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シン ④

「え、片付いたって?」


 驚きを隠せず、思いの他、大きな声が出てしまったシンの口を、ユリは慌てた様子で両手で塞ぐ。


「シーッ、声が大きい!この話を誰かに聞かれたら、よく無いのよ」


 慌ててコクコクと頷くシンの口から、ユリはゆっくりと手を離す。


「結論から言うわね。お嬢様が全て肩代わりして下さったのよ。少しづつ私が返していくって約束でね」


「ま、待ってくれ、どうしてそんなことになったんだ。いつ、家に借金があると、知ったのさ!」


 よほど混乱しているのか、矢継ぎ早に質問をしてくるシンを宥めつつ、ユリは水差しからコップに水を注ぐと、それをシンへ渡した。


「まあ、落ち着いてよ。ちゃんと説明するから。この話を聞いたのは、貴方が礼服を買いに行った日よ。その日いらっしゃったお客様、誰だか聞いた?」


 シンはゆっくりと頷いた。


「なら話は早いわ。その方が懇切丁寧に教えて下さったの。お嬢様を貶める為に、そんな借金のある家の娘は、お嬢様の専属侍女に相応しく無い。自分がお嬢様の専属侍女を用意すると仰ったのよ。わざわざ、マロー男爵を連れて来て」


 嘘だろ?家に借金があるから、姉さんを辞めさせろと言って来たのかよ。その借金だって、そのマロー男爵に騙されて負わされたものだって言うのに!


「それで、お嬢様はなんと仰ったんだ?真逆、姉さん、ここを辞める事になるのか?リマンド侯爵夫人は?」


「落ち着きなさい。で、奥様が執事を呼んで契約内容を確認して、さっさと支払ってしまわれたわ。そしたら、その方がえらくお怒りになって…、で、お嬢様が建て替えた形にして、私がお給料の半分を天引きという形でお支払いすることになったのよ」


 リマンド侯爵夫人からしたらドレス代くらいだろうが、我が家では爵位も領地も売り払っても、即返金などできる金額じゃない。それをポンと支払ってしまわれたら、フリップ伯爵夫人じゃなくても、他の使用人に示しがつかないとお怒りになるのはごもっともだ。


「給料の天引きって、なら、姉さんは借金が完済するまでリマンド侯爵家の侍女を辞めることが出来ないじゃないか!」


 これが最善の策だったと言うことは、よくわかっている。俺だって、あわよくばリマンド侯爵家に肩代わりして貰えたら、と、思っていたのも事実だ。最悪、領地を売り払い。妹達は母の実家である子爵家に身を寄せさせて貰って、俺と父は騎士団の宿舎に住み込み、母さんはメイドか侍女として住み込みで働くしかないと話合っていた。


 それでも、元本を返せるのは、領地を売った時のみだけ、後は、利子を払っていくのが精一杯だ。残りは見目の良い下の妹が、金持ちの商人や貴族の後妻や愛人として嫁いだ時に清算することになるだろう。


 だだ、今回も全て姉さんが全て背負ってしまうことに、申し訳無さと、やるせ無さで押しつぶされそうだ。


「最近は、それもいいかなって思ってたのよ。それに、ここの執事のセルロスと結婚の約束もしてるしね。セルロスには、お嬢様が学園に行くときは、私が付いて行きたがってるのを知ってるから、結婚するならその後だって了承してくれてるし。なにより、お嬢様の側を離れるなんて、私には耐えれないわよ」


 何より、お嬢様の側から離れることが苦痛と宣言する姉さんを見ていると、セルロスさんとの結婚だって、お嬢様のお側にずっといる為の手段のような気さえしてくる。


 姉さんからのフリードリッヒ様への手紙には、怖いくらいのお嬢様愛を感じたし…。あの内容は従者の域を超えて、ストーカーと言っても過言ではなかった。リマンド侯爵家の便箋を使えるとはいえ、毎回、十数枚お嬢様のことについて書いてあった。それを楽しみにしているフリードリッヒ様も大概だけど…。お陰で、検閲官には白い目で見られるようになったし、友達からは当然のごとく引かれた。


「姉さん、そんなにお嬢様のことが好きなのか?」


 シンが半ば呆れながら尋ねると、ユリはお嬢様の素晴らしさについて懇々と懇切丁寧に語る。


「うへーっ、よくわかったよ。お嬢様の素晴らしさは。で、俺も会える?マリアンヌお嬢様に」



「何よ。会いたいの?会いたいなら、きいてみてもいいわよ。でも、絶対に好きになったら駄目だからね。お嬢様に恋したって報われることは無いんだからね!」


 ユリは真剣な顔をして腰に手を当て、ビシッと指先をシンに向ける。


 はは、は、はは、大丈夫だよ。ただ、姉さんとフリードリッヒ様がそこまで入れ込むから、ちょっと気になっただけだし。宰相閣下にそっくりなお嬢様なんだろ?騎士学校の皆が噂してたから、知ってるってぇの。奥様に似ていらっしゃったら、まだしも、宰相閣下似だと、俺が惚れる訳無いじゃないか。これでも、面食いなんだぜ。まあ、姉さんとフリードリッヒ様は幼少期よりお側にいたから、可愛いだけなんだよ。ただ、借金を肩代わりして下さったことへの御礼も言いたいだけだからさ。


 翌日、シンはユリに連れられて、サロンへ向かった。マリアンヌお嬢様に御礼を言う為だ。案内してもらったサロンの椅子にちょこんと天使が座っていた。


 嘘だろ?あれがマリアンヌお嬢様?


 折れそうなほど細い腰に、少し女性らしくなってきた身体。真っ白な肌に日の光によってキラキラ光る金色の髪。凛とした表情ながらも、モーブの瞳と、真っ赤な唇以外は、透き通ってしまいそうな危う気な感じがする。


 まるで、教会で見た精霊の絵の様だな。姉さんやフリードリッヒ様が心配するのも頷ける。こんなに細いのに、ショックで伏せられたら、姉さんも心配で、側から離れられないだろうな。誰だよ。マリアンヌお嬢様が宰相閣下そっくりだって言った奴!似ているのは目の色だけじゃないか!


「ユリ、彼が?」


「はい、弟のシンです」


 ユリは、マリアンヌに見惚れているシンの足を踏んづける。


「ユリの弟の、シン・テーラ・ブルグスです。お嬢様におかれましては、我がブルグス家の借金を肩代わりして下さいまして、いくら感謝してもしきれません。なるべく早く、返済できるように、私も微力ながら精一杯努力する所存でございます」


 シンは腕を胸の所で曲げ、礼をする。


 シンは、見惚れていた割には、しっかりと礼を言えたことに胸を撫で下ろした。


「ユリ、頼りになる弟を持ちましたね。ブルグス卿、ユリにはいつも助けて貰ってますのよ。ですから、お気になさないで。それより、あの契約でユリを私の元に縛り付ける形となって、申し訳なく思っておりますの」


「そんなことを仰らないで下さい。お嬢様のお陰で、妹は意に沿わぬ結婚を強いられることも、領地を売ることもしなくて済んだのですから」


 マリアンヌの言葉に、ユリは一生懸命に感謝の意を示す。シンも、何度もその言葉を肯定するように頷いた。

 

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