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竜討伐 ⑦

 ルーキン領へ入り、高級宿へ向かう。皇女様の説得はすんなりといった。拗ねてアーシェア国を飛び出したのはいいが、帰るきっかけが無く困ってらっしゃったみたいだった。


 一日、ルーキン領の観光にお付き合いし、宿で一泊されたのち、シャンデリアを持って翌日にはアーシェア国へ帰って行かれた。皇女様を見送った後、セルロスが声をかけて来た。


「ユリ、今からパブロ商会へ送って行くよ。俺はその足でギルドへ顔を出し、帰りには迎えに行くから」


「ありがとう。でも、それだと遠回りにならない?」


「まあ、多少は?でも、やはり護衛は必要だろ?それに、ルーキン領のギルドは伯爵がしっかり管理していらっしゃるから、特には問題はないだろうし、まあ、形だけの視察に終わるから大丈夫だよ。俺も丁度パブロ商会に用事があったし」


 ルーキン伯爵のことを信用しきった口振りね。ルーキン伯爵はジュリェッタのお爺ちゃんにあたる人。確か、ジュリェッタをハンソン様と一緒にジュリェッタを猫可愛いする人よね。あの、厳しい狸面からは想像が出来ないわ。


「わかった、すぐに準備してくるわ」


「ロビーで待っているよ」


 近々行くと手紙で伝えていたから、パブロ商会ではスムーズに会長室へ通される。会長の机の上は相変わらず、沢山の書類が積み上げられていた。


「ユリ様よくいらっしゃいました。今回も、セルロス様とご一緒にこちらへ?」


「ええ」


 会長、何でそんなことを聞くのかしら?


「全く、狭量な」


 会長がボソッと呟いた言葉はユリの耳には届かなかった。


 ユリが訝しげに思いながら、勧められるがままソファーへ腰を降ろすと、絶妙なタイミングで丁稚がコーヒーとケーキを出してくれた。


「ありがとう」


「どう致しまして。前に、会長とお話しされていた、バターケーキを作ってみました。これなら、保冷庫のない庶民でもケーキを口にできますね。どうぞ、感想をお聞かせくださいね」


 丁稚はニコニコとユリに話かける。一向に部屋から出て行く気配の無い丁稚に、会長は痺れを切らして部屋から出て行くように声をかけた。


「申し訳ない。あれでいて、仕事は良くできる気の良い奴なのですが、ユリ様のことをことの他気に入っておりまして…。うちには跡継ぎがおりません。一人娘も嫁に行きましたしな、実は、彼を養子に迎えてゆくゆくは、ここを譲ろうかと考えているのです」


 そうだったんだ…。


「ミハイロビッチ様へ譲られるものとばかり思っておりました」


「当初はその予定でしたが、あまりにも、彼の父親であるシュトラウス子爵の濫費振りに危機感を覚えましてな。シュトラウス子爵が存命のうちに、ミハイロビッチ様へパブロ商会を渡すと、シュトラウス子爵に食い潰されてしまうのではないかと…」


 あっ、それ、否定できないわね。というか、そうなるのが目に見えている。


 ユリが黙っていると、それを肯定と取った会長は続けて話だした。


「それで、あの丁稚を育て、ここを譲ろうかと考えているのですよ。潰してしまえば、従業員達の生活にも支障をきたしますからな。ミハイロビッチ様へ譲っても、しっかりとした番頭がいれば、あの子もやり易いでしょうから」


 普段の厳しい会長の顔では無く、孫を慮る優しい祖父の顔で会長は少し寂しそうに笑った。


「そうだったのですね。あの、私が今回こちらへ来た理由なのですが…」


 ユリは無理矢理話題を来訪理由へと向ける。


「ああ、そうでした。竜討伐の件でしたな」


「はい。竜討伐はかなりの危険が伴います。竜のブレスは広範囲でその全てを焼き尽くします。せめて、そのそのブレスが届かない外側のみで、支援活動をされることをお勧めいたします」


 討伐に参加した全てと言っても過言では無い人数の人が死ぬ。生き残るのは、あるパーティーに所属している人達だけだと本には書いてあった。多分、パブロ商会もこの竜討伐に巻き込まれて、店の根源となる人達が死に倒産へと追い込まれるのだろう。


「ふむ。たしかに旧オルロフ領を壊滅に導いた竜討伐や、ユリ様の進言を加味し、計画を練り直す必要がありますな…。ところで、そのブレスなのですが範囲はいかほどでございましょう」


