野菜売りの娘 ②
帰りは、辻馬車を拾いリマンド侯爵家へ帰る。
「お腹空いた。昼食、食べ損ねちゃたわ」
サリーの言葉と共にお腹が鳴る。
「ふふふ、サリーったら、あーあ、バジルチキン食べたかったなー。私もお腹ぺこぺこよ」
顔を見合わせて、どちらとも無く笑いが込み上げてくる。
「あー、スッキリした。あの野菜売りの女の顔見た?侍女様なんて私達のこと呼びながら、馬鹿にしてたのよ。野菜の配達なのにわざわざめかし込んで、ちょっと注意されたら、大袈裟に泣き真似して。見目の良い、男達に粉をかけて回ってたんだから。何しに来ているのよ」
へー、セルロス以外にもお目当ての人が居たんだ。
「最近、大胆になってたものね。最初は厨房側だけだったけど、今日は遂に邸宅内を彷徨いているし、何度注意しても聴く耳を持たないし」
「まあ、これで配達に来ることも無いでしょう。帰ったら契約内容の見直しと、新たな契約書の作成をしなきゃならないから、料理長とセルロスに相談だわ。一応、新たな野菜売りを探しておく必要もあるしね」
新たな所を探すとなると、それなりに骨の折れる作業よね。ま、これで解決したのなら良かったわと、その時までは呑気に構えていた。
翌日の昼過ぎ、厨房の辺りが騒がしい。何事かと野次馬根性で覗きに行くと、昨日の野菜売り親子と料理長、そして、セルロスに見知らぬ若い男とサリー、それに何故かパブロ紹介の丁稚が揉めている。
「ユリさん!」
パブロ商会の丁稚はユリを見つけると嬉しそうに手を振り、こちらへと駆け出そうとした所をセルロスに止められていた。
「ちょっと待ってろ!お前の件はこれが片付いてからだ。ユリ、時間の余裕はあるか?」
何だろ?私も関係があるの?
「ええ、今、お嬢様はリフリード様と外国語の勉強中ですから」
この時間帯は比較的暇だ。授業中は外国語の堪能な侍女が付いている。私はというと、全く役に立たない。これでも、最初は覚えようと努力した。でも、どうにもならないものはどうにもならない。リフリード様のお気持ちがよくわかる!頑張っても無理なものは無理だよ。
そう考えると、お嬢様は凄いな。家庭教師の先生が帰られた後は、後に控えていた侍女と本日習われた所を、できるようになるまで復習される。
それに比べて、リフリード様の従者はいつもアイラトのみ。人見知りが激しく、他の従者をお嫌いになるから仕方ないけど、アイラトが帰ってから、リフリード様の外国語の学習に付き合えるとは到底思えない。だから、必然的に差が開く訳で…。
「悪い、少し待っててくれ」
セルロスの言葉に現実に引き戻される。
「わかったわ」
セルロスはユリの言葉に心なしかほっとした様に見えた。
「野菜売りのお嬢さん、何度も申しました通り、貴女と付き合うことも、ましてや結婚するなどあり得ません」
ん?もしかして、セルロス、野菜売りのお嬢さんに逆プロポーズされてたのウケる!
「野菜売りのお嬢さんじゃなくて、サアシャです。サアシャと呼んでください」
セルロスがこれだけピシャリと断っているのに、全く落ち込む様子も無く、あっけらかんとしてにこにこと名前で呼べと要求してくる。
「貴女の名前を呼ぶことはありません。どうぞ、お引き取り下さい」
「どうして?別に好きで無くてもいいから、一度お試しで付き合うのはどう?そうしたら、サアシャのこと絶対に好きになると思うよ?ね、そうしよう!」
あっ、セルロス、完璧にブチギレたと思っていたら、サリーが物凄い良い笑顔で口を開いた。
「昨日のお約束、覚えていらっしゃいますか?」
サアシャは良い所で邪魔をされて、不機嫌そうに頬を膨らませ、サリーをキリッと睨む。
「約束?」
「ええ、貴女が侯爵家に来たら、取引中止だという約束です」
その言葉に、野菜売りの店主の顔が一瞬で青くなる。
「ま、待って下さい。そんなことをしたら、この王都で仕事が出来なくなってしまいます」
野菜売りの店主は、跪き頭を地べたに着けんばかりにさげ、何度も謝罪の言葉を繰り返す。
「ちょっと、お父さん、そんなに謝らなくても!セルロスさんさえ私と付き合ってくれたら、私だって、ここへ来ませんし、ね?」
野菜売りの店主は、サアシャの頭を無理やり手で押して下げさせる。
「馬鹿かお前は!ここの執事さんと付き合っているというのは、真っ赤な嘘じゃ無いか!黙って聞いていれば、好き勝手言いやがって!本当に申し訳ございません。二度とこのようなことが無いよう致しますので」
サリーは良い笑顔のまま、店主に告げた。
「そうですか、では、しっかり迷惑料は払って頂きます。では、これから、今までの10%引きでの取引でいかがでしょう?それくらいはして頂かないと…ね?後、契約書にもしっかりとサアシャさんはリマンド侯爵家の敷地内に立ち入らないと明記して頂きます。それを破った場合は、王都裁判にかけるということで良いですか?」
ひー、王都裁判と言いましたわよね?ということは、その契約書を王都裁判所へ提出するということですよね。もし、サアシャさんがリマンド侯爵家の敷地に立ち入った場合は、王都裁判にかけられ、罪人として裁かれるということになるのよね。
「ま、待ってくれ。それはあんまりだ!横暴じゃ無いか!」
野菜売りは真っ赤な顔をして怒鳴る。
「今、侍女様、王都裁判って言いました?酷い、人でなしです!セルロスさん酷いと思いませんか?私がセルロスさんに話しかけただけで王都裁判だなんて!サリーさん、もしかして、セルロスさんのこと好きなんですか?だから、私がセルロスさんと付き合うのが気に入らないんでしょう?それで、こんな嫌がらせ!酷い!」
サアシャは、セルロスに上目遣いで必死に訴える。
「サリーが、私のことを好きというのはあり得ないよ、貴女の思い違いだ。彼女は私の姉のような存在だからね。後、私はサリーの提案に賛成だ。これだけ、やらかしてくれた業者をなんのペナルティーも無く使い続けるのは、リマンド侯爵家としてあり得ないことだからね」
セルロスの言葉に初めてサアシャの顔色が変わる。
「そんなぁ、セルロスさんは私に興味が無いんですか?」
「あると思うかい?私はリマンド侯爵家の執事として、貴族の方々と接する機会が多いんだ。貴女にそのパートナーが務まるとは到底思えない。その時点で、貴女と付き合うことはありえ無い」
サアシャは目から涙を流し、しゃくり出した。
「私、頑張りますから、頑張って、覚えます。セルロスさんが教えてくれたら、しっかりと、で、出来る様になりますから!」
上目遣いでチラチラ、セルロスの様子を確認しなきゃ完璧なんだけどなぁ。などと呑気に一連の流れを芝居でも観る気分で眺めてたら、セルロスとパチッと目が合った。
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