お嬢様の恋の自覚?
マダムの店から戻られた後のお嬢様の様子がおかしい。心ここに在らずと言った雰囲気だ。顔をピンク色に染めて、挨拶をしても返答は無く。ふらふらと自室へ入って行かれた。
騎士達は、いつもツンとした隙の無い雰囲気のあるお嬢様が、隙だらけで歩いていらっしゃるのだ。皆、お嬢様を見るなり、顔を赤らめる。
フリードリッヒ様とのお出かけで何があったのだろうか?
フリードリッヒ様を問い詰めようと思ったが、フリードリッヒ様はお忙しいのか、帰ってすぐに旦那様の部屋へ入って行かれた。これでは、フリードリッヒ様に尋ねることは叶わない。
お嬢様に直接伺うしかないわね。
ユリはお茶の用意をして、お嬢様の部屋へ向かった。ノックをしたが、返事が返って来ない。仕方なく、ドアを開け部屋へ入ると、ソファーにぼーっと放心状態のまま座っていらっしゃった。
フリードリッヒ様、お嬢様に何をしたのよ!箱入りのお嬢様は女の子みたいなリフリード様以外の男性と話す機会などあろう筈が無い。領地管理の学習の為、デビュタント以来、夜会にもお顔を出されていないのだから、男性に耐性など全く無いのに!
久々の再会で、フリードリッヒ様がお嬢様の手の甲に唇を落とされた時も、顔を真っ赤にされていたのだから、加減はわかっていらっしゃるだろうに…。
ユリは小さく溜息を漏らすと、お茶をローテーブルに用意して、いつも通りの侍女の顔を作りマリアンヌに話しかける。
「お嬢様、ミルクティーをご用意致しました。蜂蜜をたっぷりと入れておりますので、お疲れが取れますよ」
小さなケーキな甘酸っぱいラズベリータルトも目の前に置く。甘いミルクの香りと、ラズベリーの甘酸っぱい香りが鼻腔を擽る。
マリアンヌは紅茶を一口含むと、ほうと小さく息を吐いた。
「ねぇ、ユリ聞いてもよいかしら?」
タルトにフォークを刺し、マリアンヌはユリに尋ねた。
「何でございましょう、お嬢様。」
「今日、兄様から好きだとおっしゃっていただいたの」
それが原因なのですね。
「それは、ようございましたね」
ユリはニコニコと笑った。
「それでね、ユリ。私はどうしたら良いのかしら?」
ユリは、少し考えて真剣な顔をしてマリアンヌを見詰める。
「お嬢様は、フリードリッヒ様の事をどう思ってらっしゃいますか?」
「好きですわ」
迷いなく答えるマリアンヌに、ユリは嬉しそうに頬を緩めた。
良かった。フリードリッヒ様との婚姻をバックアップしている手前、違うと言われたら心苦しかったのよね。これだけでも、救いだわ。
ユリがフリードリッヒとマリアンヌの仲を取り持とうとしたのだって、フリードリッヒなら、盲目にマリアンヌを愛しているので、彼女の為に力の限り、例え自分を犠牲にしてでも最悪の事態を回避してくれると思ったからに他ならない。マリアンヌの気持ちなど一切考えてもいなかったのだから。
「では、ユリのことはどうですか」
「勿論好きよ」
「ありがとうございます。ユリもマリアンヌお嬢様のことが大好きです」
ユリは溺愛するマリアンヌに好きと言って貰えて、喜びを噛み締める。
「では、フリードリッヒ様への好きとユリへの好きは同じ好きですか?それとも違いますか?」
マリアンヌは首を傾げる。
「よくわからないわ。」
なるほど、幼き頃より側にいて甘やかしてくれる存在。家族愛と恋愛の区別はまだついてらっしゃらないのね。
まあ、私も良くわかっていないんだけど…。
「では、まずフリードリッヒ様とお過ごしになって、それを考えてみるのが宜しいかと思います。必ず答えは見つかりますよ。そのお気持ちをフリードリッヒ様へお伝え下さい」
お嬢様に偉そうなことを言っているのだが、ユリだって前世も含めて恋愛経験は乏しい。前世でも彼氏がいた記憶は無い。今は、貧乏騎士家に生まれ、8歳からこのリマンド家にお世話になっているのだ、恋愛経験が豊富なわけが無い。
セルロスに対する自分の気持ちすら持て余しているのに…。
「ユリありがとう」
マリアンヌにお礼を言われ、心中複雑な思いを抱えつつユリはにっこりと笑った。




