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竜討伐 ⑥

「私のお母様は旧オルロフ侯爵家の娘です。父は没落しかけたクラン子爵家を再興する為、お母様に近付き婚姻をしました。お母様は生来より身体が弱かった為、あの竜討伐でオルロフ侯爵家が断絶したと知ると、体調を崩し、それが元で亡くなりました。その後、お父様はすぐに新たな義母と兄妹達を連れて来たのです。私にとっては青天の霹靂でした」


 え?聞いた話と違う。


「オルロフ伯爵はそれについて何も言われ無かったのですか?」


「叔父は良くも悪くも、自分の利益にならないことには無関心ですから…。虐待こそされませんでしたが、そこに私の居場所はありませんでした。温かな家族とそして、それとは切り離された私。父からの愛情は勿論、義母様が私を気にかけてくれることも。お母様の侍女であるサンドラと、その娘であるカエラが私の面倒を見て愛情を注ぎ育ててくれました。ある日、偶然聞いてしまったのです。お父様とお義母様の会話を…」


 この話の流れ的に、良い話ではないわよね?


 恐る恐る尋ねる。


「どんな会話だったのですか?」


 彼女の顔を見る。ここにあの天真爛漫なラティーナは居ない。ただ、寂しげな似合わぬ派手な冒険者の服を纏った子爵令嬢の姿があった。


 子爵家への援助の条件。それは、オルロフ侯爵令嬢が産んだ最初の子が、成人と同時に子爵家の全ての実権を貰い受けるというものだ。それは正式に書面にされ、陛下がサインをされ王都裁判所に提出された。そうなると、何人たりともそれを覆すことのできない。その事を知った夫人がラティーナの殺害計画を立てているという話だった。


 ラティーナはそれを阻止する為、魔法学園に入る16歳になるまでサンドラとその娘カエラを連れて、別荘で暮らすことにした。だが、ラティーナが子爵家の実権を握るのを心良く思わない義母は、娘の恋人をラティーナと婚約させた後、ラティーナを殺し、自分の娘と結婚させる計画をたてる。それを知ったラティーナは、彼の両親がラティーナを婚姻相手として相応しくないと思ってもらえるように冒険者となった。


 確かに、希望通りラティーナの評判は地に落ちたけど、これじゃあ、ラティーナと結婚すれば、子爵家が手に入るとはいえまともな婚姻は無理なんじゃない?この国では結婚しなけば、いくら書付があるとはいえ爵位の継承はできないのに…。


「ラティーナ様、これでは妹の恋人との婚約は免れても、ラティーナ様と結婚をしたいと思われる方がいらっしゃらないのでは?」


「実は私には将来を約束した恋人がいますの。誰かはお教えできませんけど」


 ラティーナは楽しそうに笑い、人差し指を自分の唇に軽くあてる。


「どうして、セルロスを」


 リサから、ラティーナがセルロスに結婚まで迫っていると聞いている。リサが嘘を吐くとは思えない。


「セルロスには盾になって貰ってるの。彼はリマンド侯爵家の執事でしょう?それだけで、魅力的な人物だわ。でも、平民。子爵家の当主になるには少し条件が足りない。能力は下手な貴族家の子息以上、これが、世間のセルロスに対する評価よ」


「能力的には申し分ないが、身分が足りないので、ラティーナ様との婚姻は難しいが、決して不可能ではないと」


「そう、そして、私が彼にぞっこん。ですけど、リマンド侯爵家の後ろ盾がある上、セルロスは私に気が無い。そして、ユリさんとセルロスは将来を約束した仲なんでしょう?だから、セルロスが狙われることは有り得ない。こんな良い隠れ蓑、他には無いわ」


