それくらいの時間帯ならお客様の切れ目に時間が取れるわ」
この店はお客様を選ぶ。爵位をお金で買った新興貴族がこの店の客になる為にはこの店の客の紹介が必要になる。紹介があっても断られることもざらだ。リマンド侯爵夫人はこの店一の上客、その娘であるマリアンヌが会いたいと言っているのだ。マダムが無理をして時間を作っているのが窺える。
「お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます」
「あら、いいのよ。貴女には借りがあるもの。ソコロフ家の次男と婚約された御令嬢をご紹介頂いたのだから」
マダムはご機嫌な様子でコーヒーに口をつける。
ラティーナ様のことか…、ラティーナ様がソコロフ公子と婚約なさったのは結果論だ。ラティーナ様のドレスをマダムに頼んだ時は、ラティーナ様の恋人がソコロフ公子だとは知らなかったし、それが叶うという確証も無かった。
「恐れ入ります」
「今回も良い話を期待しているわ。では、私はこれで」
そう言い残すと、マダムは軽やかに部屋から出て行った。




