王都
久々、王都へ帰る。偶に来てはいたがその滞在は慌ただしく、用事を済ませ馬車へ乗り込み、蜻蛉帰りするといったぐあいだった。
ユリは旦那様付きのサリーと、奥様付きのサマンサさんと一緒の馬車に乗り、旦那様達が乗っていらっしゃる馬車の後ろを追う。
突然、フリップ伯爵とフリードリッヒ様がいらっしゃったのかと思っていたら、なんと、フリードリッヒ様がお嬢様の新たな婚約者候補となられた。まあ、フリードリッヒ様とお嬢様は治癒魔法を通じて縁を結んでいらっしゃいますから、候補になられるのは当然なんですけど…。なので、前の馬車にはフリードリッヒ様もお嬢様達と一緒。
はあ、それはいいんだけど…サマンサさんと同じ馬車だと緊張するわ。この屋敷で一番近寄り難いと言うか、威厳があるのよね。
サマンサさんにはクロエに進められて、二週に一度、侍女としての心得を習っている。時と場合に応じた装いの選び方だったり、相手や内容によってのレターセットの選び方、お嬢様が窮地に陥った時のフォローのしかたや、立ち回り方、その内容は多岐に渡る。
「二人には、先に伝えてえておきますね。お嬢様が魔法学園へ入学される頃には、リマンド家を去ることに致しましたの」
「お辞めになるのですか?」
サリーの言葉にサマンサは、普段の厳しい顔からは想像できないような優しい表情になり、ゆっくりと笑った。
「見ての通り、私ももう年です。田舎で、子供達に文字でも教えながら、余生をゆっくりと過ごそうと考えていますの」
サマンサさんは奥様のお母様が上皇陛下へ嫁がれる際に、ソコロフ侯爵家から一緒にいらっしゃった侍女だと聞いたことがある。確かに、もう引退なさっても良いお年なのだろうけど…。
「ですが…」
「ユリ、貴女の言いたいことはわかります。奥様は私が死ぬまで面倒を観て下さるでしょうし、側に居ること望まれていらっしゃいます。ですが、いかんせん、私は奥様よりだいぶ年上です。いつかは、奥様を置いて先にいく身です。遅かれ早かれ結果は同じです。なら、良いタイミングでお側を離れようと思いまして」
「そんな…」
これも、旦那様が毒に侵された時に、リマンド家が傾く原因の一つなの?奥様のなさることをお止めできるのは、旦那様とセバス、そして、サマンサさんだけなんですよ!そのサマンサさんが、リマンド家から出て行かれたら、誰が、奥様を止めるんですか?
「ユリ、そんなにショックを受けてくれるなんて、嬉しいわ。私、てっきり、貴女には苦手意識を持たれていると思っていたの。ごめんなさいね、勘違いをして」
いえ、それ、合ってます。私、貴女のこと苦手ですと言う訳にもいかず、ユリは曖昧に笑う。それを肯定と、受け取ったサマンサは、ユリの手をしっかりと握りしめ、目を見据えて、それはそれは良い笑顔でにっこりと笑った。
「心配なさらないで、ユリ。此処をお暇はするまでには、貴女の事をしっかりと仕込んで差し上げますからね。それに、離れて暮らしても、貴女は私の生徒に違いないわ。新たな滞在先は知らせますから、なんでも相談して頂戴」
嬉々として、張り切るサマンサに引き攣った笑顔を浮かべるユリを、サリーは横目でご愁傷様とでもいう風にニタニタしながら見ている。
ええっ、そこまで頑張って仕込んでくれなくてもいいのに…。もう、サリーったら、他人事だと思って!まあ、でも、サマンサさんの住所が手に入ったのは有難いわね。もしものとき、頼ることができるから。
王都へ着くと、ソコロフ侯爵家の公子とクラン子爵家の令嬢の婚約の話題で持ちきりだった。どこの新聞も、連日その記事を一面に持ってくる熱の入れようだ。それも、そのはず、四つしかない侯爵家の一つであるソコロフ侯爵家の次男というだけで、世間の注目を集めるのに、相手が冒険者として名を馳せていた、クラン子爵家の長女だ。それは、誰もが、興味を示すに決まっている。ラティーナに至っては、その親、姉妹のことまで記事になった。
うわー、中々エグいわね。
ラティーナの母親が、クラン子爵家に嫁いだ経緯や、その母親が死ぬとすぐに、愛人であった今のクラン子爵夫人がクラウン子爵家に後妻として入ったと報じ、その娘は、ラティーナと一つしか違わないと書いてある。ラティーナの母親が死んだのは、クラン子爵の所為では?とまで記事になっていた。