 本では、荒野とその周辺の村々まで被害が及んだと記されていた。


「近くの村も危険かと…」


「そうですか、流石リマンド侯爵家と申し上げるべきでしような。その辺りもしっかりと調べが進んでいるとは。ありがとうございます。貴女と縁を結べたことは我々にとって、最も有益なことです。ユリ様、何かお困りごとがございましたら、何なりとお申し付け下さい。私やこのパブロ商会でお役に立てることでしたら、どんなことでも力をお貸し致しましょう」


 会長は深々とユリに頭を下げだ。


 旦那様がお調べになったことだと思われたのね。まあ、それが無難ね。私の何の信憑性のない妄言よりは、旦那様の裏打ちのある言葉とする方が信憑性はあるから。


「あの、このことは他へは」


「わかっております。この話は、決して他言致しませんので、どうぞご安心下さい。ユリ様がどうして、ここまでいらっしゃったのかが、わからない馬鹿ではございません」

 

 これでパブロ商会が潰れる危機は去ったはず、なら、ミハイロビッチが借金取りから逃げ回る未来は回避できたかな?


 後、一年以内にシュトラウス子爵が亡くなる。まだ、その原因はわからない。でも、このことが原因で、ミハイロビッチの人生は大きく狂い出すのよね。


「あの、ミハイロビッチ様がこの春から、魔法学園へ入学されるとか」


「そうなんですよ。あとは、婚約者さえ決まれば言うことがないんですが、彼の父親はアレでございますので、纏まる話も纏まらず…」


 親の散財癖は、どの世界も子供の結婚にまで大きな影響を及ぼすものよね。


「そうでしたか」


 会長としては、ミハイロビッチが学園を卒業次第、結婚して爵位を継ぐことを望んでいるんだろうけど、その相手が見つからないのではどうしようもないのが、今の現状なのだろうな。


 ミハイロビッチは、ゲーム版の男主人公の一人とあって顔は良いが、あの父親ごと引き受けてくれる令嬢は早々居ないのが現実だわ。それに、シュトラウス子爵の最初の奥様は王兄殿下の愛人の子だし、中々難しい家柄だ。それなりの爵位がないと援助をしたからと言って、安易にシュトラウス子爵への口出しも出来ない。


 だから攻略対象の一人なんだけどね。隠しキャラのフリードリッヒ様は別として、他の後略キャラはその生い立ちに闇を抱えている人物ばかり、フリードリッヒ様はモブなのにあまりにもファンが多くて、脇役だけど是非攻略したいというユーザーの願いのもと、無理矢理隠しキャラとして登場したのよね。だから、彼のルートだけ話に無理があるのよ。


 もとネタのジュリェッタとの関係が叔父と姪だから、ミハイロビッチルートなら、一緒に仲良く暮らすというエンド。小説を読んでないと、若干物足りないと感じる人も多いだろうな…。


 ドアをノックする音がして、セルロスが入って来た。


「セルロス、早かったわね」


「ああ、ここのギルドは何ら問題が無かった。会長、普段からギルドへのご協力ありがとうございます」


 セルロスの言葉に、会長は取ってつけたような顔で柔かに言葉を返す。


「リマンド侯爵家の執事殿が、こうちょくちょくいらっしゃいましたら、ギルドも不正など出来ないでしょう。執事殿のお陰でございますな」


 うん?なんなの嫌味っぽく無い?


「ユリは私と結婚の約束をした相手です。他の者に護衛を任せる訳にはいきませんから。会長、私の婚約者にいつもお気遣いありがとうございます」


 えっ、会長にまで、その嘘の設定突き通すの?必要無くない?というか、わざわざ、自分から言う必要無くない?


「ユリ、もう用事は終わった?」


 ユリは、わざとらしく腰に手を廻し、エスコートしてくるセルロスに若干引きつつも、振り払うことはせずに甘受する。


 もしかして、パブロ商会の従業員にも、セルロスに言い寄って来る人が居るのかな。どれだけモテるのよ、皆こいつの本来の姿を知らないから、執事然としているセルロスに騙されてるだけなんだわ。まあ、リマンド侯爵家の名があるから、そうせざるを得ないんだろうけど。


 釈然としない気持ちに蓋をし、婚約者を演じる。


「ええ、終わったわ。迎えに来てくれたの?ありがとう。会長、今日は急な申し出にもかかわらずお時間を取って頂きありがとうございました」


 会長はちらっと面白く無さそうにセルロスを見てから、ユリに向かってセルロスに向けるのとは別の、自然な笑顔で応えた。


「いや、いや、こちらこそありがとう。困ったことがあれば、いつでもご相談下さい。いつでも、私は貴女の味方ですから」

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