街へ ①
「書き終えた?」
「ええ、今終わったところよ」
ユリが蝋で封をした手紙を見せると、セルロスはにかっと笑った。執事では無い、素のセルロスの顔だ。
「よし、出かけよう。今日は休みなんだろ?」
「ええーっ?」
セルロスはさっきまで来ていた着ていた執事服ではなく、トラウザーズにシャツその上にはラフなセーターにジャケットと街でよく見かける服装だ。
「さ、行こう」
セルロスはユリにローブを被せ、手を引いて歩き出す。ユリは何が何だかわからないという顔のまま、セルロスに引っ張られるようについて行く。
「ちょっと、どこへ行くのよ?」
「決まってるだろ?手紙を届けに行くんだよ!」
はあ、自分で書いた手紙を自分で届けに行く人がいるわけないでしょう?
あれよあれよと言う間に、オットーが御者を勤める馬車へ押し込められてしまう。クロエへの手紙のはずなのに、何故か平民街へと向かって馬車が進んでいる。
「ねえ、クリソン伯爵邸はこっちじゃないわ。ちゃんと、オットーに行き先を告げたの?」
抗議の意味を込めて、セルロスを睨め付けると、セルロスはユリの抗議など、どこ吹く風だ。それどころか、それすら楽しそうに、人を揶揄うような笑みを浮かべる。
「告げたよ。まあ、気にしないで」
いや、普通に気になるから!
馬車はマルシェや店が建ち並ぶ、噴水の側まで来てしまった。平民街の中心ということもあって、クリスマスの準備が着々と進んでいる様子で、とても華やかだ。
街の至る所にポンセチアの鉢植えが飾られている。花壇にはクリスマスローズが可憐に咲き誇り、クリスマスのクッキーを売る屋台や飴細工を売る屋台が新たにマルシェに顔を連ねていた。日暮れが早くなる為、魔法灯が商業地のメイン通りに等間隔で灯を灯している。
「綺麗ね」
「ああ、そうだね。クリスマス当日はもっと美しい」
中央にある教会で色取り取りの組み紐が売り出されているだろ。その教会に隣接する孤児院の子供達が、一年を通して作った物だ。組み紐にはそれぞれ意味がある。子宝を願うもの、戦地での無事を願うもの、恋人と結ばれることを願うもの、そして、異性との出会いを願うもの。皆、思い思いの組み紐を買って行く。それを自分の家の窓辺や、軒先、庭の木に吊してクリスマスを迎えた後、願いが叶うまでそれを大事に取っておくのだ。
願いが叶った者はクリスマスの前夜までに、前の願いを込めた組み紐を全て教会の木へ吊し、女神様へ感謝の意を伝えるのだ。教会の入り口にある大きなもみの木は、クリスマスの日、沢山の組み紐が飾られ、それは見事だ。
ユリは貴族の娘なので、その組み紐を買うことは無い。まず、貴族が純粋な恋愛結婚に至ることは稀であると言うこと。それに、他の願いも然りだ。望みをそう堂々と宣言することは、手の内を晒すようなものなのだから。
馬車は中心街の服屋の前で止まった。
「さ、降りようか」
訝しみながらも、セルロスの言葉に従って馬車を降りる。
「セルロス、母さんの店に居たら良いんだろ?」
オットーが屋敷とは違って、砕けた様子でそう問うと、セルロスは硬貨の入った袋をオットーに投げて寄越した。
「ああ、頼む。それで、温かいモノでも食べてくれ、3つ鐘が鳴る頃までには行くよ」
「もう少し、ゆっくりしてくれても構わないゼ」
そう、オットーは言い残して、馬車を走らせて行った。
「さ、店に入ろう」
セルロスに促されて入った店は、庶民街には珍しい新品の服を売る店だった。庶民の服を売る店はその殆どが古着だ。豪商や、貴族達は仕立て屋を家に呼ぶか、オーダーメイドの店に出向き、デザイン画を見ながら生地を選び服を仕立てるのが一般的だ。
店内には、可愛らしい若い女性もののワンピースやブラウス、スカートが所狭しと並べてある。店の奥には、恰幅のよい中年の小綺麗な店員と思しき女性がいた。それとは別に、女の子が連れの冒険者らしき男に服を強請っている。
「ねえ、このワンピース、私にピッタリだと思わない?」
少女はラズベリー色のワンピースを当てて、鏡を見る。男は興味なさげに適当に相槌を打っている。
「ああ、良いんじゃないか?だが、こんな金額払えるのか?」
「え、買ってくれるんじゃなかったの?」
少女はこの男が当然服を買ってくれると思っていたようで、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「誰が、買ってやるなんて言ったんだ?俺は、服屋へ行くのに付き合ってくれって言われたから、来ただけなんだぜ?」
「ワイドベア倒した報奨金が出たって言ってたじゃない!それに、肉だって、うちで高値で買い取ったし、毛皮や爪もギルドで良い値が付いたんでしょう?」
必死に訴える少女に、男は面食らった様子で、天井を仰ぎ見る。
「あのな。何故、おれが稼いだ金で、お前の服を買わなきゃならんのだ?まあ、古着の一着なら訳も分からんでも無いが、ここで服を買ってやる意味がわからん。どうせ同じ金額を出すなら、新しい防具か剣に使うね」
うわー、なんか凄い現場に居合せちゃったわ。ん?あの女の子、何処かで見たことがあるような…。
セルロスの袖を引くと、セルロスも同じ答えだと言う風に頷いた。
やっぱり、リマンド家に出入りしている肉屋の娘だ。
「え、でも、サアシャはここでエリオットに服を買って貰ってたわ!エリオットは貴方と一緒のパーティーじゃない?」
へー。野菜売りのサアシャさん、本当にもてるんだ…。
「だから、何だよ。エリオットがサアシャに服をプレゼントしたからって、何で、俺がお前に同じ店で服をプレゼントしなきゃなんないんだ?あいつらは、結婚したんだぜ?お前は、俺と結婚するか?」
男はニヤニヤと馬鹿にしたように少女にそう言えば、少女は下唇を噛んで下を向いた。
「そんなの知らない」
「はっ、お前、自分がここの服くらに簡単に買って貰えるような、いい女だと思ってたのかよ?」
男の言葉に、少女は耐えれなくなったのか、ワンピースを棚に戻すと入口へと足を向ける。少女は入口にいるセルロス達に気が付くと、大きく目を見開き、顔を真っ赤にして走り去って行った。
あー、うん。気不味いよね。取引先の人間に修羅場を見られると。
なんとなく気の毒になるわ。あの、冒険者もとんだ災難だったわね。
冒険者の男は溜息を吐くと、店の奥の店員に軽く謝って店から出て行った。




