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野菜売りの娘 ③


 ヤバイ、嫌な予感がする。こんな嫌な予感は的中することが多い。そっと、セルロスから視線を外す。


 いきなり、セルロスに腕を掴まれ抱き締めらる。


「今まで黙っていましたが、私はユリさんと結婚をする約束をしています。ですので、貴女とお付き合いはできません」


「「嘘!」」


 丁稚とサアシャが同時に叫ぶ。


 私も一緒に叫びたかったが、セルロスに口を塞がれてそれは叶わなかった。耳元でセルロスが囁く。


「ドレス代」


 あっ、ドレス代ね。ストンと納得できた。クロエの結婚式の時にプレゼントしてくれたドレス一式が、セルロスの恋人役を務める御代。確かに、私は適任かも知れない。弟が騎士学校を卒業し、家が軌道に乗るまで結婚出来ないわけだし、出生も騎士家の娘で貴族と言っても平民と何ら変わりがない。でも、こうやってリマンド侯爵家で侍女を務めているのだから、セルロスのパートナーとしては適当だ。


 セルロスの手が口からゆっくりと離れると、同時に丁稚の声が響き渡る。


「本当に執事さんと付き合ってるんですか?ユリさん!」


 私は仕方なく、コクリと頷いた。


 サアシャではなく、何故、丁稚が取り乱すのかわからないが、私がセルロスと付き合っているということが、彼にとって衝撃的なことだけはよく伝わった。


 納得がいかないと言う顔のサアシャに、真っ青な野菜売りの店主、ポーカーフェイスを貫いてはいるが明らかに面白いと思っているであろうサリーに、良い笑顔のセルロス。お祝いモード全開の料理長と、全く状況に着いて行けていないであろう謎の青年。


 カオスだわ。


「嘘でしょう!セルロスさんが私より、この侍女さんを選ぶなんて」


 あっ、この人、さり気なく私より自分の方が見目が良いって言った。まあ、本当だけど、良い気分じゃないわね。


 ちょっと、イラッとする。


「ユリは可愛いですよ。普段はこんな感じですが、ちゃんと令嬢として装っている時は貴女より数段美しい。そういう公私をちゃんと分別できている所が凄く好ましく思っています」


 セルロス、私と付き合っているとアピールする言葉に、仕事中に言い寄ってくるサアシャさんに対する嫌味をしっかり織り込むなんて、流石、性格が悪い。


 横の丁稚はセルロスの言葉に赤べこのように首を振り、サリーは我慢ならないのか、顔を下げ肩を震わせていた。料理長は温かな眼差しで私とセルロスを見つめ、野菜売りの店主と若い男はもはや空気でしかない。


「パブロ商会へいらっしゃる時のユリさんは、とてもお綺麗です。佇まいも凛として美しいですし、動作も洗練されていて…侍女服の時とのギャップがまた…」


 パブロ商会の丁稚はセルロスの言葉に被せるように、うっとりと話し出す。


「何よ、何よ!サアシャがマルシェで店に立てば、沢山のお誘いがあるのよ!お花クッキーのプレゼントを貰うことだってあるし、結婚してって言われることだってあるんだから」


 だから、何?と良いだけなセルロスとサリー。あ、うん。二人とも他人に興味が無いもんね。クールと言うか、ドライと言うか。友達、居ないんじゃないかって心配になるレベルだわ。

 

「結婚相手探してるんだろ?困ってるんじゃないなら、その中から条件の良さそうな人を見繕えば良いんじゃ無いか?」


 丁稚はのほほんと、サアシャに頓珍漢な提案する。


 いや、皆さんサアシャさんはそんな反応を望んでるんじゃあないと思うよ?なんだか、サアシャさんが可哀想になってきた。


「契約書の内容は、了承して貰えるかしら?こちらとしては、別に他から仕入れても全く問題は無いのですから。ほら、ここには、パブロ商会の店員もおりますし、彼に頼めば、明日からでも野菜を卸してくれるでしょう」


