サアシャ ①
サアシャ、割り込み投稿します。
野菜売りの娘視点です。
「サアシャ、そこのアスパラとキャベツを荷台に積んでくれ。ああ、そうだ。苺も持って持って行ってみよう。この苺は見栄えがいいし、もしかしたら買って下さるかもしれない」
父親に言われ、野菜を荷台へ積んでいく。
まったく、抜けてるんだから!そりゃぁ、真っ赤で大粒の苺はどれも美しくて美味しそうだけど。今日は月に一度マルシェが閉まる日なんだから、足の早い苺を仕入れても売れる前に傷む可能性があるのに!貴族様の家みたいに貯蔵庫でもあればいいんだろうけど、庶民には夢のような品だわ。
野菜の目利きは、素晴らしいらしい。うちは代々リマンド侯爵家に野菜の注文を頂いているから、マルシェでも一目置かれた存在だとお父さんはいつも自慢している。
「サアシャ、荷崩れして苺が潰れないように、荷台で見ててくれないか?」
どんな綺麗な苺でも傷が付けは、ジャムにするかお菓子に練り込むしか無い、安く買い叩かれてしまう。
「いいよ」
二つ返事で馬車に乗り込む。
馬車は普段来ることのない、貴族住居区へと進んで行く。進むにつれ、屋敷は大きく立派になって行く。屋敷一つ一つが大きく馬車で通り過ぎるのにも、それなりに時間がかかる。その中で一際大きな屋敷の裏口に、馬車を停め、門番に入口を開けて貰って、中へ入る。横には美しい庭が広がっていて、その脇を進む。
はぁー、綺麗。こんな世界があるのね。
夢物語のような庭から、一見冷たそうな雰囲気の一人の黒髪の素敵な男の人が出てきた。
うわー、物語の王子様みたい。
マルシェでもそれなりに顔の良い男は見かけるが、それとは違う垢抜けた雰囲気、洗礼された佇まい。冒険者や商会のおぼっちゃま達とは違って、動きの一つ一つが上品。よく見ると執事服を着ている。
リマンド侯爵家の執事さんなんだ。あの服、美形を2割り増しにカッコ良く見せてるよね。イケメン冒険者もあの服着たらいつもよりカッコ良く見えるのかな?やっぱ、無いわ…。あの筋肉で執事服とか、想像しただけで笑えてくるよ。冒険者より商会のおぼっちゃまの方が似合いそうだけど、うーん、佇まいがなんか違うんだよね。
「おはよう御座います。セルロスさん」
父はその美しい男を見つけると、嬉しそうに馬車を停め、揉みてでもしそうな勢いでにこにことすり寄る。
「おはよう御座います」
野菜売りにセルロスと呼ばれた男は、軽く挨拶を返す。懸命にご機嫌を伺っている野菜売りに対して、あまりにも釣れない態度だが、野菜売りは全く気にする様子もなく、仕切りに苺を薦める。
この流れはいつでも、苺を見せれるように準備しといた方が良いかな?流石はサアシャ、気が利くわ。だから、マルシェのマドンナ的存在なのよ!
「良い苺が手に入ったんですよ。ご注文には無かったのですが、艶と良い色と良い、どれも大粒で。ああ、見てもらったほうがいい。サアシャ、苺を、おっ、流石気が利くな。さ、見て下さい。」
サアシャは絶妙なタイミングで、ニッコリと笑顔で苺をセルロスの前に差し出す。幼い頃から、マルシェで手伝いをしていたサアシャにとってこれは自然なことだ。
「見事な苺だね。お嬢様がお好きですし、少し頂こう」
少し、それじゃあ困る!後は、売れ残り決定じゃない!
「奥様や旦那様は苺お嫌いなんですか?氷冷庫で凍らせても甘いですよ?中々、ここまで粒揃いの苺は手に入りませんし、ね?」
可愛く上目遣いで首を傾げて苺をアピールする。大抵の客はこれで買ってくれる。多分、この執事にも通用するはず!
セルロスはサアシャの言葉に少し考えた様子だったが、厨房へと続く扉を開けると料理長を呼ぶ。
「野菜売りが良い苺を持って来た。用途があれば購入してくれ。後、お嬢様のオヤツにお出しして欲しい。後は料理長と話をして欲しい。では、私はこれで」
セルロスは野菜売りにそう言うと、サアシャへは目もくれず屋敷の中へ入って行ってしまった。
何?あれ?私に心が動かされなかったの?それとも、照れているだけ?
