竜討伐 ①
旦那様の執務室の隣りの小部屋で、書類と格闘しているセルロスに声を掛ける。
「一週間ほど、休暇の申請をしたいんだけど」
セルロスは書類に視線を向けたまま返事をした。
「一週間か、中途半端だな。どこに行くんだ?」
実家へ帰るには足りないし、王都で用事を済ますなら一日あればこと足りるものね。不思議に思うのは仕方ないか。
「ルーキン領のパブロ商会へよ。会長に会いに行くの」
「ああ、丁稚が来てたな。わかった。だが、休暇では無く業務として一緒に行こう。丁度、旦那様からルーキン領へ出向く仕事を言い渡されたばかりだ。それに同行してくれ、中一日休みをやるからそこで会長に会えば良いだろ」
そうして貰えると正直助かる。業務で行くのなら、護衛を頼むお金も馬車代もかからない。
「わかった。で、いつから行くの?」
最短で行くなら野営もするだろうし、準備が必要よね。
「明日、ここを出る予定だ。急で悪いな」
ノックの音もせず、ドアがガチャリと開き、先程厨房の入り口で見た男が入って来た。
「セルロス、これはどう処理する?主にそのまま振って大丈夫か?」
「クロウ、邸ではノックしろと何度も言ってるだろう!」
セルロスはやっと書類から目を離し、入って来た男を睨み付けた。クロウと呼ばれた男は全く気にする風でも無く、セルロスに書類を渡す。
「まあまあ、そう固いこと言うなよ。お前も、オレがこんな性格だって知ってるだろ?ちゃんと、お前の代理をしている間は御上品にしとくから」
「全く」
「セルロス、ちゃんと紹介しろよ。ユリちゃん、オレはクロウ宜しくな。こいつがルーキン領に行ってる間代理を務めるから」
サリー達と一緒にいた時と、随分雰囲気が違う。まあ、あの時はサアシャさんが騒いでいたから、唖然とされてただけかもしれないけど。
「クロウ、ユリは一緒に行くから、お前と絡むことは無いよ。はあ、まあ、一応、紹介はしておくよ。クロウだ。王都の邸で、執事不在時に執事代理をしている者だ。普段は旦那様の護衛をしている。そして、サリーの旦那だ」
サリー結婚してたんですね。あのクールなサリーの旦那様がこんな軽い感じの人なんだ。
「宜しくお願いします」
「しかし、まさか、セルロスに結婚を約束した相手がいるなんてな。で、いつ式をあげるんだ?」
ニヤニヤしながら、クロウはセルロスの肩に手を回す。セルロスはそれを面倒そうに払った。
「ユリの弟が無事に家督を継いで、彼女の家が安定してからだよ」
え?クロウさんにまで、婚約者設定で突き通すの?必要なく無い?
「なんで、弟くんが家督を継ぐまで結婚できないんだ?」
セルロスはクロウにユリの家庭事情を説明した。
「騎士家の台所も厳しいな。まっ、結婚してからもここで働くつもりなら、生活は今とさほど変わらないか?だが、仕送りはしづらくなるのは確かだもんな。ふーん、それまで、お前は待つってわけか?」
「まあ、必然的にそうなるね」
さらっとそう返すセルロスに、どう反応するのが正解か思案していると、セルロスに部屋から出て行くように促される。
「ユリ、明日は朝早くたつから、準備しておけよ1泊は野営になる」
そうだった、野営だ。準備する物が多い、慌てて部屋を出た。
夜も空け切らない内に幌馬車で邸を出る。また気温が低く風が冷たい。外套を着て毛布に包まる。
「春先とはいえ寒いわ。今回の私の仕事は何?」
何をすれば良いか、聞かされていなかったことを思い出した。
「今回の竜討伐の依頼がどれだけ、行き届いているかギルドを回って確認することと、アーシェア国の皇女に竜討伐で混乱しているので早急にお帰り頂くことだ。勿論、竜討伐のことは伏せてな」
セルロスの任務はギルドを回る事、私の任務はアーシェア国の皇女へ奥様からの贈り物を渡して、速やかにお帰り頂けるように促すこと。アーシェア国の皇女は、奥様と従姉妹になられる為、奥様の名前での出迎えと贈り物が必要。セルロスが行っても良いけど、今回はギルドを回るという急ぎの仕事があるから、私が代わりを務めるのかな?さて、問題はどうやってお帰り頂くかか…。奥様が出向けば竜討伐がバレるから、私が行くのよね、大役じゃない!
