竜討伐 ⑤
「左様でございましたか。お嬢様専用の馬車で」
そうよ、普通でしょう?という表情を作る。真似るはクロエ。彼女はどこかへ出向く時は、自分専用の馬車をリマンド家に持ち込んでいた。リマンド家に侍女として働きに来なくても良い。頼まなくても、沢山の良縁が入ってくる名家の御令嬢だ。でも、自分で自分の結婚する相手くらい選びたいって言ってたのよね。
「ええ」
「で、本日はどのような御用件で」
それも確認する間もなくこの部屋へ入って来たのね。まあ、自分が居ない間に余計なことを話されても困るか。ギルドの情報網に頼って、仕事をサボってるからこんなことになるのよ!
「竜討伐について、宰相閣下より調査をしてくるように申しつかりました。城からの伝達がしっかりと、その内容と違う事なく実行されているかの確認ですわ」
ユリの言葉に、ギルド長の隣りに座っているセルゲイが狼狽している横で、ギルド長は柔かに答える。
「そんなことですか、うちのギルドは全く問題ございません。適切に処理をしております。冒険者も沢山集まっておりますし、本日の午後、集まった者達を送り出す予定でございます。その様子も見学なさいますか?」
「ええ、是非。中々、そのような場面見ることが出来ませんもの。さぞ、圧巻なのでしようね。では、形式ではございますが、この書面の内容をご確認の上、サインと押印を」
ギルド長は書面を受け取ると、サラッと内容を確認する。
「これは、どういうことでしょう?不正があった場合は、ギルド長とその担当責任者が責任を取り辞職と明記してありますが?」
ギルド長の顔色が明らかに悪い。
「あら、先程申されていた話に相違ありませんって、確認ですわ。形式的なことで申し訳ないのですが、このサインと押印を貰ってくることが今回の私の仕事ですの。全てのギルド長から頂いてますのよ」
こう言われれば、ギルド長は断ることも、渋ることもできない。渋々ながら、サインと押印する。
それを敢えて無邪気に受け取り、サインと押印に誤りが無いか確認し仕舞う。
「ありがとうございます。これで、この街を離れられますわ。でも、素敵な街ですから、数日見て回るのも良いかもしれませんわね」
丁度、部屋をノックする音がして、セルロスが入って来た。
「おい、無礼だろう!リマンド家の侍女様がいらっしゃってるんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすギルド長を制し、セルロスへ拗ねるように微笑みかける。
「セルロス、待ちくたびれたわ」
「申し訳ございません。お嬢様」
ユリの言葉にギルド長が青い顔になって、必死にセルロスへ謝罪する。
「申し訳ございません。侍女様の従者様とは存じ上げず」
このギルド長、ギルド職員の顔も覚えてないの?頭が痛くなって来た。どれだけ、出勤してないのよ。
「まあ、いいわ。で、いつ冒険者達は出発するの?」
「もうそろそろかと」
セルゲイが答える。
「なら、見に行きましょう」
応接室を出て、冒険者達が集まっている所へ赴く。そこには、大勢の冒険者達が第二騎士団員に一人一人バックルの確認を受け続々と馬車へ乗り込んで行く。
竜討伐が始まると実感が湧く。この人達の殆どは、生きてここへ戻ることの無い現実に気分が滅入る。
ホテルへ入ると、セルロスにサインをして貰った書面を渡す。
「よし、これで証拠と誓約書が揃ったな、ギルド長を罷免できる。さ、今晩はここに泊まって、明日、ルーキン領へ向かおう」
機嫌よくセルロスは、書類を鞄へしまった。
コンコンと、ドアを叩く音がする。セルロスがドアを開けると、ベルマンがセルロスに客が来ていることを告げた。
「どうしたの?」
ドアを閉め、疲れた様子のセルロスがなんとなく気になり尋ねると、彼は小さく嘆息し、此方を見た。
「ユリ、だいぶ前、ルーキン領のパブロ商会で俺に話しかけて来た冒険者、覚えているか?」
「ええ、覚えてるわ」
「彼女が来ている。下で騒がれると厄介だ、部屋へあげても良いか?」
「ええ」
何となく良い気分では無いが、駄目とは言えない。
あの赤髪の、えーっと、名前はラティーナさんだったような。何故、彼女はセルロスがここへ泊まっていることを知っているのだろう?
