ジョゼフ殿下との ①
奥様と城から戻られたお嬢様のお着替えを手伝いつつ、城での出来事をそれとなく尋ねる。
「お城はいかがでしたか?」
「楽しかったわ。おじい様がまた、新しい異国のお菓子を用意して下さったのよ!お土産に頂いてきたから、ユリにも一つあげるわね」
楽しかったみたいで良かった。城へ送り出す度に、ジョゼフ殿下から理不尽な扱いを受けてないか、心配になってしまう。
「ありがとうございます。お嬢様」
「あのね、来週からジョゼフ殿下と一緒に魔法の鍛錬をすることになったの、その時は、ユリが付き添ってね」
ウキウキと楽しそうにおっしゃる、お嬢様に一抹の不安を覚えつつ、ついにその日がやって来た。
鍛錬用の洋服を用意して、髪を高い位置で一つ結びにして差し上げる。
今日は奥様はご一緒ではない。つまり、ジョゼフ殿下へのストッパーがいないという訳だ。先生はマッカーナ夫人。魔法学園で治癒魔法を伝授する担当。陛下の思惑が見え隠れする。この一緒の鍛錬は余り気持ちのよいものではない。今の所、王位継承第二がジョゼフ殿下なのは紛れもない事実なんだろうけど、ただの躾の行き届いていない我儘坊ちゃんだ。あわよくば、お嬢様の力をって考えと、それが難しいならお嬢様をジョゼフ殿下の嫁にって、思ってらっしゃるのがバレバレなのよ。
まあ、ジョゼフ殿下の躾をされているのが陛下だから、まともに育つとは思えないわ。小説でも拗らせ我儘ボーイだったし。
そうでなきゃ、ジュリェッタと仲良くならなかったんだけどね。お互い両親が居ないという不遇を分かち合い励まし合うみたいな…。二人とも義理の父に育てられるという境遇が同じなのよね。どちらも激甘なのに、実の両親じゃないって拗ねてお互いを慰め合うのよ。
ジュリェッタはいい子だけど私には関係ない。できれば、お嬢様の前に現れないで貰いたい。私はお嬢様さえ幸せに生きて下さればそれで充分なの、だから、なるべくジョゼフ殿下とお嬢様が出会う機会が減ることを願っている。城への付き添いの許可が出たのだから、少しでもそうなるように頑張らないと!
城に着いて通されたのは中庭。鍛錬に持って来いの場所ね。あれがジョゼフ殿下か、金髪碧眼の整ったお顔、ザ、王子様ね。はあ、これで性格が良ければ文句なしなんだけど、残念。
「やあ、良く来たね、マリアンヌ嬢。来ないかと思っていたよ。逃げ出さなかったのは褒めてあげるけど、僕の足元にも及ばないからと言って、泣き出さないでくれよ」
うわー、なんて上から目線な態度なんでしょう!かわいさのカケラもない、まるで悪ガキじゃない。これは、お嬢様が全力で潰しに行く理由がわかるわ。
「わかりましたわ。決して泣きませんので、どうぞご安心下さいませ」
ツンと顎を突き出して、可愛らしく胸を張っていらっしゃいます。このお姿だけ見れば、悪役令嬢そのもの。お嬢様、全力で頑張られるおつもりですね。
ジョゼフ殿下は鍛錬を今までサボってらっしゃった上に、素の能力から差があるお嬢様に勝てるはずもなく、癇癪を起こして走ってこの場を去って行かれました。殿下の従者達は、慌てて殿下の後を追われています。
どんなに給料が良くても、ジョゼフ殿下の従者にだけはなりたくないわ。胃に穴が開きそう。
本来なら、ジョゼフ殿下の従者が先生のお見送りをするのでしょうが、皆、ジョゼフ殿下を追って行かれた為誰も居ません。これはマッカーナ夫人と話すチャンス!この機会を逃すわけにはいかない。
お嬢様にご相談をして、二人で先生をお見送りすることに致しました。
「マッカーナ夫人、今日はありがとうございました。とても有意義な時間でしたわ」
カーテシーをして、お礼を仰るお嬢様。流石、侯爵家御令嬢です。本当、賢くて可愛いらしい。
「まあ、マリアンヌお嬢様。こちらこそ、私との鍛錬に最後までお付き合い下さいましてありがとうございます」
折角、マッカーナ夫人と喋る機会が来たのよ。なんとしても、次回が無い様に誘導しなきゃ。
素知らぬ振りをして、心配げにマッカーナ夫人へ尋ねる。
「あの、失礼ですが、ジョゼフ殿下はお一人の鍛錬でも、あのように途中で投げ出されてしまわれるのでしょうか?」
マッカーナ夫人は困ったような表情を浮かべ、頬に手を当て溜息を吐かれる。
「いやいやではありますが、一応最後までお付き合い下さいますのよ」
よし、これならいける!