 サリーが丁稚に視線を送ると、丁稚はそれは良い顔で揉み手でもする勢いだ。


「もし、ご注文頂けるのでございましたら、勿論、明日から喜んで納品させて頂きます。御継続して末永くお付き合いして頂けるのでしたら、勿論お値段も頑張って勉強させて頂きます」


 野菜売りは嘆息すると、覚悟を決めたのか真剣な面持ちになりサリーと料理長、そして、セルロスに一人ずつ目線を送った。


「わかりました。先程の条件で契約書を作成致しましよう。どちみち、リマンド侯爵家から切られたら、王都で商売はできません。さあ、契約書の内容をしっかりと擦り合わせ致しましょう。サアシャ、そういうことだ、わかったか」

 

 サアシャは唇を噛み締めユリを睨み付けていたが、どうにもならないとわかると渋々なからうなづいた。


 サアシャは門の外へ出され、野菜売りとセルロス、そして料理長が厨房の脇にあるテーブルで、契約書の内容の擦り合わせを行なっている。


「何の用で来たの?」


 丁稚に声をかけると、彼は一通の手紙を手渡してきた。それは、パブロ商会の会長からものだった。


「すぐに読んで貰って、返事をいただく様に申しつかりました」


 手紙を受け取ると、中身を確認して返事を書く為、彼を従業員棟の待合室へ案内して、お茶と軽食を出し、此処で待つように頼むと自室へと急いだ。


 鍵を閉め、ペーパーナイフで封を切る。座る間も惜しみ文字へと視線を這わせる。


 そこには、ミハイロビッチが魔法学園へ入学することと、竜が出たこと、今回の討伐には冒険者達が招集され、その討伐隊の補給係として、パブロ商会も参加しようかと考えていると書かれている。


 これだわ、パブロ商会が消える原因は!


 冒険者の食料を一手に請け負っているパブロ商会が、竜討伐に全く関わらない事は難しい。でも、なるべく、前線へ出ず、後方で商品を売る事はできないだろうか?関わる人数も最小限にし、会長は、本部に残って貰うことができれば、パブロ商会が消えることは無いはずだ。


 でも、どうやって説明しよう。竜討伐が危険なことは皆知っている。しかし、竜討伐に参加して生き残る人数は数名だとは思わないはずだ。でも、それを大々的に知らせる訳には行かない。パブロ商会の者は後方でのみ活動するように仕向けるには、どうしたらいいんだろう。


 取り敢えずペンを取り、机に向かう。竜討伐は危険であるから、前線には行かないこと、会長、自ら参加せず、会長は本部に残った方が良い事を手紙に書く。近々、そちらへ伺うということも書き、丁稚の待っている待合室へ急いだ。


 休暇、申請しなきゃ。


 戻ると、丁稚は食事を済ませて、のんびりとお茶を飲んでいた。


「はい、これ、返事ね。申し訳無いけど、急いで会長へ届けて貰えるかな」


 丁稚は手紙を受け取ると、心得たとでも言うようにすくっと立ち上がって、此処を立つ準備を手早く済ませる。


「わかりました。旦那様のご様子からそのつもりでしたので、どうぞご安心下さい。では、また、ルーキン領でお待ちしておりますね」


 軽くウインクをすると、さっさと出て行った。


 ミハイロビッチが魔法学園に入学するということは、フリードリッヒ様と弟のシンが騎士学校を卒業する。そろそろ、仕送りの金額を減らしてもどうにかなるだろう。これからは、やっと自分の格好にもお金をかけることができる。肩の荷が降りたような気がした。


 フリードリッヒ様は騎士学校を卒業されたら、そのまま魔法学園に入学されることになる。従者は乳兄弟のフロイト。これからは彼宛に手紙を書こう。フロイトはフリードリッヒ様と共にリマンド侯爵家で育った。私にとっては弟みたいな存在だ。彼なら、フリードリッヒ様の様子を知らせてくれる。


明日も18時過ぎに更新します。

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