子爵夫妻の事故
ユリ目線に戻ります
秋も深まり街がクリスマスの準備で浮足だっている頃、シュトラウス子爵家のメイドから急ぎの手紙が届いた。シュトラウス子爵夫妻の乗った馬車が崖から転落したというものだった。シュトラウス夫妻は、近くの貴族邸に運ばれたものの、その日のうちに亡くなったらしい。学園にいるミハイロビッチに帰宅の手紙を届けたと書いてあった。
パブロ商会の会長夫妻もシュトラウス子爵邸へと急いでいるわね…。今回はきっと大丈夫よ。パブロ商会の会長夫妻が健在だもの。
差し当たり、ユリに出来ることと言えば祈ることと、パブロ商会の会長からの手紙を待つ事だけだ。
小説の通り、『ユリ』はリマンド侯爵家に、多額の借金を負う事となったし…。パブロ商会の会長夫妻が健在とは言え、楽観視は出来ないわね。
でも、小説のユリとは違って、私は悲観的では無いわ。シンが第二騎士団に所属できたし、なにより、私は『ユリ』と違ってお嬢様に仕える事を負担に感じていない。いつ首を切られるかビクビクしていた『ユリ』とは違う。まあ、私が首を切られてもシンが第二騎士団に所属しているから、借金返済はそのうちできるだろう。シンのお給料はお父様の倍以上だもんね。第二騎士団様々だよ。
シュトラウス子爵邸のメイドへの返事を書いていると、自室のドアをノックする音がした。ユリがドアを開けると、そこには不機嫌を隠そうともしないリサの姿があった。
「リサ、どうしたの?」
「ユリお姉ちゃん、いつから、ラティーナさんと仲良くなったの?」
頬を膨らませたリサの手には、ラティーナからユリ宛への手紙が握られている。
あっ、リサはラティーナ様が嫌いだったわね。ラティーナ様と遣り取りをしていることを知られると面倒ね。リサにはラティーナ様の想いの人が、セルロスでは無いと知られる訳にはいかないわ。
「ラティーナ様から魔法学園でのことを教えて頂いているのよ。お嬢様が入学されるまでに、沢山の情報が欲しいから、その代わりに、私はラティーナ様の買い物をしているの。持ちつ持たれつの関係よ。それ以外では無いわ」
ユリは知られては不味い部分を省いて、ありのままを話すが、リサは納得がいかいようだ。
「でも、ラティーナさん、意地悪だから、嘘をユリお姉ちゃんに教えるかもしれないじゃない」
「そうね。でも、買い物の内容は嘘ではないでしょう?なら、それだけでも十分プラスだわ。お嬢様が入学時には、素晴らしい物を前もって準備できるじゃない!利用できる者は意に沿わない人でも利用しなきゃ。お嬢様が快適にお過ごしになることが、私達が幸せに過ごせる一番の方法なんだから。後、リサ、ラティーナさんじゃ無くてラティーナ様。冒険者じゃなくて、今は立派なご令嬢なんだから!」
ユリの言葉に納得がいったのか、リサの顔が緩む。
「はい、気をつけます。はあ、もう、ユリお姉ちゃんはお人好しなんだから。はい、手紙。そうだね、ユリお姉ちゃんもずっとリマンド侯爵家に仕えるんだから、お嬢様の幸せが一番だよね。ラティーナ様だって利用しなきゃだね」
「そうよ。リマンド侯爵家の安泰こそが、私達が幸せに生活する為に必要なことよ」
没落なんてしたら、明日からの生活にもことを欠くようになる。次の雇用先が直ぐに見つかればいいが、そうもいかない。推薦状があれば、次の仕事は見つかるが、不祥事で取り潰しとなった家門の推薦状など役に立たない。
シュトラウス子爵家のメイドがユリに親切に手紙をくれるのだって、シュトラウス子爵が潰れたら、ユリが面倒をみる約束をしたからに他ならない。次の心配をしなくて良いから、最後までミハイロビッチに付き添うと約束してくれた。
「クリスマスが終わったら、ユリお姉ちゃんはお嬢様と一緒に領地へ戻ってしまうのよね」
「ええ、次に正式に王都へ戻って来るのは、お嬢様のデビュタントの時よ。でも、休みの時に社交界クラブへ顔を出す時はこちらへ泊まるわ。リサはサリーに付いてメイドから始めるのよね」
お嬢様は領地の運営を学ばれる為、クリスマスの帰省から領地でお過ごしになる。それは、リフリード様も同じだ。
リサは王都に残り、サリーに付いてメイドからスタートだ。ゆくゆくは、お嬢様付きの侍女になるのが目標らしい。
「うん。はあ、リフリード様がもう少ししっかりしていたら、お嬢様まで領地でお勉強なさることなんて無かったのに」
リサが言うことは最もだ。本来、侯爵としてリマンド侯爵家を引っ張っていくのは、リフリードの仕事だ。しかし、まだ、魔法の能力すら開花せず、他の勉強も著しく遅れている。そんなリフリードに家門を任せるのは、心許無いと、リフリードよりも、数段優秀なマリアンヌがその代わりを果たせるようにと、マリアンヌも領地の管理を学ぶ運びとなったのだ。
「そうね。でも、リフリード様にだけ任せて、何かあるかもとドキドキして暮らすより、お嬢様が関わることで少しでもよくなるなら、その方が私達使用人にとっては安心だわ」
「リサ、ユリお姉ちゃんと離れるの寂しいな。ユリお姉ちゃんも、リサとお兄ちゃんと離れるの寂しいでしょう?」
なんで、セルロスが出てくるのよ!私とセルロスが結婚をすることを望んでいるリサに、違うとは言えないじゃない!
「そ、そうね。私も寂しいわ」
明言は控え、言葉を濁す。
「そうだよね。ユリお姉ちゃんも寂しいよね。お兄ちゃんにも、ユリお姉ちゃんが寂しいって言ってたって言ってくるね」
そう、リサは言い残すと、さっさと部屋を出て行った。
「リサ、ちょっと待って」
嘘でしょう。セルロスとは毎日顔を合わせるのに…。
ユリは椅子へとへたり込んだ。




