竜討伐 ②
今回は急いでいる事もあり、街道沿いでは無く山道を行く。野盗や山賊等の不成者が出やすい道だ。王都を出て、街を過ぎた所でセルロスが包みを渡す。
「この中に冒険者の服が入っている。幌の中でこれに着替えて。そのいかにも令嬢ですって格好だったら、襲ってくれと言ってるもんだ。これだけで随分と危険度が下がる」
セルロスから包みを受け取ると幌の中に入りそれに着替える。何故、今回、自分が選ばれたのかが良くわかった。身を守る為とはいえ、流石に、伯爵や子爵令嬢に冒険者の格好をしろとはいえないわよね。かと言って、職業侍女の方々は年配だし…野営は堪えるよな。ま、御令嬢の方々も野営は難しいか。
なんだかんだ言って、自分が一番適任であることには変わりない。貧乏騎士家の令嬢なんて平民と大差ないもんね。私が行かなきゃ、サリーが行くことになったのかな?
ただ唯一の旦那様付きの侍女だから、サリーが居なくなると旦那様にご不便をかけるよね。
簡素な冒険者の服に着替えて、一緒に入っていたフード付きの外套を羽織る。
「案外、似合ってるじゃないか。よし、林を突っ切るぞ。まあ、竜討伐の依頼が出ているから、普段よりは野盗に会う確率は低いだろが、用心するに越した事はないからな」
セルロスも冒険者の格好に着替えていた。腰には短剣。背中には大きな剣を携えている。
そう言えば、フリードリッヒ様の剣術の相手をしてたっけ。
極力目立たないように急いで馬車を走らせる。
「このまま、誰にでも会わなけれいいんだが」
先の方に数人の冒険者のパーティーが見えた。
「面倒なことこの上ないが仕方ない。ユリ絶対に喋るなよ。後、外套を深く被ってろ、一度目を付けられたら厄介だからな」
セルロスは自身もフードを目深に被り、そのパーティーを無視して馬車を進める。
ん?赤い髪?
その冒険者達の横を通り過ぎるとき、一人の冒険者の外套から、一瞬赤い髪が溢れたような気がした。
後から叫ぶ声が聞こえる。
「おい、乗せてくれよ!方向は一緒だろ?」
「冒険者同士助け合うものだろ!」
セルロスは馬車のスピードを上げた。冒険者達が見えなくなってから、セルロスに声をかけた。
「どうして無視したの?」
「ああ、この馬車にはシャンデリアが積んである。彼らに信用がない以上馬車に乗せるわけにはいかないからね。馬車を停めると乗せてくれと無理矢理馬車に乗って来る奴らかも知れないだろ?」
悪い人達には見えなかったが、確かにシャンデリアを積んでいる以上、警戒する必要があるのだろう。
「そっか」
「ああ、悪いが、今日は彼らが確実に追いつけない距離を稼いでから野宿をする。もう少し我慢して欲しい」
正直、長時間馬車に揺られお尻も痛いし、疲れも溜まり、そろそろ休みたいけどそれは叶わないらしい。
「この道、人通りが少ないよね。今日一日馬車を走らせたのに、出会ったのはあの冒険者グループだけだし」
「ああ、本来、この道は辺境へ軍や物資を効率よく送る為のものだ。途中に町や村がないし、宿も無い。行商人は途中の村や町で商売をしながら旅をするし、冒険者達もよっぽど急ぐ用事や依頼でも無きゃ使わない」
なら、あの冒険者達も急ぎの用があったのね。もとから、人通りが少ない道なんだ。
「魔獣は出ないの?」
「数は少ないさ。ただ、大きなものが生きていく環境ではないかな。定期的に軍が往来して討伐しているからね」
日が傾きかけるまで馬車を進め、少し開けた所に停めて食事の準備をする。
「ユリ、火は起こせるか?」
これでも貴族の端くれ、それくらいならお安い御用だ。
「ええ、ここに火をつけたらいいの?」
薪を積んである簡易竈を指すと、セルロスはそうだと頷く。
「便利なものだな。流石、貴族様だ。俺が使える生活魔法は水を出すくらい、母さんに貴族の血が入っているから使える。父さんにも入ってるらしいんだけど、薄くてこっちは無意味さ、父さんは全く使えない」
セルロスは竈に鍋をかけて、水を淹れ干し肉と野菜を煮込んでいく。手慣れたものだ。
「私は魔力が少ないから、どれも少ししか使えないわ。お茶を淹れたり、お風呂を温めたりするのは便利だけどそれが精一杯よ」
