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小説


 治癒魔法が使える。なら、ジュリェッタはリフリードにトリシタインの実を食べさせたことになる。


 ジュリェッタは治癒魔法の習得条件を知っている?


 治癒魔法の習得条件は治癒魔法の能力を持っている者が二人維持、トリシタインの実を口にすること、精霊の血を引く指導者。この全てが揃って初めて治癒魔法の習得が可能だ。トリシタインの木は、どの教会にも植えてあるがその実は、精霊の血を引く者でなければ捥ぐことはできない。

 

 小説の中で、ジュリェッタがハンソンの娘だという確証が欲しかったルーキン伯爵が、ジュリェッタに教会のトリシタインの実を取ってくるように命じた場面があったわね。そこで、難無くジュリェッタが木の実を捥ぐ瞬間を目の当たりにして、ルーキン伯爵はジュリェッタを抱きしめ、「君は、私の子供だ」と言うのよ。そして、死んだダフートがジュリェッタの母親を拐ったと世の中に知らしめ、ジュリェッタはその名誉を回復し、ルーキン伯爵家の養女では無く、由緒正しきルーキン伯爵の娘と社交界から認められる。養子と娘では貴族界からの扱いが全く違うからね。


 ルーキン家は伯爵家ながらかなりの名家だ。その成り立ちはリマンド侯爵家と同じく。彼らの一族はリマンド家と共にある。だから、ジュリェッタがジョゼフ殿下と結ばれることが出来た。


 小説では、リマンド家はリフリードが継ぐ事になった。だが、侯爵家としてではなく伯爵家として。リマンド家が治めていた領地の大半は国へ返還される。ジョゼフ殿下とジュリェッタが婚姻したことから、慣例通りその一部をルーキン家が譲り受け、ルーキン家は小さいながらも侯爵家の仲間入りを果たすのだ。


 奥様は最愛の娘と、弟、そして夫を亡くし心身喪失となり、城へ戻り離宮の奥深くで、ひっそりと非業の死を遂げた娘であるマリアンヌに詫びながら泣き暮らす。


 戦争さえ起こらなければ、ここまで悲惨な結果にはならなかった。リマンド家が旦那様の死でゴタゴタしている時に戦争が起こり、陛下は姉である奥様を気に掛ける余裕も無くメープル騎士団を従え出陣なさる。敵国の侵入は防げたものの致命傷を負われお亡くなりになる。


 その後、ジョゼフ殿下とジュリェッタが奔走し、戦争を終結に導き、その功績として幼き皇太子殿下に代わり王となり国を治めていくのよね。物語はここで終わり。


 でも、この後、国を治めていくのは難しいわよね。戦争でこの国一の戦力を誇るメープル騎士団は壊滅状態。著しく兵力も削がれただろうし、国庫も心許ない。その上、いつ敵国からの攻撃があるかわからない。友好国であるアーシェア国だって、小説で触れてはいなかったが、現時点でマリアンヌと奥様が最も交流があるわけで、ジョゼフ殿下や皇后陛下がかの国と上手く外交を続けていけるかというと疑問も残る。


 現に、皇后陛下が陛下崩御の知らせを聞いて、アーシェア国へ援軍と救済を求められても、没落してゆくリマンド家に手を差し伸べなかったとして、援軍も支援金もなかった。


 何より問題なのはジョゼフ殿下の手腕だ。お嬢様が学ばれている、帝王学、語学、幾何学、魔法学、法学、歴史、商業学などといった学問をどれだけ習得なさったのだろう。子供の頃のお会いした様子では、どれも手付かずのような気がしないでも無い。


 ジョゼフ殿下を補佐する立場であるジュリェッタだって、一六歳になる直前まで冒険者として過ごしていたのだ。補佐を務めるだけの知識があるとは思えない。


 あの美しい物語の終焉の後には、このトリッシュ帝国の滅亡が待っているのでは無いかとさえ思える。まあ、滅亡しないにしても、民は貧困に喘ぎ、国が荒廃することは確定よね。スミス侯爵家だけで、この国を立て直すのは無理があるし、侯爵となったルーキン伯爵が自分より若いスミス侯爵に好きにさせるとは思えない。次期、皇太子を巡って、ルーキン家とスミス家で争いが起こるのは必須だわ。


 武家である両侯爵家だって、新参者のスミス家、ルーキン家の出す政策に同意する可能性は低い。スミス侯爵は第二夫人の子供で、皇后陛下は第一夫人の子だから、スミス侯爵は皇后陛下とスタージャ様に負い目がある。ルーキン家だって、一枚岩とはいい難い。ハンソン様はかの戦争で片腕を失くされた上、弟との折り合いは悪い。


 国内の政治は空中分解をおこし、ひっちゃかめっちゃかだろう。こんな中、砂漠の国に攻め込まれたら一溜まりもない。あっと言う間に、砂漠の国の属国に成り下がるわね。そうなると、全ての貴族達の命も危い。まあ、私は強制労働中だから、待遇が変わるとも思えないけど。


「ユリ、そろそろ行こう。お茶の準備が整ったみたいだ」


 考え込んでいると、セルロスが声を掛けてきた。


「あっ、ごめん」


 ユリが慌てて謝ると、セルロスは済まなそうな顔をする。


「いや、疲れている所悪いが、楽団の見送りに二人揃わないと格好が付かないからな」


 確かに、楽団に密偵が紛れ込んでいるかもしれないのだ。有らぬ誤解を与えるのは得策ではないわね。


「大丈夫よ。休んだから、元気になったわ。はあ、私、貴族には向かないみたい。たったこれだけ踊っただけで、こんなに疲れてるんだもの。お嬢様みたいに、細いヒールの靴を履いていたわけでもないのに。こんなんじゃ、貴族の妻は務まらないわね。結婚相手が貴方で良かったわ」


 しみじみユリがそういうと、セルロスは顔を真っ赤にして手で覆うと、ボソッと呟く。


「ユリ、不意打ちは反則だ」


「ん?どうしたの?楽団の皆様を待たせるわけにはいかないわ。早く行きましょう」


「無自覚かよ」


 セルロスが溜息と共に漏らした言葉は、ユリの耳には入らなかった。

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