前回の竜討伐時、手間取ってることが伝わり、敵国から攻め込まれた経緯があるから。友好国とはいえ、どこから漏れるかわからないから、慎重にことを進めているのはわかるけど、重要任務で胃が痛くなってきたわ。
「皇女様は観光で何でこの国にいらっしゃったの?特に、式典とかは無かったような…」
「家出だよ、何か気に入らないことがあったんだろう。いつもの事さ、本来なら、数週間ほど王都のお屋敷でお預かりして、その間、奥様とオペラやマダムの店を回ったり、宝石商を呼んだりして遊び、スッキリされたころにアーシェア国からの迎えが来るって訳」
「家出?」
ただの我儘じゃない!ジョゼフ殿下といいアーシェア国の皇女様といい、どうして王族はこう我儘なのよ!
「で、皇女様は、今はどちらにいらっしゃるの?」
「アーバン辺境伯領を出られたと出立前に連絡が入った。俺たちが着く頃にはルーキン領の最高級ホテルに宿泊されているだろう」
ルーキン領にいらっしゃるなら、皇女様の件が片付いたらパブロ商会へ行ける。
「ねえ、皇女様ってどんな方?」
「奥様に似て天真爛漫な方だよ。新しいモノと美しいモノには目がないかな」
新しいモノと美しいモノ…か。
「贈り物は何を用意したの?」
「早く帰りたくなる様に、シャンデリアだよ。離れに付けようと言っていたアレさ」
ああ、奥様がごりおしで作らせていらっしゃったあのシャンデリアか。確かに、早く自分の城に帰って取り付けたくなるデザインだ。
「ねえ、そんなに奥様の思い入れのある品を持ち出しても大丈夫なの?」
「ああ、旦那様の指示だ。ご自分で奥様を説得され、宥めていらっしゃった」
昨日の邸での波乱はこれが原因か、旦那様、珍しく今日はお仕事がお休みだと聞いたけど、奥様のご機嫌を取るためだったんだ。
「竜は何処に出没したの?」
王都ではそんな話をまだ聞かない。
「『帰らずの森』、旧侯爵領だ。あそこは最近魔物が増えていたから餌が豊富なんだろ。ただでさえ、危険だってのに竜まで住み着いたら、行商人や海からの輸送物に影響が出る。あの道が王都へは一番近道だからな」
侯爵家が滅び、ダンジョンが放置されて、魔物がダンジョンから湧き出し危険地帯となっている。そこへ竜とは…。
「なら、また、討伐隊が編成されるの?」
また、沢山の騎士達が死ぬのだろか?シンもこの春、騎士学校を卒業した。なら、竜討伐隊に編成されるのだろうか?
「いや、今回は冒険者と傭兵達だけだ。騎士を討伐に出してしまうと、前回のように攻め込まれた時に対処できないからというのが理由らしい。そして、今回の竜討伐隊で最も活躍した冒険者や騎士の一人を勇者として讃え、一代貴族ではあるが準男爵の称号を授けるとギルドへ通達があった」
準男爵、そう簡単に陞爵できる爵位ではない。破格の対応だ。騎士爵位から男爵位になるのだって、何代にも渡って、国にかなりの貢献が必要なのに平民のそれも冒険者や傭兵がその爵位を得れるなんて!
「準男爵?」
聞き間違いではないかと耳を疑う。
「ああ、準男爵だ。だから、この討伐への参加の条件は厳しい。傭兵や冒険者として登録して五年以上経っていること、35歳以上であること、そして、Bランク迄であることだ。大抵の35歳以上の冒険者は独身だ。偶に結婚している者もいるが、その場合は夫婦でパーティーを組んでる。だから、陞爵しても配偶者等に影響がないから、35歳なんだと」
ああ、成る程、陞爵する人間にある程度は予防線が張られているのね。
五年以上って言うのも、騎士爵の者や兵士達が、ならば、といって冒険者にならないようにするための予防線なのね。
「世の中、そんなに甘くないわね」
取り敢えず、シンが竜討伐に参加させられることが無いことに胸を撫で下ろした。
「まあな、35歳、崖っぷちの冒険者なら、命を賭ける意味がある報酬だよな。痛いとこ突いてくる依頼だぜ」
「で、セルロスの仕事は?」
「旦那様の名前で、ギルドを周り不正が無いかの確認と不正に対する脅しをかけて回ること」
準男爵位がかかってるもんね、不正は出るよね。
明日も、更新します。