サアシャは悶々としながら、父親が操る馬車に揺られて家路へ向かう。
「お父さん、セルロスさんてリマンド侯爵家の執事だよね?」
「ああ、そうだ。どうした?気になるのか?」
苺を全て引き取って貰えて野菜売りは機嫌が良い、鼻歌でも歌いそうな勢いだ。
「うん。素敵な人だね!セルロスさんって、貴族なの?」
「いや、リマンド侯爵家の執事は代々平民だったはずだ。だから、彼はも平民だと思うぞ」
なら、チャンスはあるよね。
「ねえ、お父さん。私がセルロスさんと結婚したら嬉しい?」
「そりゃぁ、嬉しいが、代々リマンド侯爵家の執事は皆、独身だったぞ」
執事は結婚できないとか、決まりがあるのかな?無ければ、いいんだけど…。
「そうなんだ。明日から、リマンド侯爵家の配達、サアシャが代わりに行くよ。そろそろ、仕事も覚えたいしね」
まずは、明るく可愛いサアシャをアピールすることが大切だよね。セルロスさんどんな娘が好みなんだろ?守ってあげたくなるようなタイプ?しっかりした人?少しドジな構ってあげたくなる娘かな?キャラ設定は大切だから、しっかり下調べが必要よね。誰に聞いたらいいかな?
侍女様はお貴族様だから、話しかけ難いし…。リマンド侯爵家に勤めてる通いのメイドか、下女の知り合いはいないし…。マルシェのお客さんに、リマンド侯爵家で勤めている人がいないか聞いてみよ!
マルシェで隣り魚の店を出しているおばさんの息子さんが、リマンド侯爵家で馬子をしていることがわかった。彼の話では、セルロスさんは侍女のサリーさんていう、クールビューティーと中が良いらしい。残念ながら、好きなタイプはわからなかったけど、リサちゃんという妹がいて兄妹仲は良好だと聞いた。リサちゃんは元気な明るいタイプの子で、少し早合点でドジな所があるらしい。馬子の話だと、そこが可愛いと大絶賛だった。
妹と仲がいいなら、妹みたいな娘がタイプなのかな?じゃあ、しっかり者の褒められサアシャより、ちょっとドジで愛されサアシャの方がいいかな。リマンド侯爵家の若い侍女様達は、高位貴族の御令嬢達らしいし、サアシャがどんなにしっかりとした娘風に振舞っても、しっかりと高等教育を受けた淑女の皆様に勝てるとは思えないもんね。
朝早く起きて目一杯お洒落をする。服をえらんで、髪を梳かし、唇には紅を塗り鏡の前で微笑む。
よし、完璧!侍女さん達とは違う庶民ならではの可愛さをアピールした装いの完成!頭にスカーフを巻き、ご令嬢達がお外へ出られる時の帽子をイメージしてみる。さりげなく、貴族風がポイント!
馬車に野菜を積んで、いざ侯爵家へ!お洋服が汚れないように可愛いエプロン。帰りに古着屋へ寄って、可愛い洋服が入ってないか見に行かなきゃね!毎回同じ服ってわけにもいかないからね。
門を潜り、厨房の小脇にある搬入用のドアな前で、馬車を停める。お父さんに言われた通りに、ドアをノックする。
「野菜持って来ました」
努めて明るく、元気な声を出す。
中から、この前見た料理長が出てきた。
「お嬢ちゃんか、君が配達に?」
「はい!これからは私が来ますのでよろしくお願いします」
可愛らしくぺこりと頭を下げ、ニッコリと笑う。
「そうか、若い子だと華があるな。宜しく頼むよ!おい、手の空いてる奴、野菜売りの馬車から、野菜を下ろすのを手伝ってやれ」
料理長が厨房の料理人に声をかけると、中から二人の若い料理人が出てきて、馬車から野菜を下ろしていく。
顔がいいって訳じゃないけど、二人とも雰囲気がスマートだ。馬子もそうだけど、リマンド侯爵家に勤めている人は皆、市井の人達とどこか纏っている空気が違う。
「ありがとう」
笑顔で礼を言えば、二人とも嬉しそうに顔を赤らめて、野菜を馬車から下ろすときは声をかけてと言ってくれた。
良かった。ここでも私、可愛いって思って貰えて。みんなご綺麗な令嬢達を見てるから、街娘なんか眼中にもないかとドキドキしてたのよね。この様子なら、セルロスさんにも興味を持って貰える可能性があるよね。
残念ながら、セルロスさんには会えなかった。目一杯お洒落してきたのに、出鼻を挫かれた形となり肩を落とす。流石に、セルロスさんを呼び出してもらえるだけの用事も無く、すごすごともと来た道を馬車で引き返す。サアシャが立ち入りを許されているのは、この調理場への道のみだ。残念ながら、屋敷を散策してセルロスさんを探しまわることは叶わない。一抹の望みをかけて、敢えてゆっくりと馬車を進めた。




