ダンスレッスン
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セバスが領地から来た。表向きは、お嬢様のダンスレッスン。領地管理の学習の為、長らく踊っていらっしゃらなかったので、ということらしい。お抱え楽団も呼びガッツリとレッスンをするみたいだ。
本来の目的は旦那様がセバスに命じた何かの報告だろう。
事もあろうか、セバスはユリとセルロスにもダンスホールに待機しておくようにと命を下した。
お嬢様がダンスされるだけと思っていた私が甘かった。もしかしたら、何かしらの情報が手に入るのでは?と期待した自分が馬鹿だった。私までダンスの特訓を受けることになるなんて…。折角、時間が空いたのだから、遠慮なく休みを貰って街へと繰り出せばよかった。
楽団の美しい音色の中、セバスの檄が飛ぶ。
「ユリ、ステップがズレておる」
「ハイ」
「セルロス、背筋を伸ばして!」
「ハイ」
ユリは貴族の娘とはいえ、ダンスなどまともに踊ったことが無い。平民であるセルロスも然りだ。そんな二人が優雅に踊れるわけもなく、セバスの指導が入る。
「お嬢様、ユリ、ターンはもっと優雅に」
「ハイ」
「わかりましたわ」
「ユリ、セルロス、二人はお嬢様とフリードリッヒ様のお子様が生まれたら、ダンスを御教えすることになるのですぞ。こんな動きでどうするんです。」
そうね、お嬢様が処刑されず、私も罪に問われず、お二人の子供達の面倒をみる。そんな未来が来たらいいわね。その前に今、目の前に三途の川が見える。
ダンスって甘やかな雰囲気の中するものじゃ無いの?これじゃあ、スポ根じゃない!
「フリードリッヒ様、顔が硬いですぞ」
「セバス、余裕がないよ」
二時間程度の練習をみっちり行う。
貴族の紳士淑女の皆様って凄い。ダンスの合間に恋の駆け引きを楽しむんでしょう。特に女性はコルセットを締め、華奢なヒールを履いて。
今のユリの格好はお仕着せにローファーという。ダンスを踊るにはラフな姿にもかかわらず。息も絶え絶えだ。
「楽団の皆様、ご苦労様でした。あちらに、お茶をご用意いたしますので、片付けがお済みになりましたらどうぞ、ご寛ぎ下さい」
セバスは恭しく頭を下げて楽団の皆様を誘導し、疲れて座り込んでいる二人に指示を出す。
「セルロス、ユリ、だらしない。何時迄もへばってないで直ぐに皆様にお茶をお持ち致しなさい」
「セバスさんのおに!」
「いや、悪魔だろ?」
セルロスとユリは小さな声で悪態吐きながら、ダンスホールが逃げ出す。
「全く、あの二人は、侯爵家の使用人として鍛え直す必要がありますな」
ホールを出るとき、セバスの不穏な言葉が聞こえたが、今は敢えて気付かない振りをし、重い身体を引き摺り厨房へと足を向けた。
「はあ、偉い目にあったな。まさか、俺らまで練習する羽目になるとは思って無かったぜ」
「私、初めて、下級貴族で良かったと思ったわ。ぎゅうぎゅうにコルセットを締めて、折れそうなほど細いヒールの靴で笑顔を貼り付け、その上、気の利いた会話までしながら踊るんでしょう。私には、無理だわ」
上級貴族となれば、その一挙一動が注目されるのよ。ヘマして転ぶ事なんか許されないわ。
二人でぐちぐちと溢しながら厨房へ入ると、クロウが林檎を齧っていた。
「お疲れさん。セバスさんにたっぷりと扱かれたみだいだな」
ニヤニヤしながら、林檎を片手に近付いてくるクロウにセルロスは鬱陶しそうに片眉を上げるとまるっと無視して、料理長へ話し掛ける。
「果実水と冷たい紅茶、それと、摘める軽食の準備はできていますか?」
「ああ、もう、運んで貰っていいぜ」
料理長の返事を聞くと、セルロスはメイド達にサロンへ運ぶように指示を出すと、水差しからコップに水を注ぎ、ユリへ渡すと自分もそれをあおる。
「お茶のセッティングが終わったら、サロンへ向かおう。楽器の片付けに少し時間がかかるだろうから、それまでここで休んでから行こうぜ」
セルロスにそう言われ、ユリも椅子へ腰を下ろすと水を飲んだ。
「美味しい」
よく冷えたレモン水が、身体中に染み渡る。
「もう一杯飲むか?」
「ええ、貰うわ」
セルロスはユリの持っているコップへ水を注いだ。
「おい!ちょっと、セルロス、俺を無視するなよ」
クロウがすっかり食べ終えた林檎の芯をゴミ箱へ放り投げ、その手を服で拭きセルロスの肩へ置こうとした瞬間、振り払われた。
「汚い手で触るな!」
「そう邪険にするなよ。せっかく、面白い話を持ってきたんだからさ。ユリちゃんだって、聞きたいだろ?今、話題の勇者の娘の話」
クロウはニヤニヤしながら、セルロスの横の椅子に腰を下ろした。
料理長はいつの間にか、厨房から出て行ってこの部屋に残っているのは、ユリとセルロス、クロウの三人だけだ。
怪訝そうに眉を顰めるだけのセルロスに業を煮やしたのか、クロウはにっこりと笑ってユリに聞いてくる。
「ユリちゃんは知りたくない?勇者の娘の話」
「知りたい」
食い気味で目をキラキラさせ答えたユリに、クロウはまさか即答されるとは思っていなかったのかタジタジだ。そんなクロウにセルロスは面白そうに視線を向けた。
かなり興味がある。いや、かなり知りたいに決まってるじゃない!だって、小説のジュリェッタとこの世界のジュリェッタが外見以外別人な可能性があるのよ。
「勿体ぶらずにさっさと話せよ」
「ちぇ、なんだよ。その冷たい態度は、こっちはせっかく面白い話を持って来たって言うのにさ。ああ、もうわかったよ。そんなに睨むなって!ちゃんと話すから。勇者の娘は治癒魔法が使えるそれも、かなりの性能らしい。ここは定かでは無いが、ソコロフ家の三男、ミハイル様よりは数段上だそうだ」
ん?ミハイルが生きている?
今の口振りでは、ミハイル様は存命だよね。
小説ではかの竜討伐で死亡する運命にあるはずだ。フリードリッヒ様は、親友であるミハイル様の死を悲しんで落ち込んでいる時期だよね。そう言えば、そんな雰囲気は一切無かった。
「あの、ミハイル様は今、どちらに所属されているんですか?」
流石に死んでませんよね?とは聞けないわよね。
「フリードリッヒ様と同じ近衛騎士団だけど?」
クロウは、そこに食いつく?みたいな、ちょっと驚いた表情をしてユリをまじまじと見つめる。
「そうですか」
ミハイル様は生きている。どうして、ジュリェッタが治癒魔法を習得したことと関係があるのかしら?本来なら、ジュリェッタは竜討伐に参加しない。彼女は、近くの宿で一人ダフートを待っていたはずだ。だが、新聞では冒険者の生き残りは、勇者親子と書いてあった。この書き方だと、ジュリェッタも竜討伐に参加したことになる。
「ジュリェッタさんが治癒魔法が使えるって、どうしてわかったんですか?」
「ああ、勇者に治癒魔法をかけてやっている所をミハイル様が見たらしい」




