シン ①
ユリの弟、シン目線です。
久しぶりの姉さんとの再会。姉さんは家の借金返済の為、リマンド侯爵家へ侍女として奉公に行った。家の借金が片付いてからは、俺が騎士学校に入る為のお金と学費を工面してくれた。自分の社交界デビューを諦めて、今回の俺の社交界デビューのお金だって、姉さんが出してくれる。一生頭の上がらない存在だ。
商会の馬車に間借りして王都を目指す。護衛に混ぜて貰う代わりに、王都へ旅費を払って貰うことが出来た。騎士学校を卒業したお陰で、交渉もスムーズに進んだ。
王都へ着き商会の一行と別れて、リマンド侯爵家を目指す。距離がある為、辻馬車を頼もうかと思って、商会の店員に相談したら、乗っけて行ってやると言われた。なんでも、商会の会長さんと姉さんは懇意な仲らしい。道中の旅費は掛からなかったものの、宿泊費も考えると少しでも節約したいのが本音だ。素直に頼む。
「騎士様、王都は始めてかい?」
御者席の横に座り、あまりにもキョロキョロと辺りを観ている俺に、商会の店員は呆れたように声をかける。
「ああ、そうだ」
田舎者だと言われたように聞こえて恥ずかしくて、ぶっきらぼうに返せば、嬉しそうに矢継ぎ早に話かけてくる。
「なら、貴族街に入るともっと驚きなさるぜ。リマンド侯爵家はそれ以上だ。何せあそこは別格だからな。貴族の屋敷に出入りしている俺でも、あれには驚いた。荘厳な門に美しい庭、その奥には白亜の豪邸が見える。その美しさは俺の少ない語彙ではいいあらわせられないぜ」
姉さんはそんな凄いお屋敷で働いているのか。
呆気にとられている間に、馬車は貴族の屋敷が建ち並ぶ場所へと入って行く。商会の店員は、王都が初めてのシンの為にあれこれガイドをしながら、馬車を走らせてくれた。初めての王都は活気溢れる世界だった。一度、貴族街へ入れば美しい景観に目を奪われる。馬車が進むにつれ、屋敷は大きく美しくなって行く。ある一つの屋敷の前で馬車が止まった。
「さ、あれが、リマンド侯爵邸だ。俺は、その先の屋敷に用事があるから、此処でお別れだ。また、何が用があれば商会にでも顔を出しとくれ」
「ありがとう。世話になった」
礼を言って馬車から降りる。目の前の門番らしき男にユリの弟だと名乗ると、少し待つ様に言われた。
門から覗き見える庭には、色とりどりの花が咲き乱れ、それは見事な光景が目の前に広がっている。奥に屋敷があるのだろうが、その姿は門からは覗くことが叶わない。
少し待っていると、侍女服に身を包んだ姉さんが慌てた様子で此方へやって来た。
「シン、良く来たわね。もう、裏門から来るからビックリしちゃったじゃない」
裏門?これは正門ではないのか、その事実に驚愕していると、姉さんは門番に何やら話し、門を開けて貰っていた。
「さ、行こうか、屋敷まで少し歩くわよ」
「お、おう」
言われるがまま、姉さんに着いて行く。綺麗に手入れされた庭を横目に数十分歩いているが、未だ屋敷には着かない。本当にこの道で合っているのか心配になって来た頃、奥に建物が見えた。
「姉さん、あれがお屋敷?」
「ふふふ、違うわ。あれは、厨房の一部よ。で、その奥にあるのが使用人が寝泊まりをする棟。シン、貴方も王都にいる間はそこに泊まっていいって、旦那様も奥様もおっしゃって下さったのよ。後で挨拶に行く時に、お礼を言わなきゃね」
領地にいた頃とは、比べものにならないくらに垢抜けた姉の姿にドギマギしながら、相槌を打ちつつ話を聞く。
「明日、貴方の礼服を見に行くんだけど、ちょっと仕事を抜けれなくて、代わりにサリーさんって先輩の侍女と、リサって言う侍女長の娘さんが買い物に付き合ってくれるし、オットーという馬子が馬車を出してくれるからちゃんとお礼を言ってね。代金は気にしなくても良いから、良いのを選んで貰って」
姉さんの口振りから、この屋敷で上手くやっている様子が伺えて安心した反面、嫉妬のようなモノが胸の奥底から湧き出る様な気がした。
