シン ⑤
今日はシンの社交界デビューの日だ、シンは朝からガチガチに緊張していた。サリーとリサに見立てて貰った、真っ白な礼服に身を包み、緊張した面持ちで、言われた通りにエントランスへ向かう。そこには、美しくドレスアップしたリマンド侯爵夫人と、白い礼服に身を包んだフリードリッヒ様の姿があった。
「ブルグス卿、待っていたのよ」
コロコロと楽しそうに笑うリマンド侯爵夫人の横で、苦笑を浮かべるフリードリッヒ様。
何のことか分からず、シンがボーっとしていると、あれよあれよと言う間に、執事のセルロスに二人と同じ馬車へ押し込められる。
「フリードリッヒ、本当にマリーに会わなくていいの?」
リマンド侯爵夫人の言葉にフリードリッヒは、少し寂しそうな表情になる。
「マリーに会ったら、また、別れが辛くなりますから」
「そう?はあ、何でマリーの婚約者がリフリードなのかしら、嫌になっちゃうわ。フリードリッヒ、マリーと結婚する機会が巡ってきたら、私は全力で応援致しますからね」
何で俺はこの二人と同じ馬車に乗ってるんだ?
目の前で繰り広げられる会話すら、今のシンの耳には全く入って来ない。
「リマンド夫人、シンにちゃんとご説明なさりましたか?」
冷や汗を掻いているシンに、フリードリッヒが助け舟を出す。
「何の説明がいりますの?ユリに聞いたら、ブルグス卿には今日のパートナーが居ないと言っていたのよ。なら、ブルグス卿と貴方に私のエスコートを頼んでも何ら問題は無いわ。だって、主人は今日は仕事の為、お父様の側から離れられないんですもの」
「え、エスコート、で、ございますか?お、俺が?」
ちょっと、一体全体どうなってるんだ!何で俺がリマンド夫人のエスコートを?フリードリッヒ様はなんとなくわかる。でも、何故おれが?
「だとさ。まあ、借金の利子代わりだと思って諦めろ、シン。俺も母さんに言われたので来たんだ。母さんはリマンド夫人の元侍女だから俺に拒否権なんて最初から無い」
フリードリッヒはニヤニヤしながら、シンに視線を向ける。
あ、成る程、姉さんがリマンド侯爵家の侍女だから、俺にも拒否権なんか最初から無いわけだ。はあ、こんなに目立つ人達と一緒に会場入りするのかよ。勘弁してくれ。
こっちが素かよ。随分と性格悪いじゃん、フリードリッヒ様。
無常にも馬車は城へと到着した。シンはリマンド侯爵夫人に促されるまま、フリードリッヒと共に彼女をエスコートする。
「リマンド侯爵夫人。フリップ卿、ブルグス卿いらっしゃいました」
シン達が来たことを伝える声が、会場中へ響く。本当はそんなに大きな声じゃ無いのかもしれないが、シンにとっては城中に響きわたった気がした。
「お父様にご挨拶に参りましょう」
確か、爵位の順に挨拶するのだから、リマンド侯爵夫人は最初かもしれないが俺は一番最後だ。
シンがリマンド夫人から離れようすると、リマンド夫人からそれをやんわりと止められる。
「あの、うちは騎士爵ですので…」
「気にしないの、私のパートナーなのよ。それとも、私に最後の方で挨拶しろとでも言うの?」
一番最初とか無理だから、会場中の視線が注がれている気がする。ああ、もうどうにでもなれ!
シンはガチガチに緊張したまま、リマンド夫人に連れられて陛下に挨拶へ挨拶した。
「お父様、エカチェリーナでございます。今日はお父様が旦那様を返してくださらないから、若い騎士二人にエスコートして貰いましたのよ。夜会の時くらい、旦那様を返して下さいませ。フリードリッヒはご存知ですわよね」
「ああ、すまんかったな。フリードリッヒ、折角のデビュタントなのにエカチェリーナが迷惑を掛けた。埋め合わせはそのうち、必ずしよう。で、その者は?」
陛下はシンを指す。
「ブルグス卿ですわ、マリーの専属侍女の弟ですの」
「はあ、娘の侍女の弟もお前が自由にできるのか…」
「当然ですわ。そんなにブルグス卿が哀れと思われるなら、旦那様をとっととお返し下さいませ。そうしたら、ブルグス卿は解放して差し上げますわ」
「すまんな、ブルグス卿。デビュタントだというのに、エカチェリーナのエスコートをさせられて、これでは、婚姻相手さえ探せんだろう。そなた、希望の部隊はあるか?今宵の埋め合わせじゃ、近衛騎士とメープル騎士団以外であれば、希望の部隊へ配属させてやろう」
うそだろ?侯爵夫人をエスコートしただけで、希望の部隊への配属とか?
「どうした。遠慮はいらんぞ」
「では、第二騎士団に所属を希望致します」
「ほお、第二騎士団とは、何故、花形の第一騎士団では無く、魔獣討伐を生業とする第二騎士団なのだ?」
国の治安を守る第一騎士団。魔物の侵入を防ぎ、ギルドを管理する第二騎士団。物資の補給と道の整備を司る第三者騎士団。そして、辺境を守る辺境伯。これが、国のおおまかな軍力だ。
「はい、魔獣の討伐ができるようになりましたら、我が家の領地で魔獣が発生しても対処ができるからでござます」
そのせいで、今回マロー男爵から多額の借金をする事になったのだから。
「良い心がけじゃ。わかった、良いな宰相」
「陛下の御心のままに」
あれが、リマンド侯爵。現在の宰相閣下。柔和そうな風貌のひょろっとした男だな。鬼や悪魔だと言われているが、そんな雰囲気は全く無い。むしろ空気。それに、苦労人感半端無いんだけど、この天真爛漫な奥様に振り回されている哀れな亭主そのものじゃ無いのか?
目の前で繰り広げられている会話すら、頭の中に入って来ない。夢見ごごちで挨拶を終え、気が付いた時には、手にジュースを持っていた。リマンド侯爵夫人に連れられて彼方此方で挨拶をしてあれよあれよと言う間に、帰りの馬車の中だった。
「シン、侯爵夫人に御礼を。良かったな、これで、お前の後ろ盾がリマンド侯爵家だ。第二騎士団でも理不尽な扱いは受けないだろう。まあ、妬みで嫌がらせぐらいはあるだろうけどな」
そんな意図が…。
「リマンド侯爵夫人、ありがとうございます」
「ふふふ、気にしないで。そのうち、その恩を返せる時が来たら、返してくれればいいわ。私で無くても、マリーにでも」
朗らかに笑う侯爵夫人は決して、我が儘なだけの方では無かった。
シン目線 終わりです。




