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街へ ②

「ははは、なんというか、凄かったね」


 顔を引きつらせて、乾いた笑いを浮かべるセルロスと、劇でも見ているような様子のユリに、奥にいた店員と思しき女性が声をかけてきた。


「いらっしゃい。ビックリしただろ?うちではよくあることさ、まあ、気にしなさんな。お宅さん方は問題なさそうだね。良く見ていっておくれ、どれも新品だからね。気に入ったのがあった声をかけておくれ、奥で試着できるよ」


 どうやら、ユリ達の身なりがちゃんとしているので、お客と認識したのだろう。あの肉屋の娘みたいに、服の値段がどれくらいなのか認識もせずに、連れと揉め、服を買わずに出て行くことが良くあるみたいだ。


「ああ、ありがとう」


 セルロスの言葉に、商売に火がついたのか、店員はにこにこと此方へやって来た。


「何をお探しだい?」


「平服と、コートを」


 セルロスの言葉に、少しがっかりとした様子だったが、店員の女は気を取り直したのか、にこにこと売り場を案内する。


「普段着かい、つまんないわね。まあ、いいわ。あまり売れないのよ、シンプルな服は。安くしといてあげるわ。冬用のシンプルなブラウスはここよ。後、スカートはこの辺りかしら」


 この店に庶民は晴れの日の服を買いに来るのだろう。なら、平服は需要が無くて当然だ。普段着なら、それこそ古着屋で買えば済む話しだ。騎士の奥様の着ていた普段着や、どこぞの屋敷の総入れ替えした後のお仕着せが古着屋に手頃な値段で売ってあるのだから。


「ありがとう。着て帰ることは可能かい?」


「ああ、代金さえ払ってくれれば何の問題もないよ。コートは毛皮とウールどっちがいい?毛皮の方が値が張るけど、断然暖かいよ」


 コートを棚から出しながら、店員はセルロスに問う。セルロスに主導権があると思ったのだろう、もう、ユリはそっちのけだ。


「なら、毛皮で」


「はいよ」


 店員はウキウキとコートを台の上へと並べ出した。


「これとこれ、あと、コートはこれを貰おう」


 セルロスはちゃっちゃと服を選び店員に渡す。店員は値段を確認すると、服とユリを奥の部屋へ案内した。


「この部屋で着替えとくれ」


 そう言うと、ソファーの上に服を置いて部屋からさっさと出て行った。


 ユリが着替えて出ると、店員は中へ入りユリが着ていた服をさっさと包んでくれた。


「良いお客さんだ。お嬢さん、良い男を捕まえたじゃないか。自分でこの店に連れて来て、出し渋る男も見てらんないし。相手に出させるつもりで、男を連れ込む女も困ったもんだ。あんた達みたいなのだけが、来てくれたら何の問題も無いんだけどね」


 ああ、さっきの…。どうせ、揉めて買わないってわかってたんだ。だから、接客しなかったのね。


 店内にはここの常連と思われる男女が、仲睦まじく、楽しそうにワンピースを見ている。ユリが着替えいる間に店に入って来たのだろう。

 

 出口でセルロスはユリにコートを掛けると、店員が手に持っていた荷物を受け取った。店のドアには、黄色い組み紐と、黒いリボンに薄い黄色ががったビー玉の付いた組み紐が下げあった。


「もう、売り出されているのか?」


「ああ、そうだよ。兄さんは騎士様かい?商家の坊ちゃんには見えないし、冒険者とも雰囲気が違う」


「いえ、貴族に仕えている平民ですよ」


「なら、組み紐買うんだろ?昼時に行くと良い。恋愛関係はその時間に新しい物を追加してるから」


 にこにこ人の良さそうな笑みを浮かべて、お節介を焼く店員にセルロスはお礼を言って店を出た。


 恋人同士で来る客が多いのかな?セルロス、話しを合わせただけよね。


「マルシェに寄ってもいいか?荷物を置いて来たい」


「勿論よ」


 クリスマス前ともあって、マルシェは普段の数倍賑わっていた。花屋の店先はポインセチアやチェッカーベリーの鉢植えを買い求める人で溢れ、これから厳しさを増す冬に備えて、薪や炭も飛ぶように売れている。魔石を売るギルドのスペースも沢山の人集りが出来ていた。