何を羨ましいがってるんだ。姉さんは好き好んでこの屋敷へ奉公に来たわけじゃないのに。
「でも、あまり良いのを選んだら、支払いが大変だろ?」
新品の服自体が大変高価なものだ。それくらい、田舎者の俺にだってわかる。
「気にしないで、奥様が一旦立て替えて下さるって仰って下さったの。後から、給料から少しづつ返せば良いからって」
その言葉に、ここでどれだけ大切にされているかが伺える。
騎士学校時代だって、ギリギリの仕送り、過ぎた年齢だった為惨めな思いをしたっていうのに。先程、押し込めていた嫉妬心が蓋を開けて頭を擡げる。慌てて、それに蓋をする。
伯爵家の次男であるフリードリッヒ様は、姉さんの弟ってだけで、皆より少し年上の俺にも気安く接して下さった。そのお陰で騎士学校での扱いは、他の俺みたいな境遇の奴等よりだいぶマシだった。リマンド侯爵家の屋敷に居た時に、姉さんに色々我儘を聞いて貰ったと言っていらっしゃった。姉さんからの手紙を届けると、お礼にと菓子をわけて頂いた。それもこれも、全て姉さんの努力の賜物なのに。
「姉さん、大切にされているんだな」
ほんの少しの嫉妬を乗せてそう口にすると、姉さんは朗らかに笑った。
「ふふふ、私だけじゃないわよ、ここの使用人は全て大切にして貰ってるわ。世間では傾国だって言われている奥様も、冷淡な宰相閣下だと恐れられている旦那様も実はとってもお優しい方よ。国の為、国民の為に日々頑張ってらっしゃるわ」
まさか、姉さんの口からそんな返事が返って来るとは思わなかった。呆気にとられていると、機嫌良く屋敷を案内してくれる。
「ここが、シンが使う部屋よ。一階の突き当たりにお風呂があるわ、あまり遅い時間は使えないから気を付けてね。風呂番の下男のサットがお風呂の横の部屋に居るから、お風呂に入りるときは声を掛けて」
「使用人用の風呂に風呂番が居るのか?」
使用人が気軽に風呂に入れるってだけでも驚きなのに、それを準備するためだけの下男がいることに驚きを隠せない。
「そうよ。下男や馬子も使うから早目に入ってね。じゃなきゃ、彼等がお風呂に入るのが遅くなってしまうから。食事は皆、食堂で取るのが決まりなの。めいめいでトレーを持って自分で食べたい物の皿をトレーに乗せるスタイル。食べ終わったら、トレーを返して使った所を拭いてね。取り敢えず、お風呂に入ってから奥様にご挨拶に伺いましょう」
姉さんは俺を頭からつま先まで眺めると、風呂へ入るように勧めてくる。とても、奥様の前に出れる格好ではなかったらしい。
「わかった。でも、これが一番綺麗な服だぜ」
今着ている服に視線を落とせば、姉さんは少し困ったような顔をしている。この服も、このお屋敷の奥様に会うには相応しくないらしい。一応、王都に入る前に川で身体を洗い一番まともな服を着て来た手前、少しショックを受ける。
「わかったわ。着替えは私が借りて来てあげるから、さっさと入って」
風呂番の下男に何か言うと、姉さんはさっさと何処かへ行ってしまった。
男物の服を借りれるような相手が居るのかよ。それとも、ここの制服か?
シンは下男に促されて、風呂に入る。石鹸であちこち洗われる。良い石鹸を使っているのだろう、みるみる汚れが落ちてゆく。
姉さんの用意してくれた服は、着用感のあるトラウザーズとシンプルな白いシャツ。袖を通してみると、肩幅はぴったりで袖が少し長い。トラウザーズもウエストはピッタリだが裾が長かった。この服の主は俺より手足が長いのだろう。着た感じからこの服が、この服の主の為に仕立てられたことが分かる。この服の主に軽く嫉妬を覚えた。
社交会デビュー → 成人式のようならものだとお考え下さい。成人しましたよというお披露目。城へ申請して、それを元に、城で開かれる舞踏会への招待状が届き、白い礼服で参加。
ファンタジーですので…
男性は社交会デビューが無いと、教えて頂きましたが、設定上だと思っていただけたら幸いです。




