決意
「なんで、あの子がマリアンヌお嬢様付きなんですか?」
セバスに食って掛かっているのは、先週からこの屋敷に行儀見習いとしてやってきた伯爵令嬢のクロエさん。
「それは、お嬢様が懐かれていらっしゃるからでございます」
「でも、ユリさん、騎士家のご出身でしょう?いくらお嬢様のお気に入りだって、教育が行き届いていない方をお嬢様のお側に置くのは、お嬢様にとって良い環境だとは思えませんわ」
ああ、ごもっともな発言で耳が痛い、実家で私が習ったことは、メイド業なら役に立ちそうなことばかり、侍女としてはまだまだ半人前の自覚はある。
「ふむ。クロエの言うことも一理ありますな、で、貴方はお嬢様付きは誰が相応しいとお考えかな?」
「勿論、ユリさんよりは私の方がましだと思うわ」
クロエは、チラッとこちらを一瞥するとセバスさんに向かって堂々と胸を張る。
なによ、お嬢様のこと全く知らないくせに。
クロエの言葉に苛立ちを覚える。
「ほお、ユリよりはご自分の方が良いとお考えですか」
「そうでしょ、騎士家のユリさんよりはしっかりと教育を受けていると自負しております」
セバスさんはこちらを見たあと、少し考える素振りをされてゆっくりと口を開かれた。
「では、クロエ、今日はマリアと一緒にユリの代わりにお嬢様に付きなさい。ただし、マリアが君を不適切と判断した時はお嬢様付きは諦めなさい、宜しいかな。お嬢様はとてもデリケートでいらっしゃるので、よくよく考えて行動するように」
「ありがとうございます。セバスさん」
クロエは勝ち誇ったようにこちらをチラッと見て、マリアさんについて行った。
「ユリ、クロエの言うことはあながち間違ってない。今日はお嬢様にはクロエが付く、文字の学習と、マナーを我が甥のセルロスと一緒に学ぶと良い」
「はい」
確かに、お嬢様のお役に立つためには、私がお側にいて恥ずかしくない人間にならなければならない。お嬢様に頼って貰えるように!
「セルロスが従業員棟でソフィアに文字を習っているはずだから一緒に学びなさい。文字は書けるではなく、奥様や旦那様の手紙を代筆できるようにならなければ意味がございませんからな」
「はい!」
新たな目標ができた。お嬢様を導けるような人物になること、セバスさんありがとう!
従業員棟に行くと、侍女の先輩方に混じって手紙の書き方を学んでいる一人の青年の姿がある。
彼がセルロスか、黒髪の冷たそうな雰囲気の人ね、顔はまずまず、背が高くて、あら、意外と筋肉質ね。
「ユリどうしたの?」
侍女長であるソフィアさんが声をかけてくれた。
「セバスさんに文字を学習するように言われて来ました」
「ユリももう十一歳ね、いい時期だわ。そこに座りなさい。手紙はね便箋選びから大切なのよ。便箋は手紙を出す相手や、季節によって変えるものなの。私達侍女は、その便箋を旦那様や奥様、お嬢様の為に買い揃えておかなければならないわ」
ソフィアさんに言われ席に座ると、横に座っていたセルロスと目が合う。
なに、アレ感じ悪くない?すっごい嫌そうな顔したんだけど…。私、貴方と初対面よね?何?そんなに私の第一印象悪いの?
どんな字書いているのよ。
チラッとセルロスが書いている手紙に視線を向ける。
嘘、めっちゃ綺麗な字!
時候の挨拶も完璧!
便箋を選び、お題のお茶のお礼状を書く。マリアンヌお嬢様が同格の貴族に招かれた際の代筆が今回の私のお題だ。
難しい、自分が参加すらしたことの無いお茶会のお礼状、時候の挨拶以外全く進まない。時間だけが過ぎて行く。お礼だから、取り敢えず楽しかったってことを書けば良いのかな?
横からセルロスに覗かれた。
「おい、もうお前だけだぞ」
辺りを見回すと、侍女長のソフィアさんとセルロスだけ。
「も、もう少しで終わるわよ。最初だったんだから仕方ないでしょ」
急いで書いてソフィアさんに渡すと、セルロスが私の書いた手紙を横から読んでいた。
何、横から見てるのよ!
ソフィアさんの手前、怒鳴ることも出来ずにイライラしていると、セルロスが馬鹿にしたような顔をしてこっちを見る。
「ひっどい手紙だな、一応、貴族の娘なんだろ?」
セルロスの言葉に頭に血が昇る。怒りに任せてセルロスを睨みつけた。
「仕方ないじゃない!お茶会に行ったことがないんだもの!」
うちの領地は生活していくだけで、一杯一杯だったんだから!それすら難しくって、ここに奉公に来たのに!
「先週来た、伯爵令嬢だってこれ以上の仕上がりだぜ、何がマリアンヌお嬢様付きだよ!お前のせいでお嬢様の品格まで疑われるんだからな!」
「でも、行ったことがなければ書けないじゃない!彼女はきっと行ったことがあるのよ。彼女だけではないわ、ここに行儀見習いでいらっしゃる令嬢は皆、お茶会くらい普通に参加されているのよ!」
あーーっ、自分で言ってて惨めになって来た。
「だから、なんだよ?母さんや他の職業侍女の殆どはお茶会に客として参加したことがないんだぜ?」
え?
「母さん?」
「ユリ、セルロスは私の息子よ。ごめんなさいね口が悪くて、でも、セルロスが言っていることは事実よ。私やここで働いている職業侍女は皆平民よ。元貴族だったり、何代か前が貴族だったりはするけど、だから、お茶会や舞踏会に行ったことのない者が多いわ」
でも、ハンナさんはここで貴族の子女相手にマナーの講師をしている。その現実に打ちのめされた。
もしかして、マリアンヌお嬢様が道を踏み外したのは私のせい?ただ、小さい頃から側にいただけで大して能力もないのにお嬢様付きになり、満足なフォローも出来ないままお嬢様を不幸にしたの?
さっきまで、お嬢様は『ユリがいい』って呼び戻してくださるって思ってた。私はお嬢様のお気に入りだから、無条件でお嬢様付きで居られると勘違いしていた。
「なら、どうやって行ったこともない、お茶会のお礼状を書くのですか?」
「あら、客として参加していないだけで、その場にはいるでしょう?」
確かに、お茶を注ぎお菓子を運ぶ、タイミングを見計らい皿を下げる。それなら、何度も経験した。奥様はお茶会を開くのがお好きだから、そのお手紙を仕分けするお手伝いもした。あれは全て学ぶ機会だったんだ。
さっきから、私を小馬鹿にしたようなセルロスの顔に腹が立つ。
「行儀見習いで来ている令嬢達は貪欲だぜ、なにせ、嫁ぎ先がかかっているんだからな、自分を売り込む為に、少しでもここに来る客に少しでも自分をよく見せようと必死に学んでる」
見てなさいよ!私だって完璧な侍女になってやるんだから!
私はこの日を境に、完璧な侍女になる努力を始めた。