セルロスはドアをもう一度開けると、ベルマンに彼女を部屋へ通すように告げだ。
「この街で会う約束でもしてたの?」
「いや、この街に来ることは伝えてない。多分さっき、冒険者ギルドで見かけたんだろう」
確かに、この街で貴族用の宿はここだけだけど…、いったい何の用事があって、わざわざ訪ねて来たんだろ?
ラティーナがベルマンに案内され、部屋へやって来た。
「ヤッホー!セルロス!会いたかったわ!」
ご機嫌で出会い頭セルロスへ抱き着こうとするが、セルロスにサラッと交わされていた。
「まあ、そこにでも座りなよ。水でいいかな?」
セルロスに促され、ラティーナはソファーへちょこんと座る。
「へへへへ。お構いなく」
水差しからグラスへ水を注ぐと、セルロスはラティーナの前に置き、自分はラティーナの正面の一人掛けの椅子に腰を下ろした。
ラティーナが部屋へ入って来たので、ユリは個室へ入るタイミグをすっかりなくし、ソファーへ座ったまま席を立てないでいる。
「で、何の用事があるの?」
「セルロスに逢いに来たに決まってるじゃない!林の中で見かけて、声を掛けたのに馬車に乗せてくれずに置いていちゃうし」
ラティーナはほおを可愛く膨らませ、少し拗ねた素振りを見せる。
「リマンド家の任務で来てるんだ。乗せられるわけないだろ?それに、急いでたんだよ」
「ふーん。じゃあ、横に乗ってた冒険者の女も、同じ任務なんだ」
ラティーナはチラッとユリを見た後、セルロスに口を尖らせて問う、
「ああ、そうだ。彼女には別の宿に泊まって貰っている」
「ふーん、なら、私が代わってあげようか?その依頼、この侍女様の警護なんでしょう?だから、女の冒険者なんだよね?私も女だし、それに私はセルロスも知ってる通りB級ハンターだし、うん、それがいいよ!」
「勝手に依頼者の変更が出来ないことくらい、冒険者なんだから知ってるだろ?」
ラティーナは凄く不服そうだ。
「ちぇ、折角、セルロスと一緒に旅行出来ると思ったのに!ねえ、これからは、ラティーナを個人指名してよ」
セルロスは大きく息を吐くと、呆れ顔でラティーナに目を向ける。
「あのな、討伐じゃないんだ。どこに居るかわからんお前に、依頼書が届く前に業務が終わるよ」
そう、ラティーナに告げるとセルロスは居住まいを正し、真剣にな表情になりラティーナに向かって頷く。
「まあ、そうね。こちらの侍女は一度お会いしたことがあるわよね。私、ラティーナ・オルロフ・クランです。クラン子爵家の長女でございます」
ラティーナは立ち上がって、淑女の礼をユリに向かってとる。
ユリはラティーナの、先程とは全く違う淑女としての佇まいに面食らう。
どちらが本当の彼女なの?
「私はリマンド侯爵家の侍女、ユリと申します。あの、オルロフ家とは、ラティーナ様のお母様はオルロフ伯爵の…」
セルロスが何も言ってこないので、名前のみ名乗る。家名を言えば身分がバレる。現時点で、それは得策ではない気がした。
「オルロフ伯爵は私の叔父です。ユリ様、セルロスと仲が宜しいのね…。ユリ様、少し昔話にお付き合いくださいませんか?」
ユリはどうしたものかと、セルロスに助けを求めると、セルロスは聞いてやれという風に目配せすると、席を立つ。
「長くなるだろ?彼女が帰ったら起こしてくれ、少し寝る」
そう耳元で言うと、さっさと個室へ入って行った。
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