 子爵家の令嬢が冒険者とは、凄く思い切ったものね。

母君が侯爵家の出ですから、魔法の能力は高いでしょうが、他の冒険者にまじり魔獣を倒す仕事は決して楽なことではないと想像に固い。


「冒険者ともなれば、ご苦労が絶えないのでは無いのでは?」


「心配してくれるのね、ありがとう。でも、大丈夫よ。私のパーティーはもとオルロフ侯爵家に仕えていた騎士や魔法使いなの、私がクラン子爵家を貰い受ける時に、クラン子爵家に雇い入れる者達よ。お爺様が私に残してくださったと思っているわ。今の使用人達は、誰一人として信用出来ないから」


 ラティーナの言葉から、クラン子爵家での彼女の処遇が偲ばれる。安心して、過ごすことのできない家より、気心の知れた者達と、旅をして過ごす方がよっぽどマシな生活なのかもしれないわね。


「どうして、この話を私に?」


「貴女には伝えるべきだと思いまして。セルロスと結婚の約束をなさっているのでしょう?なら、私は、貴女の心を乱す存在でしかありませんもの」


 これじゃあ、私とセルロスの関係が嘘だって言えないじゃない!こんな重い話をされて、実は、セルロスの女除けの為に婚約者やってますって言い出せる気がしないわ。


「ラティーナ様はいつ魔法学園にご入学なさるのですか?」


「この春よ。だから、冒険者生活も、もうお終いなの。学園へ入れば私の生活が脅かされる心配も無いわ。あっ、そうだ、ユリ様、お願いがございますの、私と手紙の遣り取りをして欲しいのです。後、御面倒でなければ、学園で必要な物の調達をお願いしても良いかしら?勿論、お礼は致します」


 ラティーナは遠慮がちにユリへ申し出る。


 学園に入ってから、行事の度にいろんな物が必要になる。それらを全て、休みの日に購入してまわるのには無理がある。本来なら、実家にお願いして調達するのだが、ラティーナはそれが叶わない家庭環境にある。


 私にとっても渡りに船だ。お嬢様が学園に入学される前に学園のことをあれこれ教えて貰えるし、その準備を手伝うことで、何が必要なのか前以もって知ることができる。なんなら、先に手配しておけば、リマンド侯爵家がバタバタしていても何ら支障が無い。これで、少しは学園での生活に不自由をかけなくて済むわ。


 それに、フリードリッヒ様とミハイロビッチ様と一緒に魔法学園へ入学するんでしょう、学園での噂話を手紙で教えて貰えるかもしれない。


「勿論です。ですが、私のセンスで大丈夫でしょうか?」


 ラティーナは破顔して、ユリの手を取り喜んだ。


「ありがとうございます。サンドラでは少し心許なかったので助かります。ユリ様は社交クラブに出入りされているのでしょう?なら、流行には敏感に対応していただけるわ。それに、あのリマンド侯爵家の侍女ですもの、センスは期待しているの」


 ドレスやアクセサリーの合わせ方、選び方をクロエに叩き込まれていて良かった。前のままのセンスでは、ラティーナ様にも迷惑がかかる所だった。今はそれなりになったと自負している。奥様の侍女であるサマンサさんにも、やっと及第点を頂けるようになったし。

 

「社交クラブは末席に名を置かせて頂いているだけですので、あまり期待しないで下さいませ。あの、ラティーナ様が学園へ入学されたら、パーティーの方々はどうなさるのですか?」


「皆、竜討伐に参加すると言っているわ」


「それは駄目です。決して、それだけはなさってはなりません。竜討伐は危険ですし、たった一人に爵位が与えられるだけで、他の方には何も利益がありません。何故なら、殆どの冒険者が亡くなることが前提ですから…」


 ラティーナは口を閉ざし、顔を硬くして考え込んだようだったが、ゆっくりと顔を上げ真意を測るようにユリを見据えた後、ニッコリと笑む。


「ご忠告ありがとうございます。美味しい話には必ず裏がありますものね。私も、信頼できる人間を無くす訳には行きませんわ。竜討伐への参加は取り止めるように、皆に伝えます」


 良かった。ラティーナ様の未来が明るいものになりますように。


 そう願わずにはいられなかった。

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