「やはり、そうだったんですね」
「あら、どうしてそう思ったの?」
良かった、食いついた。
「はい、私には兄弟が沢山いまして、上の子より、偶々、下の子の方が上手くできてしまうと、上の子は弟の前では決してソレをしなくなるので…」
あくまで、似たようなことが、私の兄弟間であると言う風に伝える。
「まあ、そうですの?あら、困りましたわね。その話が当て嵌まりますと、マリアンヌお嬢様とご一緒に鍛錬をしたら、ジョゼフ殿下は一切、鍛錬に参加されなくなりますわ」
そう、それに伴ってもっと能力の差が開いて、ジョゼフ殿下のマリアンヌお嬢様に対するコンプレックスもそれに伴い強くなる。
「マッカーナ先生、マリーは先生と鍛錬が出来て嬉しかったです。でも、そのせいで、ジョゼフ殿下の鍛錬を邪魔してしまうのは申し訳なくて…マッカーナ先生は元々ジョゼフ殿下の先生ですから…」
お嬢様の言葉にマッカーナ夫人は、ふっと優しいお顔になられにこりと笑って視線をお嬢様に合わせて、頭を撫でなれました。
「マリアンヌお嬢様、私もお嬢様との鍛錬は楽しゅうございました。ただ、お嬢様のお言葉通り、私はジョゼフ殿下の師としてこちらへ招かれております。ですので、ジョゼフ殿下の魔法技術向上を目指さなければなりません。私はジョゼフ殿下がお嬢様と共に鍛錬をなさるのは、ジョゼフ殿下の為にならないと判断いたしました。申し訳ございません。」
よし!上手くいった!
心の中で盛大にカッポーズを決めつつ、侍女として相応しい表情を崩さないように顔の筋肉に意識を向ける。
ジョゼフ殿下にとって、今日の事は許し難い汚点として、心に刻まれるかもしれないけど、まあ、時が経てば軟化するだろう。たかが一回のことだ。小説の通り、お嬢様に鍛錬を中座することを嗜められたわけでも、毎週、毎週、実力の差をまざまざと見せ付けられるでもないんだから。
ジョゼフ殿下との鍛錬が無くなるなら、お嬢様には魔法の師が必要だわ。奥様にご相談する必要があるよね。本当は旦那様にお伝えするのが、スムーズかつ合理的なんだけど、それだと、奥様がお嬢様に関心を御示しにならないからね。私の頑張りで、小説とは違い、奥様、お嬢様のことを可愛がっていらっしゃるし。お嬢様も奥様に愛されていることを確信していらっしゃるから。奥様に甘えられているし、良い傾向。
まあ、お嬢様が成長なさるにつれ奥様について、理解してこられたと言っても過言ではないけれど…。
ザ、傾国。稼ぐ才は全くないけど、使う才は素晴らしい。あの予約の取れない筈のマダムの店に月一行かれ、オペラ座のプレミアム席を年間を通してキープしていらして、城の夜会に、お茶会にと忙しく飛び回っていらっしゃる。
素敵な贈り物を探すのがお上手ですか、裏を返せばそれだけ高価なものと触れ合う機会が多いということ。
旦那様が亡くなられましたら、一気に立ち行かなくなりそうだわ。
明日も18時過ぎに更新します。
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