サアシャ ④
「おい、何、しけたツラしてるんだよ」
サアシャがやる気無くマルシェで店番をしていると、冒険者のエリオットが声をかけてきた。エリオットは店頭のりんごを一つ掴むと、穴あき銅貨を一枚サアシャへ投げてよこし、りんごをそのまま齧る。
「五月蝿いわね。振られたの、それも全くノーマークの女に掻っ攫われたのよ。あーもう、嫌になっちゃう!リマンド侯爵家に立ち入り禁止になるし!私が後継ぎなのに、私が配達に行けないなら、お父さんの代でリマンド侯爵家と取り引きが終了しちゃうじゃない!どうすれば良いのよ!」
エリオットはすっかり食べ終わったりんごの芯を、通りの中央に備え付けてあるゴミ箱へ放り捨てる。
「お前がショックなのって、振られたことより、自分の代でリマンド侯爵家と取り引きが出来なくなるかもしれないってことかよ」
サアシャの言葉に、驚いたように顔を引き攣らせるエリオットを一睨みすると、エリオットは楽しそうにククッと喉の奥で笑った。
「何よ、悪い?どうせ、私は打算的な女ですよ!恋や愛じゃお腹一杯にはならないの!ここで上手く商売がいってるのだって、リマンド侯爵家と取り引きがあるからなんだから、死活問題なのよ!」
「ふーん。なら、俺がリマンド侯爵家に配達に行ってやろうか?」
「へ?」
何言ってんの?エリオット?頭、大丈夫?
「何、間抜けなツラしてんだよ」
エリオットはクシャクシャっと笑って、サアシャの頭をぐりぐりと撫でる。
「え、だって、あんた冒険者でしょう?」
それも、凄腕の。確か、Bランクになったとかはしゃいでたじゃない。この年でBランクとか凄いって、皆んなが褒めてたよね。
「ああ、でも、サアシャが結婚してくれるなら、冒険者辞めて、ここで一緒に働くのも悪くないかな?」
「エリオット、それ、本気で言ってるの?」
え?エリオット、もしかして、私のこと好き?なの?
「ああ、至って真面目だ。お前、俺のこと好きなんだろ?俺もお前のこと好きだし、問題無くない?」
でも、エリオットはアリーのことが好きだったんじゃないの?
「でも、私、小賢しいし、計算高いよ。力だって強しい。アリーみたいに細くないよ」
「何でアリーが出て来るんだ?俺が好きなのはサアシャ、お前だぞ」
エリオットは少し不貞腐れたように頭を掻く。
「え、だって、アリーがエリオットは自分に気があるって」
「バーカ、俺はガリガリよりグラマラスの方がタイプなの!それに、サアシャが逞しいって言ったら、冒険者やっている女の子達はどうなるんだよ?小賢しいったって、商売人なんだろ?そうじゃなきゃ、店、潰れるじゃないか?俺はそのままのサアシャが好きなんだよ」
「あははは、ありがとう」
涙が溢れてくる。なんだ、エリオット、アリーじゃなくて私のことが好きだったんだ。小賢しくて、逞しい私を好きって言ってくれた。
「ありがとうってことは、承諾してくれたってことだよな?」
「うん」
なんだ、こんなに身近にちゃんと、私のことを見ててくれる人が居た。素の私の事を好きって言ってくれた。それも、私の初恋の人。アニーのことが好きだって思って諦めた相手。