魔力は、貴族としての血が濃い程強い。どんなにお金があってもこればかりはどうしようも無い。全世界に支店を持つと言われるローディア商会でも、その壁を越えることは難しく、陞爵することが叶わないのはその為だと社交クラブで聞いた。
ローディア商会の会長が、リフリード様の叔母さまを何番目かの妻に迎えたのも、魔力を取り込む為なんだろうな。その時、沢山のお金が動いたと聞いたわ。
まあ、ミハイロビッチのお母様もパブロ商会の娘で、現に今も沢山のお金がシュトラウス家に流れているんだけど…。なら、お金で買えるのかな?でも、その金額は計り知れないわ。
セルロスは鞄からサンドイッチを出し炙ると、スープを器へ盛り付け、サンドイッチと一緒にユリへ渡した。
「熱いから気を付けろよ」
「ありがとう。手慣れているのね」
スープとサンドイッチを受け取る。サンドイッチはチーズが程良く溶けて食欲をそそる。
「まあな、一通り鍛えられた。ただ、火を起こすのは苦手でね。ユリが一緒に来てくれて助かったよ」
火打ち石で火は付けられるが、基本的に一般家庭では、竈に常に火種を残して置く。火打ち石で火を付けるのはなかなか困難で根気のいる作業だからだ。間違って、火種を消しても、街や村なら火種売りから買えば良いし、隣の家から貰うことだってできる。だが、こうやって旅をする場合は、自分で毎回火を起こす作業が付き纏うわけか。
「役に立てることがあって良かったわ」
邸を出てから、火を起こすまではただのお荷物だった自覚がある為、その言葉は正直有り難かった。
「こうして、旅をするにあたって、火起こしの技術は生死を別けるからね。ま、だから、皆街道沿いを旅するんだけどね。ユリには申し訳無かったけど、正直言って、ユリとこうして旅をできて良かったと思ってるよ」
セルロスの言葉にドキッとする。
落ち着け、火魔法が使えるから言ってるだけで有って、他の意味はないのよきっと、ほらさっき、火起こしが苦手って言ってたじゃない。火を起こせないと、こんなに温かいスープも炙ったサンドイッチも食べれないものね。
気持ちを落ち着けるようにスープに口を付ける。温かな液体が身体に染み渡り、冷え切った身体を温めてくれる。
「美味しい」
サンドイッチにかぶりつく。こちらも、蕩けたチーズがハムに絡まり少し焦げたパンが香ばしくとても美味しい。お腹が減っていたこともあり無言で食べ進める。お腹が満たされて人心地着いたころ、顔を上げると斜め向かいに座るセルロスと目が合った。
「口に合ったようで良かったよ」
少し、笑いながらそう言われて少しむっとした。
「実家にいた時は、野菜クズのスープに、硬い黒パンが定番メニューだったからね。これでもご馳走よ」
私の言葉にセルロスは目を丸くした。
「嘘だろ?ユリ、騎士家のお嬢様だったよな?」
「騎士家って言っても、相当貧乏よ。シンは領民と一緒に畑を耕していたし、お父様も駐屯地での業務がない時は畑に出ていたわ。乳母は居ないから、お母様と私、そして侍女が双子の面倒を見てたし。当然、実家にいても社交界デビューなんて出来なかったわよ」
セルロスは思い詰めた様な顔をして口を噤む。
「ちょっと、どうしたの?思ってたのと違った?」
まあ、この現実を聞けば騎士爵に夢が持てなくなるだろな。ショック受けたよね。ちょっと悪い事をした気分になったわ。
「ああ、俺は大変な思い違いをしていたことに気が付いたんだ。」
そうよね、貧乏貴族とは言っても爵位持ちが、街の人達以下の生活をしているとは思わないわよね。これじゃあ、夢が無いわよね。
「思ってたのとだいぶ違った?」
「ユリ、今まで済まなかった。知らなかっただけだったんだな。なのに、そのことに対して、辛く当たってしまってた。一族の者達より、出来が悪いのはユリが生家で怠けていたせいだと思ってた。実際には、それを学ぶ余裕すら無かったんだな」
そっち、まあ、こっちに来てからいくらでも学ぶ機会はあったんだけどね、それに気が付かなかった私も悪かったんだけど…。
「いいわよ。過ぎたことだし、無知だったのは事実だしね」
実際、セルロスが気付くきっかけを与えてくれた訳だし、そのお陰で、バッドエンド回避の糸口もこうして見えてきたしね。
明日も更新致します。