また、正当なクラン家の継承者であるラティーナの扱いが、クラン家では酷いものだったことや、後妻とその娘の浪費、はたまた、クラン子爵がラティーナに辛く当たっていたなどと面白おかしく書かれている。ラティーナは生活費捻出の為、冒険者になった。殺されないか、身を案じて、特定の場所に留まらない冒険者として、逃げ回っていたなどというものまであった。
ドラマみたいで面白いわね。これは売れるわ。
庶民は貴族のゴシップが大好物だ。普段から、少なからず貴族への反感はある。しかし、表だって非難する事など出来ない。しかし、このように、明らかに非があれば別だ。いくら非難したからといって誰も咎めない。だから、此処ぞとばかりに日頃の鬱憤を晴らすのだ。
ユリが新聞を読んでいると、セルロスが声を掛ける。二人が合ったのはお嬢様のデビュタント以来だ。その時は慌ただしく、会話もろくに出来なかった。
「凄い盛り上がっているだろ?」
「ええ、凄いわね。誰が、新聞社にリークしたの?まさか、ラティーナ様本人?」
「さあ、俺は知らないな」
肩をすくめるセルロスは何か分知り顔で、四通の封筒を差し出した。
「これは?」
「ラティーナ様からだよ。後はクラン子爵家から」
セルロスに促され、その場でまずはラティーナ様からの封筒を開封する。
内容は新聞社に匿名でリークしたから、面白可笑しく騒ぎ立ててくれるだろうと書いてある。徹底的に義妹と継母、そして、父親を追い詰める予定だと書いてあった。新聞社はちょっとしたネタを提供すれば、彼方此方から、いろんな事実を調べてくれるので助かると書かれていた。ただ、セルロスのことが懸念されるので、新聞社が取材に来たらそこは上手く、クラン子爵夫妻からの友人であるユリへの嫌がせを防ぐ為、ユリの婚約者であるセルロスに事付けていたと答えてくれと結ばれていた。
「え、ちょっと!セルロス、ここ読んで!何で、新聞社に私の婚約者が貴方だって公言しなきゃならないの?」
「なんだそんなことか、別に問題ないだろ?」
いや、問題大有りだ!
「あのね、セルロス。もし、記事になったらどうするの?それこそ、セルロスは私と結婚することになるのよ?まあ、私は生涯お嬢様の侍女として生きて行くつもりだから、結婚なんてする気は更々ないから、偽装結婚でも何でも大丈夫だけど…。セルロス、貴方は困るでしょう?」
「いや、全く困らないけど?ユリだって知ってるだろ?セバス叔父さんをはじめ、リマンド家に仕える執事はその殆どが独身だって。どうせ、適当な相手なんて見つからないさ、ユリさえ良ければこのまま結婚もありだと思っている。ユリだって、俺との結婚は、生涯お嬢様の側で侍女をするのなら何の問題もないよ?」
確かに、そうだ。住む場所も今とは変わらない。部屋が真ん中にリビングのある二人部屋を使わせて貰えるようになるくらいだ。此処で働く人達は、起床時間がまばらだから、夫婦といえども個室を貰える。食事だって今まで通り、食堂で食べるし。
「そうね」
「だろ?なら、いっそのこと結婚しよう」
「は?」
何言ってんのこいつ?
「君は、俺と結婚しても問題ないって言ったじゃないか。なら、いっそこのまま結婚するのも悪くないだろう?今の生活が変わることもないんだし。ずっと婚約者のままでいるのも不自然だろ?」
「まあ、それはそうだけど…」
確かに、ここ数年は、何かと理由をつけて先延ばししている風に誤魔化せるがそれも限りがある。
「だから、結婚してしまえば、もう、何も気にすることはなくなる。サリー達だってそうだし、他にも沢山夫婦でこのリマンド家で働いてるし、俺の父さんと母さんもそうだしさ。それに、結婚しても、ユリの給料は今まで通り使って構わなし、服は俺が買ってやるよ。それくらいの甲斐はある」
「確かにそうね。悪くない話だね。でも、私はリマンド家に多額の借金があるわ。それに、お嬢様が学園に行かれる時は着いていくつもりよ。それまでは、結婚できないわ」
そう、私はお嬢様に付いて、学園へ行かなければならない。その為にこれまで頑張ってきたのだから。それに、もし、私も罪に問われたらセルロスにも迷惑がかかる。形ばかりとはいえ、せめて、その懸念がなくなってからにしないと…。
「全く、君はお嬢様第一だな」
セルロスは呆れたように笑った。