 オットーのお母さんが出している魚屋は普段通りで、客足もまばらだ。オットーは母親に代わり店番をしていた。


「あれ、もうお終いですか?弱ったなぁー、母さんに休んでていいって言っちゃったから、母さん、後、一刻は戻って来ないんだよな」


「いや、荷物を置きに来ただけだ」


「良かったー。正直帰るって言われたら、どうしょうかって思ったスよ」


 オットーはニカッと笑いながら、桶の水で手を洗い、店の後に停めてある馬車の鍵を開けると、セルロスから荷物を受け取り馬車へと積んだ。


「あっ、セルロスさん」


 隣りから、元気の良い声が聞こえる。野菜売りのサアシャだ。


「こんにちは、セルロスさん。えーと、セルロスさんの婚約者さんもこんにちは」


 私の名前、覚えてないのね…。でも、空気読んで、侍女様とは呼ばなかっんだ。何か憎めないのよね、この子。


「こんにちは」


「あのですねーぇ。私、結婚するんです!来週、教会で式を挙げてもらうんですよ。だから、サアシャじゃなくて、旦那が配達行くんで、契約切らないで下さいね!」


 カラッと笑うサアシャに面くらいながら、ユリとセルロスは祝いの言葉を伝える。


「おめでとう」


「おめでとう。わかった、その旦那とやらが何もしでかさなければ、契約は継続してもかまわない」


 セルロスの言葉にサアシャはとても嬉しそうに、くしゃくしゃと笑った。


「ありがとう!ねえ、婚約者さん。結婚のお祝いにその髪留め頂戴。セルロスさんからの贈り物じゃなかったらだけど…」


 上目遣いで頼んでくる姿は可愛く、ユリは故郷の妹を思い出した。


「いいわ、あげる。幸せになってね」


 セルロスに甘やかすな、また、調子に乗ってやらかすぞと言われたが、ユリは髪留めを外してサアシャへと渡してあげだ。


「ありがとう。大切にするね、婚約者さん」


 サアシャは嬉しそうに髪留めを眺めていた。


 セルロスがユリ連れて行ったのは、中央区にある教会だった。入口の大きなもみの木には色取り取りの組み紐が吊るしてあり、リボンが風に揺れてビー玉やビーズが日の光を反射してそれは幻想的で美しい。


 果実の木の殆どが葉を落としている中、中央にある木だけ、紅実をたわわに実らせていた。入口では、第一騎士団の騎士に見守られながら、子供達がシスターと共に一生懸命に組み紐を売っている。この売り上げは、教会の大切な収入源だ。


「綺麗ね」


 ユリの言葉にセルロスは嬉しそうに笑った。


「ああ、そうだね。クリスマスは城の夜会に行かれる奥様と旦那様の準備で、ゆっくり教会を訪れる暇なんて、無いから見る機会も無いからね」


「クリスマス当日はもっと綺麗なんでしょうね」


 セルロス、自分の組み紐を買うついでに、これを見せに連れて来てくれたのかしら?だとしたら、感謝ね。

 

 幼い頃から侍女をしているユリは、教会のもみの木を見に行く機会が無かった。領地にいた頃は、10歳にも満たない子供が歩いていける距離に教会は無かったし、曲りなりにも騎士家の娘であるユリが、組み紐を買いに行くことは無かった。


 確かに、この場にあの格好は相応しく無かったわね。


 庶民だけが集まる教会に、貴族の子女だと一目でわかる格好は反感を買うだろう。


 セルロスは一対の組み紐を少女から買っている。綺麗な濃いピンク色のリボンに、透明のビー玉をあしらったものだ。


 色によって願い事が違うのよね、ピンクはどんな意味があるのだろう。市井の者でその意味を知らない人は居ないだろうから、ここでは聞けないわね。馬車に戻ってから聞いてみよう。


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