クロエの結婚式 ②
朝早くからお風呂に入り支度を手伝って貰う。家の都合で社交界デビューをしていない私にとって、初めての経験だ。これでもかとコルセットを締められて、口から内臓が出てくるのではと心配になる。
奥様方がお茶会で、少ししか召し上がられない理由がわかったわ。食べないのではなくて、食べられないのね。
テキパキと髪を編み込まれ、化粧を施される。
「ユリお姉ちゃん、お兄ちゃんと結婚するの?」
リサの唐突な質問に、咳き込む。
結婚?セルロスと私が?
今、私の準備をしてくれているのはリサのお母さん、即ち、セルロスのお母様なのよ!
相手の母親の前でその妹にこの質問。どう答えるのが正解なの?お宅の息子さん、性格が悪すぎて、結婚なんてしようものなら胃に穴が開きそうです。なんて言える訳ないじゃない!
卑怯だけど、困ったときの質問返し。
「リサはどうして、私とセルロスが結婚すると思ったの?」
「だって、このドレスお兄ちゃんからのプレゼントでしょう?それって、恋人同士だからだよね!」
それが理由か…。
無邪気に期待感一杯のキラッキラの瞳で見つめてくるリサを、なるべく傷付けないように心掛けながら優しく諭す。
「確かに、このドレスはセルロスから貰ったわ。でも、結婚となると話は別よ」
リサはわからないと言うふうに、首を傾げて上目遣いで聞いてくる。
可愛い!こんな素直で可愛い子が、あの根性悪のセルロスの妹なんて信じられないわ。
「私は、弟が騎士学校を卒業して、実家が安定するまでは結婚できないの。それに、セルロスはモテるみたいだから、他にいい人がいるかもしれないでしょう?例えば、赤髪の女性とか…」
彼女が没落貴族なら淑女教育は受けているはず、なら、セルロスの婚姻相手として何ら問題ないよね。
「冒険者のラティーナさんのこと?私、あの人嫌い!」
赤い髪の冒険者はラティーナさんと言うのね。リサも知ってると言うことは長い付き合いなのかしら?
「リサ、嫌いだなんて、滅多なこと言うもんじゃありません」
背中の釦を留めてくれながら、ソフィアさんがリサを嗜める。
「だって、私のこと馬鹿にしてくるんだもん。その上、お兄ちゃんと上手く行くように協力しろとか言うのよ!あんな人が、私のお義姉さんになったら間違いなくいじめられるじゃない!」
同じく釦を留めてくれながら、リサがぷりぷりと頬を膨らませ口答えをする。
「リサ、そのラティーナさんてどんな人?」
「確か、子爵家の長女なんだけど、子爵家から縁を切られて冒険者をしてるって聞いたよ。なんか、家の名前を名乗ることも許されないとか言っていた気がする」
没落貴族ではなく、絶縁された生粋の貴族のお嬢様なんだ。絶縁って、何があったのよ。中々、娘を絶縁なんてしないわよ。領地や屋敷に軟禁は稀に聞くけど、追い出すなんて相当じゃない。
「リサの言っていることは本当よ。前妻とのお子様だったラティーナさんはお母様が亡くなった後、子爵が愛人で恋人だった女性を妻として屋敷へ入れた後、絶縁されたのよ」
ラティーナさんて悲劇の人だったのね、あんな明るい人にそんな過去があったなんて。
「それって、ラティーナさんが邪魔だったからですか?」
「それとは、ちょっと違うのよね。子爵にはもともと婚約者がいてね、その方が今の奥様なのよ。お二人は愛し合っていて、結婚の約束をしていたんだけど、寄り親である侯爵家の娘がその子爵に一目惚れして、無理矢理結婚を押し通したのよ。勿論、子爵の心は元婚約者にある訳で、子爵は妻の目を盗んでこっそり元婚約者を愛人にしたのよ」
ここまでは、良くある話よね。上位であり、ましてや寄り親である貴族には逆らえず、泣く泣くその娘を嫁に迎えるってこと。貴族の婚姻は家の為だものね。
「恨んでいた妻との娘だから?」
「違うわ。仕方なかったのよ。奥様が亡くなって、子爵は元婚約者を正式に妻に迎えたのは良かったんだけど、ラティーナさんがそれを許さなかったのよ。彼女は事あるごとに、夫人を虐め、兄弟達に嫌がらせをし、とうとう子爵家から勘当されたのよ。でも、身一つで追い出されたわけではないらしいわよ。家とそれなりのお金、彼女のメイドは連れて行くことを許可されたみたいよ」
子爵にとって守るべきはラティーナさんではなく、愛する妻とその子供達だったのね。彼女達を守る為に、仕方なくラティーナさんを追い出した。
「可哀想な方なんですね」
「そうね」
「それでも、リサのお義姉さんになるのは嫌!今度は、リサがラティーナさんに虐められるじゃない!お母さんはお兄ちゃんがラティーナさんと結婚すれば良いと思ってるの?」
リサ、本当にラティーナさんのこと嫌いなんだ。
「誰もそんなこと言ってないでしょう?ほら、拗ねていないで、ユリの髪にリボンを結んで頂戴」
「えへへ。とびっきり可愛く結ぶからね!」
リボンを任されて、リサは先程までとはうってかわってご機嫌になり、真剣な面持ちでリボンを結ぶ。
「私も、セルロスの嫁はユリなら大歓迎よ」
サラッとそんなこと言わないで下さい、ハンナさん!
「でも、セルロスは私のことそんな風に思ってないと思いますよ。私が人から貰ったものしか持ってないの知ってるから…。このドレスだって、私が酷い格好で行かないように用意してくれたんだろうし…」
侯爵家の名に泥を塗らない様にという気遣いだ。
「あの子も報われないわね」
ソフィアさんが何かボソリとつぶやいていたが、私の耳には届かなかった。




